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薬術の魔女の結婚事情  作者: 月乃宮 夜見
三年目

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『愛』とは。


 思いの外早く戻った魔術師の男に、薬術の魔女の頬が緩む。


「やっぱり。きみは、優しいね」


お茶を飲みながら、ふと思った言葉が溢れたが


「……()れは。貴女の、気の所為(せい)では」


と、魔術師の男は嫌そうに顔をしかめただけだった。

 だけれど、そのしかめた顔は他の感情を隠したもののように思える。根拠はなく、そんな気がしただけだ。

 でも、薬術の魔女が体を動かし難く思っていたことや色々を察してくれ、先回りしてさりげなく助けてくれるのは優しくないとできないことだと彼女は考えていた。


 それからなぜか、魔術師の男に屋敷にある薬術の魔女自身の部屋まで運んでもらい、ベッドにそっと寝かされる。そして安静にするように注意された。

 そのあとに貰った魔力水や簡易的な食事などのおかげで、なんとなく辛かった体が楽になった。


「(……冬休みが終わるまで会えないかも、って思ってたけどよかった)」


会えて、心底安心したのだ。これでもう、寂しくない。

 布団を肩まで(かぶ)り、薬術の魔女は目を閉じた。


 次の日。

 この日は冬季休暇の最終日だったので、薬術の魔女は魔術アカデミーの寮に帰る。中々彼と話すことができなかったのでかなり名残惜しかった。だが帰る際に「会おうと思えば何時でも会えるでしょう」と魔術師の男が言ってくれたので、気にしないことにする。

 それは『いつ来ても同じだから』という、今までとは違う意味を持っているのだと薬術の魔女は捉えた。それ以外に意味があるだろうか。『いつでも会いに来て良い』と言ってくれたように思えて、物凄く嬉しかった。


 初日と同様に、帰り道では木の札を(もち)いないので魔術師の男に寮の近くまで送ってもらった。


「きみは、『何の面白味も無い』っていってたけど、わたしはとっても楽しかったよ。ありがとう!」


 別れる前に、薬術の魔女は魔術師の男に感謝と述べる。


「……然様で御座いますか。貴女は物好きですねぇ」


魔術師の男はそう返したが、少し口元が微笑んでいるように見えた。

 そして、学生生活最後の冬休みは明ける。


 休み明けにあった、研究内容の中間発表を無事に終える。

 『夢見草の花』の研究だと聞かされた教師達は驚きと呆れ、興味など様々な反応を返した。


×


「はい、お菓子」


 冬休みが終わってから少し経った、とある休日。

 唐突に、魔術師の男は薬術の魔女から箱を差し出される。


「……はい?」


本から顔を上げると、薬術の魔女の珊瑚珠色の丸い目と視線が合った。


「ほら、今日は『愛の日』だし!」


「……嗚呼。()の様な日でしたね」


 にっこりと笑みを浮かべる薬術の魔女から目を逸らし、魔術師の男は言葉を零す。気まぐれで自室でなく居間で読書を行っていたので、丁度良いと思われたのだろう。


「もちろん『あげたい』って思ったからあげるんだからね」


「…………然様で御座いますか」


 義務感じゃないよと、薬術の魔女は牽制する。


「うん。受け取ってくれると嬉しいな」


差し出された菓子は、またもや手作りの物のようだ。


「……受け取りましょう」


 期待を含む真っ直ぐな視線に耐えかね、魔術師の男は薬術の魔女から菓子受け取る。()()()()()()()()()()、仕方ない。


「どうしたの?」


 受け取った後、何か考える様に視線を彷徨(さまよ)わせた魔術師の男に、薬術の魔女は首を傾げた。


「……貴女は、『愛』とは何だと思いますか」


 ゆっくりと魔術師の男は口を開く。


「ん、『愛』? なんで聞くの?」


「折角、本日が『愛』の名を冠する日ですので」


不思議そうな様子の薬術の魔女を見ながら、魔術師の男はいつものように起伏の少ない声で続けた。


「んー。私が思う『愛』……は」


 少し考え、薬術の魔女は答える。


「『好き』って気持ちかな」


 『好き』という単語に魔術師の男は一瞬、反応したが、何と言おうかと考えている薬術の魔女は気付かない。


「愛を向けてる、その相手に『なにかをしてあげたいな』って思うんだ」


 薬術の魔女自身も、魔術師の男に『なにかをしてあげたい』という気持ちを持っている。勿論、友人達にもその気持ちを持ち合わせているものの、魔術師の男へ思う感情とは何かが違うとなんとなく感じていた。


「それに、逆になにかをしてもらうとすっごく嬉しい気持ちになるの」


 冬季休暇の事を思い出し、薬術の魔女は少し頬を染める。


「きみは?」


 せっかく訊かれたのだから、というか答えたので、薬術の魔女は魔術師の男の思う『愛』について知りたくなった。


「……(わたくし)には、『愛』(など)分かりませぬ」


 しかし、思いもよらぬ返答があった。『愛がわからない』なんてことがあるのかと、薬術の魔女は衝撃を受ける。そして、それを知らなかった自分は幸せな環境に居たのだと、思い知った。


「誰かを『愛おしく思う』『大切に思う』感情であるのは理解して居りますが」


 魔術師の男は何かを思い出すかのように、少し遠くを見ながら言う。


「『愛』を、今(まで)に向けられた事が無いもので」


そう答えると魔術師の男は本を持って立ち上がり、自室に戻ってしまった。


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