第74話 麒麟
『ふ、ふ、ふ。よく、ここが分かりましたね』
白虎との戦闘を終え、オレはようやく呪い渡しの回廊までたどり着いた。
そこには予想通り麒麟が待ち構えていて、背後にはぐったりした様子の神藤さんが横たわっている。
「返してもらうぞ。『岩戸』も、神藤さんも、誰もが笑って暮らせる平和な今も」
『ふ、ふ、ふ。もう遅い。吾輩の大願は、すでに叶った』
「……何?」
『見よ。生まれ変わった呪い渡しの回廊を!!』
麒麟がパチンと指を鳴らすと、暗幕が取り払われ、その回廊が現れる。
かつては生命の神秘を感じさせるような淡い花色の光をともしていたその場所はしかし、今は『呪い』の巣窟と化していた。
『ふ、ふ、ふ。素晴らしいでしょう! これが「付喪神の呪い」! 呪い渡しの回廊は今や吾輩の思うがまま!!』
「それなら『呪い』をもって祓うまでだ。青龍も玄武も朱雀も白虎も葬った。今のお前に何ができる」
『ふ、ふ、ふ。四神すべてが祓われましたか。結局、誰一人として吾輩の理想に並ぶ者はいなかったわけです』
……なんだ、この余裕は。
四神は倒した。
七つの大罪は脅威ではあるけど、四神と比べれば幾段か劣る。第一その多くは外で碧羽さんが対処してくれている。
だとするなら、奴の余裕は……。
『それなら、こいつでどうでしょうか』
麒麟が柩を開く。
なんだ、新皮質がうずく。
『来い、神を冠する怪鳥、「フリカムイ」!』
「……は?」
麒麟が纏った『呪い』。
それはバーストに次いで、オレの二番目の切り札であるアイヌ神話の巨鳥「フリカムイ」だった。
(そうか。オレが使っていたのはゲーム内のフリカムイだから、あいつが現実のフリカムイを封伐していても不思議じゃねえ!!)
フリカムイは本来、『ぱんどら☆ばーすと』内でバーストの前に挑むボスキャラだ。
ゲーム終盤で登場するだけあり、その性能は破格の一言に尽きる。
その神話級の『呪い』を『呪い』が纏ったら。
『ふん』
「ぐあっ!?」
麒麟が声を張り上げただけで、オレの体は吹き飛んでいた。壁にぶつかり、骨が軋み、嫌な音が響いた。
『ふ、ふ、ふ。すばらしい、この力。最高だ』
「ぐぅ、てめぇ……」
『どうだ楪灰想矢。貴殿に選ばせてやろう。吾輩の手先として新たなる世界の支配者となるか、それとも新たなる世界の礎となるのか』
「どっちも……お断りだぜ!!」
こうなったら、出し惜しみは無しだ。
「いくぜ、バースト。フリカムイ!!」
両の手に持つ柩がぎゅるりと駆動音を響かせる。
『交渉、決裂だな』
「道は最初から別れていた。決着をつけよう」
『ふん!』
麒麟が腕を払う。
ただそれだけの所作で暴風が吹き荒れる。
それも、触れたものを引き裂く鋭利な刃物のような暴風だ。
「『失せろ』」
それをオレは一声でかき消す。
おそらく本来はバーストが持つ固有能力。
だけど、なんとなく使えるのがわかった。
声をあてられた暴風は、まるで因果律から切り離されたように消滅した。
「うおおぉぉぉっ!!」
フリカムイの翼で推進力を生み出し飛び出す。
バーストの爪を伸ばした腕を麒麟に突き出すと、麒麟はそれを紙一重でよけ、オレは間髪入れずに薙ぎ払い、麒麟は今度は受け止めた。
力と力のぶつかり合い。
そこには反作用が必ず存在する。
今回の場合もっとも色濃く影響を受けたのはオレたちの足場だった。
大理石の床が音を立てて割れ、その下に広がる岩盤がむき出しになり、それもまたひび割れる。
「チッ」
力は互角か。
それならオレの次の一手は決まった。
押してダメなら引いてみろだ。
一瞬だけ力を抜き、均衡を崩す。
「≪穿天燕≫!!」
『ム!』
斥力を失った麒麟の重心がわずかにブレる。
時間にすればコンマ1秒にも満たないわずかな時間。
だが、それだけあれば十分だ。
神藤さんの必殺技、貫手を奴の横腹めがけて打ち込む。
麒麟も反対の手でオレの貫手を受け止めた。
だが、穿天燕の衝撃は、障害を貫通するぞ。
『ぐっ!?』
「格闘技の透かしみたいなもんだ。威力は桁違いだがな」
麒麟の腕がひしゃげ、出血の代わりに瘴気があふれ出る。
技に関しては、オレが上回りそうだ。
『ぬんっ!!』
「……おいおい、なんつー再生力だよ」
だが、その負傷は麒麟の一声で塞がってしまった。
『「呪い」は負のエネルギーがある限り不滅。そしてこの呪い渡しの回廊からは、複数の未来から無限にも近しいエネルギーが送られてきている。この意味がわかるか?』
麒麟の肩甲骨から、三本目の腕が生える。
その手の先には漆塗りの柩が握られていた。
超常の柩だ。
『この場にいる限り、吾輩は不滅ということだ!!』
柩から『ニホンオオカミの呪い』が召喚され、オレの喉元に食らいつこうとしてきた。
麒麟との組み手を拒否し、距離を置こうとして気づく。貫手を放った手を麒麟はしっかりと掴んだままだ。距離はとれない。
代わりに翼を動かし、ニホンオオカミの体を引き裂いた。瘴気があふれ、虚無に溶ける。
『相対する貴殿は、所詮人間。「呪い」の力を使うだけで摩耗していく』
「ぐっ」
『これまで振るってきた貴殿の刃が、今度は貴殿の身に襲い掛かるのだ!!』
反動はバーストが軽減してくれているけど、それにも限度はある。まして柩の同時使用となれば、その代償は決して無視できない。
『もはや貴殿に勝ちの目は無い』
「……確かに、そうかもな」
総合的に見て実力は互角。
長引けば長引くほどオレは不利になっていく。
たしかに、もう潮時かもしれない。
「だが、打つ手がないわけじゃない」





