第57話 並纏『フリカムイ/バースト』
「想矢くん!? 大丈夫かい!?」
「ええ、なんとか」
【アドミニストレータ】を解除する。
相手に時間停止が通じない以上、これを使うメリットはどこにもない。一方的に碧羽さんを頭数から外すだけの愚行だ。
「碧羽さん、全力で逃げてください」
「……何だって?」
聞こえなかった、というよりは、理解できなかったというトーンで聞き返す碧羽さん。
一緒に戦うと言ってくれるようで、心温まりはするけれど、これは力を合わせれば勝てる相手じゃない。
「オレ一人ならどうにでもできます」
「だが……!」
「はっきり言わないとわかりませんか? 力不足なんですよ」
「……っ」
それは、半分嘘だ。
力不足なのは確かだ。
だけど、力不足なのは碧羽さんの方じゃない。
オレの方だ。
「巻き込まれる前に、引っ込んでてください」
有無を言わせぬ態度で、碧羽さんの前に立つ。
「……分かった。だが、一つだけ約束してほしい。必ず、生きて帰ってきてくれ」
「当たり前ですよ。ここでくたばるつもりは毛頭ないですから」
背後で、碧羽さんが柩を駆動させるのが聞こえた。
それから、ばさばさと翼をはためかせる音がして、遠くへ飛んでいくのがわかった。
『ふ、ふ、ふ。お仲間のために犠牲になる。美しい友情ですね』
「勘違いするなよ」
柩を構える。
呼び出す『呪い』は決まっている。
「逝くのはお前ひとりだ」
柩を開く。
ぎゅるりという駆動音。
黒の瘴気が腕を伝って、全身にまとわりつく。
肉体という殻を精神が破り、世界にしみわたる感覚。
(いくぜ、バースト!)
彼女を呼び出すのはおよそ1年ぶり。
だが、他のどの呪いよりもしっくりとくる。
もともとひとつだったかのように、かけたピースが埋まるかのように、かちりと精神にリンクする。
『ふ、ふ、ふ。いでよ! アスモデウス!!』
麒麟が柩をかざすと、内から瘴気があふれ、醜悪な異形が世界に顕現した。
牡牛・人・牡山羊の三つの頭にガチョウの足、毒蛇のしっぽを持つ悪魔。アスモデウスだ。
『ふ、ふ、ふ。吾輩は他の柩使いとは一線を画す存在でしてな、『呪い』を纏うだけでなく、このように召喚することも――』
だが、その異形は、次の瞬間には八つ裂かれていた。
「何か言ったか?」
アスモデウスが厄災級の『呪い』だろうと関係ない。バーストは神話級の『呪い』、それも『原初の呪い』だ。格付けは始まる前から決している。
「……ん?」
『ふ、ふ、ふ。無駄です! 『呪い』の二重封印は不可能!! 吾輩が柩に納めている限り、封伐はできない!! そして!』
アスモデウスの残骸が麒麟の柩に吸い込まれ、また完全体として召喚される。
『ふ、ふ、ふ。吾輩の召喚に上限はなく、何度でも『呪い』を完全復活させられる!!』
「知るか。雑兵がいくら増えたところで敵うと思うな」
だからどうした。
何度立ちはだかろうと関係ない。
爪で裂き、腕力で潰し、脚力で粉砕する。
『……どうやら、その通りみたいですねぇ。でしたら、吾輩も本領発揮と生きましょうか。あなたも知っているでしょう? 『呪い』が『呪い』を纏うすごさを』
「構わない。どんな技だろうと好きに使え」
オレは懐から、もう一つの柩を取り出した。
「どうせオレには届かない。並纏『フリカムイ/バースト』」
『バーストの呪い』を纏った状態で『フリカムイ』の呪いを発動する。
『……柩の二つ同時使用? ばかな、そんなことをして体がもつはずが』
「常識ではかれるかよ、こいつが」
『っ!』
言い終わる前に麒麟の懐に潜り込み、掌底打ちで顎を穿つ。鉄を打つような硬い感触。火花を散らして打ち上げられた麒麟に向かって、フリカムイの翼でとびかかる。
『図に、乗るなぁ!!』
「ぐっ」
だけど、近寄る前に空気の壁を展開されて、そのまま押しつぶされそうになる。
合掌し、その衝撃波で気圧の壁を打ち破る。
『ふ、ふ、ふ。なるほど。青龍が君に敗れた理由が分かりました。たしかに、彼女に君の相手は荷が重い。今日のところは立て直すとしましょうか』
「逃がすと思うか?」
『つかまえられると思っているのですか? 『玄武』、相手をしてあげなさい』
奴の柩が開かれて、中から人影が現れた。
亀の甲羅の盾を片手に、蛇の模様を模した槍をもう一方の手に持った碧緑色の『呪い』だ。
「待て!」
『おっと、ここから先に進みたければ我を倒してからにしてもらおう』
「くっ、どけ!」
甲羅ごと穿つつもりで腕を突き出した。
が、虚空で金縛りにあったかのように、その場でぴたりと運動が止まってしまう。
『むだだ。我が盾の堅きこと、能く陥す莫きなり。そして、我が矛の利きこと、陥さざる無き!』
「……なるほどね。概念が付与された武具ってところか」
『さよう! 我が眼の黒いうちは、麒麟を追えると思うな』
「ふーん。じゃあ、案外短そうだな」
『何だと?』
【時空魔法】で、奴の槍とオレの機巧竹刀をすり替える。
「貫け」
ただ一振り。
獲物が入れ替わっていることに気づいた玄武は、矛の軌道上に盾を構えるが、そもそもこの矛と盾は決して交わらない。
互いに斥力を生み出し、槍も盾も明後日の方向にはじけ飛ぶ。
あとは竹刀を片手に持つ玄武だけ。
『ま、待て! 我を殺したところで――』
封印とは異なる、『呪い』に対する第二の対抗手段。『呪い』を纏った『呪い』による攻撃。
バーストの爪が、玄武を八つ裂きにした。
「失せろ」
『呪い』が霧散して、消滅した。





