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薬術の魔女の結婚事情  作者: 月乃宮 夜見
同棲生活

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結婚の約束を結ぶ。


 腕輪を購入してから少し経ったある日。

 仕事の日のはずなのに、魔術師の男がまだ仕事に出ていなかった。


「珍しいね?」


 目の前に座って朝食を口に運ぶ彼を見ながら、薬術の魔女は首を傾げる。


「……本日は」


すると、魔術師の男は食事の手を止め、


「婚約を始めると決めた日ですが?」


彼女に視線を向けながら、いつも通りの冷たい声で答えた。


「あれ、そうだっけ」


日が過ぎるのが早いなぁと思いつつ、薬術の魔女は相槌を打つ。


「……貴女は」


 溜息を吐き、魔術師の男は低く呟く。


「ん、なに?」

「いえ、何も」


薬術の魔女が顔を上げると、彼は目を逸らした。


 彼と顔を合わせてから三年と少し。

 ようやく、『相性結婚』で引き合わせられた2人は制度に則って婚約を始める。長いようで、思ったよりも短い日々だったと、薬術の魔女はしみじみと思った。


「……其れで。貴女さえ宜しければ宮廷で婚約を結ぶ儀式を行いたいのですが」


 婚約や結婚の手続きは犯罪等に利用されないよう、領地内の行政機関が行う。ここは王都なので、二人は宮廷で婚約の手続きをするのだ。


「うん。今日はお休みの日だからいつでもいいけど」


 宮廷に行くならばきちんとした格好をしないと、と少し考えながら、薬術の魔女は答える。今までは学生服が正装になっていたが、これからは自身で服を見繕わねばならない。そのことが少し億劫である。


「分かりました。では、朝食を終えた少し後に出掛けましょうか」

「はーい」


×


 朝食を終え、身なりを綺麗に整えて必要書類の準備を済ませた。

 魔術師の男は宮廷魔術師のローブ姿で、薬術の魔女は少しだけ良い服を着ている。


「では、手っ取り早く行きましょう」


告げるなり、魔術師の男は薬術の魔女の手首を掴み


「着きました」


と、瞬時に移動した。


「……早いね?」


 なんだか、思いの外さっさと事が進んで行くようだ。着いた場所は周囲の環境を見るに、王宮の近くではあるものの、あまり人通りの良くないような場所らしい。


「まあ、宮廷の近くです。流石に宮廷への直接の侵入は禁止ですからね」


 言いつつ、2人はそのまま表の通りにまで出る。


「其れに。一般窓口は、昼前辺りから混みます故」


そう短く告げると、魔術師の男は掴んでいた薬術の魔女の手首を離す。


「付いてきなさい。仮に周囲から干渉を受けても放置するように。(そして)、装飾に青色を着けている者には必ず会釈する事。身分が高い者です。無視すると後が面倒になりますよ」


「わ、わかった」


一気に言われても困るのだが、どうにか覚えた。


×


 それから宮廷の中を少し歩いて、婚約や結婚関連の対応をする受付に行き書類と腕輪を提出する。


「少々お待ち下さい」


と受付の人に言われて少し待つ。その合間に、薬術の魔女は周囲の様子をぼんやりと眺めていた。

 煌びやかで、よくよく見れば、宮廷で働いている人達はそれなりに顔がきれいに整っている者が多い。


「(う、眩しい……)」


 高級感のある内装に高価な服を着た人や綺麗な顔の人がたくさん。


「(たまに行く分ならいいけど、やっぱりわたしには合わないなぁ、この雰囲気)」


 魔術師の男には違和感は無いが、自分とは合わないと思うのだった。


「準備が整いました」


呼び出され、薬術の魔女と魔術師の男は呼ばれた部屋へ向かう。

 そこには婚約を結ぶための書類と、見届け人の聖職者が居た。()()()()()()()()()()黒い目隠しをした、絹のような白髪の背の高い人物だ。


「…………貴方が、執り行うのですか」


 珍しく嫌そうに表情を歪め、魔術師の男は呟く。


「聖女の護衛役は如何(どう)したのです」


「貴方方には私くらいの者が相応(ふさわ)しいでしょう? それと、(かみ)の思し召しですよ」


そう、涼しい顔でその人は答えた。なんとなく知り合いのようだと思い、どこかで見覚えのある人だとも薬術の魔女は思う。


「だれ?」


「祈羊の三男坊、あれでも一応枢機卿ですが……まあ、誰でも良いでしょう」

「え」


 なんだかとんでもない人に見届けられるらしい。


 儀式、とは言ったが、軽く聖職者に祈りの言葉を軽くかけられ、その目の前で書類にサインをして腕輪を相手の腕に着けるだけだ。

 聖職者が声をかける


何方(どちら)の腕に着けますか」


腕輪でも、指輪でも、どちらの腕や手に着けるか問いかけられる。


「ん……じゃあ、右でお願いします」


 薬術の魔女はそっと右腕を差し出した。そのことに対して、魔術師の男は軽く目を見開く。


「宜しいのですか」


 利き腕に腕輪を着ける、ということは『相手に縛られても良い』という意思表示になるのだ。だから、思いもよらぬ薬術の魔女の行為に、魔術師の男は少し戸惑っていた。


「だって、左手だったら忘れちゃうかもだし。右だったら、間違いなく覚えていられるから」


そう、少し照れながら彼女は答える。


「……では、私は()()

「え、」


 答えるや否や、す、と彼は左腕を差し出した。

 薬術の魔女は、無意識に魔術師の男が『左』と答えたことに衝撃を受ける。


「それでは――」


 聖職者の音頭でまずは、魔術師の男が腕輪を聖職者から受け取って、薬術の魔女の右腕に嵌める。

 次に、薬術の魔女が腕輪を同様に受け取り、魔術師の男の左腕に嵌めた。


「――輝く神の御加護を」


 聖職者の言葉で締められ、婚約の儀式が終わった。


「(……あれ、この腕輪の金属、『不変の金属』だ)」


 腕輪を腕に嵌めた瞬間、薬術の魔女は腕輪に使われている金属の種類に気付く。

 その『不変の金属』は直ぐに周囲の温度に馴染む金属で、一般的には結婚腕輪や指輪などの専用の金属と言われているものだ。

 腐食や金属疲労諸々への耐性が高く、凄く高価で外部刺激で形状が滅多に変わらないために『不変』の象徴ともなっている。


「(わざわざ、あの金属を見つけてくれたのかな……?)」


 ならば、どうして彼は左腕なんかに腕輪を着けたのだろう。


「婚姻の儀式が終わりましたので、貴女は家に帰って下さいまし」

「え?」


 儀式の場を出た直後、魔術師の男に出口へ向かうよう促される。


「私は、今から仕事ですので」

「…………へ?」


 宮廷魔術師のローブ姿だったのは、婚約が済み次第に仕事に戻るためだったらしい。



「えー……せっかく婚約したんだから、一緒にお出かけとか、そういうのないの?」


と、薬術の魔女は宮廷を背にしたまま、頬を膨らませた。


 そうして、2人の婚約期間がようやく開始する。


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