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薬術の魔女の結婚事情  作者: 月乃宮 夜見
三年目

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月見の夜


 とある夜。

 屋敷に入る前に、魔術師の男は自身の足元から影が伸びていることに気付く。


「……嗚呼、月ですか」


ふと顔を上げると雲一つない闇の夜空に、まるでくり抜いたかのように真ん丸な月が見えた。


「あの様に綺麗に見えるのも珍しいですね」


月見酒も良いものか、と独り言つ。


×


 屋敷内の明かりをつけることなく、庭が広く見える居間まで移動し、軽くつまめるものと魔力を大量に含む酒を置いた。元々、魔術師の男は猫魈(びょうしょう)が混ぜられているため、夜目が利くのだ。


矢張(やは)り、()の辺りが美しく見えるか」


掃き出し窓を開け、座る。


 少しして、小さな足音が聞こえた。


「……珍しい時間にいらっしゃいましたね」


「うん」


 奥から、薬術の魔女が姿を現した。以前と違い、新しい方の運動着を着ているようだ。


「…………斯様(かよう)な遅い時間に態々(わざわざ)、何用で御座いますか」


「あんまりにも、月が綺麗だったから」


問いかけると薬術の魔女は落ち着きなく視線を逸らし、答える。


「きみのおうちの方が、綺麗に見えそうだなって思ったんだ」


 どうやら寮の自室から見上げた際にそう思い、木札を利用して魔術師の男の屋敷にまで足を運んだようだ。


「点呼も、終わったし」


 「だめ、かな?」とおずおず尋ねる薬術の魔女を邪険にする訳にもいくまいと、魔術師の男は


「仕様がありません。好きなだけ居ると良いでしょう」


と迎え入れる。


「……()れに、」


魔術師の男は少し考え


「別、貴女が居る事は……(いや)では無いので」


そう、零した。


「そっか。ありがとう」


 薬術の魔女は嬉しそうに微笑む。


「((むし)ろ、共に観たかった……等と、)」


 言えず、小さく溜息を吐いた。

 ただ、近くに姿が見えている方が安心出来るだけだ。


「(……()の筈だ)」


横に腰かけた彼女を横目で見る。


×


「あのさ。月は妖精や天使のいる世界で、すっごくきれいな場所なんだって」


 月を見上げ、薬術の魔女はぽつりと零した。


「おばあちゃんがいってた」


 魔術師の男は彼女を見下ろす。月明かりに照らされ、珊瑚珠色の虹彩がキラキラと輝いているように見えた。


「……()の御方は、貴女の祖母なのですか」


 なぜか、このまま放っておくとどこかへ行ってしまいそうな、そんな予感がしてしまう。彼女が『生きている人間なのだ』と言う証拠(確証)が欲しかった。

 覚醒者のように魂が人間でない者、その中で特に両親のいない者は、唐突に姿を消す事があるからだ。その後に見つかる確率はかなり低い。


「祖母、なのかな? よくわかんないけど」


 しかし、魔術師の男の思いも虚しく、薬術の魔女はそう首を傾げた。


「小さいときに私を拾って育ててくれたの。わたしにはお父さんとか、お母さんとか……『そういう人』ってのがいないみたいだから」


「…………然様で御座いますか」


 実際、魂の形が人間でない時点で両親が居ないだろうことは、魔術師の男には予想済みだった。


「きみは、」


 そう、薬術の魔女は口を開き、何かを言おうとしていたが、言葉を発さないまま閉じてしまった。恐らく、両親などの家族のことでも聞こうとしたのだろう。


「(……(そして)、『出来損ない』を思い出したか)」


魔術師の男にとって、両親など居ても居ないようなものだ。むしろ、ずっと憎み、恨んで、呪い続けている対象だった。


「今、『幸せ』?」


 目を伏せ、薬術の魔女は問いかける。それから、彼の顔を見るように視線を上げた。


「……ええ。()()()()()()()()……とでも、答えておきましょうか」


口元に手を遣り、魔術師の男は薄く微笑む。その様子をじっと見つめた後、


「……そろそろ、戻るね。おやすみ」


薬術の魔女は立ち上がる。


「…………えぇ。御休みなさいませ」


闇に消えるその背を見つめ、魔術師の男は返した。


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― 新着の感想 ―
[一言] 今回は「月がきれいですね」。
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