第69話 追憶ノ三
「……まったく、君はいったい、何がしたかったのさ」
満天の星空の下、バーストは独りごちる。
「君が犠牲になったら、君を助けたいって思ったボクの気持ちは、どうなる」
喉が、閉まる。
声がうまく形にならない。
「君がいない世界も、柩の中も、一緒だよ。暗くて冷たくて、退屈だ」
悲しい。
寂しい。
辛い。
苦しい。
理不尽。
憤慨。
不条理。
いろいろな感情が、バーストの内で渦巻く。
ないまぜの思いを言葉にするのは難しい。
それでも、あえてそれを言葉にするのなら、こんな言葉が適切だろう。
――負の感情。
負の感情は『呪い』を生み出す。
そして『呪い』は、記憶から姿かたちを作り出す。
「……天月悠斗?」
黒い影が、そこに立っていた。
見覚えのある影だった。
「悠斗、悠斗! ごめん、ごめんね」
バーストは、影に歩み寄り、抱き寄せる。
そして、違和感に気づく。
冷たい。
まるで死体のように、血の通わない泥人形のように、あの人肌のぬくもりが感じられない。
「ねえ、悠斗? どうして、黙っているの?」
悠斗は何も返さない。
ただバーストになされるがままに、呆然と立ち尽くしている。
……元来。
『呪い』は人という感情豊かな生き物からにじみ出たエネルギーがもとになって動くものだ。
数千年の時を経てようやく感情のいろはを学んだ元が『呪い』のバーストに、完全な『呪い』を生み出すなんて不可能だった。
ゆえに、その姿は影。
幻想にとらわれるように、縋ることしかできない。
「……こんなことになるなら、さっさと君を取り込んでしまえばよかった。そうすれば、永遠の時間を、君と一緒に過ごせた」
失われた時間。
もう取り戻せない未来。
「……ごめん。ごめんね、悠斗」
バーストの足元から、影が伸びる。
ゆっくり、ゆっくりと、天月悠斗をかたどった漆黒の塊に向かって。
バーストの影が、サメのように口を開く。
開いた顎が、ゆっくりと閉じられる。
そうして、『天月悠斗の影』は、『原初の呪い』の一部となった。
「ねえ、悠斗。知ってるかい? 人の魂は、輪廻転生するって考え方があるらしいんだ」
夜空に手を伸ばす。
皓々と煌めく白月が、天心に向かっている。
「もし、君がまた生まれ変わったら、その時は、今度こそ」
白い月を握りつぶすように、拳を固める。
「同じ時を過ごせると、いいよね」
*
それから、バーストは世界に干渉した。
生物の世界における唯一絶対の理は弱肉強食ではない。適者生存だ。
ゆえにバーストは、己の存在を代償に、適者の理を書き換えた。
その最たる例がスキルシステムだ。
一口に『呪い』といっても、実体を持たずに彷徨う微量な『呪い』というのは存在する。
それらにバーストは、二つのアルゴリズムを埋め込んだ。
一つは転移RNAにまとわりついて、その人物の遺伝子情報を抜き取る仕組み。
そしてもう一つは、遺伝子情報が天月悠斗に近いものに強力な技能を習得させる仕組みだ。
例えば粘土細工職人は、粘土細工のノウハウを脳で覚えるかというとノーだ。腕で、手で、指先で記憶することが分かっている。
それと同じ仕組みだ。
より天月悠斗に近しい遺伝子を持つものに、歴史に名を遺すような偉人のノウハウを移植する。
バーストの言う適者。
それは「天月悠斗」そのものだ。
正直、もっと長い年月がかかるだろうと予測していた。天月悠斗が生まれるより早く、人類が次の段階に進化をするのではないかという不安もあった。
それでも、一縷の希望に夢を託し。
自身の存在を【アドミニストレータ】というスキルに変換し、バーストはかのものが再びこの世にあらわれるのを待ち続けた。
一世一代の大博打。
だが、結果として、うまく行った。
バーストは、天月悠斗のクローンを生み出すことに成功したのだ。
「……ようやく、会えたね。いや、はじめましてと言うべきかな」
突然変異が生み出した、奇跡の産物。
その名は。
「これからよろしく、楪灰想矢」





