第54話 犯行現場
『ぱんどら☆ばーすと』がエロゲである理由。
それは、主人公が最初に手にする『呪い』がカギとなる。
ソロモン72柱、序列32位。
聖書で言及されている4柱の悪魔の1柱。
牡牛・人・牡山羊の三つの頭にガチョウの足、毒蛇のしっぽを持つ悪魔。
かのものは、かつて王に逆らった。
そも72柱をソロモンが従えることができたのは、ソロモンの指輪と呼ばれる特殊なアイテムを持っていたからだ。
それを盗み出したその悪魔は、指輪を海に投げ捨て、一時は悪魔の王として世界に君臨した。
「被害者は全員既婚者男性。結婚相手の女性相手に精魂吸い付くされて死亡しています」
その悪魔の名は――
「アスモデウス」
「そう考えるのが自然だろうね」
『岩戸』の深部。
本家の神藤、それからその付き人に、情報担当の中でも一握りのものや柩使いのみに立ち入ることが許されたその場所で、今回の『呪い』に対する作戦会議が行われていた。
これは非常に珍しいことだ。
「七つの大罪の一つ、色欲を司る悪魔ですか。それはまた厄介な『呪い』ですね」
「ああ、だからこうして作戦会議が開かれた」
『岩戸』において、封伐に作戦会議が開かれるパターンは少ない。
理由は簡単で、結局、いくら話し合いをしたところで答えは一つしか出ないからだ。
『呪い』を封伐できるのは柩使いだけ。
その柩使いについても数があまりに少ない。
会議に時間を割くくらいなら、最初から近場の柩使いを封伐に向かわせた方が多くの人を救えるという判断のもとだ。
それでも作戦会議が開かれるのは二通りのいずれかだ。
一つ、封伐員の育成。
実戦経験が少ない封伐員が作戦に参加する場合は、死亡率を少しでも減らすために細心の注意が払われる。
これは最初、神藤さんが大蛇の呪いを封伐に向かった時のそれが当てはまる。
そして二つ目。
無策で突っ込ませても封伐員が無駄死にすると判断されたパターン……つまり、強力な呪いが現れた時だ。
「碧羽。楪灰さんと二名で対処できますか?」
「ふぅ、神藤様。厄災レベルの悪魔相手にたった二人って本気で言っています?」
「なら好きなだけ人を連れて行ってもいいわ。ただし、犠牲者は一人として許しません」
「冗談。子供のお守をする余裕なんてないよ」
碧羽さんと視線が合う。
まあ、そうするほかにないだろう。
どうせ戦力としてあてにならない人を連れていくくらいなら、二人で向かった方が安全だ。
「……しかし、犯行現場と時刻がばらばらだね。せめて次に現れる地点さえわかれば別なんだけど、想矢くんはどう見る?」
三重県がでかでかと記されたマップに、黒いサインペンでつけられた無数のペケ印。
それぞれの横には推定犯行時刻・経緯・被害者の名前が記されている。
「そうですね……」
オレは地図を受け取ると、少しして線を一本引いた。
「おそらく、この直線上のどこかです」
「志摩半島? それも東端にかなり近いところ?」
「この悪魔は無作為に人を殺しているように見えて、一つのルールに従って行動しています」
津市から始まり、右に左に往復する犯行現場の経度差をメモしていく。
一度目は東におよそ0.3178度。
二度目は西におよそ0.2679度。
三度目は東におよそ0.2361度。
四度目はまた東におよそ0.2134度
「この数字は?」
「自然数の平方根の、階差数列です」
「階差数列……なるほど、いや待ってくれ。それじゃあ」
オレはうなずいた。
確かに、この数字は平方根の階差数列だ。
だけど、どういうわけか初項が2から始まっている。
「おそらく、『岩戸』ですら認識できていない1度目の犯行があったはずです」
「……そうか。それで、西に移動するか東に移動するかはどうやって決めているんだい?」
碧羽さんは一瞬黙想するように間を作った。
だが、深く言及はせず、話の続きを始めた。
そこから先は、情報担当の仕事だ。
より多くの人を守るためにオレたちにできることは、残念ながら死者の捜索ではない。
「緯度の小数第3位と6位の和が奇数か偶数か。奇数なら東に、偶数なら西にという風に」
「なるほど。それで今回はこの直線上に限定されるわけだ」
「ええ」
「だけどどうする。地図で見ればわずかな範囲だけれど、二人で探索をするにはあまりに広すぎる。犯行が起こる前に『呪い』を見つけられるかどうか」
あまり目立つ捜索をすると、アスモデウスが警戒して犯行を遅らせたり、あるいはルールを無視して別のルールで犯行を始めたりしてしまうかもしれない。
人海戦術はとれない。
かといってオレたちも人外じみた探索方法はとれない。
じゃあどうするか。
正確に言えば、オレは次の現場がどこかをおおよそ正しく知っている。
「渡鹿野島」
オレは地図の一点を指さして口にした。
それが物語の始まる土地の名前だ。
オレが引いた直線ぴったりの位置に、その島がある。
「ここです。この島が次の犯行現場です」
「へぇ? 根拠は?」
「……それは」
これまでに判明している情報から推測できる経度と違い、緯度は完全にアスモデウスの気分で決まっている。
それはいわゆる乱数であり、たとえ【ラプラス】でも観測できるものではない。
「勘です。信じなくても構いません。ただ、オレは確信しています」
「……珍しいね。普段は理屈っぽい想矢くんがそんなことを口走るなんて」
碧羽さんと目が合った。
彼の目が、細められる。
オレはそれに対し、これ以上何も答えるつもりはないという意味でまぶたを閉じた。
しばらく沈黙が続いたけれど、やがて碧羽さんは観念したように声を上げた。
「わかった。君を信じるよ」





