第23話 気づいてしまった思い【SIDE紅映】
*
「なにこれ、壊れてんじゃないの?」
初めてのクレーンゲーム。
かわいいウサちゃんがそこにいて、手は届いているのにつかめない。もどかしい。じれったい。
ああっ、また!!
ああムカつく。
今日はムカつくことばっかりだ。
それもこれも、全部あいつのせいだ。
「……そうだ。あんた、賭けをしない?」
「賭け?」
ふと、この鬱屈を晴らす方法を思いついた。
「そう。残りチャレンジ回数は1回。この1回であんたがウサちゃんを取れたら待遇をちょーっとくらい改善してあげるわ。その代わり、とれなかったら今日のお金は全部あんたが出しなさい!」
ま、とれるわけないけどね。
私がこんなに挑戦して無理だったんだ。
こんな何のとりえもなさそうなやつに、一回の挑戦で取れるはずがない。
さあ、賭けに乗ってくる勇気はあるの?
無いでしょうね。
「いいけど」
そう言うと彼は、クレーンゲームをぐるりと見まわした。
だ、大丈夫よ。
まだ焦るような時間じゃない。
取れるわけがない。落ち着け私……。
「……え⁉」
先ほどまでピクリとも動かなかったこれまでが嘘のように、あっさりと引き上げられるウサちゃん。
こ、この。裏切者ー!!
「な、ななな、なんで⁉ おかしいじゃない!! 私の時はぴくりとも動かなかったのよ⁉」
「あはは、運がよかったよ」
運?
それは遠回しに、私が不運だと馬鹿にしているの?
ムカつく。やっぱりコイツ、嫌なやつ――
「はいどうぞ」
――彼が、私にぬいぐるみを差し出した。
え? どうして?
だって、あんたが取ったのに。
私が受け取らずにいると、彼は目に見えてわたわたした。視線が落ち着かず、顔をあちこちに回している。
「……いいの? 私、あんたにひどいこと言ったし、あんたがとったぬいぐるみなのに……」
「それをいうなら、お金を出したのは紅映さんじゃんか。それに、俺のとこにいるより、紅映さんのもとにいた方が、この子もきっと幸せだと思うから」
……こいつ、思ったより、嫌なやつじゃないかもしれない。
「あ……ありが、とう」
優しいのに、不器用で、ちょっと抜けているところがあって。
(……あ、この人、お兄ちゃんと似ているんだ)
そう、気づいてしまった。
「次、次のゲーム、行くわよ」
私は、照れを隠すように彼を引っ張った。
*
「色んな飲食店があるのね。ねえ、想矢はどれがいいと思う?」
しばらくゲームセンターで遊んだ私たちは、昼食をとることにした。彼の好きな食べ物は何だろう。そう思って、訪ねてみた。
「ここのパンケーキ屋さんはどう? フランス帰りの洋菓子職人さんが作ってるって話題になってたよ」
彼が示したのは、くしくも私が気になっていたパンケーキ屋さんだった。
同じものに興味を持っている。
そう思うと、胸がほんわりと暖かくなった。
「……くわしいのね。想矢もパンケーキが好きなの?」
「俺っていうか、俺の知り合いにパンケーキ好きな子がいて、その子から教えてもらった感じ?」
「ふぅん。いいじゃん! 私もここ行ってみたかったんだよね!」
そうして、向かったパンケーキ屋さん。
想像の10倍ふわふわで、舌の上で溶けるようで、これだけでも今日ここに来てよかったと思えた。
最初は、彼と一緒ってだけで嫌な気持ちだったのに。
胸の中に、嫌なつっかえがあった。
それを吐き出すように、言葉を選んだ。
「……最初はさ、お兄ちゃんが一緒に遊べないってなって、なんか、楽しみにしてたぶん、つらかったっていうかさ」
「うん。わかる気がする」
「それで、そのさ、想矢に、当たって、その、ごめん……ね?」
私のわがままで、彼を傷つけた。
ごめん、ごめんなさい。
「俺は、紅映さんに楽しいって思ってもらいたい。だから、そんな悲しそうな顔をしないでほしい」
そんな私に、彼はそう語り掛けてくれた。
「紅映さんはどうなの? 俺と一緒に回って、楽しいって、思えてる?」
思えてる。思えてるに決まっている。
「じゃあ、この話は終わり。お互い、変に気を使っててもつかれるだけでしょ?」
「……そう、だね。うん。そうだよね」
「よし。さて、午後はどこをまわ……」
「想矢? どうしたの?」
「……いる」
「いる? いるって何が?」
「……呪いが、近くにいる」
急に、彼の表情が険しくなった。
こんな一面もあるんだ、とか、やっぱりお兄ちゃんと似てるな、なんて思った時だった。
「きゃあっ⁉」
「紅映!!」
「やぁ……ひっぱっちゃ、らめぇっ」
どこからともなく長い触手が現れて、私の手足を絡めとった。とっさに、彼に助けを求めた。
「行くぜ、フリカムイ。力を貸せよ」
大きな翼を生やした彼は、まるでおとぎ話の天使さまのようだった。そんな姿まで、兄の姿を連想させる。
呪いを空へ連れ去ると、どこからともなく取り出した剣で、目にもとまらぬ速さで呪いを切り裂いていく。
あっという間に、彼は呪いを封印してしまった。
まるで、お兄ちゃんみたいに。
「紅映さん、大丈夫だった?」
「う、うん……、それより、想矢って、本当にすごかったんだね」
「ふふん、まあね」
言葉は尊大なのに、態度はどこか照れくさげだった。
ああ、ズルいなぁ。
「……ちょっと、カッコよかった」
思わず、ぽつりとつぶやいてしまった。
彼が素っ頓狂な顔で「へ?」と呟く。
「に、二度は言わないんだからね!!」
もう、彼に対する嫌悪はなくなっていた。
残るはわずかに、恋慕の情。
(ああ、好きになるって、こういうことなんだ)
たぶん、おそらく、きっと。
この日私は、彼に恋をした。





