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薬術の魔女の結婚事情  作者: 月乃宮 夜見
三年目

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共同飲食


※飲酒描写があります。



 薬術の魔女は、魔術師の男に招かれて部屋に入る。


「おじゃまします」


「……どうぞ、此方(こちら)です」


と、部屋の奥の戸を開ける。


「わぁ、きれい」


 眼前に広がる幻想的な光景に、薬術の魔女は溜息を零す。

 まず目に入ったのは、はらはらとそよ風に舞う花弁と、枝いっぱいに咲き誇る満開の花だ。戸を開けたおかげか、甘く爽やかな香花の木の香りが部屋に舞い込む。


(これ)が、見頃となった香花の木で御座います。……見事でしょう?」


「うん。すごい」


 彼の屋敷でも、同じようなものが観られるのかと思うと、更にわくわくしてきたのだ。今年は観られなかったから来年かな、などと思いながら、満開の香花の木を見上げた。


「そしてあの木は、此の地『呪猫』の守護神の化身とも云われる特別な木でして」


「へぇー」


 感心する薬術の魔女に薄く微笑み、


「……言い忘れておりました」


魔術師の男は呟く。


「なに?」


「香花の木は夏に実を結びますので、()()()()()()集めてくださいませぬか」


薬術の魔女が聞き返すと、彼はそう提案をした。


「ん、いいよ!」


 どんな実を結ぶのだろう、と楽しみになる。

 承諾すると、魔術師の男はさも嬉しそうに目を細めて口元を綻ばせた。思わぬ表情に、少し見惚れてしまう。


「……座って観ましょうか」


「うん」


 彼からの提案で、二人はその場に座った。現在薬術の魔女が身に付けている呪猫特有の衣類は、少し動き難いので、自然と足が揃ってしまう。魔術師の男も同じように足を揃えて座っているので、それがこの服での正しい動作なのだろうか、と、なんとなく思った。


「……貴女を、名で呼んでも構いませんでしょうか」


 薬術の魔女がとこに座ったのを確認したのち、魔術師の男は遠慮がちに問う。


「今更?」


「嫌でしたか」


不安そうに問いかける彼に、薬術の魔女は微笑んだ。その様子が、なんだか可愛らしいと思ったのだ。


「ううん、呼んでもいいよ」


「……」


「ん、呼び捨てで良いよ。夫婦になるんだから」


それから魔術師の男は薬術の魔女の名を呼んだ。なんだか、胸の奥が暖かくなる。

 名を呼ばれた衝撃が、身体を駆け巡る。


「なぁに」


なんだか、顔が熱くなった。


「私の名は呼んで下さらぬので?」


「え……と」


「呼び捨てで結構。妹兄(いもせ)に成るのですから、対等に。遠慮は不要です」


「いもせ?」


「夫婦です」


「ふ、夫婦……かぁ」


不思議と恥ずかしさがある。しばらくもにょもにょしていたが、彼は根気強く待ってくれた。


「……」


 そして。恥ずかしがりながらも、薬術の魔女は魔術師の男の名を呼んだ。


「はい」


彼が嬉しそうに微笑んだ。


「なんか、すっごい恥ずかしい」


「ふ。ようやっと、婚約者らしく成れた気が致します」


「……もうすぐ成人しちゃうけどね」


そうすれば、薬術の魔女は別の名前になってしまう。だから、この名を呼ぶ機会はなくなってしまうはずだ。


「成人しても、変わらず貴女の()の名を呼んで差し上げますとも」


「ふぅん?」


 薬術の魔女は首を傾げるも、魔術師の男は曖昧に微笑むだけだった。


「……()の、香花の木の実には毒が有るので、すぐに食するのは難しいのですが」


「そうなの?」


「ええ。ですが、砂糖や酒に漬けたり塩に漬け干したりしたもの等、様々な加工法は有ります。色々なものへと生まれ変わるのです」


「へぇ。毒だったら、わたしもちょっと興味ある」


「沢山有るので何度か、(そして)、毎年実を結ぶので繰り返し集める必要があるのですが良いですか」


 興味を示した薬術の魔女に、魔術師の男は問いかける。


「うん、わかった。()()()()()()()集めてあげるよ」


「然様で御座いますか。……では、()()()()()()()()()()()()()


頷くと、魔術師の男は薬術の魔女の方へ身体の向きを変え、指先を綺麗に揃えて深々と頭を下げた。


「嬉しいです……(とて)も」


 上げた彼の顔は、今まで見た中で最も美しく、それでいて怖気がするような表情だった。


「……では。折角ですので、良いものを頂きましょうか」


 戸惑う薬術の魔女に薄く微笑むと、魔術師の男は長い()の注ぎ口付きの入れ物と、三つ重なった平たい器を取り出した。


「それなに?」


「盃と、銚子で御座います。まあ、要は酒を淹れる器と注ぐ入れ物です」


 その盃は三つとも大きさが違い、一番上のものが小さく下にいくに連れて大きくなっていた。


「貴女は、酒は飲めますか」


 薬術の魔女がそれらに気を取られている合間に、魔術師の男は式神を作り小さな盃を手に取る。そして、銚子を持った式神に三度に分けて盃に注がせた。


「うん。ちょっとふわふわするくらいで普通くらいは飲める……と思う」


 薬術の魔女は15歳になる秋の事を思い出しながら答える。確か、結婚が可能となると共に飲酒も可能になる事を示す『お披露目会』で少し飲んだくらいだったはずだ。


「然様ですか」


 その返答に目を細めた魔術師の男は、盃の中身を三口に分けて飲む。


「どうぞ。(これ)を」


飲んだ器に再びその中身を注ぎ、薬術の魔女に差し出した。


「これ、なに?」


「香花の、花の酒で御座います。良い香りがするでしょう?」


「うん」


「是非、飲んで下さいまし」


「変な飲み方してたけど、何か意味あるの?」


「嗚呼そうですね。一口目で風味を、二口目で味を楽しむのです。三口目はまあ、お好きに」


 同じ器で飲むのか、と思いながらも、そっと口を付ける。


「ん、おいひぃ」


ふわっと、香りが鼻に抜けた。酒の風味と花の香りが(かんば)しく、なんとなく気持ちが高揚する。


(さて)。他にもう2種有ります(ゆえ)、失礼致します」


「あ」


薬術の魔女が三度口を付けた盃を取り上げ、最初と同じ飲み方でそれを飲み干した。


此方(こちら)です」


 それは、中くらいの大きさの器に注がれた。今度は魔術師の男は口を付けずに、先に飲むよう促した。

 一口飲み、香りを感じる。先程のものより甘い香りが強いような気がした。


「ん、あまい」


「そうでしょう。是は、花の蜜で造られたものです」


三口目を口にした後、


「少し味見を、」


と魔術師の男がそれを取り上げる。そして三口飲み、


「……矢張り、甘いですねぇ」


小さく呟く。


「おいしかったよ」


首を傾げて薬術の魔女が告げると、


「では、此方は貴女が飲みますか」


問いかけながら魔術師の男は器を差し出した。


「え、いいの?」


酒のおかげか、なんとなく身体が温かく頭がぼんやりする。


「ええ。同じようにして飲み干して下さいまし」


「うん」


 高揚するこの状態は心地よく、気分が良くなって笑顔になってしまう。

 薬術の魔女が飲み干したのを確認し、魔術師の男は大きな器を取り出した。


此方(こちら)は、やや癖のある味をしております」


「……そなの?」


中身を三口飲んだ後、薬術の魔女に盃を差し出した。


如何(いかが)ですか」


「ん、なんか苦い……?」


 口を付けると、花とお香のような匂いがした。


「然様ですか。(これ)は種を使った酒なのですよ」


「へぇー」


種を使う事ってあるんだなぁ、とぼやけた思考で頷いた。なんとなく、身体がぽかぽかして眠くなってきたのだ。


「種にも毒が有るのですが……貴女は、毒は平気でしたよね」


「んー……そーだ、ね」


三口目を飲み、薬術の魔女は完全に目を閉じてしまった。


「……おや。眠ってしまわれたか」


 ぽす、と肩に寄りかかった彼女を見下ろし、魔術師の男は呟く。

 そして三口で最後の酒を飲み干してから薬術の魔女を()(かか)え、敷いていた布団に寝かせた。



ついでに同衾(ただ寝るだけ)。


3回飲むのを3回繰り返すってまさか……



因みにこの世界での飲酒法についての話。

貴族にはデビュタントらしき儀式があり、それの関係上、婚姻可能となる15歳になると飲めるようになります。

(婚姻可能となるとはいえ、未成年に手を出すのは憚れるという)

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