第31話 進軍
リッチの夜襲の翌日、人間たちの軍は隊列を組んで移動を開始した。
王国への帰路ではなく、鬼族の領土の奥へと向かって。
一樹「なぜだ?あれだけ物資を焼けばもう継戦能力はないはず。なぜ退かない?」
アウラエル「兵の数を減らしたいのでしょう。大人数での移動はなにかと面倒ですし、兵に支払う報酬も莫大なものになりますから」
一樹「そんな理由で兵を殺すのか?」
アウラエル「可能性の話です。戦で領土が増えても平民にはあまり恩恵がありませんから、少しでも士気をあげるために、おそらくは破格の報酬を約束していることでしょう」
一樹「それは遺族には支払われないのか?」
アウラエル「当人が居なくなってしまえばどうとでも言えます。敵前逃亡だとか生死不明だとか」
死人にくちなしということか。
この世界の人権意識がどういうものかはまだ分からない。
平民が貴族を訴えても勝ち目は薄いということだろうか。
アウラエル「あとは面子の問題ですね。戦死者もわずか、戦果もわずか、それで物資だけ大量に失って逃げ帰ったとあればなんと言われるか」
一樹「それで戦死者まで増えればむしろマイナスじゃないのか?」
アウラエル「戦わずに逃げ帰ったと思われるよりは、激戦をなんとか生き抜いたというほうが格好がつくということでしょう。加えて、少しでも敵に損害を与えられれば言い訳もしやすくなります」
一樹「そんな理由で戦わされてはかなわんな」
アウラエル「そうですね」
大量の物資を失ったやつらに残された時間は少ない。
やつらの目的は双方の兵を減らし、手っ取り早く戦果を挙げること。
なら予想されるのは無謀な突撃命令か。
多くの兵が死ぬ。村も荒れる。森も荒れる。
しかし、俺たちは基本的に『領域』内でしか戦えない。
鬼族の『聖域』に向かう軍勢に、これ以上の追撃は難しい。
一樹「いくらか殺しておけばよかったのか?」
アウラエル「そうかもしれません。兵力を200か300ほども減らしておけばさすがに撤退したでしょうし、最終的な死者数は最小限に抑えられたかもしれませんね」
一樹「物資を燃やしてしまえば戦死者を出さずに戦闘を止められると思っていたんだがな。俺のやり方は間違っていたということか」
アウラエル「どうでしょう?この反応は想定の範囲内ではありますが、相手のいることですから事前に確定的に判断できるものでもありません。気に病まれることはないかと」
想定の範囲内か、俺もまだまだ浅慮だったようだ。
一樹「戦死者を減らすための虐殺か。皮肉な話だ」
アウラエル「彼らが生きて帰れるようにせっかく心を割いたというのに、戦うと決断したのは敵の指揮官です。今後また同じようなことがあったとしても、主様が敢えてお手を汚す必要はありませんよ」
一樹「そうかもしれないな」
兵の命より指揮官の面子や金のほうが大事か。
そういった価値観を読めなかったのは俺の勉強不足だな。
あるいは単に今回の指揮官の個人的な性格の問題だろうか?
俺の魔法で指揮官を仕留められていればこうはならなかったのか?
次があるなら、確実に敵将を討てるようにしなくては。
一樹「アウラエル、上空からの雷撃で数を減らすことはできるか?」
アウラエル「できなくはありません。ただ、姿をさらして人間族への敵対行動をとると、今後は街での活動がやりにくくなりますがよろしいですか?」
一樹「いや、やめておこう」
天使族は人間族からの受けがいいらしい。
今は買出しを頼む程度だが、いずれは渉外も担当してもらうことになる。
ここでぶつけるのは得策ではないだろう。
とはいえ、『領域』外で戦える戦力は現状アウラエルのみだ。
俺も多少は出れなくもないが、『領域』を離れるほどに力が減じる。
遠距離からの大規模攻撃魔法を後背からぶちこんでみるか?
いや、それだとむしろ鬼族の村に押し込む形になってしまうか。
敵の継戦能力を奪ったのだからあとは一回退ければ当面は問題ない。
ここまでやったのだから後は鬼族に任せるという手もある。
しかし、同盟を結んだからにはできる限りの支援はしたい。
今後のために鬼族の心証を良くしておく必要もある。
一樹「ちょっと行って後方をつついてくる」
アウラエル「敵はすでに『領域』の外です。危険ですよ」
一樹「わかっている。軽くつついて動揺を誘うだけさ」
なるみ「かずきおにぃちゃん、ペンダント出して」
どこかのダンジョンコアの残骸でつくったペンダントをなるみに渡す。
なるみがそれを両手で包むと、手の中で青白い光を放ち始める。
魔力を充填してくれているようだ。
なるみ「死なないでね」
一樹「ああ、無理はしないよ」
敵の後方をつついて撹乱し、進軍速度を鈍らせる。
可能であれば、敵を一部でも俺の『領域』側におびき寄せたい。
また、アウラエルの推測が正しいなら、指揮官の位置はおそらく部隊後方。
あまり期待はできないが、運がよければ敵将を討ち取れるかもしれない。
10kmほどの山道を数分で駆け抜け、野営地跡についた。
そこから右に折れ、『領域』を出て敵の軍勢を追いかける。
『領域』から遠ざかるほどに足がじわじわと重くなっていく。
敵部隊の姿を視界に捉えたとき、跳躍距離は4メートルほどになっていた。
それでも十分超人的と言えるのだろうが、一人で軍と戦うには心細い。
俺は敵部隊を見下ろせる小さな丘の上に登った。
騎馬にまたがる兵士は何人か見えるが、どれが指揮官か判断できない。
とりあえず、先日の白銀の騎士は見える範囲には居ないようだ。
もし、今あの聖騎士と戦うことになれば、勝算はかなり薄い。
奴が出てきたら全力で遁走することにしよう。
一樹「マルチバースト!」
多数の小さな爆発が敵部隊を襲い、白煙と砂煙を巻き上げる。
殺傷能力はほぼないが、撹乱するには十分だろう。
敵兵「敵襲!」
敵兵「落ち着けぃ!隊を乱すな!」
白煙が消える前に突入し、手当たり次第に殴りつける。
『魔力パス』は身体強化で精一杯で魔法を使う余裕はあまりない。
敵の腕を折っては即座に移動し、また別の兵の腕を折る。
頃合を見てペンダントの魔力を少し吸い上げる。
一樹「マルチバースト!」
再びそこかしこで火花が散り、白煙と砂煙を巻き上げる。
敵魔道師「ウィンドブロー!」
突風が俺の作った煙幕を押し流した。
さすがに対応が早いな、退き時か。
騎士「一人か、豪気だな」
一人の騎兵がこちらを見下ろしている。
騎士「その意気に免じて俺が相手をしてやろう。この部隊の指揮官、バルバス男爵である。名を名乗れい!」
敵兵士たちが遠巻きに俺を包囲しつつある。
ここはさっさと逃げ出すべきところだろう。
しかし、指揮官との一騎打ちはチャンスだ。
ペンダントの魔力で一気に倒せれば、戦争を回避できるかもしれない。
バルバス「どうした?魔族は不意打ちでなければ戦えないのか?」
今日は例の「魔族の下級兵」のコスチュームだ。
この衣装で名乗ることは想定していなかった。
一騎打ちに持ち込むためにもなにか名乗るべきか。
一樹「プライベート・ブラック」
バルバス「なんだ、雑兵か。一騎討ちは騎士の誉れ、雑兵には過ぎた栄誉だな」
一樹「待て、バルバス!男爵ともあろうものが、自分から申し出た一騎打ちから逃げるのか!?」
バルバス「いちいち雑兵の相手をしていてはきりがないのだよ。やれ」
一樹「貴様!」
周囲から弓のしなる音が聞こえる。
俺はペンダントから魔力を吸い上げる。
一樹「マルチバースト!」
自分を中心に周囲に火花を散らし、煙幕を作り上げる。
同時に強化した脚力で一気に包囲の外へと跳躍する。
俺の立っていた場所に数条の矢と魔法が突き刺さる。
怒りで生まれる魔力に期待したが、想定内過ぎて怒りがいまいちだったか。
だが、敵指揮官の姿を間近で視認できたのはよかった。
今度こそ俺の魔法で仕留めてやる。
一樹「ストーンバレット!」
こぶし大の石の弾丸がバルバスを襲う。
二重の魔力防壁がこれをはじいた。
傍に控える魔術師の仕業か。
バルバス「あそこだ!撃て!」
矢と魔法が俺を襲う。
ダンジョンから供給される魔力だけでは避け切れそうもない。
ペンダントの魔力で防壁を張りつつ加速する。
あとはもう逃げの一手か。
いくらか距離を稼いだところで物陰から後ろを窺ってみる。
追いかけてきている兵士は見当たらない。
誘き出すことはできなかったようだ。
改めて追撃してみたいところだが、同じ手はもう通用しないだろう。
ペンダントの魔力も使わされてしまった以上、勝算も薄い。
次回はさらに『領域』から遠ざかることになり、死の危険すらある。
これ以上はこちらでやれることはなさそうだ。
だが、行軍速度をいくらか落とすことには成功したはずだ。
鬼族が準備を整えるための時間を多少は稼げただろう。
あとは鬼族に任せ、彼らの武運を祈るとしよう。




