第47話 魔性の夢に、堕ちて
「どうしてオレなんだ」
「くす、楪灰様にはあるのでしょう? 超常の柩を入手する独自の手段が」
「……どこでそれを」
知っている人間なんて、限られている。
碧羽さんか、『岩戸』の上層部の人間か。
碧羽さんがオレを売ったとは考えにくい。
だとするならば。
「まさか、『岩戸』にもすでに内通者が?」
「くす、どうでしょうねぇ。ただ単に、『岩戸』内部に侵入する手段があっただけかもしれませんよ?」
……『岩戸』の情報は、すべて筒抜け。
そう考えておいた方がよさそうだ。
「わたくしたちが楪灰様に求めるのは一つ。柩の提供です。そうすれば、新たなる世界でも相応の立場を約束いたしましょう」
「それは、お前たちが支配する世界のことか?」
「はい」
邪気のない笑み。
いや、その表現は不適格か。
自分たちは正しいことをしている。
そんな自信に満ちた様子を彼女はしていた。
「……下位の呪いは、野生の本能が強かったりするだろ。そんなやつに超常の柩を渡してみろ。支配どころじゃなくなるぞ」
「くす、ご心配なく。もとより、柩を使えるのは人型の『呪い』に限られます」
「待て。そんなにたくさん人型の『呪い』がいるのか?」
「ええ。柩使いがわたくしを含めて4体。柩を持たないものが8体。さしあたり、この8体に柩を用意していただきたいのです」
人型の『呪い』は強力だ。
まだ物心がつく前だった天草椛が生んだ不完全な『呪い』でさえあれだけの強さだったんだ。
それが、12体も?
「……ブラフだな」
「どうしてそう思われるので?」
「だとしたら、人類はとっくのとうに滅びている。そうだろ?」
この1体でさえ、オレ以外の柩使いが束になったってかないっこない。
オレが【アドミニストレータ】を使って、ようやく戦えるかどうかのライン。
「くす、前提が間違っているのですよ。楪灰様」
「なに?」
「我々は支配すると言っているのです。人類の淘汰など、もってのほかです」
青龍が両手を広げる。
高らかに演説するように。
「『呪い』は生物の悪感情から生まれる。それは間違いありません。では、悪感情を生み出す生物の内訳はご存じですか? くす、およそ99.8パーセントを、人間が担っているのですよ」
「なっ」
地球上にはびこる生物の数から考えれば、人間の個体数なんてたかが知れているはずだ。
それなのに、ほぼすべての元凶が、人?
「くす、人間くらいなものですよ? 復讐しようだの、敵討ちだのと奮起する生物なんて。虫の中には仲間が殺されれば暴れる者もいますが、あれはあくまで防衛本能がもたらす衝動。感情で生物を殺すのは、人間だけです」
……そうかもしれない。
野生の動物は、狩りの時間以外はじっと、何もせずに過ごすものが多い。
エネルギーの浪費を拒むからだと聞いた。
「ですから、飼育しようと思うのですよ。人を。くす、できる限り理不尽な境遇においてあげるんです。劣等感をあおるために、生み出した呪いに応じて格付けして待遇を決めるというのはどうでしょう。きっと芳醇な『呪い』を生み出してくれるはずですわ」
「……狂ってやがる」
「ええ! 『呪い』ですもの!!」
分かったことが一つある。
やはり、『呪い』は『呪い』だ。
分かりあうことなんてできやしない。
「……行くぜ、バースト」
柩を取り出す。
封を開け、『呪い』をまとう。
「あらら、これは、交渉決裂でしょうか? 困りましたねぇ。手荒な真似は好みではないのですが」
精神が肉体という殻を破り、世界に浸透する感覚。
研ぎ澄まされた神経が、知覚をどこまでも拡張していく。
すでに満ち満ちている全能感に、【アドミニストレータ】による時間停止を上乗せする。
どれだけ相手が強かろうと、この領域での絶対はオレだ……。
「くす、不思議な技をお使いになられるのですね」
「な――」
頬を打たれた。
そう気づいた時には、体が宙を舞っていた。
ぐるぐると思考が回りだす。
(なんで、【アドミニストレータ】は!?)
周囲を見渡す。
どこまでも、灰色の世界が続いている。
プラズマが周囲を駆け巡っている。
(発動している! それなのに、どうして!)
時間は停止しているはず。
オレ以外に動けるやつはいないはず。
それなのに、どうして。
「ああ、ひとつ、申し伝え忘れました。わたくし、周囲100メートル内で発動されたスキルの効果を受けませんの」
……最悪だ。
最悪の、相性だ。
オレに限った話じゃない。
こんなやつ、どうやって倒せっていうんだ。
……考えたって、わからない。
だったら、考えるより先に行動しろ。
(オレの剣には、ちなつやみんなの未来もかかってるんだ)
負けられない。
負けるわけにはいかない。
オレの命が続く限り、何度だって立ち上がって、抗い続けてやる。
「くす、このまま続けてもよいのですが、それでは楪灰様は死ぬまで我々に協力しようとはしてくださらないのでしょうね」
「当たり前だ! 誓ったんだよ、みんなの、笑顔を守るって!!」
「それは、困りましたねぇ。では、しかたありません」
気を緩めたつもりはなかった。
だけど気づけば青龍の姿を見失っていて、次の瞬間には目と鼻の先にやつがいた。
そして、唇を奪われていた。
「くす。【フォールン・ナイトメア・アリス】。魔性の夢に、堕ちて」
……この『呪い』、スキルまで使えるのかよ。





