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第52話 Burst out

 虚空を眺める影が一つ。

 影は鼻をひくつかせたり、あたりを見渡したり、空を仰いだりしたのち、ぽつりとつぶやいた。


「――」


 それが何を意味する言葉だったのか。

 虚空に消えた言葉の真意を知る者はいない。


 あるいは、人の言葉だったかどうかも定かではない。もっと別の言葉だったようにも思えるし、ことによると、そもそも言葉を発していたかどうかもわからない。


 影はしばらく空を眺めていたが、やがて時間を思い出したかのようにゆったりと動き始めた。


「そういえば、スキルのアンロックを済ませておかないとね」


 影が小さく口を開き、言葉を紡いだ。

 今度ははっきりと人の言葉だった。


「【アドミニストレータ】」


 刹那、影の周りに変化が起きた。

 世界が色を失い、すべてが灰色に染まる。

 粘性を帯びたように、時の流れがドロリと淀む。


 プラズマが影の周囲を駆け巡る。

 迸る燐光が折り重なり、影の眼前で収束した。

 一枚のウィンドウが目の前に現れる。


 影はウィンドウに手を伸ばすとカタカタと複雑なコマンドを打ち込む。

 2枚、3枚と増殖するウィンドウを両手を使って巧みに操ると、ウィンドウに表示される画面にノイズが走り、画面がバグの温床に変貌する。


「これで、おしまい」


 タンっとバーストが画面をタップする。

 並列展開されていたウィンドウが1枚1枚閉ざされていき、やがて原初の1枚だけがその場に残った。


 はじめから

 CGモード

 MUSICモード

 エンディングコレクション


 いつもと同じタイトル画面。

 いつもと同じ文字列。


 いつもと違うタイトルが刻まれていた。


 【ぱんどら☆ばーすと ―Re;Vival―】


「あっはは。さて、楪灰(ゆずりは)想矢(そうや)。君が紡ぐ物語は、どんな結末を描くんだい?」


 バーストは笑う。

 くつくつと、勇者の降臨の知らせを聞く魔王のように、かみしめるように笑う。


「せいぜいボクを楽しませておくれよ?」



 破れた世界で、ぼんやりと虚空を眺めていると、世界が少しずつ黒に侵食されだした。

 天から闇色の光芒が降り注いで、そこから黒い影が下りてくる。

 それは、猫の姿を借りた人型の『呪い』だった。


「やぁ、待たせたね」

「本当に、ぴったり3分なんだな」

「あっはは。言っただろう? 悪魔は契約を重んじる生き物だってね」


 『呪い』のはずだ。

 だけど、まるでこちらに害意を持たず、快活に語り掛けてくる彼、あるいは彼女を見ていると、オレの知る『呪い』とは別の何かなんじゃないかと思えてくる。


「……人に危害も加えていないよな?」

「もちろんさ。ボクとしても、君に嫌われたくはないからね」

「そうか。ありがとう」


 バーストの表情が凍り付いた。

 なんとなく、そんな気がした。


 不思議に思ったが、瞬きを一つした後にはいつもの道化みたいな顔が張り付いていた。

 気のせいだったんだろうか。


「お礼なんて言っている場合かい? 今回の一件で、君とボクの間にははっきりとしたパスが生まれた。簡潔に言えば、君は一歩『呪い』に近づいたっていうことだ」


 頬杖をついたバーストが、愚者に警告をする門番のような声色でオレに語り掛ける。

 言葉通りの忠告なのだろうか。

 もしこいつがオレを利用しようとしているのなら、それを口にする利点は何なんだ。


 読めない、バーストの意図が。

 何を企んでいるのかがわからない。


 ……でも、まぁ。


「それでも、お前のおかげで助かったのに変わりはねえよ」


 バーストは沈黙を貫いている。

 獲物を見定める肉食獣のように、ぎらつく瞳でオレを見ている。


「その結果、君は君でなくなるかもしれないんだよ」

「関係ないね」

「君が見た悪夢と同じように、誰からも忌み嫌われる『呪い』になって、一人、誰にも愛されないまま死ぬかもしれないんだよ?」

「……関係ないね」


 この空間に取り残された3分間。

 オレは、ずっと考えていた。


 もしあの夢が現実に起こるのだとしたら。

 オレはその時、どうするんだろう、と。


 結局、そんな難しい話の答えなんて出なかった。

 たぶん、考えたって答えなんて出やしない。

 それでもただ一つ、変わらない真理が残されていた。


「オレは今、この瞬間を守りたいと思った。たとえオレ自身が変わり果てたとしても、いまこの瞬間の思いはずっと変わらない真実だ」


 もしあのまま青龍の傀儡に変えられていたら。

 オレはいったい、どれだけの人を犠牲にしただろう。

 バーストに頼ることで、ひとまずその犠牲を生み出さずに済んだんだ。

 まずは、そのことを喜ぼう。


「いつか変わり果てた自分に後悔する日が来るかもしれない。だけど、今を守れなかったら死ぬほど後悔する。だったら、一つでも多く、やってよかったと思えることを残したい」


 踊るのが阿呆なら見るのも阿呆。

 どうせ阿呆なら踊らなければ損じゃないか。


「オレが生きた存在証明になる日が、いつかきっとくるはずだから」


 それが、オレの出した答えだ。

 それは、そんなにおかしなことじゃないだろう?


「……なるほどね」


 バーストが、言葉を咀嚼するように瞳を閉じた。

 彼、あるいは彼女は、そのまま沈黙を貫いてしまった。

 これで威圧感さえなければ眠っているのかと思いたくなるが、ことこの『呪い』がそんな醜態をさらす愚か者じゃないことなんてよく知っている。


「それで、なんだけどな」


 オレが口を開くと、日が昇るように、バーストがそのまぶたをゆっくりと開いた。

 視線だけで人を殺せそうな強い光が、オレをまじまじと見つめている。


「また、力を貸してもらいに来てもいいか?」

「……は?」


 バーストが素っ頓狂な声を出す。


「君は、話を聞いていなかったのかい? 君はボクの力を使うたびにボクとの境界が曖昧になるんだよ」

「だから、さ」


 バーストは言っていた。


 ――くはは、どうしてそんなことをって顔だね。簡単なことさ。退屈だったからだよ。見てみなよ、何もない部屋。こんな空間に、独りぼっち。


 あの時にバーストが一瞬だけ見せた、物憂げな表情を、オレは忘れない。


「オレがいたら、お前は独りぼっちじゃないだろ?」

「……君は、女たらしだね」

「え? お前マジで女だったの?」

「……知らずにその言葉を出したのか」


 バーストが、長い溜息を吐いた。

 彼女はちいさく「ばからし」とつぶやくと、そのぎらついた瞳が、少しだけ、穏やかな色になった気がした。


「……なら、まあ。君がボクを救ってくれる日が来るのを待っているよ」

「救う?」

「くっはは、気にしないでいいよ。言葉のあやっていうやつだからさ」


 がしゃんと音を立てて、オレとバーストの間に格子が現れる。ぐんと背後に引っ張られる感覚。

 ……この世界から、引きはがされる!


「待ってくれ! まだ、聞きたいことが」

「残念だけど、ひとまずタイムオーバーだ」


 霞行く視界。

 真っ黒の世界で、一つ。

 彼女が微笑んだ気がした。


「待っているよ。楪灰(ゆずりは)想矢(そうや)


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