第66話 朱雀
ちなつに、紅映!?
どうしてここに!?
意識が碧羽さんから二人の方に切り替わる。
もちろん、リソースの何割かは碧羽さんに向けたままだ。中断されたと言っても戦闘中。そう簡単に隙は見せられない。
幸いにして、意識が削がれたのは碧羽さんも同様だったらしい。
拳を引っ込めて、二人に微笑みかける。
「……やあ。二人とも、どうしてここに?」
「それはこっちのセリフよ! 二人して何してんのよ、馬鹿!」
「何って、ははっ。男が拳で語り合うと言えば青春に決まっているだろう?」
「そんなぼろぼろになりながら!? そうすれば互いに分かり合えるようになるの? 違うでしょ!?」
紅映と碧羽さんが言い争う。
「想矢、何があったの?」
「……言えない」
「どうして? わたし、想矢のためにここまで来たんだよ? 頼ってくれていいんだよ?」
「……ごめん」
こればっかりは、頼ったって解決なんてしない。
ちなつの悩みを一つ増やすだけだ。
「ちな……」
その時だった。
視界の隅で、赤色の何かが煌めいた。
星の瞬きだろうか。
いや、違う。
「ちなつ! 危ない!!」
「きゃっ!?」
ちなつを抱えて転がり込む。
熱い、熱い衝動が、わき腹を割いた。
「想矢!? 想矢!! どうしたの!?」
「……ちなつ、無事か?」
「わたしはなんともないけど、想矢、血が」
ちなつを抱える手を片方離して、熱量を叫ぶわき腹に手を当てる。
どくどくと、鉄臭い液体があふれていた。
碧羽さんの仕業じゃない。
紅映と一緒に、少し離れたところで驚いている。
だとすれば、これは。
『うふふ。あらぁ、外してしまいましたわね』
「……誰だ、お前は」
『うふ、あぁ……素敵な瞳。わたくしは朱雀と申します。お初にお目にかかります、楪灰想矢様』
「……朱雀、まさか」
『はい。これで、お別れですね』
朱雀という人影が、腰あたりに生えた三対の翼を広げると、緋色の羽根が舞い踊った。
それらは空中でぴたりと制止すると、オレの方に牙をむき、飛来した。
「ちなつ!!」
ちなつを下にして、覆いかぶさる。
どす、どす。
にぶい衝撃が、何度も何度も背中に刺さる。
「……想矢?」
「……何、泣いてんだよ、ちなつ。笑って、いてくれよ、な?」
ちなつの涙を手で拭う。
オレの手はすでに血にまみれていたようで、拭った跡が血痕となってちなつの涙袋を赤く染めてしまった。
ごめん、そんなつもりじゃ。
『うふふ。麒麟様から様子を見て、殺せそうなら殺せとだけ命じられていましたが、ふふ、こうもたやすく射殺せてしまうとは。人間というのは脆弱な生き物ですね』
「……貴様!」
『おやぁ? あなたも、そこの彼を殺そうとしていたんではないんですか? むしろ、感謝してほしいくらいです』
「それは」
……碧羽さん。
オレのために、怒って、くれて。
……よかった。
本心では、殺したくないって、思って、くれていた。
……十分だ。
それだけ、わかったら、心残りなんて。
『うふふ、目下の脅威は消え去りました。もはや我々の障害たりうる相手はこの世界に存在していない』
「そうはさせない!」
『うふ、ただの人間風情が、我々に立てつく気ですか? 愚かですね』
「……うおおぉぉぉっ!」
待って。
碧羽さん。
そいつらには、あなたじゃ、敵わない。
逃げて……。
――ザシュ。
朱雀の右翼が、碧羽さんの体を引き裂いた。
鮮血が吹きこぼれる。
「……ぁ」
視界がにじむ。
夜より暗く、世界が暗転していく。
深い深い海の底に、転がり込むような感覚。
意識の奥底で、誰かの声がした。
――おいで。
真っ黒の瞳が、オレを覗き込んでいる。
――ボクだけが、君を守るから。
*
『うふ、人間の悲鳴というのは、どいつもこいつも耳障りで品が無いですね』
「そうだね。ボクもそう思うよ」
朱雀が何気なく零した愚痴に、答えが返ってきた。
『……あなた、なぜ。明らかに致死量の血を流していたはずですが?』
そこに、一人の青年が立っていた。
玄武が殺されてから観測し続けてきた、その人影の名は楪灰想矢。
「おいおい。ボクを誰だと思っている」
『……あなた、まさか』
この傲慢不遜な態度。
天上天下唯我独尊傍若無人。
これは、楪灰想矢なんて生易しい人間じゃない。
『「原初の呪い」!!』
「ようやく気付いたか。図が高いぞ害鳥。『跪け』」
『ぐぅあっ!』
朱雀の体が重力に縛り付けられる。
自分の意志ではなく、バーストの言葉に体が従うような奇妙な感覚。
それはまさしく、王命だ。
「おい、そこのお前」
「……僕かい?」
「そう。お前はまあ、本気で殺すつもりじゃなかったみたいだから許してあげるよ。どこへでも自由に逃げるがいい、これから始まる世界に、安全な場所があるのならね」
「……お前は、どうするつもりなんだ」
バーストは柩を開くと、フリカムイを呼び出した。
バーストの言葉に必死に抗おうとする朱雀の頭を、瘴気にあふれた足で踏みつぶす。
闇色の影がバーストの足元からあふれ出し、朱雀を飲み込む。
その様子に、東雲碧羽は妙な既視感を覚えた。
これは、そうだ。
柩が呪いを取り込むときと同じ。
『呪い』の捕食だ。
「く、はは。言っただろう? ボクはボクの宿主の安全を守っているだけさ。君たちが想像するような悪意なんて持ちあわせていない」
「だったら、千年前はどうして!」
「……伝承が、すべて真実だと思うなよ?」
碧羽は終始バーストの出方をうかがっていた。
一挙手一投足を見逃さないように、人生で一番の集中力をもって目を凝らしていた。
だが、気づけばバーストは碧羽の目の前にいて、碧羽の首元にその鋭い爪を突き付けていた。
冷たい何かが、首筋から碧羽の体に染み込む錯覚。
実際には何も入れられていない。
どちらかと言えば、血を流している。
それでも、得も言われぬ恐怖が、彼の心をむしばんでいた。
「ボクの思い出を汚すのは、許さない」





