表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
薬術の魔女の結婚事情  作者: 月乃宮 夜見
三年目

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

116/600

次の日。


「…………はぁ、」


 溜息を吐き、魔術師の男は部屋の外に目を向ける。まだ薄暗いものの、薄らと赤みを帯びた雲や外が見えた。

「(……結局、眠れず仕舞いでしたね)」


半ば自業自得のくせに、ヤケクソ気味にまた溜息を吐く。


 ようやく、朝が来た。


×


「ん……」


 日の光を感じ目を覚ました薬術の魔女は薄らと目を開く。眩しさと微睡みの心地よさに、ゆっくりと目を閉じた。頬に、何か柔らかく滑らかな布の感触がする。


「……(……なんだか、いい匂い)」


 仄かに、どこかで嗅いだことのあるような、良い香りがした。甘く芳しいそれはまるで、少し良いお香のような。


「ふひひ、」


 居心地が良くて、自然と笑みが溢れる。きゅっと抱きしめて頬擦りをした。ずっと触れて居たいような不思議な心地良さがあったのだ。


「(……でも、これって何の匂いだっけ?)」


ん? と、ふと思う。そもそも、昨日は山に行った後どうしたのだったか。


「(山で久々に落ちて……)」


 んー、と少し微睡みぼやける頭で、ゆっくり思い出す。抱きしめているそれは毛布というには割と硬く、なんだか質量を感じた。


「(そうだ。あの人に助けて、もらっ……て…………?)」


婚約者の魔術師の男が、わざわざ探してくれたのだ。それから風呂を貸してもらい、夕飯を共にしたところまでは覚えている。では、そのあとは?


「……」


 薬術の魔女は、自身が抱きしめているそれに、()()()()()()()()()()()()を感じた。

 それに、毛布の柔らかさではない肉の様な張りと骨の硬さを所々に感じる。ずっと嗅いで居たくなるような良い匂いはそれからしていた。

 そっと撫でると、一瞬、顔や身体全体で触れているそれが強張る。しばらく撫でていると、はし、と何かに二の腕を掴まれてその動きを遮られた。


「(……)」


 そっと、それから顔を離し、なんとなく感じていた視線の方へ顔を向ける。


「…………………………………………お早う御座います。(ようや)くお目覚めですか」


 にっこりと良い笑顔で微笑む魔術師の男が、頬杖をついて薬術の魔女を見下ろしていた。つまり、先程まで薬術の魔女が抱きしめ頬ずりしていたそれは、婚約者の魔術師の男。


「(うっわ!! 朝から美形!!)」


 衝撃で身を縮こまらせ、真顔になる。しかし、叫ばないように口をきゅっと固く結んだ。顔が綺麗な人は寝起きでも綺麗らしいと思い知った。


「んー……おはよ?」


どうにか口に出せた言葉は緊張でやや上擦り、あからさまに挙動不審な疑問系になる。


「……なんか、やつれてない?」


 しかし、魔術師の男が疲れているように見えた。薬術の魔女がそれを指摘すると


「お気になさらず」

「うん」


にっこり笑顔のまま、魔術師の男は答える。「気にするな」と言われたので気にしないことにした。深追いは身を滅ぼしそうな予感さえした。何故か笑っているはずの目付きが危ない気がしたけれど、きっと気のせいだろう。


 自身の状態を、一旦確認する。

 服装は、上半身に魔術師の男のシャツを羽織っただけの、ほぼ下着だけの様な格好であった。恥ずかしい。

 恰好は、しっかりと彼に抱き着いた姿勢だった。胸元に顔をうずめており、片方の腕を彼の腰の方に回している。掴まれたのは腰あたりに置かれている腕だった。恥ずかしい。

 羞恥に耐え切れずその腕を引っ込める。

 脚を絡ませていなかっただけまだマシだ、多分。


「ここ、どこ?」


 誤魔化すように周囲を見回すと、背の高い薬品棚と本棚のある部屋のようだ。薬品棚の中には木の皮や干された植物や、色鮮やかな鉱物が入った瓶が並んでいた。植物と鉱物で棚を使い分けているようだ。

 そして、天井や壁(じゅう)に植物性の縄が張り巡らされ、そこに紙や木製の札が大量に下げられている。


(わたくし)の部屋です」

「へぇー」


 怪しいお店みたい、と思いながら薬術の魔女は頷く。この部屋は生薬や絵の具のような、不思議なにおいがした。


「なんで、わたしときみが一緒に寝てるの?」


「貴女が、私の服から手を離さなかったからです」


 と、魔術師の男は薬術の魔女の腕から手を離し、もう片方の彼女の手元を指す。見ると、思いの外しっかりと彼の服の裾を掴んでいた。


「あっなんかごめんね」


「いいえ。……お陰で面白いものも見られましたので」


 慌てて手を離すと、魔術師の男は薄く微笑む。


「面白いもの?」


低く呟かれた言葉に、なんだろう、と首を傾げると魔術師の男はついと目を逸らし溜息を吐く。そして


「……朝餉が出来ておりますよ」


目を逸らしたまま、魔術師の男は告げた。


「わー、ありがと!」


 どうやら式神に作らせたものらしい。


「きみのところで食べるごはんおいしいから、すっごくうれしい!」


「…………然様ですか」


「ん、なんで不機嫌?」


 感謝を述べると、魔術師の男は低い声で答え、布団に上体を伏せて(うつぶ)せになった。


「………………私はもう少し休んでから食べますので、さっさと身支度を整え召し上がられては」


「わかった」


くぐもった声に不思議に思いつつ、薬術の魔女は魔術師の男の寝台から出た。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ