第27話 おんなじ顔をしてたんだ
結論から言おう。
うん、わからん。
『凱旋門』で牌羽メアリルートをクリアしてみたものの、それっぽい情報は何一つ落ちなかった。
牌羽メアリがこの段階で日本に来る理由が全くわからん。
仕方がないので【アドミニストレータ】を解除して、漫然とした意識で授業を聞き流す。
「楪灰さん、こうしてお隣になったのも、きっと神の思し召し。わたくしとお昼をご一緒しませんか?」
「あ、いや。オレは……」
昼休みを告げる鐘がなり、意識が現実に戻ってくると、牌羽メアリからお昼の誘いを受けていた。
クラス中から射殺さんばかりの視線が刺さる。
気持ちはわかる。
「想矢! 一緒にお昼食べよう!!」
がごーんと勢いよく扉が開かれて、見慣れた顔が現れる。笹島ちなつだ。
「お、お……」
ちなつは手を口に当てると、目をこれでもかというくらいひん剥いて、声を震わせた。
なんとなく嫌な予感がして、両手で耳をふさぐ。
「お人形さんだー!!!!」
うるさ。
耳ふさいでたはずなのにキーンってするんだけど。
「そそそ想矢!? ど、どういうこと!? どちら様!?」
「えーと、牌羽メアリさん。転入生」
「メリーさん!?」
「メアリさん」
昨日の怪談を思い出したのか、ちなつの顔色がすっと青くなった。
「どなたか存じませんが、わたくし、人形呼ばわりされて不快ですわ」
「あ、メアリさん。それ日本だとかわいらしい相手を『お人形さんみたいね』って表現するんです。誉め言葉です」
「あら、そうでしたの。日本文化に浅学なればお許しをば」
そういえば、メアリって生まれも育ちもフランスなのに苗字は牌羽なんだな。
母方か父方に日本の血筋が流れているのかな。
ゲーム内でそんな描写はなかったけれど、流暢に日本語を話しているし、可能性としてはありそう。
「お、お嬢様だ! 本物のお嬢様だよ!」
「落ち着けちなつ。お前も神藤分家の令嬢だ」
「そうだった!」
ちなつがおててをぺんぎんさんみたいに横にして、牌羽メアリに宣戦布告した。
「ま、負けないんだからね!!」
「お前は何と戦ってるんだ」
「恋の駆け引き!」
クラス中がざわめき立つ。
おいバカやめろ。
「メアリさんが俺に抱いてるのはそういう感情じゃねえよ」
「そ、そうなの? あ、そ、想矢!? 待ってよー!」
「楪灰さん? どちらへ?」
席を立つ。
メアリに告げる。
「購買」
こんな殺気だったクラスに居座れるか。
ゲーム内の東雲紅映も言っていた。
三十六計逃げるに如かず。
敵前逃亡は生存戦略だ。
「でしたらわたくしも――」
ついてくる気か?
ついてこれると思っているのか?
ならこいつらを振り切って見せるんだな。
「メアリさん! おれっちと一緒に!!」
「俺の弁当を献上します!!」
「いや俺だ!」
「俺が」
「――あら? あらら? あらららら?」
げに恐ろしきは性に惑いし獣どもよ。
古来から先駆けの心得だけを受け継いできた男たちの裂帛した熱量を捌けるものなら捌いてみるがいい。
*
「ねえ想矢。メリーさん、本当に想矢のことなんとも思ってないの?」
購買で焼きそばパンを買って、校庭のベンチで済ませる。横には桃まんをほおばるちなつ。
校舎から時折さすような視線を感じるけれど、教室にいるよりよっぽど居心地がいいし気にしてばかりもいられない。
「なんとも思ってないわけじゃないと思うよ。ただ、恋心みたいに綺麗な感情じゃなくて、子供がスライムや草むらをはねるバッタに対して抱くような好奇心って言えばいいのかな」
「わかりやすい日本語でお願いします」
「おもちゃくらいにしか思ってないと思うよ」
少なくとも、『凱旋門』にいた牌羽メアリはそんな奴だった。他人に対する認識は二つだけ。興味がわくかわかないか、あるいは面白そうかつまらなそうかの二つだけ。
俺の名前を認識している以上彼女のお眼鏡にかなってはいるんだろうけれど、向けられてうれしい感情というわけでもない。
「……本当に、そうなのかな?」
ちなつがつぶやいた。
桃まんをほおばるのをやめてまでだ。
「何が?」
「想矢と購買に向かった時、メリーさん、ちょっと、悲しそうな顔してた。それでね、えっとね……うまく言えないんだけど、なんとなく、懐かしい感じがしたんだ」
懐かしい?
それまたどうして。
質問を投げかけると、ちなつは少し言葉を探して、咀嚼するように吟味して、それから納得したようにうなずいて、こう口にした。
「多分、おんなじ顔をしてたんだ。わたしが、想矢に助けを求めてた時と」
ぴしゃりと、水を浴びされた気がした。
教室を出るとき、彼女はどんな顔をしていた。
授業中、彼女はどんな顔をしていた。
俺は彼女の何を見てきた。
(……俺は、今の彼女を、何も知らない)
ゲームの牌羽メアリとばかり向き合って、目の前にいる牌羽メアリと向き合えていない。
(原作だとフランスにいるはずの彼女が日本にいるんだ。俺が知らない側面があって当たり前だろ)
それなのに、俺は。
「ありがとう、ちなつ」
「ふぇ? な、なにが?」
「大事なことに気づかせてくれて。もう一度、ちゃんとメアリの話を聞いてみるよ」
ちなつがいなかったら、俺はメアリの出したSOSサインにずっと気づかないままだったかもしれない。
思い過ごしならそれでいい。
悲しむことが何一つないならそれでいい。
だけど、もし悲しくて、笑顔が消えてしまうような事態と向き合っているのなら、全力で力になる。
「えへへ、うん。それがいいと思うな。わたしも!」
そう言って、ちなつはまた桃まんをほおばるのだった。
それはもう、たいそうおいしそうに。





