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薬術の魔女の結婚事情  作者: 月乃宮 夜見
三年目

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考えように依っては天国(やはり地獄か)

×注意×


魔術師の男が色々とやばい。

色系強め話なのでご注意を。


 どうして、こうなった。


「(……と、まあ。此処(ここ)で考えても仕様が無いのですが)」


 自室の寝台に横たわる魔術師の男は、ひっそりと溜息を吐く。

 ちら、と横に視線を向けると


「すぴー」


呑気に眠る薬術の魔女の姿があった。見事な熟睡である。


「(……()の癖、(わたくし)の服を握って離さないとは)」


軽く服を掴む腕を引っ張ると、


「んー」


と、(うめ)いて彼女は強く抱きしめるのだ。


「…………はぁ」


二度目の溜息を吐く。

 掴まれた服を脱いでそのまま薬術の魔女を寮の自室か屋敷の部屋に置いて行っても構わなかったのだが、同様の反応を示し更に強く抱きしめられたのでそのまま引っ付けておくことにした。


「……(決して、『その方が面白い反応が見られそう』だと判断した訳では)」


 勿論、思った。


 しかしその後、その判断を()()後悔した。


×


「(……寝慣れぬ)」


 何度目かの溜息を吐く。


 そもそも、誰かと共に眠ることなど、魔術師の男は経験したことがなかった。


「(…………まあ、睡眠を共にしていないだけですが)」


 初等部になる時点で既に貴族崩れではあったものの、自身の顔が良いことは自覚していた。当然学生時代は顔や学力で好かれていたし現在も宮廷魔術師であるので、房事の経験ぐらいはある。面白みは無かったが。

 おまけに()()な趣味を持っているらしい権力者に男女問わず迫られた事もある。無論、問答無用で催眠をかけ逃げ(おお)せた。

 そしてその後は片手間に呪いをかけるなり処分するなりし、同じ目に遭う前にその相手を消したのだ。

 処分が難しい者は没落させてから、取り返しのつかない犯罪に手を染めるよう(そそのか)し処分の仕事に回るよう画策した。


「(……もっと苦しめて痛め付けてやるべきでしたね、あれは)」


顔を歪ませ、内心で舌打ちを打つ。


「すぴー」

「…………」


 呑気な薬術の魔女の寝息に色々と莫迦らしくなり、思考を切り替えることにした。


×


「すぴー」


 眠る薬術の魔女を眺め、今日あった出来事を振り返る。


「(……帰っていないと連絡が入り、直ぐ卜占(ぼくせん)を行い居場所の特定をし、)」


彼女を拾い上げ屋敷まで持ち帰り、風呂に入ってもらって夕餉(ゆうげ)を共にし、今に至る。


「(…………可成(かな)り、絆されてしまったか)」


 今までならば『此方には居ない』と連絡を返しそのまま見つかるまで放置していただろう。


「(大分、気に入ってしまったのだろうか)」


 とにかく、彼女のことが気になる。どこへ行ったか何をしたのか誰と会ったのか。


「(執着の一種、でしょうか)」


 魔術師の男は割と物持ちが良い方だ。気になるものは観察をするし、場合によっては手に入れる。

 この、『婚約者』に対して湧くよく分からない感情は、一体何なのだろうか。


 ふと彼女が身じろぎし、ふわ、と香を感じた。


「……」


失礼に当たるだろうとは思うが、相手は寝ているので気にせず匂いを嗅いだ。

 甘く爽やかな、果実のような匂いがする。なぜか、非常に惹きつけられた。


「……」 


 何かが、おかしい。魔術師の男は普段よりも早い鼓動に、思わず胸を押さえる。


「(……身体が、熱い)」


 意識し始めると、更に酷くなった。呼吸をすると薬術の魔女の、彼女の甘い香りが。


「く、」


ぎり、と奥歯を噛み締め感じた衝撃を抑え込む。


「(…………もしかしなくとも、(まず)い)」


衝撃が、腰にクる。甘い痺れを伴い、血流が下腹部に集まる。

 急いで薬術の魔女から身体の正面を逸らした。そして、その惹きつけられる匂いの正体を理解する。彼女の、魔力の香りだ。


「(成程(なるほど)()れが相性の、)」


 赤面する顔を隠すように抑え、現状を冷静に分析する。

 魔力の香りを嗅いだということはつまり、相性の良い魔力を粘膜を介して摂取してしまったことになる。

 あまり一般的に知られていないが、相性の良い魔力はその対象に興奮を与える作用を持っている。特に、性的な興奮を促す作用を。


「(……………………鎮まらねば、)」


上がった息を整え、ちら、と諸悪の根源を見る。


「すぴー」

「(…………随分な、間抜けな面を)」


 舌打ちを、しようとしたが体に走る甘いような感覚のせいで、できずに奥歯を噛み締め熱い息を漏らすだけになった。


「(視線が、()()()()())」


 髪と同色の蜜柑色の睫毛に縁取られた目はしっかりと閉じられている。睫毛はあまり長くはないが量があった。緩く反っているそれらは鼓動のせいか時折、小さく震えた。

 ふと、瞼の向こうにある珊瑚珠色の色を持つ目を思い出す。今はみることが叶わないそれはいつも瑞々しい果物のように潤み、真っ直ぐに見つめてくれた。実はあまり好ましい色とは言われない赤味を帯びた色だが、透明感があり優しくも強い色だと思っている。

 鼻は高過ぎず低過ぎず。程よい具合にそこにある。すっと通った鼻梁は美しく滑らかで、顔の部品全てを上手く引き立てている。白く滑らかな肌と相まってまるで偶像彫刻の一部のようだ。

 薄ら桃色に色づく頬は出来立ての蒸饅頭のように柔らかい。触れると程よい弾力が返されるだろう。二度ほど触れているので、確信はある。その頬をそっと指先で摘んで引っ張るとどんな顔をしてくれるだろうか。

 小さな花弁のような唇はふっくらとして、頬よりも繊細な柔さを持っているだろうと容易に想像がつく。艶やかに潤むそれは甘い香を放ちまるで誘い込むように


「ん……」

「っ!!」


 小さな声に、魔術師の男は、は、と意識を取り戻す。


「………………」


 喉の奥から絞り出すような熱く深い呼吸のまま、魔術師の男は硬直した。

 目の前に、彼女の寝顔がある。

 その距離は目前というにも近過ぎるくらいで、ぎりぎり()()()()()()()()()()の状態だった。


「……………………」


 無意識に、その唇に喰らい付こうとしていたらしい。

 半開きにしていた口を閉じ、弾かれたように薬術の魔女から上体を離す。ゴクリ、と口内に溜まっていた唾液を飲み下した。


「…………非常に、(まず)い」


 口元を手の甲で押さえ、薬術の魔女に背を向ける。服を握られたままだったので不自然に突っ張るが、構う暇などない。


「……ん、」


 ころ、と薬術の魔女が寝返りを打ったらしい。服の妙な突っ張りが消えた。

 この隙に、


「ん。」


寝台から出ようとすると、背中に柔らかい衝撃が加わる。薬術の魔女が、魔術師の男の背中に再び引っ付いてきたのだ。

 柔らかい感触と共に、細い腕が鳩尾の辺りに回された。片方は肩の辺りの服を弱く握る。


「ふひひ……」


謎の笑い声を上げながら、薬術の魔女は魔術師の男の背に頬ずりをする。

 甘い香りが鼻腔に届く。


「……」


 無理だと思った。


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