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ズキン!!
「ぅ・・・」
妙に重たい目蓋をゆっくり開ける。視界は変わらず真っ暗で自分がどこにいるのか分からないが、土の香りと草の感触から、自分が地面に横たわっていることだけは分かった。
起き上がろうとすると激痛が身体中を走り、あまりの痛みに再び地面に突っ伏してしまう。
なぜ自分の体はこんな状態なのか。
混乱する頭をなんとか落ち着けようと、隠し着けていたペンダントにゆっくりと触れる。ペンダントを握りしめ深い呼吸を何度か繰り返す。そうしていると幾分か落ち着いてきたため、何があったか一度整理をする。
(いつものように私は弓を引いていて。最後の1本を引こうとしたらいつの間にか人がいて。その人が世界を救ってとか言い出して。・・・そうだ、その後突然起きた黒い風に巻き込まれたんだ)
周囲を確認しようと今度はゆっくりと顔を上げる。
周囲は真っ暗だが、僅かに差す光で木々の輪郭がぼんやりと見える。どうやらどこかの森の中にいるようだ、そう思った時持っていたはずの弓と矢が手元にないことに気付く。
目を凝らし見える範囲で探すと、少し離れた地面の上に落ちているのが確認できた。
ほっとしたその瞬間、視界に現れたものにサーッと血の気が引いていく。
落ちている弓と矢のさらに先に、1体の獣が音もなく現れたのだ。その獣は見た目は狼のようだが、その体はおよそ3mと大きく、なによりその巨体を覆っている黒い靄が灯にはとても恐ろしいものに感じた。
その獣に呼応するように、無数の獣の気配が自分を取り囲むように現れたことに気付き、動かないはずの体はガタガタと震え、しかし心は自分の生を諦めようとしていた。
巨体の獣が1歩ずつ近付いてくる。
(ーあぁ、私、ここで死ぬんだ・・・)
動かない体では逃げることなどできない。
目蓋を閉じ死を覚悟する。
徐々に近付く獣の足音が突然ぴたりと止まる。
「・・・?」
不思議に思いそっと目蓋を開けると、地面に落ちている弓と矢を今まさに踏み潰そうとしている獣の姿が目に飛び込んでくる。
ドクン
(いや)
ドクン!
(それは私の大切な・・・)
ドクン!!
「ダメーーーーーー!!!」
灯が叫んだ瞬間、胸元のペンダントが眩く輝き、辺り一帯は瞬く間に白い光に包み込まれる。
光の中、意識が遠退く灯が見たのは、獣から黒い靄が剥がれていき、その黒い靄が一瞬人の形を成して消えていく様子だった。
それを最後に、灯の意識は今度は白い世界へと深く落ちていった。
障気に侵された森から突如白く眩い光が溢れだし、瞬く間に障気を消していく様子を目の当たりにした者達がいた。
森の中にいた3人の若者達。
その若者達の動向を見守っていた、ある国の者達。
そして、遥か彼方の地で一部始終を見ていた者。
これが、不思議な縁で繋がった長い旅の始まりだった。