第125話 変態
橋脚予定地の粘土層が深く掘り下げられ、石材とコンクリートが流し込まれる。
木枠の中に大き目の石材で石垣を組み、その隙間をコンクリートで埋めている。
地球のコンクリート程の強度はないのだろうか?補助的な使い方のようだ。
土台ができたら石組みの橋脚を建て、その上に木製の橋桁を造るのだと言う。
泥に覆われた不毛の地は、着々と街と街道へと変貌を遂げつつある様だ。
ローズを51人召喚して、屋上農園の整備も進めて貰っている。
ゴーレムを使った洗濯機や生体認証ゲートなども召喚して街の機能も整備する。
ダンジョンを整形して居住区画や店舗用テナント区画、大衆浴場なども用意した。
内装や調度品などはいつも通り実際に使う人間に任せよう。
警備については公爵家の兵をいくらか借りれるという話だった。
併せて『ハイランダー』の傭兵たちにもお願いすることにしよう。
持ち込み禁止物の発見に、狼人族の鋭い嗅覚はなかなか頼りになる。
狼人族の国との境が近いので、余計な緊張を生まない為の配慮でもある。
伯爵領との人の行き来が再開したのでシェリー達の『ギルド』にも動いて貰おう。
前の戦いでは、父や夫を失った者達が売られたり追放されたりして流れてきた。
似た様な境遇の者達に声をかけ、状況が悪化する前に移住を促して貰うつもりだ。
当面は女性や子供の比率が極端に高い街になるかもしれないな。
色街に流れる娘も居るだろうから、そこもしっかり管理していこう。
『経済特区』の踊り子ギルドのセレーナがこの色街を担当してくれる事になった。
踊り子ギルドでは仕事の斡旋や、職場環境などの定期的なヒアリングをして貰う。
俺たちは警備と会計代行、従事者の定期健診、職業訓練などを提供する。
当然だがホテルや飲食店等の職場の斡旋や、開業資金の低金利融資なども行う。
母子家庭でも管理できる規模の農地や、家庭菜園用の農地の貸出もやっていこう。
子供達には学校で各種教育を行い、様々な知識や技術を身につけて貰おう。
数年したら優秀な労働者として街を支えてくれる筈だ。
後はショービジネスの今後の展開をどう進めていくかな?
林業再開は100年先、農地も限られている、鉱物資源は不明だが売る気はない。
地下に工場を作り、職人を育てて加工業で外貨を稼ぐというのも考えてはいる。
後は街道の宿場町として宿と飯も提供するつもりだが、それだけでいいのか?
特定産業に依存するのは良くないので、外貨獲得手段は多い方がいい。
物的資源への依存が少ないショービジネスはぜひ進めたい分野だ。
まずは領内の兎人族のダンスとアクロバットで盛り上げて貰おう。
だが、他の種族にも裾野を広げ、多くの住人たちが挑戦できる環境にしたい。
現状で技術が未熟な娘は、若くかわいければ色街の劇場で踊れるくらいだ。
男に至っては相応の技術がなければそもそも立てる舞台が無い。
若いパフォーマーの足がかりとして、グループアイドルを押し出していこう。
細かい構想はこれからだが、華やかなショービジネスの街にしていきたい。
トールヴート「ご馳走だな。ようやくか」
一樹「ああ。それにしてもカミツキウサギの肝臓は随分と人気があるんだな。『聖騎士』ともなれば宮廷料理を食べる機会だってあったろうし、もっといい料理だって知っていそうなものだが」
ケリヨト市でのダンジョン操作が一段落し、『監獄ダンジョン』に足を運ぶ。
この男が『聖騎士』の称号を失った今、ここで出来る検証ももう無さそうだ。
武器を掲げて押し入ってきたこの男を、これ以上生かしておく理由も無い。
トールヴート「確かにいろいろと口にする機会はあったがあまり覚えてないな。それより、不味い保存食を齧りながら魔界を探索している時に捕まえたカミツキウサギの肝は本当にご馳走だった」
一樹「思い出の味というわけか」
トールヴート「そんな所だ。ん?こんな味だったかな?」
一樹「お気に召さなかったかな?それなりに評判のいい料理人に調理させたんだが」
トールヴート「いや、美味いよ。丁寧に臭み抜きをしてあるんだろうな。魔界で食べた時はそんな事をする余裕は無かったから独特の臭みがあったが、それはそれで味があったもんでね」
一樹「余計な事をしたかな?済まなかった」
トールヴート「気にしないでくれ。こっちも言葉足らずだったな。これはまるで宮廷料理のような繊細な味わいだな。いい料理人だ」
一樹「そうか?伝えておくよ」
料理の出来は悪くない筈だし、トールヴートも褒めてはいるが、その表情は硬い。
最後の晩餐に所望した食材だったが、残念ながら期待した味ではなかったようだ。
一樹「お前の母親の件も結局何も出来無かったな。期待に沿えず申し訳ない」
トールヴート「いや、むしろ期待以上だったよ」
一樹「そうか?」
トールヴート「あー、なに・・・」
トールブートがカミツキウサギの肝を大きく切り取って腹に収める。
トールヴート「虜囚の身としては望外の待遇だった。お陰で人生を回顧する静かな時間が得られたよ」
一樹「なるほど。確かにあまり無い経験かもしれないな」
トールヴートが珍しく言葉を選ぶように言い淀んだ。
死を目前にした者が口を噤むなら、追求するのは野暮という物か?
一樹「他に何か言い残したい言葉はあるか?」
トールヴート「いや、特には無いな。母親の事は状況的にも死んだものと考えることにするよ。後は他の娘達の解放を願うばかりだな」
一樹「そうだな。直接手を出すのは難しいが、こちらでも情報収集位はしておく事にするよ」
トールヴート「ああ、そうしてくれ」
俺がテーブルの上に置いた小瓶がコトリと小さな音を立てる。
一樹「覚悟が決まったら飲むといい。まずは強い睡魔に襲われるはずだ。食後、ベッドに横たわって飲む事を勧めるよ」
トールヴート「承知した」
これで『監獄ダンジョン』に残る虜囚はあと1人か。
違法伐採の樵の護衛の1人、そっちは近く開放してもいいだろう。
『監獄ダンジョン』の存在意義がなくなるな。まあ、結構な事だ。
次があるかもしれないから一応保持はしておくか。
瞬間移動でメインダンジョンに戻り、黒尽くめの衣装を脱ぎ捨てる。
枕元に飾られた下着姿のマリーの写真の笑顔が俺の胸を抉る。
ようやく戦争が落ち着いたというのに、苛立たしい事は残るものだな。
否、マリーは結婚するんだ。おめでたい事じゃないか。
だが、この気持ちはなんだ?俺はショックを受けているのか?
彼女になにかしらの好意を持っていたことは確かだ。認めよう。
しかし、実際には彼女との関係は友人と言えるかすら怪しい。
いや、友人と呼べるくらいの関係にはなっていただろうか?
いずれにしろ、結婚がどうとかいうような間柄ではない。
そうなるような努力をしてきたわけでもない。
ショックを受けるなんて筋違いも甚だしい。
そもそも、俺はなんで彼女に惹かれているんだ?
この好意は彼女との関わりの中で育まれた物ではない。
言葉を交わす前から、彼女をよく知る前から惹かれていた。
要するに、俺は彼女の外見が好きだったのだろう。
かわいいアイドルやアニメキャラを見て「いいな」と思うようなもの。
なるみ達にからかわれて、それを恋愛感情と錯覚してしまったのだ。
ただ、それだけのことだ。
一樹「なるみ、マリーのスキャンデータはまだ残っているか?」
なるみ「だいじょうぶ、ちゃんと保存してるよ」
一樹「マリー型ガーディアンを召喚しよう」
外見が好きということなら、今の俺にはいい解決法がある。
これなら好きな格好、好きなポーズを好きなだけ眺められる。
なるみ「いいねー。マリーちゃんかわいいもんね」
一樹「ああ、そうだな」
なるみ「いつのデータにする?水浴びのときは詳細データ取れなかったけど、防衛線の時の初期バージョンと温泉旅行の時の最新バージョンがあるよ。あんまり大きな違いはないけど、全体的にちょびっとだけふっくらしてるかな。バストは8mm大きくなってるね」
画面上に2人のマリーの直立した裸体が表示される。
スキャンデータを元にしたシミュレーションだろう。
初期バージョンの方がほんの少しほっそりしてるのか?
並べても言われなければ分からない程度の差だ。
一樹「初期バージョンにしよう」
なるみ「おっけー。ジョブは何にするの?」
一樹「魔女にしよう。今度は攻撃主体でいこうかな」
なるみ「はいなー。じゃあ、こんな感じでいい?」
画面上に表示されたマリーは、初めて共闘したときの服装だ。
一樹「いいね」
なるみ「素材を使った強化もしとく?」
一樹「ああ、目一杯強化しといてくれ。あと、平常時の見た目が変わらないならベースは天使族にしよう」
なるみ「おっけー!ではではー」
一樹「召喚実行!」
ターンッと中指の腹でリターンキーを弾く。
中空に光の繭が現れ、初めて直接見るマリーの裸体が浮かび上がる。
いや、これはコピーなのだから直接とは言えないか。
目を閉じたまま、控えめな胸を見せ付けるようにゆっくりと回転する。
胸元に虹色の光が走り、白と水色のボーダー柄のブラジャーが現れた。
続けてお尻を見せ付けるように回転しながら腰周りに虹色の光が走る。
ブラジャーとお揃いのボーダー柄のパンツが現れた。
最後に全身を虹色の光が走り、見慣れた冒険者風の衣装を完成させる。
光の繭が消えるのと入れ替わりに白い光の翼が現れた。
ゆっくりと降下し、床に着く直前に翼は消え、軽い音と共に着地する。
一樹「久しぶりだね、マリー。改めてよろしく」
マリー001「はい、一樹さん。よろしくお願いします」
音声データも保存していたのか、聞き覚えのある声でマリーは応える。
だが、こうして見ると最後に会った時より少しだけ顔立ちは幼いか?
ふと、マリーと初めて言葉を交わした日の事を思い出す。
一樹「マリー、パンツを見せてくれないか?」
マリー001「わかりました」
マリーはためらうことなく即座にスカートの前をめくり上げる。
水色の横縞模様のパンツがよく見える。
一樹「いや、違うだろう」
マリー001「えっと・・・こうですか?」
マリーは今度はお尻を向けてスカートの後ろをめくり上げた。
しましまのパンツはマリーの小さめのお尻によく似合っている。
だが、これも俺が期待したものではない。
一樹「いや、そうじゃなくて」
マリー001「あ、こうですかね?」
マリーはスカートを脱いでパンツが丸見えになった。
その状態でパンツの前後を交互に俺に見せる。
とてもかわいらしいが、今はそういう気分ではない。
一樹「・・・いや、なんでもない。すまなかった」
マリー001「すみません、よく分からなくて。あ、こうですか?」
マリーはパンツを脱いで俺に差し出した。
マリー001「穿いたままじゃ内側がよく見えないですよね。どうぞ、ご確認ください」
今更だが、やはり本物のマリーとは違うな。
だが、それならそういうものとして楽しめばいい。
一樹「やはり穿いた状態で見たいな。もう一度着けて見せてくれるかい?」
マリー001「わかりました」
マリーは改めてパンツを穿いて、俺に見せてくれた。
一樹「せっかくだから上も見たいな。ブラジャーも見せてくれるかい?」
マリー001「はい、もちろんです」
マリーはためらうことなく上着を脱いで下着だけになった。
よく見えるように、たまに向きやポーズを変えてくれる。
マリー001「どうです?似合います?」
一樹「ああ、よく似合っている。かわいいよ」
本当にかわいい、俺好みのルックスだ。
なんでもっと早くにこれをやらなかったんだろう?
アイドルやアニメキャラのような存在なら、フィギュアがあったっていい。
そして、俺には等身大の超精密可動フィギュアを作る手段がある。
しかも、なるみとダンジョンを守る戦力にもなるという実益まであるのだ。
やらない理由がどこにある?
一樹「マリー、おいで」
マリー001「はい」
下着姿でひとりファッションショーをしているマリーを呼び寄せる。
抱きしめたその体には、人肌と変わらない柔らかさがある。
背中に手を滑らせて、パンツの上からお尻の肉を掴む。
適度に締りのあるお尻は心地よい弾力が感じられた。
そのまま指をパンツの下に滑り込ませる。
一樹「・・・・マリー?」
マリー001「はい、なんでしょう?」
マリーは何事もなかったかのような笑顔で応えた。
俺は人形を相手に何をやってるんだろうな。
一樹「いや、なんでもない」
俺が手にできたのはマリーに似せた人形だけ。
彼女の心を掴むための努力すらしてこなかったのだから仕方がない。
しかし、人形なら人形なりの楽しみ方があるだろう。
誰に遠慮する必要もないのだから。
マリー人形の衣装違いをいくつか製作することにしよう。
まずは下着を6種類、1体目はすでにある水色のしましまだ。
それにひまわり柄と肉球プリント、無地の白とピンクにライムグリーン。
そして蝙蝠の羽と悪魔の尻尾の付いた『魔族風』の黒のレザービキニ。
ついでにひし形の帯が乳首と秘部を隠すスリングショット(?)。
最後にうさ耳パジャマと透け透けネグリジェの寝巻き2種だ。
これでちょうど10種類。
ブルマとかスク水も加えたかったけど、端数が出てしまう。
さらに8種類とか思いつかないし、その辺はご意見募集かな。
いや、誰にだよ?ここネットとか無いし。
それはともかく、10種類の衣装バリエーションができた。
それぞれ初期バージョンと最終バージョンで計20体を召喚する。
違いなんてほとんど分からないけど、コレクションなんてそんなもんだろう。
コレクションというからには『白百合』の2人も並べたほうがいいかな?
剣士の戦闘データはけっこう溜まってるから、アーニャ型は造ってもいいな。
剣士型ガーディアンはいくら居ても多すぎるってことは無いだろう。
ただ、短槍使いの戦闘データは今のところ皆無だ。
戦闘経験の機会も限られているし、武器の種類をやたらと増やすわけにも行かない。
ただ、今後槍が有効な場面もあるかもしれないし、見栄え的にも3人揃えたい。
マリーの格好に合わせてアーニャ型とリリー型も召喚しよう。
一組目はオリジナル衣装シリーズ。
下着はアーニャが白の上下の中央に小さな赤いリボン付きで、リリーは赤の上下だ。
3人とも開拓村で共闘した時と同じ服装に身を包んでいる。
二組目は花柄パンツシリーズ。
マリーはひまわり、アーニャはローズ、リリーはユリだ。
三組目はアニマルプリントパンツシリーズ。
マリーは猫の肉球プリント、アーニャはおしりにくまさん。
リリーも同じくおしりにデフォルメされたわんちゃんだ。
マリーに合わせて肉球で揃えるべきかはちょっと迷った。
しかし、肉球だけで動物の違いを表現するのはなかなか難しい。
マリーには別におしりにねこさんプリントのパンツを用意した。
俺の気分で穿き替えてもらおう。
あ、肉球プリントシリーズってことで色違いでもよかったのかな?
スク水、ブルマと合わせて次の候補ってことにしておこう。
四組目は白パンツシリーズ。
文字通り、ベーシックな白無地の上下だ。
五組目はローズカラーパンツシリーズ。
マリーはピンク、アーニャはレッド、リリーがイエローだ。
六組目がシトラスカラーパンツシリーズ。
マリーがライムグリーン、アーニャがレモンイエロー、リリーがオレンジ。
7組目は悪魔コスシリーズ。
蝙蝠の翼と悪魔の尻尾の付いたお揃いのレザービキニだ。
8組目がスリングショットシリーズ。
ひし形に伸びた帯が乳首と秘部をかろうじて隠すエロエロ衣装だ。
9組目がけも耳パジャマシリーズ。
マリーがうさ耳、アーニャがねこ耳、リリーがくま耳だ。
10組目が透け透けネグリジェシリーズ。
マリーが白、アーニャがゴールド、リリーが赤になっている。
1組目以外はほとんど裸だが、ヘルスパイダーやバロメッツの糸を惜しみなく使った。
魔力を流せば素肌も衣装もフルプレートアーマーより余程頑強になる。
糸系の素材はほとんど使い切ってしまったが、来年また採集を頑張ろう。
メインダンジョンを護る重要な戦力なのだから素材を惜しむ所では無い。
どうしても必要なときは王国の商人から買ってもいい。
なるみ「壮観だね~。どう?かわいい衣装だと気分もあがるでしょ?」
一樹「そうだな。メインダンジョンの防衛戦力としても申し分なさそうだ」
全員の肌と透け透けネグリジェはヘルスパイダーの糸で強化されている。
下着類は主にバロメッツの糸を使い、防具の革部分は亀型亜龍の皮を使った。
靭帯はワイバーンから切り出した物、胸骨もワイバーンの竜骨突起からの削り出しだ。
装備の金属部分はオリハルコンとミスリル、マリーの『発動体』には亜龍の爪を使った。
リリーのショートスピアの穂先はロックバイパーの歯を使っている。
これだけ素材の質が他より数段落ちるが、投槍として使い捨てる事も想定した結果だ。
槍術はともかく、投槍ならアルマエルと戦闘経験を共有することができる筈だ。
リリーもマリーも、ウィセルの高速飛行からの刺突攻撃も真似できるだろう。
なるみ「またいろいろかわいい衣装考えていこうね!」
一樹「そうだな、そうしよう」
今回は顔を隠したい衝動を特に感じなかった。
こうして同じ顔が並んで居るのを見ても特に嫌な感じはしない。
人形が並んでいるだけなのだから気にする方がおかしいのだろう。
なるみの言うように、いろいろとかわいい衣装を楽しませて貰うか。
さて、温泉宿の方は終戦直後にしてはまずまずの滑り出しのようだ。
終戦直後だからこそ、商人たちが商機を逃すまいと様子見に来て居るのもある。
百貨店の福引での招待もしているし、新し物好きの貴族達もやってきている。
初動の勢いを付ける為、期間限定で期限付き地域限定商品券のおまけも付けた。
流石にリーリエシュタッヘル派閥の貴族はほとんど来ていないらしいけどね。
商人たちはその辺りは気にしないらしく、あちこちから来てくれている。
あちらの貴族から敵情視察を命じられて来ている者もいるかも知れないな。
まあ、観光地に隠す物など特に無いし、騒ぎを起こさなければ客は選ばない。
植物園の正面ゲートの華やかさを見せるなら春の開業がよかったのかもしれない。
しかし、終戦後の経済に勢いを付ける為に話題性のあるコンテンツが欲しかった。
まあ、落ち着いた癒しの空間というコンセプトであれば秋冬の景色もいいだろう。
冬の寒さと温かな温泉という組み合わせも相性はよさそうだしね。
東西を繋ぐ観光車両は、鬼族の工芸品で装飾して貰った。
壁は寄木細工や組み木細工を貼り付け、シートカバーなどは絹織物を使っている。
駅弁も考えたが、乗車時間が短いのでお茶と和菓子を出して貰う事にした。
寄木細工や組木細工を使った小物は土産物屋でも買えるようにしてある。
来訪者に怪我でもあっては大変なので、警戒は気を抜けない。
常に忍者部隊と天使部隊で哨戒を続け、魔物が近づけば駆除等の対応をしている。
東側はぐるりと柵を巡らし、ゴブリンや狼、冒険者などの侵入を阻んでもいる。
危険な筈の『魔界』は、極一部ではあるが観光地として姿を変えつつある。
ちなみに柵は主に動物対策の簡素な物で、強い魔物や冒険者なら突破は可能だ。
ただ、理性と良識を持つ者なら、明らかに人工の柵を強行突破などはしないだろう。
そんな事をするものは旅行客に危害を与える可能性があるので当然駆除対象となる。
しかし、きちんと手続きを踏めば魔界側へも出入りは可能だ。
冒険者達の探索の拠点としても使う事も出来るだろう。
なるみ「かずきおにぃちゃん、クリスさんが『経済特区』の貴賓館に来て欲しいってさ」
一樹「貴賓館に?明日の公爵の出迎えの打ち合わせかな?」
なるみ「そうかも?なんか上等そうな服の人がいっぱい来てるよ」
一樹「上等な服ね・・・こっちも普段着って訳にも行かないか。和服はまだ慣れないし、とりあえずタキシードかな」
なるみ「開拓村のメイドさんたちが準備して待ってるよ」
一樹「分かった。行ってくる」
なるみ「いってらっしゃーい」
俺はメインダンジョンの屋上に上がっていつもの様に靴などを軽く消毒する。
ふと、一片の薄紅色の花びらが風に吹かれて舞うのが視界をかすめる。
桜?まだそんな季節では無いはずだが?
カエデ「一樹、もう出るのか?」
一樹「ああ、クリスが呼んでるらしくてな。その桜はどうしたんだ?」
花びらが飛んできた西側に寄って見渡すと下からカエデに声をかけられた。
その手には時期外れに咲いた桜の枝が握られている。
カエデ「一枝だけ狂い咲いていたのできっておいたのだ。見たところ虫食いなども無いのに不思議な事だな。一樹たちの婚姻を祝ってくれているのかも知れん」
一樹「そうだといいがな。持って行くか?」
カエデ「それも考えたのだが、慰霊碑に咲いた花を祝いの席に持って行っては向こうが気分を害するかもしれんからな」
一樹「そういうものか?その辺は任せるよ。行ってくる」
カエデ「いってらっしゃい」
桜の狂い咲きは枝や幹が痛んで開花抑制ホルモンが届かずに起こるんだったか。
虫食いは見当たらないと言う事だったが、突風にでもやられたのかな?
何にしても、一枝だけでよかった。
一樹「お待たせしました。領主の一樹です。以後お見知りおきのほどを」
従者「遅いぞ!公爵閣下からの召集である。何をおいても迅速に駆けつけるべきであろう!」
貴族「よい。先触れも出さす訪問したこちらの手落ちだ。非礼を詫びよう。我こそは王国北部を預かる公爵家当主にしてカトリーヌの実父、ガエタン=フォン=ローゼンヴァルトである」
おや?ローゼンヴァルト公爵の来訪は明日の予定だった筈だがな?
一樹「お初にお目にかかります。街の整備については多大なご支援を頂いた事、大変感謝しております。おかげで街も大分形になってきました」
公爵「そのようだな。実は平素の街の状態をこの目で直接確認したいと思い、密かに日程を繰り上げて入領させて貰ったのだ。街は活気に溢れ、住民たちの表情も明るい。よい治世をしているようだな」
一樹「恐れ入ります。公爵閣下のお力添えに加え、優秀な部下たちや領民たちの努力の結果でございます」
従者「貴様!無礼であるぞ。平伏せぬか!」
先ほどの従者が再び会話に割って入る。
公爵は悪い印象を受けないが、面倒な従者を抱えているようだな。
一樹「おかしな事をおっしゃる。公爵閣下のご助力に感謝はしているが臣従した覚えは無いぞ」
従者「この領の繁栄は公爵閣下のご助力の賜物であろう。庇護を受けておきながら臣下の礼を取らぬというのでは筋が通らぬのではないか?」
一樹「この地は『魔族』の土地を一部貸しているに過ぎない。ご助力頂いているのは主にそちらのご同胞の統治だ。そして、男爵領は土地の利用と引き換えに施設を提供している。飽くまで取引に過ぎない」
公爵「そこまでにいたせ。一樹殿の主張はご尤も。部下の無礼を謝罪する」
一樹「謝罪を受け入れましょう」
公爵に世話になっているのは確かだし、俺1人の頭を下げて済むならそれでもいい。
しかし、『魔界』の領主の1人を名乗った以上、ここで俺が平伏する事は出来ない。
それはこの地を王国の属領と認める事になってしまうだろう。
公爵「ところで、貴殿らには信奉する神はいるのだろうか?」
一樹「たくさんいらっしゃいますね。様々な団体がそれぞれに自分たちの神を信奉しています」
公爵「クリスから聞いて居るとは思うが改めて確認したい。明日の婚礼の儀ではルシファー様の御前にて婚姻を宣言し、ルシファー様と列席者に証人となって貰う事になるがかまわないかな?」
一樹「構いませんとも。あらゆる信仰を尊重し、あらゆる神に敬意を払うのが我らの流儀です。ルシファー様の信徒にはなれませんが、必要とあらば頭を垂れましょう」
公爵「それを聞いて安心した。明日の宣誓の儀はこちらで仕切らせてもらおう」
一樹「お任せします」
あちらの儀式のやり方など欠片も知識は無い。
神官にも祭壇を整える人間にも伝手などまったく無い。
こちらで半端な事をしては却って公爵家に迷惑をかけるかもしれない。
やってくれるというのならお任せした方がいいだろう。
俺はただ素直に打ち合わせ通りに動くとしよう。
宣誓の儀は男爵邸の裏でやる事になっている。
そこに生えていた樫の大樹が御神木という事になっているらしい。
穴だらけの男爵邸は取り壊す予定だったが、修復したほうが良さそうかな?
今回はひとまず、飾り布などで破れた窓は目隠ししてある。
男爵邸に併設されていた奴隷小屋と兵舎は既に取り壊しが進んでいる。
解体で出た各種建材は、状態に応じて陸橋その他で再利用に回されている。
ぼろぼろの木材でも、荒地に砂利と生物由来ごみを埋める枠組み位には役に立つ。
魔界に向けられていた防壁が俺の『領域』の基盤に使われるとは皮肉だな。
仮復旧した西側の橋に、ひときわ大きな車列が見えた。
見覚えのある薔薇と蛇の描かれた旗を持つ騎士が馬車の列を従えている。
伯爵領内の異種族奴隷たちを確認の為に連れてきてくれたのだろう。
街道脇の仮設テントで、文月たちが1人1人丁寧に聞き取りをしていく。
奴隷になった経緯や労働状況を確認し、必要に応じて開放の手続きを取る。
尤も、俺は『領域』外での彼らの扱いについては影響力を持たない。
この場で開放しても、逃亡奴隷として捕獲や処罰の対象となる可能性もある。
俺の口利きで故郷に帰してやれるケースは鬼族と狼人族くらいだろうか?
それ以外の者は、奴隷に戻るか俺の領で働く以外の選択肢は多くは無いだろう。
人間族の王国内でありながら、人間族以外の住人が多い街になりそうだな。
平坦さを失った地上の街道は廃棄され、頑強な陸橋で確かな流通経路を確保する。
沼地の様な荒地の広がる一帯も、まずは逞しい『雑草』の緑に覆われるだろう。
石材が露出している市街地と水路側面も、蔦植物と苔で緑に覆われるだろう。
遠からず、この泥だらけの荒地は緑で覆い尽くすつもりだ。
街の中身も外観も、大きく変わっていくことだろう。
翌日、俺たちは旧男爵邸裏の樫の老木の前に設置された祭壇の前に集合した。
婚姻の儀は少数の身内のみで静かにやるものらしく、列席者はそう多くは無い。
こちらはアウラエル、カエデ、グリシーヌ、みどり、みずき、もえかの6人。
キャシー側は公爵夫妻、クリス、ステファン、コラリーの5人だ。
新婦側の親族が両親のみなのは、余りに急で兄姉たちの都合が付かなかった為だ。
先日までこの地域は情勢が不安定で、婚姻の儀がいつになるか分からなかった。
その一方で、キャシーは臨月間近で儀式を急ぐ必要があったらしい。
キャシーが乗り込んできた時は子作りから始めようとは言っていたけどね。
それでも、できれば出産より婚姻の日付が先の方が体裁がよいのだろう。
こちらは3人の妻とみどりのみにしようかと思ったが、みどりが納得しなかった。
向こうが両親のみならこっちは妻のみでも良さそうだとは思うんだけどね。
この手のイベントでみどりを除け者にすると後が面倒そうなので仕方が無い。
3人ともかわいらしいミニスカートのドレス姿が嬉しそうなので良しとしよう。
バランスを取る為に護衛騎士のステファンとコラリーまで列席者の扱いとなった。
キャシー側の参列者の服は生地も仕立ても上等そうだが、装飾の類は殆ど無い。
こちらの3人の妻たちもその辺は弁えている様で、上品ながらも簡素な装いだ。
みどりたち3人の盛装が浮いているが、子供のする事とどうか大目に見て欲しい。
俺とキャシーに用意されたのは一段と簡素な無地の貫頭衣だった。
仕立てがいいのか、それでも特にみすぼらしく見えないのは流石というべきか。
神前では質素で慎ましやかな装いが善しとされるという事なのだろう。
わずかに金糸の刺繍の入った神官の服がこの場では一番装飾的だ。
みどり達3人を除けば、ね。後でまた何か言われそうだな。
神官「イスカリオテ卿カズキ=ササハラ男爵と、公爵家令嬢カトリーヌ=ローゼンヴァルト様の婚姻の儀を執り行います」
イスカリオテ卿だと!?通りで、ケリヨトって聞き覚えがあったはずだ。
これもルシファー信仰と同じく過去の厨二病転生者の置き土産って訳か。
まあいい。その悪ふざけにも付き合ってやろうじゃないか。
神官は祭壇の前でなにやら祈りの言葉を捧げ、脇に寄って俺たちを促す。
俺とキャシーは並んで祭壇の前に静かに歩みを進める。
横手から神官が俺たちに声をかける。
神官「イスカリオテ卿カズキ=ササハラ男爵、妻を愛し、守り、養い、寛容の心を持って接する事を誓いますか?」
一樹「誓います」
神官「公爵家令嬢カトリーヌ=ローゼンヴァルト様、夫を愛し、支え、癒し、2人の子を産むまでの貞淑を誓いますか?」
キャシー「誓います」
2人の子を産むまで?終生の貞淑を誓うわけでは無いのか?
アーニャもそんな事を言っていたが、ここでは妻の浮気は神様公認なんだな。
生まれた子は相手の男が引き取るらしいが、そこで俺には寛容が求められる訳か。
なんとも奇妙な印象だが、少なくとも俺は浮気を責められる立場では無いな。
神官「ルシファー様とご列席の皆様を証人として、この2人の婚姻を宣言します」
婚姻の儀は案外あっさりと幕を閉じた。
神の前で婚姻を誓う事に重きを置くという点では人間族も鬼族と変わらないようだ。
アウラエルとグリシーヌに至ってはそもそも儀式らしい事すらしていない。
ひょっとしたらこの世界での結婚は基本的にこんなものなのかもしれないな。
身重のキャシーを自宅に送り届けると、それぞれに日常の業務に戻っていく。
お披露目のパーティーは出産後落ち着いてから改めてやる事になるらしい。
そろそろ臨月を迎えるキャシーには大きなパーティーは負担が大きい。
それに貴族たちを集めるとなると日程の調整にも時間がかかるのだろう。
儀式が終わると公爵夫妻は挨拶もそこそこに急いで帰っていった。
そろそろ街を出る馬車より入る馬車が増えてくる時間帯だ。
伯爵領から大量のぼろ布を積んだ馬車が来て下水処理場の方へ向かった。
あれは下水処理場のフィルターの素材として買取を提案したものの1つだ。
伯爵領からは賠償金を取る事にしたが、代わりに金を稼ぐ手段も幾らか提供したい。
他にも細かく枝分かれした細い枝先や、草の蔓、硬く縛った草の束等も買う予定だ。
ぼろ布はよれよれの穴あき服位を想像していたが、今のはかなり使い込んだ雑巾か?
フィルターとして役に立つのか、ちょっと不安になってきたな。
これは農作物を売って王国から鉱物資源を手に入れる政策の一環でもある。
俺の構想には肥料という概念が抜け落ちている事を先日ローズに指摘された。
色々頑張っても継続的な自給が期待できるのは水素、酸素、炭素、窒素辺り。
これだけで野菜が作れる筈も無く、色々と、特にリンとカリウムが足り無い。
農産物を輸出するなら、肥料は他領から安く安全に輸入しなければならない。
賠償金の件もあったので差し当たり伯爵領から買う事にした。
とはいえ、食料関係の商品を敵性勢力から買うというのはやはり不安も残る。
そんな訳で、下水処理場のフィルターに使える生分解性素材を買う事にする。
フィルターとして数ヶ月流水に晒し、更に堆肥化してから畑に使う。
これなら毒物などを入れられてもリスクはかなり低減できるだろう。
後は目の前に大きな河があるので、魚や藻を集めるのもいいかもしれない。
鍛冶屋ギルドや煙突掃除夫ギルドと交渉して灰を安くで売って貰う事も出来るかな?
河で海と繋がったから、食用に出来ない海藻を安くで買えないかも検討してみるか。
ローズやコバルトに必要な物を確認しつつ、クリスやアーネストさんに相談しよう。
一樹「おや、睦月たちは何をしてるのかな?」
睦月「えへへ、混ざってみたのです」
メインダンジョンに戻ると、何やらえろかわいい空間が広がっている。
コアルームの一画はマリーたちの等身大フィギュアの展示スペースにした。
シチュエーション設定などはなるみが日替わりでコーディネートしてくれる。
今日はお泊り会の設定なのか、下着姿でカードゲームに興じているようだ。
そこに睦月と如月も同じく下着姿で輪に入ってカードを握っている。
如月「こういうの好きなんでしょ?協力してあげる」
一樹「なるほど。かわいいよ、ありがとう」
満面の笑みを浮かべる睦月と少し照れたように笑う如月。
『白百合』の3人は当初の設定通りゲーム中の表情を崩さずにいる。
一樹「でも、もう遅いから二人ともそろそろ寝なさい」
睦月「はーい!おにいちゃん、おやすみなさーい」
如月「おやすみ、にいさん」
一樹「おやすみ」
頭を撫でると、2人は一度俺に抱き着いてから寝床に入った。
2つの空席を残したまま、カードゲームは止まっている。
一樹「・・・おやすみ、マリー」
マリー003「あ、一樹さん、おやすみなさい」
アーニャ003「おやすみ、一樹」
リリー003「おやすみな、旦那」
一樹「あ、ああ。おやすみ、みんな」
自分の部屋だというのに、どこかに迷い込んだかの様な居心地の悪さを感じる。
倒れ込むようにベッドに入ると、衝撃で「パンツの様な物」が舞い上がる。
目を閉じると、ただ柔らかなコットンの肌触りだけが残った。
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おかげさまで第1部校了できました。本当にありがとうございます。
現在、第2部も執筆を進めております。
遅筆の為、連載再開まで数ヶ月程度お待ちいただく事になりそうです。
公開した際にはぜひまた応援していただけましたら幸いです。




