第120話 衝突
王国軍の兵士が自軍の野営地に向けて早朝から拡声の魔道具を向けている。
おそらくは昨夜の俺の演説への対応と戦意高揚の為の演説なのだろう。
こちらに向けてもカウンターを受けて逆効果と学んだらしい。
肝心のルーデレルはまだお休み中だが、それは向こうの知る所ではない。
寝不足の所に上官のご高説を聞かされる兵たちには同情するがここは放置だ。
昨夜の俺の演説に対しては、特に目に見える反応は無いようだ。
数人の逃亡兵くらいは出たかもしれないが、大きな反乱などが起きる様子は無い。
敵方、しかも『魔族』の言葉とあってはそうそう受け入れられる事は無いだろう。
期待していた訳では無いが、やはり少し寝不足にする程度の効果しか無かったようだ。
それに、王国軍の兵士達は今は戦勝ムードに酔っている所だろう。
ここまで彼らは2000のオーク兵を蹂躙し、ゴブリン達の襲撃を悉く退けてきた。
その状況での敵の厭戦的な呼び掛け等、唯の弱気な命乞いにしか聞こえないだろう。
王国側も反乱や逃亡への備えはあるだろうし、背後が大河では逃亡も難しい。
王国兵が細長く高い木造の何かを、昨日のハラスメント部隊の辺りに押し出した。
一瞬攻城塔かとも思ったが、それにしては低く上部構造物は薄いし大きな穴もある。
四角い縦長の細く大きな窓のような穴の下には、黒髪の人形が固定されている。
首と両手を木枠に嵌められて、処刑を待つ罪人のような格好だ。
どうやらハラスメント部隊は武器を音からヴィジュアルに切り替えたらしい。
四角い窓の上部に固定された三日月形の刃が落下する。
しかし、人形の首を落とし切れなかったらしく、歯は斜めに傾いて止まった。
歯をロープで引き上げながら、溝から外れた歯の片側を兵士たちが嵌め直す。
もう1度同じ事が繰り返され、更に3度目の「処刑」でようやく首は落ちた。
王国軍から歓声が沸き起こる。
何が楽しいのやら理解に苦しむ。
それにしても3度目か・・ヘーゼルホーヘン伯爵との戦いもこれが3度目かな?
最初の戦いは鬼族との国境紛争に対して俺が横槍を入れただけだった。
俺を標的とした派兵はこれが3度目、今度こそ俺を殺すという宣告だろうか?
気づけば俺は手の平を処刑台に向けていた。
待て、敵が人形遊びに興じているだけなら放っておいて問題は無いはずだ。
貴重な輸送力を敵が大掛かりな玩具の為に浪費してくれたなら結構な事だ。
あの距離なら攻撃が届かないと思っているのなら誤解を解いてやる必要も無い。
見ていて気分のいい物では無いが、実害が無いなら放置するのが得策だろう。
アウラエル「随分と醜い出し物です事」
一樹「アウラエルか、おはよう」
アウラエル「おはようございます。主様、あの手の演出の効果は存外侮れないものです。主様の忍耐には敬服しますが、そろそろ対応されたほうがよいのではありませんか?」
一樹「そうだな。兵たちに戦闘準備を通達しよう」
アウラエル「御意に」
いつの間にか処刑台の左右に木製の盾の付いた台車の様な物が並んでいる。
悪趣味な人形遊びに気を取られているうちに兵の展開を許してしまったらしい。
視野の狭窄とこの胸のざらつき、俺はどうやら敵の術中に嵌まっていた様だ。
敵の狙いは見え透いているというのに、平静を保つのはなかなか難しい。
さて、申し訳ないが、彼らには『魔族』の脅威の体験者になってもらおう。
同時に、開戦前に俺が武器を捨てるよう呼びかけた事実の証人になってもらう。
その事実とこれから起こる戦いの記憶を、恐怖と共に深く刻み付けよう。
彼らには『慈悲深く恐ろしい魔族』の語り部になってもらうのだ。
「魔族に手を出すべきではない」
「多少の金を積まれようと、魔族と戦うなど割りに合わない」
「貴族に逆らってでも、魔族との戦いに参加するべきではない」
恐怖の記憶と共に、彼らにはこれらの教訓を持ち帰ってもらう。
そういう意味では、王国軍の慢心を誘ったのは作戦として一貫性に欠けるかな。
そこは街の整備の為の時間稼ぎに伯爵家の力を殺ぐという目的との兼ね合いだ。
それに今のケリヨトでまともに防衛戦をするのはほとんど自殺行為だろう。
それよりは伯爵側の兵站に負担をかけるために使ったほうがいい。
今回の戦いでも王国側には少なからぬ犠牲者が出る事だろう。
最初から恐ろしい『魔族』を演じたなら逃亡兵も増えて死者も減ったのだろうか?
恐ろしげな魔物の軍団を引き連れた悪魔は俺よりもずっと優しいのかもしれない。
だが、戦わずに強国を撃退した事で有名な串刺し公も、翌年には敗れてしまった。
痛みを伴わない恐怖は、抑止力として長くは機能してくれないのだろう。
並べられた盾の後ろに敵の兵士たちが緩慢な動きで集結しつつある。
おそらく大半は農閑期に徴集された農兵達、兵士としての錬度は低いのだろう。
ここ数日は生活環境も食事も劣悪で昨夜は寝不足、士気も体調もよくは無い筈だ。
正規兵らしき者に急かされながら申し訳程度に駆け足をしている。
決戦は今日、という読みはどうやら間違っては居ないようだ。
5000人中2000人もの兵を既に動かしているのだから、当然といえば当然か。
ただ、一般兵では『魔族』を倒すのはほぼ不可能で『聖騎士』達をぶつける必要がある。
5000の一般兵はその為の露払いで、配下の『魔物』を抑えて道を作るのが仕事だ。
ならば2000の兵をブラフで動かすという可能性も有り得ない訳では無い。
決戦は翌朝と見せかけて夜襲をかけてくる可能性も考えていたがそれは無かった。
実は決戦は更に後で、ここでまた肩透かしを食らうなんて事も有り得るか?
こうやって余計な心労を溜めてしまっているのも敵の術中なのかな?
昨夜の日没後に出発した別働隊は向こうの目論見ではそろそろ着く頃合だろう。
だが、実際には雪風たちの善戦によりようやく尾根に差し掛かった辺りだ。
敵がタイミングを見誤り、先走って攻め込んでくれるなら好都合だがな。
ルーデレル「うりゃっ!」
一樹「うおっ?ルーデレルか。もう起きて来たのか」
小柄な少女の姿の天使族が俺の背中にしがみついてきた。
彼女は昨夜遅くまで敵のハラスメント部隊とやりあっていた筈だ。
ルーデレル「こんな殺気立った空気の中では眠って居れぬわ」
一樹「それもそうだな。疲れは残ってないか?」
ルーデレル「問題ない。それより、一樹のほうこそ大丈夫なのか?ひどく顔が強張っておるぞ?」
一樹「そうか?まあ、そうかもな。争い事ってのはどうにも苦手でね」
ルーデレル「ふむ。一樹、だっこじゃ」
一樹「だっこ?」
ルーデレル「いいからほれ!だっこじゃ」
前に周ったルーデレルを、言われるままに抱き上げる。
ルーデレルは俺の頭を抱えるように抱き着き、ゆっくりと撫でる。
ルーデレル「こういう時は人肌に触れて落ち着くのも効果的じゃぞ。何、傍目には脅える美少女を安心させようとしている様にしか見えぬ。それで無くとも、この場に居るのは一樹のガーディアンばかりじゃろう」
一樹「そうだな。ありがとう、少し落ち着いたよ」
ルーデレル「まだじゃ!先ほどの人形遊びの意味は分かっておるな?」
一樹「今度こそ俺を殺すという宣言か?俺をいらつかせる狙いと、あちらの兵を高揚させる狙いもあるんだろうな」
ルーデレル「そんな所じゃな。付け加えるなら、刃が三日月形なのはお主を人として扱う気は無いという宣言でもあるのじゃろう。一樹に従った者も同様じゃろうな」
一樹「今更だな。だが、やはり負けられないという事か」
ルーデレル「そうじゃな。じゃが、焦りは禁物じゃぞ?心も体もあまり強張らせ過ぎん様にな」
一樹「ああ、分かった」
ルーデレルの胸から顔を離し、王国軍の様子を改めて観察してみる。
目新しいのは大きな盾付の台車くらいで、今回も攻城兵器は見当たらない。
砦などの破壊はやはり攻城魔道師の、今回は『賢者』の役割なのだろう。
加えて今回も、8メートルほどの梯子もそれなりに持ってきて居る様だ。
多くの歩兵の装備は皮鎧と木製のラウンドシールドに鋼のショートソード。
平地での戦いなら長槍を持つ所だろうが、梯子を上るのに邪魔になるのかな?
砦や山林、市街地での戦いを想定して取り回しのよい武器を選んだのだろう。
だけど、それならショートスピアとかでもよさそうなものだけどな。
鉄もそこそこ貴重だと聞いたが、示威的な意味もあるのだろうか?
一樹「駄目もとでもう一度停戦を呼びかけてみるか」
ルーデレル「うまく行くといいがの」
一樹「たぶん無理だろうな。ただ、此方は停戦を呼びかけて警告も発した、という事実はきちんと印象付けておきたい。ついでに軽く揺さぶりをかけておこう。頼めるか?」
ルーデレル「うむ、任せておけ」
どの程度の効果があるかは不明だが、やらないよりはましだろう。
ルーデレルには苦労をかけるけど、流れる血は1滴でも少ないほうがいい。
俺はルーデレルの展開した魔法に乗せて、王国軍の兵士達に呼びかける。
一樹「王国の兵士達よ。思いの外この地に残った者が多い様で残念に思っている。賢明な者たちは昨夜の内にこの地を去って行った。彼らの勇気ある決断を讃えたい」
実際に逃亡兵がどの程度居たかは確認していない。
正規兵の目もあるし、背後には大河もあるからゼロかもしれない。
だが、ここは逃亡兵が居たという前提で話を進めよう。
少なくとも4割程の兵は居なくなっているのだから誤認させる余地はある。
戦場から逃げるという選択肢もあったのだと認識させたい。
一樹「戦場で敵に背を向ける事は、一見すると臆病者の所業に見えるかも知れない。だが、貴族の権力に脅え、ただ諾々と命令に従う者がそれを嗤うとしたら実に滑稽な話だ。もし、この砦に武器を向けたならば、多くの者が命を落とすだろう。例え生き残れたとしても、恐怖と共に今日の記憶を思い出し、己の愚鈍さを強く後悔する事になる」
呼びかける内容としては昨夜のものと然程変わらない。
だが、今日はいくらか語気を強め、警告の色を強くしよう。
一樹「もう少し分かりやすいように、1人の男の話をしよう。ゲイリー軍曹という男を覚えている者は居るだろうか?かつてこの地に攻め入った王国軍に参加していた者だ。不意の遭遇により予期せず戦闘になってしまったが、その場には俺を倒せる程の戦力は無かった。ゲイリー軍曹は味方が撤退する時間を稼ぐため、果敢にも単身で挑みかかってきた。敵ながら見事な死に様と認めよう。だが不思議な事に、先日保護した奴隷の中に彼の息子が居た。聞けばヘーゼルホーヘン伯爵は遺族補償を認めなかったばかりか、彼に敵前逃亡の汚名を被せ、騎士爵位を剥奪したそうだ。家財も取り上げられて一家は離散、彼の妻や娘たちについては今どこにいるのかさえ分からないと言う」
この地の制圧後に保護した奴隷の中に彼の息子が居た事は事実だ。
ゲイリーの家族を知る元同僚達も、おそらく幾人かはこの場に居る事だろう。
彼らの知る具体的な事実を混ぜる事で、言葉の信憑性を上げていく。
尤も、ゲイリー一行はその場で殲滅したので彼の勇姿を知る者は居ない。
当時の総司令官だったバルバス男爵も俺がこの手で殺した。
従軍した者への対応に不備があったとしても、伯爵を責めるのは酷というもの。
だが戦場という混沌の中で、似た様な事が再び起こる可能性は十分にある。
これも『魔族』の与えた予言の1つとして語り継いでもらいたいものだ。
一樹「王国軍の兵士達よ、愚鈍な臆病者のままこの地で果てるならそれも楽なのかも知れない。汚名を着せられ、奴隷として売られる妻子たちの苦悩を知らずに済むのだからな。だが敢えて問おう。諸君らの家族をいったい誰が守るのだ?そして最後に改めて問おう。この戦いは諸君らにとって命を掛けるに値するものなのか?」
王国の正規兵たちが農兵達に何か呼びかけているようだ。
魔族の奸言にだまされるな、とでも言っているのだろう。
ルーデレルの反撃を警戒してか、こちらに声を飛ばしては来ない。
一樹「それでもなお、この砦に武器を向けるというならば、俺も覚悟を決めなければならない。臆病ゆえに貴族達に逆らえぬ者を責めるのは酷だとは思う。だが理由はどうあれ、我が領民の脅威となるならば排除せねばならない。今からでも、諸君らが勇気ある決断をしてくれる事を切に願っている」
ルーデレルに手を合図をして最後通告を終える。
この呼びかけで戦線を離脱する兵士はおそらくほとんど居ないだろう。
だが、俺が離脱を呼びかけ、戦死者の妻子の末路を予言した事実は残る。
残念な事に予想通り、王国軍は緩慢ながらも着実に隊列を整えていく。
敵兵5000の内、正面に陣取っているのが約3000人程だ。
残りの2000人は二手に分かれて半包囲の陣形を作ろうとしている。
数の優位を活かす為に、こちらに3正面戦闘を強いる作戦のようだ。
尤も、単純な数で言えば実はこちらの方が上なのだけどね。
砦の左右の山の中を、それぞれ約1000人の兵士達が進んでいる。
標高800mあるかないかの小山の連なりだが、足場も悪く視界も悪い。
お行儀良く陣形を維持しながら行進なんてできる場所ではない。
こちらはそれぞれ忍者310人とゴブリン2600匹で迎え撃つ。
5匹1組みのゴブリンパーティーには敵の頭を抑えてもらう。
左右に各250組居るゴブリンパーティーは使い潰すことになりそうだ。
とはいえ、数と地形の優位があるのでそうそう簡単にやられはしない。
加えて、5匹で連携する戦いは散々ダンジョン内外の実戦で訓練した。
ゴブリンらしからぬ連携攻撃は戦い慣れした冒険者も多少は梃子摺らせる。
彼らが行軍速度を鈍らせている間に、左右から敵の部隊を擦り減らせよう。
ゴブリンダガーは樹上や物陰から突進して急所にナイフを突き立てる。
樹上からの攻撃が一番攻撃力が高く、生還率も比較的高いようだ。
敵の意識が攻撃された部位に向かった頃には既に足元に降りているからね。
その隙に近くの茂みに逃げ込み、再びナイフを補充して先回りする。
敵の警戒が樹上に集まっても困るので、物陰からの突進も織り交ぜていく。
ゴブリンブローガンとゴブリンアーチャーは攻撃力は正直言って頼りない。
ヒット&アウェイを繰り返して敵にストレスと疲れを与えるのが主任務だ。
しばしば挑発的な攻撃によって雪風たちのトラップに誘導したりもする。
トラップが無くとも、深追いしてくれれば足並みは乱れ、進軍速度は鈍る。
そして、数十秒でも少人数で孤立した兵は、忍者達の縄分銅の餌食だ。
おそらく指揮官は四方を警戒しながら密集陣形で進む事を選択するだろう。
ゴブリンパーティーも本格的な集団戦では体格の差で押し潰されるかな?
忍者も正面からのぶつかり合いには向かないないので手が出せなくなる。
敵に姿を見せず、孤立した兵の各個撃破に集中するよう指示してある。
ゴブリンダガーもこれでは手を出すのが難しい。
だが、道のない山中は集団が密集して移動するのには向いていない。
別働隊の行軍速度は更に落ち、他の部隊との同時攻撃には間に合わない。
そして、ゴブリンアーチャーたちの攻撃を一方的に受け続ける事になる。
大した脅威では無いとはいえ、その状況はストレスが溜まる事だろう。
敵が3部隊の同時攻撃を成立させるには一定以上の進軍速度が不可欠だ。
進軍速度の維持を優先して強行突破を選ぶならそれはそれでいいだろう。
奴らの足並みの乱れに乗じて攻撃を続行し、坦々と兵を減らしていこう。
山を越えた先には俺達の街があるわけだが、そこも無防備ではない。
『経済特区』は鬼族、農園と開拓村は兎人族の戦士団が守っている。
ガーディアンも両方に剣士200人、アーチャー200人を配置した。
それぞれ顔を隠したフルアーマーオーク100体も盾を並べている。
中身はオークだが、遠目にはがっしり体型の重装歩兵に見えるだろう。
万が一の時は殿を務め、味方が逃げる時間を稼いでもらう事にする。
200体を追加召喚し、最初に召喚した50体には鎧を追加しておいた。
合計300体、残りの100体は第2の砦の中央通路で待機だ。
更に新たに召喚した魔女をそれぞれ100人付けている。
『経済特区』側の100人はクロップドタンクトップとホットパンツ。
農園側は兎人族に倣ってハイレグレオタードとうさ耳カチューシャだ。
遠目には兎人族の女に見えるだろうから、魔法を使うとは思わない筈。
山の中に配置した部隊は正面からぶつかるには向かないガーディアンだ。
しかし、敵の足を鈍らせ、数を減らし、疲労とストレスを与える。
そうやって敵を疲弊させる事で、街の防衛隊の負担を軽減させよう。
山中に配置したゴブリン5200匹はおそらくほぼ全滅するだろう。
しかし、奴らはゴブリンを模した魔道人形だし、召喚コストも安い。
それで街の防衛戦での犠牲者が減り勝率が上がるなら惜しむ必要はない。
忍者達は心配だが、生還を優先し無理はしないように言い聞かせてある。
街の防衛戦の為には多少無理してでも敵を減らした方がいいのかもしれない。
ただ、彼女たちが無事なら森を抜けた敵を街の防衛部隊と挟撃できるだろう。
命を賭けるのはそうなってからでも遅くはないはずだ。
『経済特区』は警備隊仕様の忍者型ガーディアン242人が巡回している。
潜入しているであろう工作員の破壊活動や火事場泥棒に対応するためだ。
放火などに備えて水無月たちもいつでも出動できるよう備えている。
これで敵の両翼への対応はほぼほぼ問題はないだろう。
おかげで俺は第2の砦で敵主力部隊との戦いに専念できる。
情報にあった『聖騎士』と『賢者』もおそらく正面の主力部隊だろう。
これには俺と天使型ガーディアンを中心とした部隊でお相手する事にしよう。
一樹「なるみ、敵の別働隊の様子はどうだ?」
なるみ「敵右翼はかずきおにぃちゃんの予想通り密集陣形を選択したみたいだね」
一樹「雪風たちは無事か?」
雪風「現時点で忍者隊に損害はありません」
一樹「・・・いたんだな」
雪風「はい」
一樹「忍者部隊は作戦通り距離を取って姿を見せぬように包囲を続け、孤立した敵のみを狙え」
雪風「はっ」
一樹「敵左翼はどうだ?」
雪風「散開したまま強行突破をする模様です」
一樹「では、こちらも当初の予定通りだな」
雪風「承知」
敵左翼は右翼と比べて移動距離がいくらか長い。
敵が3面同時攻撃を成功させるには左翼は急ぐ必要があるのだろう。
一樹「サジタエル、敵右翼に5人ほど向かって密集陣形のど真ん中にぶち込んでやれ。反撃を受けないように十分に高度は保てよ」
サジタエル’「わかりました、お兄様!」
一樹「魔獣の牙は温存だ。今は未だ鋼の鏃でいい」
サジタエル’「はい!」
敵が固まっているなら射撃精度は然程必要ないから遠くからでも問題ない。
敵は今、ゴブリンアーチャーの攻撃をひたすらに耐え続けている所だろう。
ゴブリンの矢は大した威力は無いが、サジタエルのそれは全く違う。
恐慌を来たした兵が足並みを乱したら、今度はまた忍者部隊の餌食だ。
ジェシカ’「一樹様、敵が動きます」
処刑台が後退し、替わりに金属製の大盾を持つ重装歩兵の一団が現れる。
過去の戦いで見たのと同様、攻城魔道師の護衛部隊といった所か。
だが、別働隊との3面同時攻撃をするのなら動くのがまだ早すぎる。
対応の為にこちらの正面戦力が減ったならそれでよしという事だろうか?
或いはサジタエルが右翼の迎撃に向かったのを見て時機と判断したか?
俺の魔法ならこの距離でも消し飛ばせるだろうが、先手はお譲りしよう。
こちらから先に攻撃しては、後から何を言われるか分かった物ではない。
山の中では疾うに戦闘は始まっているが、衆目を集めるのは砦の攻防だ。
敵の装備で今までと大きく違うのは正面の兵が持つ車輪付の巨大な盾だ。
木製だから炎対策ではなく、おそらくはサンドストーム対策か。
サンドストームは貫通力が低いから、確かに有効な対策と言える。
丁寧に敷いた石畳が敵に利する事になるとはね。
いや、サンドストームは敵兵に生きたまま帰って貰うための魔法だ。
だが、あの盾を砕くとなると背後の兵は致命傷を負う事になるだろう。
押している兵は分かっているのか?その盾はお前達に死をもたらすぞ?
重装歩兵の一団が割れ、仰々しい杖を掲げた魔道師が現れる。
攻城兵器代わりの魔道師の登場、どうやら開戦の時間らしい。
その杖に強大な魔力が収斂していくのが感じられる。
いや違うな。手前の奴もそこそこ強力だが、本命は川向こうか。
竜騎兵戦で感じたのと似た強力な魔力、奴が『賢者』という奴か?
一樹「アルマエル、いけるか?」
アルマエル’「お任せください」
天使型のアルマエルは『発動体』無しでもある程度の魔法は使える。
だが強化の為に亀型亜龍の下嘴を丸ごと使った『発動体』を持たせた。
内側に取っ手などをつけて盾に加工した巨大な嘴を左腕に構えている。
取っ手の周りに見える宝石やら金具やらも魔術的な意味があるらしい。
150年物のレア素材を贅沢に使った『発動体』にも魔力が収斂していく。
その魔力量は『賢者』のそれに負けない力強さを感じさせる。
やはり妙だな。『賢者』は対『魔王』戦力の一角のはず。
『勇者』と共闘しなければ本領を発揮できないのか?
それとも運よく入手できたレア素材のおかげかな?
アルマエル’「マジックシールド!」
襲い来る灼熱に焼けた岩塊の雨を頑強な魔道防壁が弾き返す。
突撃の銅鑼が鳴り響き、兵士達が怒声と共に一斉に砦に殺到する。
一樹「ストーンバレット!」
身の丈ほどもある打製石器のような砲弾が『賢者』を襲う。
しかし、分厚い魔道防壁がこれを弾いた。
再び『賢者』の杖に魔力が収斂され、灼熱の岩塊の雨が砦に降り注ぐ。
1発目には劣るが、決して侮れない威力。
一樹「アルマエル!」
アルマエル’「魔力充填間に合いません!」
アルマエル102「こちらで対応します」
弥生とアルマエルたちが魔道防壁を展開して『賢者』の攻撃を防ぐ。
幾つかは貫通し、砦前面の固定型単機能ゴーレムを破砕していく。
一樹「ストーンバレット!」
『賢者』を襲う岩の砲弾は、またしても分厚い魔道防壁に弾かれた。
どういうことだ?大魔法の直後になぜそんな強力な防壁を展開できる?
『賢者』の持ち味は威力よりもその連射性能なのか?
いや、今の魔道防壁が展開される前の魔力の収斂は別の場所のように感じた。
『賢者』かそれに相当する、防御担当の魔術師がもう1匹いるのか?
だが、『賢者』と違って射線が通っていない分、目視では特定が難しい。
一樹「なるみ、ゴーレムであのでかい盾を砕いて逆効果だと教えてやれ」
なるみ「おっけー。じゃあ、今回のプライオリティ設定は車輪つきの大盾、魔術師、騎士の順でいい?」
一樹「ああ、それでいい。大盾は出来れば車輪の辺りを狙ってくれ」
なるみ「あいさー」
屋上の乙女の裸像型のゴーレムが巨大な矢を放つ。
門前で立ちふさがるゴーレムの巨大な鎖分銅も唸りを上げる。
その度に移動式大盾の車輪が砕かれ、立ち往生していく。
感のいい者が放棄した大盾も加わり、逆に王国軍の侵攻を阻む。
その間も『賢者』の攻撃は続き、ついには砦の扉が一部砕かれた。
勢い付いた王国軍が、移動盾の残骸を乗り越えて砦に迫る。
『賢者』をどうにかしない事には勝ちは見えそうに無いな。
だが、ウィセルやサジタエルを無策に突っ込ませるわけにもいかない。
一樹「弓隊放てー!油壺も投下だ!」
砦に張り付いた敵に向けて油壺が投下されていく。
油は砦に貼り付けたスポンジに吸収され、炎の壁となって敵の侵入を防ぐ。
このスポンジは有事にはこういう使い方も出来る事は最初から想定はしていた。
だが、できれば使いたくはなかったな。
せっかく育った苔も可哀相だしね。
敵の魔道師が水魔法で砦の炎を消火しようとする。
魔法を受けると火は一度は消えるものの、すぐにまた燃え盛る。
当然だ。魔法の水はすぐに消えるが、こっちの油は実体のある本物だからね。
全体の火を一気に消して種火を無くさなければ消火はできない。
敵兵の一部が、砕けた門の隙間から中に入り込む。
だが、その先では更に鉄格子が敵の行く手を阻む。
2階からは石や油壺が投下され、前方からは火炎放射が襲い掛かる。
それを越えたら今度は100体のオークと2体の剣士型ゴーレムだ。
街に侵入されるまではもうしばらく時間があるだろう。
一樹「フローレン!」
『賢者』の魔法の一部が遂には砦の屋上に着弾した。
フローレンの脇腹は大きく抉れ、胸と腰が千切れそうになっている。
一樹「サジタエル、魔獣の牙を用意しろ。俺の魔法に続いて『賢者』とやらの周囲にばら撒いてやれ」
サジタエル’「はい、お兄様!」
一樹「なるみ、埋めたゴーレムの出番だ。俺の魔法に続いてぶちまけろ」
なるみ「おっけー」
一般兵の犠牲は最小限にしたかった。
できれば広域攻撃魔法なんて使いたくはなかったんだがな。
『賢者』とやら、この代償は高くつくぞ。
一樹「メテオ」
アルマエルと弥生のおかげで魔力を練り上げる時間は十分に確保できた。
川向こうの敵本陣に向けて、無数の岩塊が降り注ぐ。
巨大な魔道防壁が展開され、これを迎え撃つ。
さあ、どこにいる?
一樹「さあ、忙しくしてやれ」
防壁の内側、奴らの足元から火柱が吹き上がる。
粘性のある火柱は、ヒトもモノも構わずまとわりつき、燃え広がる。
先日あの地を接収したとき、埋めたのは生ゴミばかりではない。
よく燃えるように調合した油を藁くずやぼろ布と共に詰めた壷も埋めておいた。
暴発しても嫌なので、少し勿体無いが点火と噴出はゴーレムにやらせている。
俺の放った岩塊の雨が収まる頃、サジタエルたちが上空から矢の雨を降らせる。
サジタエルの魔力を纏った、カミツキウサギの前歯が敵の魔道防壁を食い破る。
さあ、強力な魔道防壁をしっかり維持しないと危険だぞ?
『賢者』が再び膨大な魔力を収斂させ、大魔法の準備を始める。
その間も上空に向けて展開され続ける魔道防壁は連続の広域展開にしては強力だ。
しかし、魔力で強化された矢を防ぎ切れず、あちこちで貫通を許している。
『賢者』の魔法も気になるが、今はまず防壁の魔力の出所を探ろう。
どこにいる?この煩わしい障壁の源はどこだ?嗚呼、見つけた。
一樹「魔弾よ、あらゆる障害を越えて彼の敵を穿て。スナイプ」
中空に現れたライフル弾が薬莢ごと音速を超える。
炎に撒かれながら、降り注ぐ矢を防ごうと懸命に防壁を展開する魔道師。
俺の魔法はその胸を正確に撃ち抜いた。
一樹「サジタエル!退避だ!」
『賢者』から感じられる魔力量は最初の一撃と同程度か。
だが、こちらの準備もそろそろ終わっているようだ。
一樹「アルマエル、いけるな?」
アルマエル’「お任せください。マジックシールド!」
亜龍の下嘴を媒体とした強力な魔道防壁が再び展開された。
襲い来る灼熱に焼けた岩塊の雨を弾き飛ばす。
一樹「ストーンバレット!」
巨大な岩塊は4重の魔道防壁を貫き、今度こそ『賢者』の胸を潰した。
眼下から歓声が沸き起こる。地上部隊も押し返したか?
いや、そんな指示は出していない。
見下ろすと、鎖分銅を装備した乙女の裸像型ゴーレムが倒れている。
門前の最大の障害が排除され、兵士達は門の割れ目に雪崩れ込む。
視界の端で白銀の光が砦の屋上へ踊りこむ。
『聖騎士』!8メートルの高さを物ともせず、単身で砦に乗り込んで来た。
ジェシカ達が応じて居るが数合と保たず斬り伏せられて行く。
よくも!しかし、仲間達が射線に入って此方からは魔法を撃てない。
『聖騎士』はフローレン達を斬り伏せながら此方に迫って来る。
射線上には『聖騎士』の前にも後ろにも俺の仲間達が居る。
くそっ!此方から出向いて近接攻撃で応じるしか無いだろう。
だが、相手は王国トップクラスの剣技と神の加護を併せ持つ『聖騎士』。
力や速度はこちらが上らしいが、接近戦を挑むのはさすがに無謀か?
いや、やるしかない。
一条の銀色の光が『聖騎士』の足を止める。
ウィセルの攻撃にはさすがに盾でしっかりと応じるしか無い様だ。
今度は『聖騎士』の右手側から銀色の光。今度は剣で応じる。
ウィセルが胸を切り裂かれ、突進の勢いのまま転落する。
ウィセル!生きているのか?
その後も続くウィセル達の特攻に『聖騎士』の進行は鈍くなって居る。
心を鎮めろ!!仲間達の安否を確認するのは今じゃない!
考えろ!俺がやるべき事を!見極めろ!味方を巻き込ま無い射線を!
一樹「魔弾よ、あらゆる障害を避けて彼の敵を穿て。スナイプ!」
俺の放った魔弾が『聖騎士』の膝を撃ち抜く。
『聖騎士』の身体がよろめく刹那、再び銀色の光が走る。
『聖騎士』の側頭部に剣が生えて居る。
次の瞬間には首にもう一本の剣が生える。
何人やられた?ナターシャは?エイミー達は無事か?
俺の思考を遮る様に、敵兵士達の怒声が迫って来る。
幾人もの王国兵たちがジェシカ達と屋上で切り結んでいる。
『聖騎士』に対応している隙に砦に取り付かれたか。
矢を射掛け、油壺を落として居るが地面を埋め尽くす敵が次々と迫る。
だが、『聖騎士』を失った屋上の王国兵達は既に排除されつつある。
足元で大きな金属音。
一樹「なるみ、今の音は何だ?」
なるみ「中央通路の鉄格子が破られちゃった。オーク兵と剣士型ゴーレムで応戦するね」
一樹「もちそうか?」
なるみ「しばらくは大丈夫」
『聖騎士』以外にも鉄格子を破壊する程の敵がいるのか。
俺も降りていって加勢するべきだろうか?いや、違うな。
一樹「拡散式・ストーンバレット!」
鶏卵大の無数の石弾が敵の群れに放射状に降り注ぐ。
俺の仕事は目の前の敵を殴り倒す事じゃ無い。
必死で凌いでいる仲間達の戦いに「終わり」を作る事。
その為には後続の敵供をなんとかして止めなければ!
一樹「なるみ、水門前のゴーレムを中央門前に移動だ。魔道師どもを狙い打て」
なるみ「あいさー」
称号持ちらしき奴らは片付けたから、勝敗は既に決している。
これ以上の死人を増やす必要は無い。
だが、降伏勧告するには敵の勢いを殺がないとな。
一樹「砂塵よ、わが敵を抱いて踊り狂え!サンドストーム!」
荒れ狂う砂嵐が迫り来る敵の軍勢を包む。
大した攻撃力は無いが、無数の砂粒を防ぎきるのは困難だ。
乙女の裸像型ゴーレムが右手を緩めると、鎖分銅が槍の様に伸びる。
そこかしこで展開される魔道防壁は1つ1つ打ち砕かれていった。
一樹「なるみ、中央通路は無事か?」
なるみ「大丈夫!侵入した奴らはぜんぶやっつけたよ」
戦士か魔道師か知らないが、鉄格子を破るほどの敵が居た筈だがな。
さすがに投石や矢を浴びながらオーク100匹と対峙するのは無理だったか。
砦を包む炎に焼かれ、かけられた梯子も全て燃え落ちている。
後は後続の兵を近づけなければこの場は問題ないな。
戦線の維持はゴーレムたちに任せておけば大丈夫そうだ。
一樹「こっちは何人やられた?」
なるみ「治療が無理そうなのはフローレンさんが2人とエイミーさんが1人だね」
一樹「そうか、3人も・・・」
俺は血に染まった砦の屋上の惨状を見遣る。
凄惨な光景の中、ビキニアーマーにどこか現実離れした印象を受ける。
多くの敵兵の死体の中、幾人もの味方が血に濡れた白い肌を晒している。
一樹「やられたのは3人で間違いないのか?」
なるみ「治療が無理そうなのはさっき言った3人だね。重傷で身動き取れない人も多いけど、他は核が無事だったから治療できるよ」
一樹「そうか。見た目ほど酷くは無いんだな」
なるみ「ね、ビキニアーマーって意外と優秀でしょ?横薙ぎとかだとブラに当たって核に届かないからね。胸を突くか、垂直に近い袈裟切りを胴を両断するくらいの勢いでやらないと核を砕かれることはそうそう無いね」
一樹「なるほど」
そういえば彼女らはガーディアン、魔道人形だったな。
腕や腹を切り付けられても核が無事なら再生可能か。
だが、趣味に走り過ぎて防御が疎かになっているのは問題だな。
しかし、なぜか普通の鎧を着せる事には奇妙な抵抗を覚える。
一樹「ジェシカ、負傷した仲間の手当てを頼む。2階の仮眠室に運んでくれ」
ジェシカ’「はっ!」
ジェシカ達が動けなくなった仲間達の搬送を始める。
致命傷にしか見えない深い傷だが、意外と悲壮感は少ない。
ビキニアーマーでよかったと、妙に腑に落ちた感覚が湧き起こる。
一樹「別働隊への対応はどうなっている?」
雪風「敵左翼は制圧を完了しました。敵右翼は数名の手練を軸に粘られ、農園付近で交戦中です」
一樹「わかった。なるみ、ウィセルとサジタエルを必要なだけ応援にやってくれ。配分は任せる」
なるみ「あいさー」
一樹「『経済特区』の潜入者はどうだ?」
シャルロット「現時点までに暴れた者は制圧完了ですにゃ」
一樹「引き続き警戒を頼む」
シャルロット「了解ですにゃー」
王国兵たちの突撃は未だ止む様子は無い。
炎に包まれ、扉の砕けた砦が陥落寸前にでも見えているのかな?
砂と炎の嵐の中に、革鎧に身を包んだ兵士達が飛び込んでくる。
なぜお前らはビキニアーマーじゃないんだ?
攻撃されたらビキニアーマーが弾け飛んで降参。
それならもっと楽に戦えるのに。




