第28話 今日のオレは悪の親玉
メアリと話す機会が訪れないまま、放課後になってしまった。
わかってる。
ケンカして、何日も謝らずにいると謝りづらくなるあれと同じだ。後回しにすればするほど言い出しづらくなる。
ただ一言。
一緒に帰らないかと聞けばいい。
大丈夫、オレはやればできる子。
とはいえ、さすがに現状にはため息も出る。
「メアリちゃん。私と一緒に文化部に入ろう? きっと楽しいよ」
「ええー!? メアリちゃん背が高いし、絶対運動部で生かすべきだって!! 私と一緒にバレーやらない!?」
「マネージャーとか、興味ない、かな?」
……人気者だなぁ。
ただでさえずば抜けた容姿なのに、そこに加えて転入生バフまで上乗せだもんな。
これが声をかけられなかった原因でもあるんだけど。
ああ、しんどい。
どうにか小手先だけでどうにかならないものか。
口で話さないとだめですかね。
(……ん? ちなつ? 校舎の外でどうしたんだ)
何気なしに眺めた窓から、ちなつがぴょんぴょんと跳ねてる様子が見えた。
とりあえず【ラプラス】を使って、読唇術っぽいことをやってみる。
(「ちゃんとメアリちゃんに話しかけるんだよ」か……、見透かされてるなぁ)
っし。
ちなつにかっこ悪いところばっかり見せてられないな。声をかけるぞ。
「牌羽さん!」
息をつく前に、声を出した。
呼吸を一つおけば迷いが生まれる。
ゲーム内で牌羽メアリが言っていた。
「よかったら、一緒に帰らない?」
ぎろり。
教室中の殺意が濃縮されてオレの首筋に突き付けられる。たらりと嫌な汗が背中を伝っていく。
やっぱもっと考えて行動すべきだった。
でも考えてばっかで行動に移せないのも問題だし……あああああ!
「はい! よろこんで!」
「……え? いいの?」
頭を掻きむしりたくなった時だった。
メアリが微笑んだ。
あっけに取られるオレ。
恨みがましい眼が、方々からオレを睨んでいる。
「だ、だったらメアリちゃん! 俺っちも一緒に!」
「メアリちゃん! 僕が代わりに荷物持つよ!!」
「帰り一緒に音楽屋さんいかない!?」
一方で、これを好機ととらえた勢力がある。
帰宅部だ。
「あらあら……どういたしましょう」
口に指をあてて、妖艶に微笑むメアリ。
……やっぱりこいつ、オレを柩使いと知ってるな。
「楪灰さん?」
「跳ぶ! ちゃんとつかまってて!」
メアリの手を引くと、窓を開けて身を乗り出した。
「ひゃっ!?」
メアリがぎゅっとオレにしがみつく。
応えるようにメアリを抱き寄せる。
「楪灰ぁぁぁ!! テメェ!!」
「はっはっはー! お姫様はオレがいただいた!! 返してほしくば力づくで取り返しやがれ!!」
「くっそおおぉぉ!! 行くぞお前ら!! 姫様を俺たちの手で救い出すんだ!!」
いいつつ、しっかりと玄関口に引き返して靴を履き替える。オレは別に気にしないけど、メアリはそういうの気にしそうだし。
さて、靴を履き替えたせいで時間がない。
「跳ぶ。ちゃんとつかまってて」
「楪灰さん? 跳ぶって言っても、どこへ」
「先へ。【アドミニストレータ】!」
スキルを起動して時間を止める。
停止した時間の中を、メアリを引き連れて移動する。
……そうだな、駅まで行けばいいか。
今校舎にいる奴らは、物理的にどうあがいても次の発車時刻まで足止めされる。
ひとまずは駅を目指そう。
「この辺でいいか。解除」
「……へ? ゆ、楪灰さん? ここはいったい!?」
「最寄り駅。牌羽さんの家ってどっち方面?」
「名古屋方面です……。ではなくて! 瞬間移動!? これもまさか呪いですか!?」
「いや、これは普通にスキル。そして、やっぱりオレが柩使いって知ってたんだな」
「……ぁ、それは、その」
軽く握ったこぶしを鼻の下にあて、眉を顰めるメアリ。考え事をするとき、こうする癖があるんだよな。今回はおおよそ、言い訳を考えてるってところかな。
「怒ってるわけじゃないよ。隠してるわけでもないし。ただ、フランスにいるはずの少女が、どうやって日本にいるオレのことを認識したのか気になっただけだから」
「……わたくしが、フランスから来たこともご存じなのですね」
「情報網に自信があるのはお互いさまってことだ」
もっとも、オレの場合は局所的な話だけど。
「……数週間前に、楪灰さんは伊勢のパンケーキ屋さんに足を運びになられましたでしょう?」
「数週間前……、ああ、紅映といったやつか」
「わたくしの実家から徒歩2分ほど行ったところに、それは有名な洋菓子店がございましてね。楪灰さんたちが訪れたパンケーキ屋の店主は、そこで修行していたんですよ。当時彼はフランス語が苦手で、日本人の祖父を持ち、日本語も使うわたくしの家とは親密にさせていただいたのですよ」
あの店主さんが情報源か。
それは想定外だったな。
ゲーム内でそんな話聞かなかったんだけどな。
さて、と。
問題はここからだ。
「なるほどな。もう一つ聞いてもいいか?」
「わたくしに答えられることでしたら」
「ははっ、大丈夫さ。――『凱旋門』の牌羽メアリは、オレをどうするつもりなんだ?」
「『凱旋門』、ですか」
これが、目下の問題だ。
相手がオレに害なすつもりなら、オレはそれに逆らおう。
だけどそうでないなら、全力で彼女の力になろう。
さあ、メアリの答えはどうなんだ。
「すみません、質問の意図がよくわからないのですが……また、日本特有の暗喩表現ですか?」
……ん?





