第42話 いつから勘違いしていた?
【アドミニストレータ】を解除する。
世界が色を取り戻し、時間が流れていく。
「一つ、提案があります」
オレは呪いに手を伸ばし、その手を取った。
呪いが「何事だ」といった様子でオレの顔を覗き込んでいる。
「椛ちゃんに柩使いになってもらって、その柩に呪いさんが封印されるっていのは、どうですか?」
吹き抜ける風が、木々を揺らしている。
樹木の合唱が終わると、場に沈黙が下りた。
「想矢くん、『岩戸』が保有している柩は、正確な数は教えられないがそう多くない。それこそ、彼女に回す分の柩なんて確保できない程度だ」
オレはうなずく。
最初から分かっていたことだ。
原作時空では東雲紅映が『岩戸』のブラックリストに記されていたけれど、それは何も、柩の悪用を危惧してのことではない。
柩が極めて希少であるがゆえに、たった一つの損失でさえ看過できないほどの損害が発生するからだ。
たしか、原作時空において『岩戸』の保有する柩は124。
少なくない数にも思えるが、たったそれだけで人類70億の約半数を守り通さなければいけないと考えれば、その需要と供給の不釣り合いがわかると思う。
柩の数が少ない理由は大きく二つ。
組織の人間が『岩戸』を裏切り持ち出した。
呪いとの戦いで紛失してしまった。
このどちらかだ。
なお『凱旋門』の保有する柩は『岩戸』より多いものの大きな差が出るほどではなく、柩の多くは所有者が不明のままになっている。
まあその場合でも多くの柩は「『岩戸』もしくは『凱旋門』が管理していた時期がある」という点で共通していて、だいたいシリアルナンバーが刻印されている。
だけど、オレが持っている柩のように、いまだにナンバリングが済んでいない超常の柩は確かに存在する。
「それなら、ここに柩があったなら?」
「は?」
オレは口角をあげて、切り札を切った。
「それは想矢くんの柩だろう? たしかに、そうすれば彼女に柩を渡せるけど、君という戦力の損失は『岩戸』の一員として迎合できない」
「ああ、勘違いしないでください」
これは確かにオレの柩だ。
だけど、碧羽さんはそれ以外の点で大きな勘違いをしている。
前提が間違っている。
「オレが持っている柩が一つだなんて、いつ言いました?」
「は?」
オレはもう一方の手にもう一つ柩を取り出した。
こっちが普段使いしている、ゲーム内の呪いを取りそろえた超常の柩だ。
「ま、待ってくれ! 僕たちがどれだけ血眼になって探しても見つからなかった柩だよ!? どうして君がそういくつも持っているんだい!?」
知りたいか。
まず、【アドミニストレータ】を起動する。
この時超常の柩は現実側に引き出しておき、ゲームは初めからスタートする。
するとゲーム内で主人公が空っぽの柩を入手する。
この瞬間、現実側に周回前の柩が、ゲーム側にニューゲーム後の柩が存在することになる。
いわゆる、増殖バグだ。
「秘密です」
だけどそれを口にはしない。
柩を無限に回収できれば、『岩戸』と『凱旋門』が洋の東西を分けて治めてきた均衡をひっくり返すだけの戦力をいつでも生み出せる。
『岩戸』からすれば危険極まりない人物でしかなくなる。
そうなったとき、果たして『岩戸』はどのような対応をするだろうか。
これまで通り、ただの柩使いとしてみなすのか。
それとも、災厄の芽とみなして抹殺を試みるのか。
碧羽さんの時は悲しい行き違いでしかなかったけれど、オレがそうならない保証はどこにもないのだ。
「とにかく、『呪い』を封印できて、なおかつ椛ちゃんが一人にならない、たった一つの答えです。オレは、これがベストだと思います」
「『呪い』の反動は……」
「その辺は『呪い』側である程度抑えられるでしょう?」
呪いの方を向いて問いかける。
「ええ。椛ちゃんの負担になるようなことは、絶対にしないわ」
オレがちなつの父親を呪いとの融合から連れ戻した時の仕組みの応用だ。
毒を以て毒を制するように、『呪い』は『呪い』自身で蝕みを緩和できる。
「これが、たった一つの冴えたやり方なんです」





