第60話 しりと「り」
山に行こうと言ったからといって、世間はGW。
オレたちのほかにも同じような行動をとろうとする人は大勢いるはずだ。
たとえばコテージはすでに予約で埋まっているだろうし、キャンプをするにもスペースの問題がある。
果たして思い付きで行動しようとする俺たちに微笑む山はあるのだろうか。
あった。
神藤が保有する山があるらしい。
これだから金持ちはスケールが違って困る。
そんなこんなで。
山一つ貸し切った状態でのキャンプが始まったのだった。
「ぷにきゅあ!」
「明かり」
「り、り、リアルタイム」
「村雨!」
「目盛り」
「り、り、り……」
その分少し遠いところだったんだけど、その辺は神藤の使いの人が車を出してくれた。
車が走り出してすぐにちなつが「しりとりしよ!!」と言ったことで今に至る。
「あー! もう!! 想矢の『り』責めなんなのよ!! 『り』からはじまる言葉なんてそうそうないでしょ!?」
「いっぱいあるだろ」
「じゃあ言ってみなさいよ! はいさーん、にー……」
「リアクタンス、リクルート、リバイバル、リピーター、リアリティ、リストカット、リスクマネジメント」
「くっ!! 殺しなさい!」
紅映のくっころいただきました。
「くーちゃん、そんな簡単に死のうとしちゃだめだよ?」
「……べ、別に、本気でそう思ったわけじゃ」
「そうなの? よかったぁ!」
「と、とにかく! 今回はわたしの負けにしておいてあげる! 今度は逆回りよ!」
「いいよー!」
いや勝者は決まってないけど?
紅映のひとり負けでいいの?
君らがそれでいいなら別にいいけどさ。
「いくわよ、しりとり」
「リトアニア」
「蟻!」
「うぇ!? り、リトマス試験紙」
「使徒」
「鳥!」
「ちょ、ちょっと! なんでまた私ばっかり『り』なのよ!」
あわれ紅映。
貴殿の敗因はただ一つ。
ちなつの童心と悪戯心をきちんと把握できなかったことですな。
「り、り、倫理」
「離島」
「瓜!」
「もー!! 想矢! あんた『り』を付けたら単語になる文字でパスしてるでしょ!」
「そんな卑劣な手段、思いつきもしなかったぞ」
「目を見て同じことを言ってみなさい!!」
ばれてーら。
いやパスはしてるけど『り』で送るかどうかはちなつの良心の問題だから。
「紅映……」
「な、なによ」
「大事な話がある」
「ふ、ふぇ!?」
目を見て話せと言われたので目を覗き込んでみる。
紅映が頬を真っ赤に染めて、顔を背けた。
さーん、にー、いーち。
「はーい! 15秒経ったから紅映ちゃんの負け―!!」
「なっ! あんたこれが目的で!」
「はっはっは。何のことやら」
紅映のただでさえ赤みがかっていた顔が、耳まで真っ赤に燃え上がる。
「~~ッ!! も゛っがい!!」
紅映がかわいらしいながらも野太い声で吠えた。
*
そんな感じで、ようやく目的地に着いた。
心地よい間隔をあけて天へと伸びる常緑樹。
隙間から差し込む太陽の切れ端。
木々を分け入って野山に混ざると、少し開けた空間に目的のコテージはある。
「あははっ、紅映ちゃんしりとり弱いんだねー」
「ちがっ! 正々堂々戦えば……」
「途中から素でやっても結局紅映が負けてたじゃねえか」
「あ、あれは! 接待してあげただけだから! あんまり調子に乗らないでよね!」
しりとりは紅映の全戦全敗。
わずか数時間にして、しりとり最弱王の名を手にしたのだった。
んー、からかいすぎたかなって思ったけど、存外言葉の棘にキレがない。そんなに怒ってなさそう。
紅映も大人になったなぁ。
ん? 大人の、オンナ?
いや、考えないでおこう。
「あれ?」
ふと、紅映が何かに気づいた。
紅映の視線の先を見て、オレも気づく。
「お兄ちゃん!?」
「碧羽さん?」
「やあ紅映、想矢くん。それから、笹島さんだね?」
「どうしてここに?」
「仕事でね」
そこにいたのは紅映の兄の碧羽さん。
柩使いの数はただでさえ足りないのに、オレだけじゃなく碧羽さんまでこっちに来てしまってよかったのだろうか?
それにしても、仕事?
「仕事って……」
声をかけようとして、言葉が詰まった。
ぴりりと肌が焼け付く感覚。
碧羽さんの、張り付けられたいつもの笑顔の裏に、冷たい魔物が潜んでいるような気がした。
「……碧羽さん、『岩戸』でなにかありましたか?」
結局。
どう声をかけたものか悩んだ末、出てきたのはそんな言葉。
もたげた鎌首が引っ込むように、碧羽さんから発せられていた嫌な予感が鳴りを潜める。
「それより、バーベキューの準備をしようか」
「わーい! わたしもうお腹ぺこぺこー!」
「ははっ、『岩戸』側で一級の食材を用意したから楽しみにしておいてね」
「はーい! わたし火起こしやるー!」
違和感。
碧羽さんは、オレの疑問に答えを返していない。
彼と付き合いの短いちなつだけは疑問に思っていないようだった。本当に、それくらいの些細な違い。
だけど、よく一緒に『呪い』の封伐に向かったオレや、家族として長い時を一緒に過ごした紅映には、形容しがたい澱が心に積もる。
「あんた、お兄ちゃんと喧嘩したの?」
「怒らせるようなことをした覚えは……あ」
もしかして、アスモデウス相手に一人で戦おうとしたことを怒ってるのかな。
いやでも、バーストに意識を奪われるリスクや、オレが自我を失って暴走する可能性を考えたらやっぱりあれが正解だったはず。
まあ、そこまで理解してくれたうえで、感情で納得できずにいるみたいな話かもしれないけれど。
「はぁ。私が取りなしてあげるから、今日中にごめんなさいするのよ?」
「えー」
「返事」
「はい」





