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第119話 異物

王国軍に随伴する神官の排除は、把握している限りでは残り3匹となった。

こちらが神官を狙っている事は流石に気づいたようで、守りが堅くなっている。

彼の地は男爵邸跡地の丘に僅かに林が残る他は疎らに樹がたっている程度だ。

その上5000もの兵士がひしめいている状態では隠密行動はやり難い。

正確な数の把握も、残ったものの排除もこれ以上は難しいだろう。


ただ、先日のような儀式を始める兆候が見られれば次は即座に対応する。

それは向こうも承知したと言う事なのか、今の所その気配は見られない。

狙われると分かっていて最前線に出たがる神官も流石に居ないのだろう。

念の為、雪風とエシャロットに王国軍の監視は続けさせている。


敵は砦のすぐ近くまで迫っているが、すぐに攻めてくる訳ではなさそうだ。

伯爵領から大河を渡る橋は、密かに裏の補強材をあちこち剥がしておいた。

ついでに『賢者』と思われる者の攻撃で大きくダメージも受けている。

王国軍が輸送に使えるのは壊れかけの頼りない橋と徴発した漁船程度だ。

5000人の行軍とそれに必要な各種資材の搬入に手間取っているのだろう。

或いは、西側の街道を押さえて兵糧攻めでもしているつもりなのだろうか?


それはともかく、今回は相手が『魔族』と知って攻めてきているはずだ。

大規模攻撃魔法が当然予想される筈なのに、なぜ敵はこんな近くに密集している?

大規模攻撃魔法は無いと予想しているのか?何か対抗手段を用意してあるのか?

それとも、対『魔族』の決定打にならない農兵は使い捨てのつもりなのか?


大規模攻撃魔法といえば、『賢者』らしき者の攻撃はなかなかの規模だったな。

オーク兵を排除するために出てきたらスナイプの魔法で仕留めたいと思っていた。

残念な事に飛竜騎兵への対応に忙しくて、敵の位置を探る暇すら無かったけどね。

ひょっとしたら敵も似た様な事を考えているのかもしれないな。

俺が「餌」に食いついて最前線に出れば、そこを『聖騎士』達が仕留める算段か?

その「餌」が人間か魔道人形なのかという違いがある事は強調しておきたいね。


いちご「ぴんぽんぱんぽーん」

みかん「お知らせします。食べ物はみんなで冬を越せる程度は十分にあります。慌てなくてもだいじょうぶです」

めろん「若干の混乱は予想されますので、食料品は1週間分程度を目安に各自で備蓄をお願いします」

まろん「ただ、多すぎる買い込みは混乱を招きますのでお控えください。ご協力をお願いします」

れもん「食料品は大型の低温貯蔵庫に十分に確保して在りますが、ご家庭で必要以上に買い込むと痛んで廃棄する事になるかもしれません。買い込みは1週間分程度に、ご協力をお願いします」

いちご「ぴんぽんぱんぽーん」


砦の閉門以降、多くの住民達が食料品や日用品の買い込みに走っている。

王国との交易が当面の間は止まるから、物資の不足を危惧しているのだろう。

水と食料はたっぷりあるし、日用品は鬼族からもある程度買う事はできる。

鬼族と人間族では生活様式が違うから、道具類に多少の違いはあるのかな?

それも慣れれば何とかなるだろうし、この街にだって鍛冶場は用意してある。

混乱が生じないよう、『ふるーてぃあ』の声で呼び掛けをしていく。


男「聞いたか!1週間分しか無いってよ!急げ!食い物が無くなるぞ!」

女「大変!早く買わなきゃ!あるだけ頂戴!」


意図的に曲解して民衆を煽る者達もちらほらと見受けられる。

『ハイランダー』の狼人族の男が騒ぐ奴らを群集から引き剥がす。

交易都市にするつもりだから『経済特区』の出入りは割りと自由だ。

敵の諜報員やら工作員やらも当然入り込んでいるのだろう。


だが、この程度ではクロとは言い切れないか。

本当に慌ててるだけの住民と言う可能性も否定し切れない。

傭兵を使い、群集から引き剥がして宥めるのがせいぜいだな。

いっそ放火でも始めてくれたら処断してやれるのにな。


商店はいつに無く混雑し、モノとカネが激しく行き交っている。

ここで使うのは主にIDと紐付けられた仮想通貨で、現金は発行していない。

だが、王国通貨での売買も特に規制はしていない。


その代わり、仮想通貨を使えば1%のポイント還元が受けられる。

これは販売時にかかる10%の税の一部の返金なので店舗側の負担はない。

こっちの税収は減るわけだが、現金の管理コストを考えれば安い物だろう。

店側も手間が減るのでほぼ全ての店舗で導入されている。


それでも王国通貨での支払いをしたがる客は少なくない。

王国通貨はこの世界の基軸通貨と言える程の存在感を持っているらしい。

うちの仮想通貨は領内でしか使えないし、この領が潰れたら何も残らない。

王国通貨をうちの仮想通貨に換える事に不安があるのは仕方ない。


ただ、ここ最近は偽造コインによる支払いも増えている。

店舗側では判別が難しく、受け取ってしまう事も多い。

それを口座に入れようとした所で受付のゴーレムに弾かれてしまうのだ。


これも工作員による経済攻撃なのだろうか?

それともどこかの犯罪組織に目を付けられた?

或いは元々偽造通貨が流通していて、ゴーレムの判別能力が上がっただけか?


偽造コインを使ったと確認できた者は拘束するなどの対応はしている。

偽造について悪意であったか否かも文月の魔法で判別している。

だが、偽造コインによる損失の補填はこちらでは対応できない。

王国通貨の信用の担保は王国側の仕事だ。


そんな事情もあって王国通貨での支払いを嫌う店主も少なくない。

現金の保管や移動、売り上げの集計、報告、納税の手間も増えるしね。

だが、客商売ではなかなか強く出れないのが辛いところだ。

仮想通貨での支払いに割引をしたり、おまけを付けたりして対応している。


だが、市中の工作員はここぞとばかりに王国通貨を使おうとするだろう。

一般市民も、いざと言う時の為の貯金を食料に変えようとするかもしれない。

この街の陥落も想定し、まずは仮想通貨を使い切ろうとするだろう。

それでも足りなければ仮想通貨に換えずにとっておいた王国通貨も持ち出す。

王国通貨による取引の割合も、工作員に限らず平時より増える事になる。


いちご「ぴんぽんぱんぽーん」

みかん「お知らせします。食べ物はみんなで冬を越せるくらいいっぱいあります。慌てなくてもだいじょうぶです」

めろん「一部で王国通貨の偽物が確認されています。混乱を避けるため、売り手が特別に許可した場合をのぞいて王国通貨での支払いを原則禁止とします」

まろん「小売店では王国通貨の真贋判別は難しく、計算などでも店舗側の負担が増えてしまいます。領内通貨のご利用にご協力をお願いします」

れもん「本物の王国通貨であれば、市街地各所のATMにて領内仮想通過と交換できますのでご利用ください。ご協力をお願いします」

いちご「ぴんぽんぱんぽーん」


一部の人間が陰謀だなんだとまた騒ぎ立てる。

『ハイランダー』の男達がそれを群集から引き離す。

2度3度と騒ぐ者については拘束するよう指示しておいた。

執拗に王国通貨での会計を求める者も強要の容疑で拘留するよう指示した。

水と食料は十分にあるし、扇動者を抑えれば住民はいずれ落ち着くだろう。


なるみ「かずきおにぃちゃん、敵が動くみたいだよ」

グリシーヌ「ほほう、待ちかねたぞ。もう3日も狩りに出ておらんからな!」

一樹「意外と早かったな。もっとゆっくりとキャンプを楽しめばいいものを」

アウラエル「娯楽として野営をする習慣は王国ではあまり聞きませんね」

一樹「そうなのか?なら、それも何かのビジネスチャンスになりそうだな」

グリシーヌ「こんな時まで金の話か。一樹は本当に金が好きなのだな」


主要メンバーの一部が開拓村の拠点の執務室に集まっている。

クッキーとハーブティーを囲む様子は作戦会議というよりはお茶会に近い。

相手がいつ動くか分からない状況で緊張し続けるわけにもいかないしね。


一樹「金があれば他人が持っている珍しい石と交換する事もできるし、採るのが面倒な場所に代わりに行ってもらう事もできる。いろいろ便利だよ」

グリシーヌ「それは分かっておるがな。一樹には我がおるではないか。我にとって険しい山などドラゴンズピークくらいなものだぞ」

一樹「それは頼もしいが、グリシーヌにはやって欲しい事がいろいろあるからね」

グリシーヌ「亀狩りだったな。では、ようやく敵も動いた事だし、さっさと賊を片付けて仕事に戻るとしよう」

なるみ「けど、動いたのは300人くらいなんだよね」


中空に現れたモニターに王国軍の一団が映し出される。

薄闇の中で進む1列目は大盾を並べた兵が隙間なく並んでいる。

しかし、その後ろの兵は疎らに並んでおり、ほぼ全員が松明を掲げている。

高解像度の映像でなければ密集した大軍に見えたかも知れないな。


一樹「その中に『賢者』らしき魔道師はいるか?」

なるみ「どうだろう?魔道師は何人かいるけど、大魔法を使えそうな『発動体』を持ってるのは見当たらないね」

グリシーヌ「それでも動いたのだろう?敵が動いたのなら、群れを守るために我らも動くべきではないのか?」

一樹「そう急くな。『賢者』が居ないならこの距離では大した事はできないはずだ。もうしばらく様子を見よう。先手は譲ってやろうじゃないか」

グリシーヌ「むー、待つのは性に合わん」

ルーデレル「グリシーヌは最強戦力の一角じゃからな。切り札は後から出すものじゃ」

グリシーヌ「分かっておる。まったく、人間族の戦は面倒だな」


自領に居座る敵性勢力を長く放置しては周辺諸国に舐められてしまう。

速やかに撃退すべしというのがグリシーヌとアウラエルの主張だ。

すぐに追い払って早く戦いを終わらせた方が双方傷が浅いとも言っていたか。

だが、浅い傷で終わらせたのでは、遠からずまた攻め込まれてしまうだろう。


今回の戦いは長引くほどに伯爵側は勢力を失う事になる。

この場に居る限り、5000人の民は何の生産活動もできない。

その一方で、食事を始めとする生活必需品の数々は提供し続けないといけない。

また、寒く不衛生な環境は兵士達の心身を蝕んでいく事だろう。


こちらは本土決戦という、通常なら致命的とも言えるリスクを負っている。

しかし、今占拠されているのは森でも街でも無いただの荒野に過ぎない。

王国への行き来ができないなどの制約はあるが、一応の生産活動は行われている。

冬支度も終わり、温かい食事、暖かい部屋とベッド、温かい風呂も提供できている。

不安や不便はいくらかあるだろうが、王国兵のそれとは段違いのはずだ。


俺としてはできるだけこの膠着状態を長引かせて伯爵家の力を殺いでおきたい。

これはあの荒地にダンジョンを利用した街を整備する計画の一環と言った所か。

魔力の備蓄はあるとはいえ、サブダンジョンの防備を固めるのに多少の時間は要る。

伯爵家の力を殺いで置けば、次回の侵攻までのインターバルは長くなるはずだ。

兵がぶつかり合う前に相手を疲弊させて有利な状況を作りたいという思惑もある。

その為に攻撃は散発的なゴブリンの襲撃に止めている状態だ。


王国兵「王国軍の勇士達よ!我らは今、卑劣なる魔族によって奪われていたこの地を完全に掌握した!この地はかつて緑豊かな土地であった。しかし、魔族は悪臭に満ちた汚物を運び込み、地獄の如き様相に変えてしまった!」


王国兵の言葉が魔道具によって増幅され、大音量で響き渡る。


王国兵「この地には数千もの闇の軍勢が犇いていた!この戦いで無念にも散っていった者達もいる。だが、我らはその何倍もの敵を、数千もの怪物たちを葬り去った!我々は同志たちの犠牲を決して無駄にはしなかった!あれら森に潜む猪など、我らにとっては恐るるに足らぬものである事を、我々は自らの手で証明したのだ!」


「我々」と連呼しているのは「自己カテゴリー化」の心理を使った扇動術かな?

「魔族」や「怪物」と対比することで群集を1つの「内集団」に纏めたいのだろう。

あの扇動を受けた軍勢が雪崩れ込んだ時、街の住民はどんな扱いを受けるだろうか?


王国兵「この地に犇いていた闇の軍勢をその目で直接見た者も多いだろう。一見すると人間の兵士のようでありながら、その仮面の下は醜き獣面の怪物であった!その姿こそ!あの街の真の有り様を体現している!人間達の平和な街のようでありながら、その実態は魔族に支配された堕落の都なのだ!敢えて問おう!我々が成すべき事は何か!?彼の地に囚われた同胞を見ぬ振りをする事は許されるのか!?」


飽きもせずに勝手な事をのたまい続ける。

あの地を荒地にしたのも、この地の出入りを妨げているのも王国側ではないか。


グリシーヌ「弱い犬ほどよく吠えるとは言うが、耳障りなものだな」

ルーデレル「王国兵に呼びかける態ではいるが、拡声魔法は主にこちらに向けているようじゃの」

アウラエル「住民達の不安を煽り、兵の士気を下げるのが目的なのでしょうね。大丈夫でしょうか?」

一樹「確かに心配だな。集合住宅と兵舎の仮眠室の防音はしっかりしてるから睡眠への影響は無いと思うが、問題は心理面か」

ルーデレル「ふむ。では、まずはわしの・・・」

なるみ「かずきおにぃちゃん、敵がまた動いたよ。北側と南側でそれぞれ1000人規模だね」


新たに2つの画面が中空に現れ、それぞれ別々の部隊を映し出す。

大き目の傘をつけたランタンの薄明かりを頼りに兵士たちが川を渡っている。


王国兵「ルシファー様はおっしゃられた。『全てのダンジョンを破壊せよ。さもなくば神の奇跡は力を失い、都は廃れるであろう』と!王都の『アーバンコア』は今まさに力を失いつつある。我ら信徒がその務めを怠ったからに他ならない!」

唱和「全てのダンジョンを破壊せよ!」


別働隊が山を越えて砦の左右を迂回するつもりなのだろう。

正面で騒いでいる奴らは安眠妨害と陽動を兼ねている訳か。


王国兵「見よ!あの忌まわしき門を!まるで人の手による砦の様で在りながら、淫猥なる像を臆面もなく聳え立たせている。あれこそ正に邪宗門!あの向こう側は口にする事も憚られる堕落と苦痛に満ちている。呪われたダンジョンである!」

唱和「全てのダンジョンを破壊せよ!」


淫猥な像ってのは乙女の裸像型ゴーレムの事だろうか。

弓や杖を持ってるだけで別に扇情的なポーズを取ってる訳でも無いんだけどな。

女の姿をしているというだけで何もかも猥褻物扱いする気かね?


一樹「正面の連中は陽動で、本命はこの別働隊か」


3回連続で同じ作戦か・・・まあ、地形的にそうなるのが自然なのかな?

今回は数が多い上に『賢者』の大規模攻撃魔法も加わるみたいだけどね。

後は飛竜による爆撃も予定されてたんだろうけど、増援はあるだろうか?


グリシーヌ「妙な事をするものだな。1000匹もの群れが動いたならすぐに気取られるだろう。小山とはいえヒトの足で越えるには時間もかかるし、陽動で少々の時間を稼いでも大した意味はあるまい」

ルーデレル「見つかっても見つからなくてもどっちでもいいんじゃろう。見つからないなら奇襲をかけられるし、見つかったなら対応の為に兵を割かせる事ができるからの」

グリシーヌ「奇襲は分かるが、山越えで相手に対応する時間を与えてしまうなら夜陰に紛れる意味がないのではないか?」

一樹「数の優位を活かす為に半包囲作戦を取りたいんだろうな。相手は俺たちが2000の兵を失ったと思ってる。街には諜報員もいるだろうから、残りは市中の数百人のみと思っているんだろう」

アウラエル「念入りな事に2正面3正面の作戦を強いて兵力を分散させて、更に勝利を確実なものにしようというわけですね」

一樹「対外的には砦を真正面からぶち破ったって喧伝するのかもな」

グリシーヌ「面倒な事をするものだな。だが、そこまで分かっておるなら集中攻撃をされる前に正面の敵を撃破すればよいのではないか?」

一樹「それも1つの案だな。ただ、こちらから討って出れば砦と言う地の利を捨てる事になる。それにタイミングが早ければ別働隊が戻ってきて合流される可能性もあるな。とりあえずは別働隊が山を半ば以上越えるまで様子見だ」

グリシーヌ「むー、なら我はもう寝る!ヒトは足も遅いし夜目も効かんのだろう?何時間かかるか分からんではないか。何よりうるさくてかなわん」

一樹「ああ、それがいいだろう。おそらく別働隊が到着するまでは本隊も動かないだろうから、今は休んでおいた方がいい。決戦は明日の朝以降だな。おやすみ」

グリシーヌ「ではそうしよう。おぬしらも休めよ」


グリシーヌは一足先に執務室を出て行った。

2階の部屋を1つ使ってもらう事になっている。


王国兵「彼の地の悲劇は血の惨劇によって始まった!魔族は平和な開拓村に突如訪れて一方的に領有を宣言し、逆らう者を皆殺しにしたのだ!」

唱和「全てのダンジョンを破壊せよ!」


それにしても喧しい連中だな。

拠点防衛を行う敵に対して罵詈雑言を投げかけるハランメント部隊か。

指揮官が短気なら砦の様な地形的優位を捨てて討って出るかもしれない。

罠と知って放置しても、言われっぱなしでは味方の士気に関わる。


王国兵「開拓を始めたばかりの村は貧しく、子供達は飢えていた。そこに付け込んだ魔族は、僅かばかりの食料と引き換えに村の支配者となったのだ!」

唱和「全てのダンジョンを破壊せよ!」


ハランメント部隊は三国志演義にも出てくる古典的な戦術だな。

第二次世界大戦でも登場したし、21世紀でも持たない国の方が少ないという。

戦うのが感情を持つ人間である以上、普遍的に有効な戦術という事だろう。

知識としては知っていた筈なのになぜ対策しておこうと思い至らなかったのだろう?


王国兵「だが村人達を責めてはならない。わが子を飢えさせまいという親の心を誰が責めることができようか!責めるべきはそこに付け込んだ魔族の卑劣さに他ならない!」

唱和「全てのダンジョンを破壊せよ!」


丸っきり嘘とも言い切れない微妙なラインを攻めて来るな。

その貧しい村人達から食料を奪い取ったのはバルバス率いる王国軍だろうに。

多少強引ではあったし、俺の振る舞いも聖人君子とは到底呼べないものではある。

それでも『魔族』の土地を武力で奪った王国よりは遥かに紳士的なはずだろう。


アウラエル「寝室に音が届かないのはいいとしても、夜間も警備隊が交代で巡回しています。士気に関わりますね」

一樹「確かに放って置く訳にもいかないか。どうしたもんかな?」


面倒では在るが対応しないわけにも行かないか。

「五月蝿い!」などと怒鳴り返すのは下策、相手のペースに乗せられてはいけない。

ノイズキャンセリング・・・いや、そんな複雑な風魔法は使える気がしないな。

こちらからも罵詈雑言を返す?否、口喧嘩すら苦手な俺がプロを相手にするのは無謀だ。


王国兵「我々は今こそ同胞達を魔族の支配から解き放とう。だがその前に伝えておきたい事がある。村人達はただ弱々しく魔族の支配に甘んじていた訳では無かった!」

唱和「全てのダンジョンを破壊せよ!」


ならば単純に不快な音声を大音量で叩き付けるか?

味方に影響しないようにある程度指向性をつけて・・・これならなんとかやれそうだ。

相手の罵詈雑言を掻き消して鼓膜が破れる程の音波をぶつけてやろう。

何がいいかな?黒板を引っかく音?発泡スチロールが軋む音?


王国兵「過酷な魔族の支配の中で1人の勇気ある少年が立ち上がったのだ!だが凶悪な魔族の前に彼はまだ無力であった。確固たる決意を胸に少年は命懸けで魔族が支配する村を脱出したのだ!」

唱和「全てのダンジョンを破壊せよ!」


おや?何やら話が妙な方向に進み始めたな。


ルーデレル「くっくっく、どうやらわしの出番の様じゃの」

一樹「ちょっと待ってくれるか?奴ら変な事を言い出したぞ」

ルーデレル「それは今に始まった事ではあるまい!そんな事では奴らの術中じゃ。耳を傾けた所でいい事など無いぞ!」

一樹「まあ、そうかもしれないな。それで、出番というのは何の事だ?」


奴らの演説は此方の住人の不安を煽ったり、兵の士気を下げる為のものだ。

或いは俺の感情を煽り、冷静な判断力を奪おうという狙いもあるかもしれない。

内容は歪曲された事実や捏造された出来事、信憑性など皆無だろう。


王国兵「家族や隣人を残して彼の地を去る事は断腸の想いであっただろう。今も過酷な労苦を強いられている父を想う彼の心の痛みは想像を絶するものに違いない!」

唱和「全てのダンジョンを破壊せよ!」


だが、敵が兵士達を扇動するためにどういう物語を拡げているかは気になる。

地球の第二次世界大戦でも敵の流したデマが史実の様に伝えられた例はあった。

今後の対応を考える上で、ある程度知っておきたい情報ではある。


ルーデレル「奴らの語りかけは王国兵を対象とした文体になっているようじゃ。ところが拡声魔法の指向する向きを間違えているようじゃから、そこをちょっと修正してやろうかと思ってな」

一樹「なるほど。出来るのか?」

ルーデレル「講師をする者なら大抵は拡声魔法をいくらかかじっているものじゃ。わしは講師歴も長いからの、その辺りもいくらか研究を進めているのじゃよ」


奴等が喧伝している文章自体は王国軍の兵士達へのメッセージだ。

あの演説を仮眠中の王国軍に届けてやるならば、向こうも文句はつけようが無い。


王国兵「魔族を打倒し父を!そして隣人達を救うため、彼もまた過酷な訓練を乗り越えて逞しい戦士となって帰って来た!」

唱和「全てのダンジョンを破壊せよ!」


だが、ただ跳ね返してやると言うのもちょっと芸が無い様な気もする。

安眠妨害の効果はあるだろうが、戦意高揚の効果は残る事になるだろう。


一樹「どうせなら少し音を歪ませて耳障りな感じにできないかな?できれば不協和音とかも混ぜて不安を煽るような音声にしたい」

ルーデレル「わしも似た様な事を考えていた所だ、くっくっく、一樹よ、お主も悪よのう」

一樹「いえいえ、文科大臣ほどでは」

ルーデレル「では我が力を見せてやるとしよう。ついてくるがよい!」

一樹「ははーっ!」


ルーデレルはパントマイムで揺らしていた扇ををぴしゃりと閉じる。

俺は椅子の上で手だけで三つ指を付く真似をして応えた。

鷹揚な仕草で扉に向かうルーデレルに先回りして開けてやる。

アウラエルは不思議そうな顔をしつつも何も言わず後に続く。

いや、ほんと誰がこんなノリを持ち込んだんだろうな


王国兵「囚われた村人達よ、覚えているだろう!ルーク少年は強き決意を胸に、今ここに帰って来た!」

唱和「全てのダンジョンを破壊せよ!」


ルーク?誰だったかな?確かに耳に覚えのある名前ではある。

入って来る人間も多いが、出て行った人間も1人や2人では無い。

それに入る時の審査はあるが、出て行く時は基本的に申告するだけだ。

犯罪や債務を残しての逃亡でないかを軽く確認する程度はするけどね。


王国兵「ルーク少年はそのまま逃げる事もできた。王国の勇士の1人として共に戦う事もできた。だが、彼が選んだのは宿敵との一騎打ちであった!村を支配する卑劣なる魔族よ!芥子粒ほどでも誇りがあるならば、少年との一騎打ちに応えよ!」

唱和「全てのダンジョンを破壊せよ!」


また一騎討ちか。王国の連中は本当に一騎討ちがお好きらしい。

それにしても、俺と一騎討ちするような戦士は村に居たかな?

俺はダンジョンの力を借りての事ではあるが、一応そこそこ強い筈。

村の住民ならその事も知って・・・いや、村人を前線に出した事は無いな。

って事は、村人たちが直接知っている俺の戦果はウサギ狩りくらいか?


一樹「なるみ、村を出た者の中にルークって名前の記録はあるか?」

なるみ「んーと、2月の始めごろだね。ウサギ狩りのすぐ後だよ」


ウサギ狩り・・・ああ、宴会で騒ぎを起こした少年か。


一樹「そういえば、あいつの父親は今どうしてるんだ?」

なるみ「ビジネスホテルのテナントで料理店をやってるみたいだね。お金の流れを見る限りでは経営は順調っぽいよ」

一樹「それは何よりだ。機会があれば俺も今度食いに行くかな」

ルーデレル「できればそのルークという少年も連れて行ってやりたいものじゃな」


ルーデレルを先頭に、俺とアウラエルも第2の砦の屋上へと飛んだ。

矢が届かない程度の距離に、たくさんの松明を掲げた一団が陣取っている。

そしてその前方では、目立つ鎧に身を包んだ1人の若者がこちらを見据えている。

洗練されたデザインとは言い難いが、それなりに派手で装飾的な鎧だ。


ルーデレル「さて、ではわしの魔法を見せてやろうかの」

一樹「ああ、頼んだ」


ルーデレルが練り上げた魔力が周囲に展開されるのを感じる。

見た目にはよく分からないが、音を反射する魔法なのだろう。


王国兵「どうした、魔族よ!臆したか!慌てて奸計を練っているのであろう。この少年の勇気に正々堂々と応じて見せよ!」

唱和「全てのダンジョンを破壊せよ!」


魔道具で増幅されて大音量であったはずの声は微かに聞き取れる程度になった。

ルーデレルが展開した魔法が敵の声に反応しているが感じられる。

反射増幅し、不気味に歪められた声が王国軍の野営地に響いている事だろう。

目の前のハラスメント部隊にも僅かに動揺している様子が見受けられる。

こちらの妨害自体は想定内だろうが、この規模と効果は予想以上だったか?


一樹「だいぶ静かになったな。助かるよ」

ルーデレル「そうであろう。まあ、相手もすぐには諦めんじゃろうから、しばらくは根競べじゃな」

一樹「大丈夫なのか?」

ルーデレル「問題ない。魔石は貴重じゃから、たいていの拡声の魔道具は使用者の魔力を動力源にする。随伴している魔道師どもがその役目と見た」

一樹「なるほど。なら任せる」

ルーデレル「うむ!」


魔道師が総勢何人か知らないが、交代要員が来る可能性はあるな。

長引いた時の為にマジックポーションの差し入れもしておくか。

俺も騒音を叩き付けるくらいはできるから、場合によっては交代しよう。


一樹「それにしても派手な鎧だな。平民が買える物では無さそうだ」

なるみ「そうだね。『聖騎士』の鎧ほどじゃないけど、けっこうな魔力を感じるよ」


ただ目立たせる為の装飾って訳でもないのか。

それならミスリルなんかのレアメタルもそこそこ含まれているのかな?

欲しいな。ケリヨトの子供たちの学校にモニターとか作りたいんだよね。

こっちに武器を向けている以上、奪っても文句を言われる筋合いはないだろう。


アウラエル「どんな特訓をしたかは知りませんが、半年かそこらの鍛錬で主様に勝てるはずもありません。おそらくはあの少年を殺させる事で主様を残忍な存在と印象付けたいのでしょう」

一樹「あいつ自身にはそういうつもりは無さそうだけどな」

アウラエル「その様ですね。うまく煽て上げられのでしょう」


魔力で強化された武器防具を与えて自分の実力を誤認させたのかな?

模擬戦ならわざと負けて煽て上げる事もできるだろう。

強力なモンスターも、上等な魔法武器があれば倒せたのかもしれない。

そうやって「自分は才能のある特別な人間だ」と錯覚させていったのか?


『聖騎士』の攻撃力や運動能力などは俺たち『魔族』に及ぶものではないらしい。

それでも卓絶した戦闘技術によってその差を埋め、俺を悩ませ続けてきた。

だが、ルークには俺に対するアドバンテージは何かあるのだろうか?


ルークには俺への復讐心と言う執念もあって戦闘訓練には熱が入った事だろう。

ひょっとしたら、本当に剣士としての才能もあって成長が速かった可能性もある。

だが、訓練期間は俺より短いし、戦闘技術はおそらく俺と同程度だろう。

そして、魔力によるスピードとパワーの強化は俺の方が遥かに上回っている。


戦えば勝てるのだろうが、おそらくはそれこそが奴らの狙い。

父との再会を望む哀れな少年を無慈悲にも殺す残忍な魔族という演出か。

面倒だが、なんとか殺さずにやり過ごす方法を考えないといけないな。

それともお望みどおり『残忍な魔族』になって皆殺しにしてやるか?


駄目だな、どうにもこっちの世界に来てから思考が荒みがちだ。

ルークを生かしたまま魔法の武器防具を取り上げ、父親と再会させる。

魔法による強化が無ければ、俺もあいつも戦闘力はおそらくただの新兵並だ。

普通の武器に持ち替えさせてジェシカ辺りと対戦させるのもいいかもしれない。

そうすれば、いろいろと気付くこともあるだろう。


一樹「なるみ、雪風たちに周囲の警戒を頼むと伝えてくれ」

雪風「承知しました。周辺の曲者の排除は完了しております」

一樹「居たのか」

雪風「はい」

一樹「心強い。引き続き警戒を頼む」

雪風「はっ」


やはり砦前の両脇にある茂みに誰かしら送り込んでいたのか。

クヌギさんの時の様に俺に矢でも射掛けるつもりだったのだろうか?

それとも、逆にルークを攻撃して卑劣な『魔族』を演出するためか?


一樹「ルーク、お前の父親は元気に働いているよ。安心するといい」


俺は砦の屋上の淵に立ってルークに呼びかける。

この少年には自分が戦士ではなく哀れな生贄だという自覚は無さそうだ。

胸にあるのは歪な復讐心か?戦意高揚の為に自らの命を捧げる決意か?


ルーク「やはり貴様の奴隷になっているんだな。親父を解放しろ!」

一樹「解放も何も、元よりお前の父親は自由だ。彼が自分の意思でここに残ったのはお前も知っているだろう」

ルーク「ああ、知っているとも!俺の身代わりとしてここに残ったんだ。だが俺は強くなった!強くなって親父を助けに来た!親父を返せ!」


話が通じないな。

身代わりも何も、出て行きたければ一緒に出て行けばよかっただけだろうに。

だが、父を返せと求めるルークの声音に演技臭さは感じられない。


一樹「父親に会いたいなら会わせてやる。だが、どう会うかはお前次第だな。選べ。旅行者として会うか、囚人として会うかだ」

ルーク「なんだと?」

一樹「武器と防具をその場で捨てて入国手続きをしろ。短期滞在用のIDは銅貨2枚だ。本当は今は閉鎖中なんだが、元村民の誼で受け付けてやろう。金が無いならその立派な武具を買い取ってやってもいい」

ルーク「魂胆が見え透いているぞ。武器を捨てた所で俺を殺すつもりだな」


いや、お前を殺してもこっちには何の利も無いんだよ。

強いて言えば、こいつの命じゃなくて武具の方はちょっと欲しいけどね。

こちらに武器を向けたからには殺して奪うって選択肢だって在り得る。

その状況で平和的な提案をしてやってるっていうのに。


一樹「お前は親父の料理の味を覚えているか?」

ルーク「当たり前だ。忘れた事など無い」

一樹「お前の父親は『経済特区』で飯屋をやっている。なかなか料理上手のようだな。店は繁盛しているらしいぞ」

ルーク「だまされるものか!俺が怖いんだろう。だから俺を騙して武器を手放させようとしている!卑怯者め!正々堂々と勝負しろ!」

一樹「そうか、囚人として会う事を選ぶのだな」


俺は砦から飛び降りて棍棒を構える。


一樹「来い」


襲い来るルークの斬撃を棍棒を捌いて行く。

体幹にも剣筋にもブレがなく、なかなか様になってはいる。

剣を握って半年程度にしては悪くない。

だが、それだけの事。


相手が普通の兵士なら、その魔法剣で盾ごと切り伏せただろう。

ちょっとした魔獣の革くらいなら、切り裂くことも出来ただろう。

だが、その剣技自体は取り立てて目立つ所は感じられない。

魔力頼みの力押し。嫌だね、ブーメランが痛いや。

俺は隙を見てルークの右手の甲を掴む。


一樹「シュリンク」


ルークが剣を落とした。

開いたまま握れなくなった右手に動揺を隠せずにいる。


ルーク「くっ・・・何を!」

一樹「望み通り父親に会わせてやろう。監獄の面会室でな」


俺はルークの剣を拾い上げ、胸元を掴んで跳躍する。

狙撃を警戒し、念のため中空に足場を出してジグザグに跳んで砦に戻った。

暴れるルークの首根っこを押さえて装備品をひっぺがしていく。

成長期にみっちり半年鍛えただけあってなかなか良い体つきにはなっている。

だが、魔法の装備を外したルークの腕力はやはり常人の域を出ない。


一樹「連れて行け」

エイミー’「はっ」


お互い武術を習い始めて半年程度の初心者同士の対戦だ。

見る者が見れば稚拙な技の応酬に終始していた事だろう。

だが、両者とも魔力で力も速度も大きく増幅されていた。

素人目には強者同士の激戦にも見えたかも知れないな。


王国軍「見たか!勇敢な若者の挑戦に対し、魔族めは怪しげな呪いで応えた。なんという卑劣!生け捕りにされた青年は如何なる責め苦を負うのか!待っていろ!きっと助け出す!王国軍の勇士達よ!必ず勝利して助け出そう!あの少年を!その父親を!苦役に苛む全ての住民達を!我らの手で開放するのだ!」

唱和「全てのダンジョンを破壊せよ!」


王国軍は相変わらず喚いているが、ルーデレルのおかげでそう五月蝿くも無い。

ルークはひとまず川の西側にある監獄に収容しておく。

父親との再会をさせてやりたい所だが、それは戦闘が落ち着いた後だな。

奴の父親も守るべき領民の1人、この状況で前線に連れてくる訳にもいかない。


一樹「戦闘が落ち着いたら父親に会わせてやる。それまでそこで頭を冷やせ」


俺達に武器を向けた者がここに収監されるのはこいつが初めてか?

トールヴートや例の樵の護衛が監禁されているのは『魔界』側の監獄だ。

こっちにいる囚人達は窃盗やら不法伐採やら詐欺やらといった罪状が多い。

最近は偽造通貨関連も増えているが、殺人などの凶悪犯はここには少ない。

凶悪犯は基本的に死刑か追放になっているからだ。


日本の司法は酷く甘いと常々思っていた。

過ちを犯し誰かの「何か」を奪ったとしよう。

その「何か」が換えのきくものなら、被害者の納得する贖罪の仕方もあるだろう。

罪自体は消えないが、赦しを得て互いに忘れて生きる事も出来るかもしれない。

だが、そうでないなら、その罪は忘れる事無く生涯背負い続けなければならない。


しかし、反社会的コミュニティにおいて犯罪歴は恥ではなく勲章であるらしい。

また、刑事犯罪の8割か9割くらいは前歴のある人間による再犯だと聞いた。

ならば、犯罪者を隔離か排除すれば犯罪件数は一気に20%以下になる筈だ。

それに犯罪者との接触が犯罪リスクを高める事は様々な研究で裏付けられている。

真っ当にに人生を過ごせた筈の人間が道を踏み外すリスクまで上がってしまうのだ。

加えて、囚人の収監には善良な労働者達が納めた税金が大量に消費される。

犯罪者そのものを排除する事の社会的メリットは非常に大きい。


ただ、「パンを盗んだから死刑」なんてのは人道的に問題がある。

その辺は手間やリスクがあっても更生指導をしっかり頑張っていくとしよう。

これだって税金を投入する事には変わり無いが、そこは納得してもらいたい。

軽度の犯罪であれば償いようもあるし、更生してくれる可能性もあるだろう。

自分や身内がうっかり出来心でやらかしちゃう事もあるかもしれないしね。


だが、被害者が亡くなっている状況で加害者を生かしておく理由はあるのか?

殺された側はあらゆる可能性を奪われ、ただ生きる事すら許されないのに。

まあ、正当防衛はもちろん、怨恨や事故でも内容に応じて減刑はするけどね。

強姦や強盗を目的とした殺人や虐待による殺人は原則として死刑にしている。

山賊などの武装強盗団も当然だが沸き次第駆除している。


さて、ルークの処遇はどうするかな?

ルークは俺への恨みもあるだろうし、誰かに唆され、煽てられもしたのだろう。

こちらに武器を向けた事についても、戦場での事と割り引いて考えるべきか。

だが、他の兵と違ってある程度主体的に戦闘に参加したのも事実だ。

まあ、その辺は戦闘が落ち着いてから考える事にしよう。


一樹「こっちはどんな具合だ?」

ルーデレル「問題ない。ここは任せておけ。決戦はおそらく明日だろうから、一樹たちはしっかり休んでおくがいい」

一樹「そうだな。ルーデレルはどうするんだ?」

ルーデレル「この場はわしが適任じゃろう。奴らめが根をあげるまでもうしばらく付き合ってやるとしよう」

一樹「頼んだ。無理はするなよ」

ルーデレル「うむ、承知した」


敵の音響魔道具に対抗してルーデレルが複雑な風魔法を発動させる。

王国兵の喚き声が、不気味な響きに変えられて王国軍の野営地に弾き返される。

俺は念の為に弥生とエイミーをルーデレルの護衛につけてその場を任せた。


川の西側にある2つの監獄の防備は半ば放棄する形になるかな?

1000人の別働隊に対してあそこで拠点防衛をするのは難しそうだ。

市街地との隔離を優先したので有事の際の防衛に向いた配置では無い。

牢の鍵をしっかりかけた上で、看守達は川の東側の部隊と合流させよう。


敵が監獄へ至る経路では、忍者部隊とゴブリン部隊が迎撃に当たっている。

敵左翼の別働隊が監獄まで到達するのはそう簡単では無い筈だ。

看守たちは退避させるが、代わりにゴブリンパーティーくらいは置いておこう。

そいつらが足止めしている間に、周囲の茂みから忍者達も攻撃する。


川のこちら側には鬼族の戦士団とうちの剣士隊、弓士隊、魔女隊がいる。

上空には天使部隊もいるし、敵の兵士がのんびり行動できる環境ではない。

第一、敵の目標は市街地への同時攻撃の筈だから、わざわざ寄り道はしないだろう。

仮に囚人に何かしようとしても、しばらくは頑丈な牢が彼らを守ってくれる筈だ。


それに御高説によれば、奴らの大義名分は住民の解放らしい。

それなら、囚われている者が酷い扱いを受ける事はないよな?

むしろ、救助対象として丁重に扱ってくれる可能性もありそうだ。

犯罪者たちをあっちで引き取ってくれるならむしろありがたい。


一樹「なるみ、敵の両翼に対応している雪風たちの様子はどうだ?」

雪風「ご命令通り山中にて遅滞作戦を遂行中です。忍者部隊に損害は出ておりません」

一樹「居たのか」

雪風「はい」

一樹「相手の進軍ペースはどうだ?」

雪風「今の様子なら到達は明日の昼頃になるかと思われます」

一樹「わかった。その調子で頼む。無理はするなよ?」

雪風「はっ」


砦の門前で騒いでいるのは、俺たちの意識や戦力を別働隊に集中させない為だろう。

正面の敵が動くのは、おそらく別働隊の山越えの後、今夜は動かない。

その両翼の別働隊は雪風たちが足止めを頑張ってくれている。

雪風達が命懸けで稼いでいるこの時間、戦術的には今こそ動くべきかも知れない。


しかし、戦後のやり取りを考えると此方からの先制攻撃は出来れば避けたい。

ケリヨト地方を占拠されている時点で、既に先制攻撃を許しているとも取れるけどね。

ただ、あそこは王国領だから、そこを糾弾できるかは微妙な所ではある。

だが、『魔族』の土地である山脈内部に攻め入ってきたなら話は別だ。


加えて、今戦闘を始めれば別働隊が引き返して本体と合流するかもしれない。

別働隊が十分に離れるのを待ってからなら、敵は作戦の修正が難しくなる。

それに、罠だらけの夜の森で待ち受ける忍者とゴブリンなら優位に戦えるだろう。

せっかくだから、その戦場で敵の兵力を減衰させてもらうとしよう。


もちろん、別働隊に対する妨害は敵も当然予測はしているはずだ。

だが、800mの山越えに明日の昼までかかるとはさすがに思うまい。

正面の部隊が早まって動けば、こちらに3正面作戦を強いる敵の計画は失敗する。

先制攻撃を譲っても、遅滞作戦を利用した各個撃破は成立する事になる。


雪風たち忍者部隊には苦労をかけるが、今夜は頑張ってもらおう。

鬼族や兎人族の戦士達には仮眠を取らせ、明日の決戦に備えてもらう。

『ハイランダー』と街の警備隊には交代で街の巡回を続けてもらう。

俺も今日は風呂に入って一度寝るとするか。


ジュリエッタ「扇動者を押さえてからは、住民の動きは落ち着きつつあります」

一樹「そうか、ご苦労だった。他に変わったことは無いか?」


開拓村の拠点の浴室で、ジュリエッタが全裸で報告を始める。

この報告スタイルもどうなのかとは思うが、盗聴リスクは減りそうだ。

一般住民に混じった諜報員も、ここまでは入って来れない。


ジュリエッタ「なぜか巡回中の水無月ちゃんの頭巾を盗もうとする者がおりました。強盗の現行犯で逮捕しましたが、ただの悪戯と容疑を否認しております」

一樹「水無月は無事か?」

ジュリエッタ「はい、問題ありません」


水無月の防火頭巾に金銭的な価値があるとは思えない。

おそらくは水無月の顔を住民達の前に晒す事が目的だろう。

オーク兵の様に中身がモンスターなら、けっこうな騒動になる。

そうでなくとも黒髪・黒目は『魔族』の特徴とされてるんだったか。

工作部隊の一員なのだろうが、この程度の状況証拠だけでは弱いな。


一樹「では、通常の引ったくりとして処理しよう」

ジュリエッタ「了解です。扇動者についてはどう致しましょう?」

一樹「どうするかな・・・」


有事において扇動でパニックや暴動の誘発を謀る行為、か。

その影響の大きさを考えるなら、死刑でも問題ないように思える。

だが、目的はともかく実際にやった事はただ喚き散らしただけだ。

それだけで死刑は無理か?扇動の意図を客観的に証明するのは難しい。


一樹「戦闘が落ち着くまで拘留。金貨3枚の罰金と領外追放としよう」

ジュリエッタ「承知しました」


扇動者は魔力紋をクリミナルデータベースに登録される事になる。

これで奴らは今後、この街の門をくぐることは出来ない。


一樹「文月に取調べをさせて背後関係を確認しよう。ただの粗忽者も混じってるかもしれんしな。その場合は金貨1枚の罰金と厳重注意でいい」

ジュリエッタ「はっ」

一樹「そうだった、文月に取調べをさせるなら間違いは起こらないか。やはり工作員は情報を引き出せるだけ引き出してから処刑にしよう」

ジュリエッタ「承知しました」

一樹「今後も放火などで背後の撹乱を狙って来るだろう。引き続き警戒を頼む」

ジュリエッタ「了解です!では失礼します」


ジュリエッタは俺の両手を取っておっぱいに押し付けた。

子犬のような無邪気な笑顔とのギャップになんかどきどきする。

浴室の扉が開き、俺は慌てて手を放す。


まろん「すみません、ご主人様、撮影押しちゃって遅くなっちゃいました」

一樹「そうか、お疲れ様」

みかん「しつれいしまーす」


『ふるーてぃあ』の面々が浴室に入ってくる。

全裸の少女達の姿に一瞬どきりとしてしまう。

だが相手は魔道人形、気にする必要はないはずだ。


それにしてもこんな時にまで何を撮影してたんだ?

戦争の気配を感じて多くの人間が王都や鬼族の里に避難していると言うのに。

あ、ひょっとしてスタッフが足りないせいで撮影が難航したのかな?

いつもなら俺が入る前に入浴を終わらせているはずだ。


メイド「しつれいしまーす」

一樹「ん?」

メイド「すみません、お邪魔でしたでしょうか?」

一樹「いや、問題ない。前に説明したとおり、俺に見られて構わないなら入ってきても大丈夫だ」

メイド「分かりました。よかったらお背中お流ししましょうか?」

一樹「せっかくだが今日はもう終わったよ。別の機会にお願いしていいかな?」

メイド「はい。では失礼します」


俺の目の前で身体を洗い始めた『ふるーてぃあ』の中に少女は混じる。

最近はこの拠点に寝泊りする者も増えてきたが、風呂は1つしか無い。

少し前までは俺とガーディアンだけだったから、それでも問題はなかった。

たまにアウラエルも来ていたが、彼女も一緒に入って問題はない。

だが、最近雇い入れたメイド達と被るのは問題があるだろう。


彼女らと被らないよう、俺の入浴時間枠を2時間ほど設定しておいた。

その間は俺に裸を見られてもいい者だけは入っても良しと説明してある。

女性型ガーディアンはもちろん構わず入ってくるが、他は避けるだろう。

いろいろ誤解を招きそうなルールではあるが、そこは気にしない事にする。


実を言えば、『ふるーてぃあ』のメンバーに入浴の必要は無い。

魔道人形の彼女らには汚損や破損の修復機能があるらしいのだ。

だが、周りの目もあるので毎日風呂とベッドに入るよう指示してある。

生身の人間であるかのように偽装する為に始めた習慣だ。

俺に従う「人間」の姿を見せる事で村人達の抵抗を減らそうと言う目論見。


だが、人型ガーディアンを造れる事は既に王国に知られているらしい。

生身の人間かそうでないかを判別する方法もあるようだ。

だから俺も作れる事自体は隠さず、踊り子人形などを作ったりもしている。

そんな状況なので、この習慣の必要性について疑問が無くもない。


そうは言っても一般の人間から見れば生身の人間と区別はつきにくい。

「人間」が俺に従っているという雰囲気作りにはある程度は有効だろう。

それに人型の存在が不眠不休で風呂にも入らないのでは不気味に見えそうだ。

なにより俺自身がなんとなく、止めさせる事に抵抗を感じている。

女性型ガーディアンの入浴習慣は今後も継続したい。


だが、ここの住人も増えて来たので時間が被らない様に調整するのは面倒だ。

だからと言って俺と一緒に入っても良い女をリスト化する訳にもいかない。

それじゃ丸で長い長い愛人リストの様になってしまうからね。

その中にキャシーやシェリーの名前が入るのもいろいろと面倒を呼びそうだ。


そんなわけで一律のルールでフィルタリングする事にしたのだ。

これなら特に親しい女と女性型ガーディアンしか入ってこないだろう。

・・・と思ってたんだが、「みんなで入れば平気」って子もいるのかな?


今は俺の入浴時間として設定されている時間帯だ。

そして、この場にいるのはほぼ全員が俺のガーディアン、魔道人形だ。

そこに生身の女の子が1人入っただけなのに、なんかアウェイ感がすごい。

俺はそそくさと脱衣所へと向かう。


メイド「あの・・・」

一樹「ん?」

メイド「大丈夫、ですよね?」

一樹「ああ、なんとかするさ」


微かに震える声で問いかえる少女のほほに手を当てて「まどろめ」と念じる。

ふらつくようにもたれかかる少女の身体を俺は優しく抱き留めた。


一樹「心配せずにゆっくり入るといい。湯冷めしないようにしっかり温まるんだよ」

メイド「はい」


少女は少し上気した顔で応え、どこか名残惜しそうに洗い場に戻って行った。

まだ何か言いたい事でもあったのだろうか?

それとも、不安を紛らわすために誰かの胸にもたれたかったのか?


王国軍との砦を挟んでの膠着状態を長引かせたいと俺は思っている。

時間が経つほどに王国側の兵は疲弊し、兵站が伯爵家の力を殺ぐからだ。

だが、これは此方にとっても好ましい状況であるとは言い難い。

住民達は不安な日々をすごし、経済活動は大きく鈍化している。


ただ、時間経過によって受けるダメージはこちらより王国軍の方が大きい。

時間が経つほど相対的にこちらが優位になり、リスクは減らせるだろう。

敗北して街が蹂躙される可能性も、こちらの死傷者数も小さくなる。


何より、こちらから討って出るという選択肢を取るのはかなり難しい。

戦後処理の為に先制攻撃を避けたいのもあるが、単純に戦術的な問題もある。

砦と言う地形的優位を捨てて戦うなら、エイミー達の負うリスクはかなり高まる。


また、決着をつけるには『聖騎士』たちを倒す必要があるだろう。

5000人の兵の中からそれを探し出し、敵軍を掻い潜って辿り着くのは困難だ。

広域攻撃魔法をぶち込んで生き残ったのが『聖騎士』なんて手もあるけどね。

それは最後の手段にしたい。


この砦は一般兵と『聖騎士』たちを選り分けるフィルターでもあるのだ。

『聖騎士』は8メートルの段差などものともせずに飛び乗ってくるだろう。

砦が一般兵を足止めしている間に、突出した『聖騎士』を仕留めたい。

そうすれば王国側の死傷者だって最小限に抑えられる筈だ。


風呂から上がった俺は改めて第2の砦の屋上へと飛んだ。

ルーデレルが敵のハラスメント部隊に風魔法で対応してくれている。

松明の数は相変わらずだが、五月蝿い男と魔道師たちは撤収したか?


ルーデレル「おお、一樹か。連中め、ようやくあきらめたようじゃぞ」

一樹「それはよかった。苦労をかけたね」

ルーデレル「うむ!労いのなでなでを要求する」

一樹「お安い御用だ」


俺はルーデレルの小さな肩を抱いて頭を撫でてやる。

たぶん俺より年上なんだろうが、見た目は小さな少女の様だ。

当人もそれを利用してちょくちょくこういったおふざけをする。


一樹「すまないが、もうひと働き頑張ってもらってもいいか?」

ルーデレル「ん?なんじゃ?」

一樹「おそらく決戦は明日の朝からだ。やられっぱなしもなんだし、こっちも大音量で奴らを叩き起こしてやろうかと思ってね」

ルーデレル「ふむ、意趣返しというわけか」

一樹「ああ。拡声するだけなら俺にもできるが、相手も妨害してくるだろう。その辺の技術的な攻防はルーデレルの方が頼りになりそうだからね」

ルーデレル「なるほど、任せておけ。一樹の声を確と届けてやろう」


ルーデレルの魔法が発動するのを確認すると、俺は王国軍に語りかける。


一樹「王国の兵士達よ、先ほどからの勇ましい演説、共感はできないが興味深く聞かせてもらった。先ほどの少年ならば元気にしている。この戦争が終わり次第無条件で開放すると約束しよう。街の住人達も戦争が終わり次第自由に行き来できるようにする。もっとも、住人達は元から出入り自由だったのだけどね。今は門前に武器を持った一団が居座っているので用心のため門を閉ざしている状況だ」


先ほどの扇動的な演説の内容とすり合わせながら、現状認識を共有する。

俺の声に反応して、王国軍のあちこちで小さなざわめきが起きる。

あちらの魔道師たちの動きに応じて、ルーデレルの魔力も強まっていく。


一樹「ここ数日、諸君らの様子を観察させてもらった。グループ毎に配られる食事の内容が違うのは其々の好みに合わせての事だろうか?だとしたら実に細かい心配りだ。先日は一部の人間のみに酒や菓子が振舞われていたようだが、あれは戦い振りを評価しての事だろうか?あの乱戦の中で個々人の戦い振りを確認できていたのだとしたら驚嘆に値する」


酒は密かに配ったが菓子を配っては居ない。

だが、酒を目にした者も口にした者も確かにいるから、多少の説得力はあるだろう。

また、上級士官が自前の酒を飲んでいるのを知っている者や予想する者も居る筈だ。

戦場で食事は貴重な楽しみの1つだろうから、待遇の差は不満を煽るには好材料だ。


一樹「先ほどの王国軍の弁舌の中で、1点だけは俺も事実と認めよう。魔族の地に住み着いた人間族の村を制圧する際、戦意を見せた1人の男を確かに俺は手にかけた。認めよう。だが、住民の出入りを禁じる事は、罪人を除けばこの戦争が始まるまで1度も無かった。諸君らがいま占拠しているその地の管理についても王国側と協議した上での事だ。なのになぜ戦おうというのか?正直を言えば俺は戦いたくない。だが、諸君らがそこに居座るのなら、或いはこの街に攻め込んでくるのなら戦わざるを得ない。守る為の戦いは、形而下においては得る物など何も無い。ただ失うものをどれだけ減らせるかと言うだけの戦いだ。だが大切なものを守り切ったと言う誇りは持てるだろう。命を落とした者が居れば、家族や友人たちはその死を悼み悲しむ。だが少なくとも、愛するものの為に戦った者達の勇気を誇らしく想う事は出来るだろう」


さて、ここからが本題だ。

農閑期とはいえ、貴族の都合で戦いに駆り出されるのは面白くはないだろう。

待遇の違いに加えて立場の違いを指摘して王国軍という内集団に亀裂を入れる。


一樹「王国軍の兵士達よ、諸君らはこの戦いで何を得るのだ?この戦いに勝てたなら、諸君らを率いる貴族達は新たな領地を手に入れて長く利益を享受するのかも知れない。だが諸君らは何を得るのだ?幾許かの報償は命を懸けるに値するものなのか?この砦を落とすなら、多くの者が命を落とすだろう。その時、残された家族や友人達はこの戦いを誇る事が出来るだろうか?命を懸けるに値する戦いであったと、納得する事が出来るだろうか?」


徴兵されて来ただけの農兵にとって、この辺りは大いに疑問であるだろう。

大した説明も無く強引に戦場に引き摺り出されたのではないだろうか?


一樹「武器を持って集いし者達よ、我々は望まぬ戦いに駆り立てられ、明日にも命を落とすかもしれない。どうか自分が何者であるかを思い出して欲しい。名も無き兵士だろうか?使い捨てにされる盤上の駒だろうか?我々にはそれぞれ名前があるはずだ。我々はそれぞれが誰かの家族であり、誰かの友人であるはずだ。誰かの恋人であったり、誰かの親であるかもしれない。命を懸けて戦う覚悟は、愛するものを守る戦いにこそふさわしい」


先ほどの扇動演説でやつらが多用していた「我々」という言葉の意味をずらしていく。

王国貴族達の思惑で望まぬ戦いに駆り出されている者、俺たちとあちらの一般兵たちだ。

同時に自己カテゴリー化の心理を「王国軍の勇士達」からより小さな集団に指向させる。


一樹「武器を持って集いし者達よ。武器とは恐ろしいものだ。その行動がもたらす影響は良くも悪くも大きくなる。心弱き者が持てば、その身を滅ぼす事になるだろう。武器を持って集いし者達よ、我々は武器を持つ時、常にその武器がどこに向いているのか、何を為そうとしているのかを考えなければならない。我々が望んでいる事はなんだろうか?我々の1人1人がそれぞれ在るべき場所へ、家族や友人達が待つ温かな場所に戻り、自由な往来が回復される事ではないのか?全員が同じとは言わないが、我々の多くがそれを望んでいるはずだ」


武器を持つ兵が己の意志で行動すると言うのは、響きは良いが危険な思想でもある。

一歩間違えばテロリズムやクーデター、反乱などに繋がる事にもなりかねない。

だが、今は敵の指揮系統の混乱と兵の逃亡を誘発する為に使わせてもらおう。


一樹「武器を持って集いし者達よ、我々は明日にもその武器を戦場で振るう事になるだろう。その手の武器が誰に向かい、何に向かっているのかは1人1人がそれぞれ考えて欲しい。自分は命を懸けて大切なものを守ろうとする勇士なのか?それとも平和な街を侵そうとする蛮族なのか?それは己の命を懸けるに値する戦いなのか?諸君らの誇りある行動と勇気ある決断を期待している」


ルーデレルに手で合図をして魔法を終わらせてもらう。

何やら複雑な風魔法の動きは感じられたが、あちらとの攻防があったのだろう。

ハラスメント部隊が一般的であるならば、敵も当然対応策は持っていたはずだ。


ルーデレル「一樹にしては珍しく饒舌じゃの。これに心打たれて撤退してくれるとうれしいんじゃがな」

一樹「そうだな。だが、実際にはせいぜいアドレナリンの量を少し減らす程度だろう。それでも5000人分となれば多少は戦況にも響くんじゃないかな」

ルーデレル「少なくとも今夜は寝付くまで時間がかかるじゃろうの」

一樹「ああ、寝不足で動きが鈍るならそれもありがたい」

ルーデレル「なるほど。なら、わしはそろそろ寝るとするかの。明日は少し寝坊するぞ」

一樹「分かった。ありがとな、おやすみ」

ルーデレル「おやすみじゃ」


美辞麗句を並べた演説、その裏にあるのは様々な打算だ。

命を懸ける事の意義に疑問を持たせ、王国軍の一体感に亀裂を入れる事。

愛と厭戦を語る事で『魔族』の印象を多少なりと良くしたいと言う事。

単純に決戦前に深夜の大音響で安眠を妨げたいという思惑もある。


敵方、しかも『魔族』の言葉ではあちらさんもまずは疑ってかかるだろう。

それでも、多少なりと明日の戦いでの犠牲者を減らせるならやっておいた方がいい。

ルーデレルには苦労をかけたが、この攻防では1滴の血も流れる事は無かった。

戦場の高揚感の中に、ほんの少しでも、何かの萌芽があったなら上々という所だ。

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