番外編 密着‼ にぶんの24時!|ep.紅映
番外編。
時系列的には紅映(二番目に登場したヒロイン(ツンデレ))と仲良くなったあたりです。
(なななな、何してんの⁉)
うだるような初夏のこと。
東雲紅映は困惑していた。
「や……っ、あっ、ダメ、想矢……そんなに激しく突かれたら、わたし……」
「まだまだ! くっ、ちなつ! いくぞ!」
「ら、らめぇぇぇぇ」
同い年で、兄を救ってくれた楪灰想矢。そして、その友達の笹島ちなつ。
二人の声を、紅映は『岩戸』の敷地内にある日本庭園の茂みから聞いていた。
「あ、あんたたち! なにしてんのよっ‼」
だから、つい茂みから飛び出して、声を上げた。
そして瞳に映る。
青空の下、滝のように汗を流し、激しく呼吸をする男女の姿が。
その男女二人は、木剣をそれぞれ握っていた。
「あー! くーちゃんだ! くーちゃんも一緒に練習する? 剣術の!」
「……ま」
「ま?」
「紛らわしいことするなぁぁぁぁぁ‼」
東雲紅映の叫びが、岩戸中に響き渡った。
*
「ほほう。で、紅映はいったい何をしていると考えたのかなぁ?」
「うっさい! 頬っぺたつねるよ!」
「ひは、ひはい。つねってるつねってる」
顔が熱い。
胸がどきどきしてる。
もう、もうもう!
これも全部、この馬鹿のせいだ!
「で、何の用だったんだ?」
そうだった。忘れてた。
そもそもそれが目的でここに来たっていうのに。
「はいこれ、お兄ちゃんから」
「碧羽さんから? 中身は?」
「聞いてない」
でも、どうしても手渡しで渡せって言われたのよね。お兄ちゃんが直接渡せばいいのに、そしたら「それじゃ意味がない」なんて言われて。
まあ、お兄ちゃんはあれで日本最強角だし、忙しいのかもしれない。
そう思いながら、妙に古めかしい棒状の――リレーで使うバトンの土器のようなものを彼に手渡した、その時だった。
「――⁉ な、なにこれ⁉」
そのバトンのような土器が、まばゆく輝いた。
「……?」
ゆっくりと、閉じたまぶたを押し上げた。
一体何だったんだろう。
「とにかく、渡したから」
「お、おう」
「じゃあ、私はこれで……」
あ、あれ?
なんかおかしい。
「ん……んんっ! んんん⁉」
手のひらを、開こうとする。
開かない。
棒を掴んだ右手が、棒から離れない。
「……碧羽さん、やってくれたな」
「知ってるの⁉ 想矢!」
「ああ」
「どうなんってんの⁉ これ!」
「……落ち着いて聞けよ?」
想矢が、私の目を見てゆっくりと口を開いた。
「これの名前は縁結びの呪棒。同時に握った二人を、12時間結びつける呪具だ」
「……は?」
「要するに、俺とお前、半日離れられない」
半日、離れられない?
誰と、誰が?
私と、こいつ?
「はぁぁぁぁぁぁ⁉」
*
笹島ちなつです。
ちょっと席を話している間に、面白そうなことになっていました。
「なるほどなるほど。その呪いの装備のせいでくっつかざるを得なくなってしまったと」
なにそれ。
うらやましい!
「誠に遺憾ながら」
「ちょっと、どういうことよ! つねるわよ!」
「紅映と一緒に過ごせるなんて幸せだなぁ」
「変態! つねるわよ!」
「……理不尽すぎる」
これが終わったらわたしも想矢とくっつこっと!
あ、でもその前に……。
ちょっといたずらしちゃお!
「まあまあ二人とも落ち着いて。はい、お茶どうぞ」
「ちなつさん、ありがとうね。泊まる部屋まで用意してもらって」
「いいのいいの! どうせ空き部屋でいっぱいだから! むしろにぎやかになってうれしいよ!」
で、どうなるかなぁ。
そのお茶、利尿作用の強いやつなんだけど。
*
「ふ……くぅ……」
「紅映? 体調悪いのか?」
「なん、でも、ないわよ」
まずい、すごく、まずい。
(お、おトイレ行きたい……!)
でもでも!
この棒のせいでいけない!
お兄ちゃんの馬鹿ぁぁぁぁ!
「大丈夫なわけないだろ。熱でもあるんじゃないか? どれ」
「……。……っ⁉ ばっ! どんな熱の測り方っ」
私の前髪をかき上げた想矢が、私のおでこにおでこをぴとりと当てる。
彼の体温が、頭をとして伝わってきて。
彼の匂いが、鼻を通って伝わってきて。
彼の息遣いが、耳から伝わってきて。
そ、そんなことされたら、私、私ぃ……っ!
「ば、馬鹿ぁぁぁぁぁ!」
「――⁉」
この時の私の左拳は、間違いなく世界を捕らえたと思う。もしかすると私は、時代が時代ならボクシングで世界チャンピオンになっていたかもしれない。
「はぁ……、はぁ……」
あ、チャンス。
今ならトイレに行ける。
*
そのあとも、なんやかんやあった。
でも、どうにか夜まで、何事もなく耐えしのいだ。
「こっち見たら呪うから」
「現状がすでに呪われている件」
今、私たちはふすまを少しだけ開けて、部屋をまたぐ形で布団に潜っていた。
「……寝ないのか?」
「寝ないんじゃないわ。寝れないのよ」
多分、この時の私は疲れていたんだ。
「ちょっと前、お兄ちゃんがいなくなったでしょ?」
「ああ、蝗害の呪いの時か」
「……うん」
でなければ、こんな弱音を吐露するはずがないから。
「今回は、生きて帰ってきてくれた。でも、次は? その次の戦いは?」
「……」
「お兄ちゃんのいる日常が、当り前の日々が、本当は薄氷の上にあるって、気づいたわ。そう思ったら、明日が来るのが、怖くて、不安で」
棒を握る手が震えるから、反対の手で抑え込んだ。
もう、ずいぶん長いこと、深い眠りについていない。浅い眠りと、分割睡眠でごまかしている。
「守るよ、俺が」
「……え?」
ふすまの向こうから、声がした。
「碧羽さんも紅映も。俺の手の届くところにいる人は、誰一人悲しませない。絶対、笑顔にして見せる」
「想矢……」
……ああ。
どうして、だろうなぁ。
こいつが言うと、本当にそうなんだろうなって、安心しちゃうんだよなぁ。
今日は、久しぶりに、眠れそう……。
「お、おお⁉ 解けた‼」
と、その時だった。
呪具の効果が解けたようで、想矢が喜びの声を上げた。
「……ふーん。私から離れられるのが、そんなにうれしいんだ?」
「え? そりゃそうだろ。これでお互い変な気を遣わずに――」
「ぬんっ‼」
この時の私の右拳は、おそらく宇宙を捉えていた。
もしかすると私は、時代が時代なら地球代表のプロボクサーになっていたかもしれない。
私の足元には、気を失った楪灰想矢が布団に倒れている。
「……」
私はしばらく、その場でうんうんうなった。
それから一つ、決意した。
「おやすみ、想矢」
彼の眠る布団に、潜り込んだんだ。
今だけは、彼のぬくもりが恋しくて。
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