相性結婚。
一話目長いです。(五千字→六千字)
そして説明臭い。
『身分を問わず、魔力の相性が良い相手と婚姻すべし』
ある時、少子高齢化の進んだ魔術社会で、そんな気の狂った法律ができる。それは『相性結婚』と、俗世では呼称された。
『魔力の相性が良ければ身体の相性も良く、生殖機能に問題がなければほぼ間違いなく子を産める』という迷信のような事実があり、この法律の下、国が最も相性の良い相手を見つけてくれるらしい。
この国では生まれた時や出生届を提出した際に身分問わず魔力の含んだ唾液などを採取し、その記録を取っているため無理のない法律だった。
しかし。
魔力の相性が良かろうが子を成し易かろうが、『身分』というものの影響は大きい。特に貴族は『平民と結婚なんてやってられるか!』との声がほとんどで、この制度を排除する働きが起きていた。
おまけに、法律では『性格の不一致等の問題があれば、婚約期間のひと月を過ぎた後に相手を変更できる』という補足があるので、初めに決められた相手同士で素直に結婚した者達はそう居なかった。それに、決まりを守らずに好きな相手同士で結婚している者も少なくない。
×
夏の騒がしさが身を潜め実りへと向かい始める、秋のある日。一通の手紙が少女の元に届いた。
「『貴女の相手が決まりましたので、○月×日の△時に宮廷へお越しください』……ね」
届いた手紙を読み、ふーん、と息を吐く。
そろそろこの法律も無くなるというのに、逃げ切れずに通知が届いてしまったようだ。決まった日付は今日から3日後で、指定場所は城の中だった。
理由は、『相手の職場が城の中だから』らしい。
「まあ、決まったのなら行くしかないなぁ」
手紙を受け取った齢15の少女は伸びをし、手紙をそのまま机の上に放る。手紙がコツン、と薬品の入った小瓶にぶつかり、
「わわっと、」
床にぶつかる前に小瓶を掴む。拍子に中の琥珀色の液体がゆるりと揺れた。
「あっぶな」
ほっと安堵する彼女は『薬術の魔女』と呼ばれるだけの、ただの平民だ。そう呼ばれる理由は至極簡単。薬の製作が異様に上手いからだ。
「課題のコレ、作るの面倒なくせに効果すっごく薄いんだよねー」
珊瑚珠色の明るく赤い目は、鬱陶しそうに手元の瓶を見る。そして溜息を吐き小瓶を机の上に置き直す。肩甲骨に届く程度の少し癖のある蜜柑色の髪を結び直し、彼女は立ち上がった。
「明々後日かー。まあ、アカデミーは休みだから良いけどさ」
そして、『薬術の魔女』は、魔術アカデミーの学生でもあった。
魔術アカデミーは『魔術社会の技術向上』等の経営指針の下に、一応、身分問わず魔力を保有する者達が平等に学ぶことができる教育機関だ。
入学可能な年齢は12歳のみで、18歳まで飛び級、留年無しで必ず6年間通う。
ちなみにこのアカデミー以外にも複数の教育機関があり、中には飛び級や留年ができる学校もある。
また、膨大な蔵書数を誇る魔術アカデミーの図書館は特定の区域を除き、どの本も自由に読む事ができるので『先の勉強がしたいのにできない!』なんて事態にならないようになっている。
城勤や軍事の職場に入り易いことが平民にとって、高度な教育が施されることが貴族にとって一種のステータスとなっているので、この魔術アカデミーは平民、貴族両方が通う、特殊な学校だった。
×
指定日。
薬術の魔女は指定された場所に来ていた。――要は登城し、案内のままに城内を歩き、簡易的な一室で待機させられた。
初めて入った城は煌びやかで贅の限りを凝らしている。あまり好きじゃない派手派手しさだ。
指定場所に来ても相手の姿が無いことに首を傾げたが、どうやら相手は少し仕事に手間取って少し遅れるらしい話を案内人から告げられる。
案内人は彼女の姿を見るなり、『なんだ、平民の女か』としか言いようのない態度でふっと鼻で笑った。
「(――なにこの人)」
なんか腹立つ、と、内心で思ったものの顔には出さずに薬術の魔女は通された部屋で大人しく待つ。わざわざ呼び出されたというのに、お茶菓子どころか飲み物も無いらしい。
しばらくして。
案内人が人を連れて再び部屋に入ってくる。その人物が、薬術の魔女にとって『国内で最も魔力の相性が良い相手』だ。挨拶のためか、胸に手を充てる動作の気配がした。
「お初にお目に掛かります」
そして視界に映ったその服装はきちんとしたもので、特別な職しか着れないという――確か、
「見ての通り、私は『宮廷魔術師』をしておりまして――」
その言葉に、「(そうだ、宮廷で最高峰の魔術研究をしてる職業だ)」と思い出す。
「少々、仕事が立て込んでしまい、お待たせして大変申し訳ありません」
相手の程良く低い声は淀み無く紡がれ、するりと耳に入った。言葉を使う魔術師だからかな、と一瞬で思考し納得する。
「……短い間やも知れませぬが、宜しくお願いいたします」
言葉をの終わりと共に、相手は軽くお辞儀をした。
薬術の魔女が思考を巡らせている間に、遥か上からの挨拶は終わったらしい。遥か上と称したのは、相手はちらりと視線を上げた程度では顔が見えないくらいに背の高い相手だったからだ。
薬術の魔女は声の主の顔を見ようと見上げ、
「……(うわ、目付き悪っ)」
その氷のような鋭い視線にひゅっとなった。いや、目付きが悪い訳ではなさそうだ。ただ視線が鋭いだけで。それと、顔が良い。
「(……宮廷魔術師で長身で声と顔が良い)」
思わぬ情報量に少し呆けていると
「……私が挨拶をしたというのに、御返事は無いのでしょうか? それとも、私の様な宮廷の犬とは挨拶をしたくないと?」
随分な御挨拶ですね、と彼は口元に手を遣り、値踏みするかの様に目を細める。
相性結婚の相手は、黒紫色の長い緩やかな髪と常盤色の深い緑の目を持つ男性だった。ゆるく編んでいるらしい髪は随分と長く、太腿に届くくらいある。また手入れがされているらしく毛先まで艶やかだ。
髪と同色の睫毛は長くてそれに縁どられた目は伏せ気味で儚げな雰囲気があるも何の感情も感じさせず、作り物めいていた。
だが、薬術の魔女が今まで出会った人間の中で、最も背が高くて顔が良い。
「あっ、ごめん! ……なさい、ちょっとびっくり、あ、少し驚いただけ、なので」
ぺこりと頭を下げると、なぜか彼は一瞬驚いたように目を見開いた。
「体裁等如何でも宜しいので、お好きなように話して下さって構いませんよ。その方が気が楽でしょう」
そして楽にして良いと言った。本音は「いちいちつっかえる方が会話が進まなくて面倒だ」とでも思っているのかもしれない。
「えーっと、じゃあお言葉に甘えて。わたしは「『薬術の魔女』。齢は15の魔術アカデミーの第四学年生、でしょう」……そうだけど」
遮られ不満気にその顔を見上げると、魔術師の男は何が楽しいのか口元に手を充てたまま、深い緑色の目を三日月のように細めて笑みを浮かべていた。
あだ名については知らないが、彼の言った所属については、服装を見ればすぐに判るものだった。薬術の魔女は、魔術アカデミーの制服を着ていたのだから。貴族にはドレスやスーツなどの正装があるが、ただの学生平民には制服が一番の正装になるので仕方がない。
「(……というか、自己紹介くらい自分でさせてよ)」
×
「アカデミー生ということは、寮にお住まいですか」
魔術師の男は薬術の魔女に問いかける。
「そうだよ。さっききみが言った通り学年は第四学年で、薬学コース」
頭2つ分程の身長差がある魔術師の男と薬術の魔女は、目線を合わせるためにも部屋にあった椅子に座り、情報交換をすることにした。
「ふむ、魔術科ではなく?」
「うん。興味なかったからね。あと、薬学の方が面白そうだった。実際面白いよ」
「然様ですか」
あまり興味なさそうな冷淡な相槌を打ちながらも、魔術師の男は聞いたことをメモしているようだ。
「きみの方は?」
「私は宮廷で魔術の研究と為政者の真似事をしておりますよ。……他は守秘義務が生じるので言えませぬ」
「分かった。わたしは今、寮に住んでるんだけど、寮住みだったら何か問題ある?」
「いいえ。唯……所謂お試し期間……いえ、婚約の期間を何時から始めようものかを考えておりましたもので」
「あ、同棲とか必要なんだっけ?」
「ええ、まあ。なので……卒業後からの方が好ましいでしょうか」
「あと3年後くらい?」
「そうです。然し、制度は飽くまでも制度ですので……其の間に良い方を見つけたの成らば鞍替えをなさっても構いやしませんが」
鞍替えってなんだ。
「……初対面の婚約相手に堂々と別れの話ってどうなの」
「私は虫除け程度にしか此の制度を利用する積もりが無いもので」
胡乱な目の薬術の魔女に構わず、魔術師の男は答える。
「権力とか色々擦り寄ってくるのが面倒って事ね」
「そうです」
「はっきり言うね」
「ですので、気になる御方がいらしてもお気遣い無く、其の御仁と付き合うなり逢瀬するなりなさっても構いません」
「へぇ。そんな相手できるか知らないけどね」
今まで一切居なかったし、これからも他にできるとは思えなかったのでてきとうに相槌を打った。
「もう一つ。……『薬術の魔女』殿」
「……なに?」
婚約者になる相手同士なのに超他人じゃんと思いつつ、薬術の魔女は彼を見上げる。
「私の方から、『相性を確かめよう』と云うつもりはありません」
「うん?」
彼の言葉に首を傾げ、ここは魔力の相性の良さで選ばれた場だったのだ、と思い出した。
二人が引き合わされた『相性結婚』の制度は、相性を確かめて、場合によっては子供を作ることになる。だが、彼は虫除け程度にしか利用するつもりがないので、相性を確かめるつもりは、当人は無いということらしい。
つまりは、相性について気になったら薬術の魔女の方から来いということか。
薬術の魔女を見つめ、
「而ご安心召されよ。仮に相性を確かめる事態に成ったとしても、婚前交渉は致しませぬ」
そう、彼は静かに告げた。
「……こ、」
婚前交渉。つまり、『結婚するまでは一切の手を出さない』と彼は言ったのだ。しかし結婚をするならば、相性結婚の制度に基づき子を成すためそれ以降は除外すると。
「うん。分かった」
ある意味、それは彼女にとって安心材料となる。好きかどうかよく分からない相手と何かあったら、本当に好きな相手ができた時に後悔しそうだと思ったからだ。
「――まあ、未成年に手を出したとなると見聞が悪い、いえ、悪過ぎますからね」
「そうだね」
視線を逸らし溜息混じりに吐いた言葉は、きっと彼の本音だ。だが、手を出された例を知っているので薬術の魔女は軽く頷いて口を閉ざした。
彼なりの気遣いだと思うことにする。
婚約を表す装飾品はお試し期間を始める頃に身に付けるので、『相性結婚』の相手だとお互いを認める書類に名前を書き込むだけで用事は済んだ。
ということで。とりあえず婚約者とはなったものの、同棲や性格の相性の確認は卒業後からという事になった。そもそも、婚約期間の終了後に結婚するかも怪しいのだが。ちなみに魔術師の男は24歳らしい。9つも年上だった。
そして、この2年の間に誰か良い相手ができても基本的には無干渉で、という話も決定した。絵に描いたような契約婚約になりそうだ。
×
「それってあなた的にどうなの」
同級生の友人2人に「昨日はどうだった?」と訊かれたので、大まかな内容を伝えると、2人共に、怪訝な顔をした。
「ん、まあそんなもんだよなぁって」
「結構冷静ね」
同じアカデミーの制服を可愛らしく着こなす友人Aはふわふわなブルネットの髪を弄りながら、溜息を吐いた。
「だって結構年齢離れてたし、引く手数多っぽそうだったし」
「どんな人?」
友人Aと違い規定通りに制服を着る友人Bは、少し前のめりになって問いかける。
「顔は良い人」
「あなたが言う程って事は結構整ってそうね」
「そうじゃなくて、お仕事とか性格とか」
相槌を打ちながらも興味皆無な友人Aと、薬術の魔女の返答に「違う」と首を振る友人B。
首を振った拍子に揺れる、友人Bの癖のない亜麻色の髪が綺麗だなぁと、思いながら
「宮廷で魔術師やってるらしい人。物腰が丁寧で上品な感じだけど、性格は今のところ分かんないかな」
そう答えた。向こうはあんまり教えてくれなかったので、答えようもなかった。
「随分と凄い人、捕まえたんだね」
「ただの確率だよ。そんな凄いものじゃないって。あと捕まえてもないし」
相性結婚の通知が来た次の日、薬術の魔女はアカデミーに来ていた。ただの登校である。
アカデミーでは昨日の薬術の魔女のような、相性結婚の話題で持ちきりになっていた。理由は、その相性結婚の通知が15歳ほど、つまりアカデミー四年生になる頃に届き始めるためだ。そして先週の学期初めから、その身に通知が届いた同級生が大量に発生していた。
薬術の魔女は『とうとう撤廃しそうだからできる限り組み合わせを叩き出して僅かでも成果を上げたい』とかそんな理由だろうと思っている。
「好きな人いるのに」とか「見た目が好きじゃない」とか、そういった話題で同級生達は騒いだ。おまけに、誰に通知が来たのか廊下に貼り出す迷惑仕様なので、薬術の魔女に通知が届いていることも大勢に知られている。
「席に着けー。HRを始めるぞー」
担任の声に、ようやく教室は静かになった。
×
数週間ほど経つと、『相性結婚の相手が気に入らない』という声がちらほらと聞こえ始める。通知が来てすぐに同棲を始めたり色々やってみたりした人達の不満の声だ。そして、
「確かに、相性はいいんだけどね」
という言葉がそれの文頭か文末に大体付く。
何が、とは言わなくともなんとなくは分かる。魔力の相性の話だ。魔力の相性が良いと『色々とイイらしい』という話もよく聞くので、まあ、そういうことだ。
薬術の魔女は、図書館で本を読んでいた。普段は薬草の図鑑や学術書を読むが、なんとなくで物語の本を読む。すると、
「本当に、無理。もうやめたい」
と、嘆く学生の声が聞こえた。その周辺にその学生の友人もいるようだ。
盗み聞……偶然聞こえた内容を要約すると、『魔力の相性は良いかもしれないが、性格が絶望的に合わなかった』ということのようだ。学生でも寮生活を途中で辞めて同棲している話はよく聞いていたので、あまり驚きは無い。
「……(割と気兼ねなく色々やってるもんだなぁ)」
自分のところとは大違いだ、と思いながら、『虫除けにしたい』と言っていた魔術師の男を思い出す。思い出しながら、
「(あの古臭い言葉遣いは貴族だよなぁ)」
とも、なんとなく思った。所作もどことなく上品だったし。
そして、貴族の大半はこの制度に反対していること、この制度の弊害で哀れな平民がどんな目に遭っているのかを、思い出す。平民とは結婚したくないが『相性が良い』その部分を捨て切れない貴族に、娼婦もどきをやらされている平民が、実は結構多いのだ。
「(ま、本当に虫よけ程度にしか考えてなさそうだし)」
この数週間、全くの音沙汰もない。手紙の一つだって届きやしない。
「(わたしも似たようなものだよね。何もやってないし)」
こちらに干渉してこないのならば別にどうだって良いと思う薬術の魔女だった。
×
秋の中旬。大体の学生が新しいクラスや授業に慣れ始めた頃に、新しい刺激がやってくる。
「――ということで。例年と同じように、しばらく卒業生の方々が視察で来ています。失礼の無いように」
1限目の冒頭で、共通科目の基本魔術応用の教師は学生達に告げた。
卒業生、というか城勤や軍部の魔術師達が、未来の同僚を漁りに、または質の確認に来たのだ(と、薬術の魔女は思っている)。魔術師達が居る間は、学生達もそれなりに静かでいてくれるだろう。
この視察は毎年の始まりから大体半月から1年の間かけて行われる。この期間の差は、ただ単に半月で来るのを辞めるか、1年通い切るかの差だ。そういう契約なのか、ただの自由意志なのかは定かではない。
大体、初めの頃は毎日のように来て、やがてフェードアウトしていく魔術師が多い。あと、後期の冒頭にも続投が来る。
「(あんまりわたしには関係ないなぁ)」
と、頬杖を突きながら、視察に来たらしい魔術師達を見る。魔術師達が視るのは主に魔術コースの学生や授業の様子であって、薬学コースの授業には一切来ないし興味も持っていないだろうから。
若い魔術師達は丁寧に挨拶をするものの、なんとなく学生達を見下しているようにお高くとまった雰囲気だ。
「宜しくお願い致します」
「……あっ」
「え?」
「どうしたの」
その中に、婚約者の魔術師の男がいた。