第68話 追憶ノ二
バーストは、柩使いが『呪い』と戦える理由を知った。
(この柩、『呪い』の力を引き出す装置なのか!)
バーストの推測は半分正しい。
正確には柩の力は『封印する力』と『呪いを呼び出す力』に分類でき、バーストが予知したのは後者の能力のみ。
「避けるなよ? 天月悠斗が大事ならな」
「……っ!」
「爆ぜろ、『瑠璃鶲』!!」
神藤が取り出した札がバーストめがけて飛来して、眼前で連鎖爆発を起こした。
爆熱がバーストの皮膚を焼き焦がしていく。
「くはは。これで仕舞いだ」
神藤が柩を取り出す。
「……何を」
「ん? ああ、知らなかったのか。くはっ、いいぜ、教えてやる。超常の柩には『封印する力』と『呪いを呼び出す力』があるんだ。もっとも、封印するには呪いが弱っていないといけないんだがな」
「……なんだと?」
どうせ死なない。
死ぬことなんてできない。
そう思っていた。
だけど、そうか。
(封印されれば、バーストという生命はある種の終焉を迎える、か)
バーストは、何の気なく空を見上げた。
瞬く星が、目に染みた。
(それもいいんじゃないかな)
もう、十分に生きた。
もう、疲れたんだ。
(ひたすら命を奪い続けてきたけど、最後に誰かの命を守って終わりを迎えられるなら)
それは、意味のある一生だったって、言えるんじゃないかな。
「終わりだ」
「……そう、だね」
柩が形を変える。
バーストはこの瞬間、捕食者から被食者になり下がったことを悟った。
「……ばいばい。天月悠斗」
世界が、黒に染まる。
*
長く、暗闇の中で過ごしていた。
暗い、退屈だ。
天月悠斗の声が聞きたい。
(ああ、そうか。これが、寂しいって感情か)
柩の中で過ごすうちに、バーストは一つ、感情を覚えた。
(もう、叶うことのない願いだろうけど)
ただひたすら眠り続けるのみ。
それがすべて。
「助けに来たよ、バーちゃん」
「……ぇ?」
そう、思っていた。
*
「裏切り者だ! 生死は問わん! あの柩を外に持ち出させるな!!」
「っ!! くそっ!!」
『岩戸』が管理する伊勢の山を駆ける男が一人。
漆塗りの柩を大事そうに抱きかかえ、月下走り続ける男の名前は何でしょう。
そう、天月悠斗である。
(バーちゃん、絶対に、助けるから!)
妾の子と呼ばれ、貴族同士の社交の場にも呼ばれなかった悠斗が、一代貴族である神藤の家から呼び出されたのは7年前。
それまで悠斗を冷遇していた一族は、手のひらを返したかのように悠斗を丁重に扱った。
幼いながらに、「私はあなたの味方です」、「だから神藤家にも悪口を言わないでください」と言っているのが態度に透けて見えていて、なんとなく嫌な気持ちになったのを覚えている。
天月悠斗が唯一心を開いたのは、皮肉なことに人に害なす『呪い』であるバーストただ一人だった。
だけど、その日から。
バーストは彼のもとに訪れなくなった。
(約束をすっぽかしたからだ)
幼かった悠斗はそう思った。
(バーちゃんはきっと、ボクの帰りをずっとずっと待ってたんだ。なのに、ボクは帰らなくって……はは、愛想を尽かれても、当然だね)
神藤家につながりがあるということで、悠斗は屋敷内に立派な部屋を用意してもらったが、毎夜毎夜抜け出しては、また物置小屋の前で星を眺めて夜が更けるのを待った。
もしかすると、またひょっこりとバーストが現れるかもしれないと、そう信じて。
またバーストが来てくれた時、今度は寂しい思いをさせないようにと、心に誓って。
それからしばらくしてだった。
バーストが『呪い』と呼ばれる存在で、柩使いによって封印されたと知ったのは。
(バーちゃんは、ボクのせいで封印された!?)
何が何でも、助け出す。
『岩戸』への侵入も試みたけれど、警備は堅牢鉄壁で突破できそうにない。
だから天月悠斗は柩使いを目指した。
そして、柩を賜るタイミングで、厳重な檻に封印された柩を見つけた。
直感した。
あれがバーストの封印された柩だ。
……次の瞬間には、体が動いていた。
「そこまでだ天月悠斗! 『岩戸』を裏切ったこと、あの世で後悔するがいい!!」
「裏切ったんじゃない。ボクはただ、大切な友達を助けに来ただけだ」
「その柩を持ち出そうというなら同じこと! 来い! 『火鼠の呪い』!!」
よりによって、捕まった相手が柩使いとは運がない。天月悠斗は自嘲気に笑う。
「くたばれ!!」
次の瞬間、柩使いから放たれた業火が、天月悠斗の身を焼いた。
「ぐぅ……っ、せめて、バーちゃんだけは!!」
抱えた柩のふたを開けた。
駆動音を、鳴らすことなく。
「き、貴様! なんてことを!」
「は、はは。やったよ、バーちゃん」
柩を開くたびになっていた、ぎゅるりという駆動音。あれは、柩から『呪い』の性能だけを呼び出し、『呪い本体』は柩から出れないようにするためのギミックだ。
それを作動させずにふたを開くという行為は。
「バーストを、開放するとどうなるかわかっているのか!?」
『呪い』の、柩からの解放を意味している。
「……うん。これが、ボクの償いだ」
「おのれ、おのれおのれおのれ!」
柩使いは今一度炎を飛ばした。
いっそ超常の柩ごとこの世から葬り去る。
そういった気概とともに。
「……図に乗るなよ、下等種」
「なっ」
だが、その煉獄は、かのものの腕の一振りで消え去った。
「げ、『原初の呪い』!」
「君は契約を破棄した。罪には罰を、その覚悟はできているんだろうね」
「ま、待て! そ、そうだ! その男! 『岩戸』が総力を挙げて、醜い火傷痕を消して見せましょう!」
「それで?」
「……い、いくらなんでも、そのような姿のままあの世に行くのは不憫でしょう? あなたにも人の心があるのなら、彼をより綺麗な姿にしてあげたいと思うはずだ」
「……人の心、ね」
バーストが、手を伸ばす。
「ぐぇっ!?」
「貴様ら人間のあり方を『人の心』と呼ぶのなら、ボクは『醜いバケモノ』のままでいい」
「まっ、たしゅ」
「『原初の呪い』の名のもとに命ず。『死ね』」
「こひゅっ!? う、があぁぁぁッ!!」





