第45話 青龍
そんな感じで、『顔の無い母親の呪い』をめぐる一連の騒動は幕をおろした。
天草椛は『岩戸』が母体の児童養護施設に預けられることになり、今のところ問題なく過ごしていると聞いている。
彼女について、事態は好転したと言えると思う。
じゃあ、なにが悪化したかというと、言うまでもないがオレと『岩戸』の関係性だ。
「それで、超常の柩の入手経路は?」
「ノーコメントで」
「あといくつの柩を持っているの?」
「それもノーコメントで」
『岩戸』の深部。
湧き出る清めの水を意匠に取り込んだ一室にて、オレは神藤さんと話をしていた。
内容は当然のことながら柩について。
やはり、『岩戸』はオレの脅威性を見逃せないらしい。
いつだったか。
『岩戸』と『凱旋門』は「人類の存続」という一点でのみ正義を共有しているが、その指針や手段はまるで異なると話したことがあった。
その詳細について触れよう。
まず、『凱旋門』について復習しようか。
ゲーム時空内における彼らの目的は「『呪い』を利用した人類存続」だ。
『呪い』に淘汰されるしかない非力な人間を、『呪い』に適応させることで種として1段階先に進めようとするのが彼らの最終目標だった。
それに対して『岩戸』の生存戦略は「旧態依然」。
『岩戸』が目指しているのは『呪い』が生まれる前の世界。言ってしまえば、『呪い』をウイルスと見立てたときに根絶するのが目的だ。
もっとも、人に免疫をつけるなんて手段が取れない以上、『呪い』の根絶なんて夢物語だ。
だが彼らは、だからこそ彼らは、その夢を実現するために戦っている。
『岩戸』の最終目標を言葉にするのなら、『岩戸』という組織自体の解体だ。『呪い』から人類を守るために生まれた組織が、その役目を終えて消滅する。
そんな未来を求めるのが『岩戸』という組織だ。
彼らにとって、『呪い』と戦う力を持った柩使いは、最少寡数であるべきなのだ。
「何も話すつもりはございませんか」
神藤さんが、ため息を一つついて、どこか遠くを眺めた。
この問答に意味がないというのは彼女も分かっていただろうに、『岩戸』の代表の神藤であるがゆえに形式上の質問をせざるを得ず、かといって質問したからと言ってやはり答えなんて出てこず、やっぱり無駄だったとでも愚痴りたそうなため息だった。
何も返さずにいると、神藤さんはふいにふっと微笑んだ。
「そういえば、ちなつは最近どうです?」
「どう、とは?」
「いえ、特に深い意味はないのです。ただの、共通の話題とでも思ってください」
そういう割に、口端をわずかに吊り上げ、いたずらを考える子供のような顔をしている気がするけれど。
今になって扇子で口元を隠してももう遅いです。
「変わりないですよ。相変わらずみんなのあこがれの的で、人のことを気に掛けるのが得意で」
言っていると、神藤さんがくすくすと笑い声をこぼした。
「ちなつらしいですね」
ぱちん。
手首を返し、神藤さんが扇子をたたむ。
左手に持ったそれを右手にべんと叩きつけると、にっこりとほほ笑んで口にした。
「楪灰さん。ちなつを泣かせるようなこと、しないでくださいね?」
……あー。
どうして急にちなつの話を始めたのかと思ったら、そういうことか。
「そんな七面倒くさい駆け引きじみた言い回ししなくても、もとよりそのつもりですよ」
彼女が言いたいのは『岩戸』を裏切るなという警告だ。ちなつを泣かせるなと表現したのは、神藤さんの初陣でオレがちなつの父親に「ちなつを泣かせるくらいなら、笑顔を守ってみせろよ」と口にしたのを覚えていたからだろうか。
「それだけ聞ければ十分です。ご足労いただき、ありがとうございました」
*
なんてことがあった、帰り道。
おかげ横丁を歩いていると、路地から嫌な空気が漏れ出ていた。
踵を返し、道を引き返し、別のルートを模索する。
その先にまた、不穏な影がちらついた。
(なんだ、こいつら)
心当たりはない。
しいて言うなら『呪い』にかかわりがある輩なんだろうと見当はつくけれど、その背後にいる存在が見えてこない。
撒くか、正面突破するか。
口に手を当てていると、相手から接触してきた。
「楪灰想矢様ですね?」
身長はおよそ1.7メートルくらいだろうか。
ゆったりとしたローブを羽織っていて、体格はわからず、声は中性的。
目深にかぶったフードからは眼光をうかがえず、ただただ不気味という一言に尽きた。
「少し、ご同行願えますか?」
別に、従う理由はないが。
「あのさぁ、人にものを頼む前に自己紹介とかないわけ?」
「これはこれは、失礼いたしました」
その人物が、フードを外す。
そこにいたのは、青い人だった。
青い髪、黄金の瞳。
それだけでも黒髪黒目が一般的な日本においては目につく存在だったけれど、ソレの特異性はほかにあった。
頬には爬虫類の鱗ような硬質な肌がちりばめられていて、側頭部からはねじれた角が天に背くように伸びていた。
明らかな異形がそこにいた。
「わたくしのことはどうぞ、青龍とでもお呼びください」
以後、お見知りおきを。
青龍と名乗った相手はそう言った。





