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第56話 アスモデウス

 西の海が真っ赤に染まる。

 碧羽さんはすでに待ち合わせ場所にいて、オレに気が付くと軽く手を挙げて合図してくれた。オレはオレで同じような動作をして分かってますの意思表示をする。


「やあ想矢くん、気づいているかい?」

「まぁ、これだけ堂々と存在を主張してくれたら嫌でも気づきますって」


 日が暮れていくにつれ、空気の重々しさが増していく。それは北西から徐々にやってくる。まるで西高東低の冬型気圧配置のように。


「……来ましたよ」


 のっそりと、林からそれが現れる。


 牡牛・人・牡山羊の三つの頭にガチョウの足、毒蛇のしっぽを持つ悪魔。

 アスモデウス。


「ははっ、ここまでとは。視界に入れるだけで凍傷になりそうなおぞましさじゃないか」

「オレが片付けるんで、引っ込んでてもいいですよ」

「冗談」


 オレたちは柩を取り出すと、柩の口を開いた。

 ぎゅるりと駆動音が走り、立方体のそれが変形する。

 内から闇色の瘴気があふれだし、オレたちはそれを纏った。


「行きます」


 【アドミニストレータ】を使う。

 モノクロに染まる世界。止まった時間。

 静寂が耳もとで叫ぶ世界を疾駆して、アスモデウスの懐に飛び込む。


「一閃」


 【時空魔法】で虚空から取り出した剣で抜刀術を使う。切っ先がアスモデウスの胸板を引き裂いて傷口を開く。まだ浅い。


「双葉」


 返す刃で右切上、上方で弧を描き、右肩から左胴に掛けて袈裟斬り。アスモデウスにさらにダメージを加える。まだ足りない。


「三元」


 一閃・双葉の交わる点を貫く音速の刺突。

 アスモデウスの血肉を抉る感触が手を通して伝わってくる。


「四天」


 三元で突き刺した「点」から横なぎに一振り「線」を描く。切断「面」が「立体」的に切り崩される「時空」を超えた斬撃。


五筒開花(ウーピンカイホウ)ってな」


 【アドミニストレータ】を解除する。

 開かれた傷口から鮮血が、時間を思い出したかのように吹きこぼれる。その様子はさながら血花が咲き誇るかのよう。


『グルルゥゥゥォォォォォ!!』


 アスモデウスが悲鳴を上げる。

 足元が不安になるような、地響きを生み出すうなり声だ。


「……あれを食らってまだ立つのかよ。その生命力は感嘆に値するが」


 怒りと恐怖のないまぜになった瞳でオレを見るアスモデウスに対し、オレは切っ先を天に向けてふらふらと手首を振る。

 ゆらゆらと揺れる剣の先。

 そこには、夜空を背負った碧羽さんがいる。


「出会った時が最期だ」

「セイヤァァァァァ!!」


 蝗害(こうがい)の呪いを纏った碧羽さんのドロップキックが炸裂する。アスモデウスの呪いは半壊していて、原型すら曖昧な個所が見受けられるほどだ。


「さすがですね、碧羽さん」

「想矢くんの方こそ。僕の目には君が抜刀した瞬間すら映らなかったよ」

「そういう技なので」


 一瞬の視線の交錯。

 やり取りされた内容は「どちらがアスモデウスを封印するか」。

 当たり前と言えば当たり前なんだけど、オレの柩にはすでにゲーム内のアスモデウスが封印されているので碧羽さんに譲る。


 碧羽さんがうなずき、柩を構えた時だった。


『ふ、ふ、ふ。いやはや、さすがは当代最強の柩使いと謳われるお二方。まさかアスモデウスがこうもたやすく破られるとは』


 アスモデウスと碧羽さんの間に、気が付けば黒い影がたっていた。


「……誰だ」


 納刀術で剣を鞘に納めつつ、抜刀術の構えをとって相手の動きを警戒する。


 気を抜きはしたけれど、意識は緩めなかった。

 一体いつの間にここに現れた。


『ふ、ふ、ふ。いやはや、それが人にものを聞く態度かと不満はありますが、よい余興を見せてくれたお礼です。お答えしましょう。楪灰(ゆずりは)想矢(そうや)

「っ!?」


 気が付けば、それはオレの隣に立っていた。

 反射的に剣を抜く。

 だが、返ってきたのは虚空を引き裂く感覚。

 刃が届くより早く影は闇に溶け、気づいた時にはまたアスモデウスの近くに立っていた。


(幻術? それとも瞬間移動?)


 確かめる方法は、これか。


(【アドミニストレータ】!)


 時間を止めて、人影に切り込む。


『ふ、ふ、ふ。人の話は最後まで聞くものですよ?』

「なっ!?」


 モノクロの世界で、そいつは何事もなかったかのように動いた。

 にやりと微笑んだかと思うと、刹那のうちに回し蹴りがオレの腹に吸い込まれていく。

 極限の集中に、歪む知覚。一瞬が無限にも思えるほどスローモーに流れる世界で、オレの双眸は確かにそいつの反撃をとらえていた。


 だが、身体はすでに、半ば完成した斬撃を放つために動いている。技巧もスキルも何もない、ただ圧倒的な速度に裏打ちされたその蹴りを避ける術はなかった。


「がっ!!」


 ぐるりと世界が回る。

 右肩や背面に硬い衝撃が走り、遅れて自分が地面を転がりまわっていることに気づいた。


『ふ、ふ、ふ。少しは頭も冷えましたか?』

「……お前、まさか」


 【アドミニストレータ】の時間停止が通用しない相手。圧倒的な実力の持ち主。

 オレはそいつに、心当たりがある。


『ふ、ふ、ふ。お察しの通りです。吾輩は貴殿がうち滅ぼした青龍をはじめとする四神を統べるもの』


 その影は、懐から漆黒の立方体を取り出した。

 オレはその箱の正体を知っている。


 やつはアスモデウスに箱を向けた。

 ふたの開かれた箱は顎を大きく開くように姿を変えると、アスモデウスだった異形の跡を一飲みにした。


『名を、麒麟と申します』


 超常の柩(パンドラ)を使う、『呪い』だ。


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