第33話 今度こそ、鈴焼をいっしょに
今回、土蜘蛛を倒せたのは、オレが土蜘蛛の行動パターンを完全に把握していたからだ。
(無意味にも思えたデッドエンド。だけど、その過去があったからこそ、土蜘蛛の動きが手に取るように分かった)
土蜘蛛が蜘蛛の巣を使うのは知っていた。
その厄介さも知っていた。
だから、やつがフィールドを整える前に終わらせるつもりで斬りかかった。
(まさか、最初の一撃を回避されるとは思ってなかったけど)
一瞬の攻防でオレは「このままだと斬撃はとどかない」と悟った。
ゆえに、土蜘蛛が油断する一瞬をつくことにした。
まず、【時空魔法】であらかじめ虚空に忍ばせておいた『天月悠斗の蜘蛛切り』と、手にしていた『楪灰想矢の蜘蛛切り』を入れ替えた。
それ以降の斬撃は、ただのなまくらで殴りかかっていたにすぎない。
そして、土蜘蛛が目の敵にしている『蜘蛛切り』を一本くれてやったのだ。
(まさか、現在時空の『蜘蛛切り』のほかに、未来時空の『蜘蛛切り』までここにあるとは思うまい)
最大の脅威を退けた後だ。
奢りもするさ。
強力な妖怪だからな。
抵抗する手段を失った非力な人間なんて、おそるるに足らずと侮るよな。
(あとはのこのことやってくる土蜘蛛を、オレの『蜘蛛切り』で引き裂けばいい)
作戦勝ちだった。
オレはやつのことをよく知っていて、土蜘蛛はオレのことを知らなかった。
この情報アドバンテージが天下の分け目だった。
*
「牌羽さん、そろそろ立ち上がってもいいけど」
「そ、そうしたいのはやまやまなのですが、その」
もじもじと両の人差し指をくっつけたり離したりして、顔を赤らめて、うつむきがちにメアリは言った。
「先の戦いで、腰が、抜けてしまいまして」
……あー。
そりゃでっかい蜘蛛見たんだもんね。
呪いに慣れていなければ正気度チェックが入るのが普通だよね。
「なるほど。それでモブキャラのあんたにお嬢様たるわたくしを運ぶ権利をあげるからありがたがって運ぶといいわ! と言いたいわけだ」
「もっと言い方があるでしょう!? それに、その……楪灰さんの戦いぶりは、あの、その」
「うん?」
「かっこ、よかったです」
メアリはただでさえ赤かった顔を、さらに真っ赤に燃え上がらせてつぶやいた。
「楪灰さんは、モブなんかじゃないですよ。少なくとも、わたくしにとっては、王子様です」
……これはまた。
モブには重い思いだなぁ。
「ふみゃ!? な、なにを!」
「抱っこ」
「ふ、普通におぶってくだされば結構ですから! 人目に付いたら恥ずかしいじゃないですか!!」
「悪いけど、日本じゃ魚とお姫様はこうやって抱くって決まってるんだ。それに、この公園、誰も来ないから人目は気にしないで大丈夫」
「魚と同列ですか!? そっちのほうが衝撃なのですが!?」
メアリは、ひとしきり叫ぶと、一つ息をついて、ころころと笑った。
昔はヒロインの好意を受けるなんてモブにはあるまじきなんて思っていたけど、今はちょっと違う。
今を生きているのは彼女たちだけじゃない。
オレもまた、ゲームの世界ではなく今を生きている一人の人間なんだ。
オレが幸せを追いかけちゃいけない理由なんて、どこにもないじゃないか。
(牌羽メアリの枷を外せたんだ。オレが動いた意味はあった。そうだろ?)
……ああ、そういえば。
ゲームの中とはいえ、果たせなかった約束があったんだった。
「メアリ」
「なんですか?」
「今度さ、鈴焼を一緒に食べようよ」
ゲームの中では、何度も彼女と約束を違えてしまった。そのすべてを、今を生きるオレが引き継いでいく。約束を果たすときは今なんだ。
「鈴焼とはなんですか?」
「鈴焼は……鈴をかたどったお菓子だよ。焼きたてのあつあつがおすすめだ」
「鈴を模したお菓子ですか。興味深いですね」
メアリが微笑んだ。
銀色の髪が、ふわりと風になびく。
「はいっ! いつか必ず、一緒にいただきましょう!」
メアリが見せた笑顔は、日に照らされて開く花のように、鮮やかだった。





