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薬術の魔女の結婚事情  作者: 月乃宮 夜見
三年目

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接触


 魔術師の男の言葉に、はっと我に返った様子で薬術の魔女はお礼を述べる。


「あ、ありがとう。……教えてくれて」


耳まで赤くし薬術の魔女は、ばっと魔術師の男から顔を逸らした。急に恥ずかしさが襲ってきたのだ。


「いえ。(いず)れにせよ確かめなければならなかった事です。お気になさらず」


 魔術師の男は涼しい顔のまま、にこ、と微笑んだ。


「……ん」


すると、なぜか薬術の魔女は(うつむ)き、顔をしかめる。実のところはなんとも思っていないかのような彼の態度が気にくわなかったのだが、それを指摘するつもりは無かった。まるで自分だけが振り回されているかのように思えて気恥ずかしさと同時に小さなちくりとした感情が現れる。


如何(どう)なさった?」


「なんでもない」


 魔術師の男が問いかけても、薬術の魔女は顔を振るばかりで答えてはくれない。どうしてだろうと彼が更にその顔を覗き込もうとすれば顔を余計に逸らされた。その態度に、やや愉快に思う気持ちがあったが同時に『何故見せてくれないのだ』と何か不快に思う気持ちが湧き上がる。


「……?」


湧き上がった感情が理解できずに魔術師の男は固まった。


「きょ、今日は帰る!」


 椅子から立ち上がり、薬術の魔女は荷物を手早く回収する。そして、顔を赤くしたままで、木の札がある部屋にいそいそと駆け込んでしまった。


「……では、また」


 薬術の魔女が部屋から出ていく直前に、どうにか我に返った魔術師の男は声をかけた。


×


「(思いの外、面白い反応が見られましたね)」


 薬術の魔女の気配がすっかりなくなったのを確認し、魔術師の男は彼女が使用していた食器を回収する。

 それを式神達に任せ、魔術師の男は自室に戻った。


 自室の椅子に腰かけ、意識して少し脱力する。他人が居ると隙を見せないようにと無意識に体が強張ってしまうのだ。そして、先ほどの行為を思い返した。


 彼女の羞恥に身を縮こませる様子は、初心(うぶ)で実に揶揄(からか)甲斐(がい)がある。思い出すと非常に愉快な気持ちになった。もう一度か、それ以上に何度でも見てみたくなるほど、好い顔をしていたように思う。


「(……もう少し、()()()表情が見てみたい)」


 口元に手を()り、魔術師の男は思考を巡らせる。あの顔も好かったが、他の表情も気になった。表情もそうだが、どのような反応を返すかも気になる。きっと、大体の反応は面白く思えるに違いない。そう、確信があった。

 一応、婚約者あるいは監視者としての立場があるために酷い事はできないので、『一般的に許されそうな範囲』で何が出来るだろうか、考える。

 興味がある対象を(つつ)いて反応を見る。

 それはどちらかと言えば研究熱心、というよりは思春期以下の初等部の子供のような行動だが、魔術師の男は気にしていなかった。自身が愉しいのだから。


 そして、一応の配慮はしているのだと、魔術師の男自身は誰にともなく言い訳じみた事を思う。

 本当に配慮もせず色々な反応を見る方法ならば、手酷く痛め付ける、手篭めにする、魔術で思考の構造を変えるなど、やろうと思えばいくらでも思いつくからだ。

 なるべく傷付けないように、逃げられないように、()()()()()()()()

 他人に嫌われることは慣れているので心底どうでもよい。だが、彼女に嫌われるのはなんとなく嫌だと、無意識に思っていた。


「(……(しか)し。(はなは)だしく(やわ)い触り心地でした)」


 魔術師の男はふと、薬術の魔女の触り心地を思い出す。ふにふにとした柔らかさにしっとりと吸い付く滑らかな白い肌。何とも心地の良いものか。

 それは、眠る彼女の頬に触れた時、手袋越しに手を握った時にも思っていたことだった。


「(直に触れると、実に離れ(がた)い)」


 自身の手に視線を落とし、無意識に目を細める。

 もう一度、いや、何度だって触れてみたい。

 薬術の魔女の魔力が『馴染みやすい魔力』だから触り心地は良いだろうと想定はしていたものの、想定以上だった。


「(普通の者ならば、使い物にならぬ程の中毒性が有るのでは)」


などと、よく分からない考えが浮かぶ程だ。

 だが、魔術師の男が感じた強い中毒性は、実際の所は薬術の魔女と魔術師の男の魔力の相性が()()()()だけのことで、それ以外の相手には、やけに触り心地の良いもち肌程度にしか感じられていない。


「(()れに、)」


 やはり。触れ合ったあとの、頬を染めて惚けたあの顔は。


「(……意外と、悪くは無い)」


 何か、胸の奥の感情を揺さぶられたような衝撃があった。

 それに、彼女は『魔力が混ざり合ったのは初めて』だとも言っていたはずだ。つまり、他者の魔力が体内に入ったと自覚したのは魔術師の男自身が初めてであると。


「……く、ふふ」


 なぜだろうか。()()()()()。仄暗い歓喜の感情があった。

 魔術師の男は自然に緩んでしまう口元を抑えて、次はどうしようか、と画策する。


 そして、触れ合う機会は思いの外、早く訪れた。


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