第117話 防備
バルバス男爵家から解放した40人ほどの奴隷は少し落ち着いてきたようだ。
ドワーフ族の男女40人はとりあえずリサイクルセンターで働いて貰おう。
木工職人、石工、鍛冶屋などが居るのでそれぞれ得意分野を担当して貰う。
女たちは縫製技能が高い様なので、主に衣類を担当して貰う事にする。
それぞれ学校や職業訓練校で体験学習の指導監督もお願いすることにした。
ここが気に入って定住を決断してくれる事を願いたい。
メイド見習いだった人間族の少女はキャシー邸に預けてある。
リザの指導でメイドの仕事を覚えつつ、学校にも通って貰う。
将来どうするかは、いろいろ学びながら当人に決めて貰おう。
アデーレ「い、如何でしょうか?」
アビー「今回はちょっと攻めてみましたよー!」
開拓村の拠点の執務室で、冒険者ギルドの2人がポーズを決める。
例の「魔族風」ビキニだが、またしても布面積が減っているようだ。
赤い顔のアデーレがただでさえこぼれそうな胸を更に寄せて強調している。
いつも楽しげなアビーも今回ばかりはちょっとだけ恥ずかしそうだ。
小さな布は背中を向けたアビーの小さなお尻を半分も隠せていない。
一樹「なるほど、確かに刺激的だな」
アビー「それならよかったです」
一樹「前にも言ったが、それは別に『魔族』の礼装って訳じゃない。無理をしなくてもいいんだぞ?」
アビー「はい、これは半分趣味ですからご心配なく!」
一樹「それならいいんだが」
アビーはともかくアデーレはかなり恥ずかしそうだけどな。
ん?いや、ちょっと楽しそうに見えなくもないか?
アビー「実は、ちょーっと相談したい事がありまして」
一樹「ん?そうか」
なにやら言い出しにくそうな様子を見て俺は席を立った。
応接用のテーブルに2人を誘い、目線の高さを揃える。
アデーレ「この辺りを対象とした調査依頼が、他の街の冒険者ギルドから出ているようなんです」
アビー「依頼の対象地域から遠い支所なら情報が来ないのもよくある事なんですが、普通なら真っ先にこの出張所に来るはずの依頼です」
俺に相談しに来てるところを見ると普通の内部監査とかじゃ無さそうだ。
この2人も調査対象に含まれる依頼、何かの嫌疑がかけられているのか?
おそらくは俺絡み、冒険者ギルドか依頼人がこの2人を俺寄りと見ている?
一樹「今分かっている事は?」
アデーレ「この領への立ち入り禁止処分を受けた冒険者についての問い合わせが増えています」
一樹「冒険者ギルドが照会出来る内容では無いな」
アビー「そうなんですよ。なのにしつこいのが多くって」
アデーレ「冒険者達から断片的に聞いた内容からすると、未帰還パーティーの捜索依頼のようですね」
ついに冒険者も捜索の対象にしてきたのか。
ここへの立ち入り禁止処分を絡めている所からして、俺の関与を疑われている。
死体は雪風たちがしっかり処分している筈だから見つからないとは思うけどね。
俺は隠し事が苦手だから、敢えて処分方法は聞かない事にしている。
アデーレ「依頼を受けたらしき冒険者の中には高圧的な態度の者も多くて困っています。一樹様、私怖くて」
アデーレの柔らかい手が俺の右手を包み、胸元へと引き寄せる。
引き寄せる手は俺の指がおっぱいに触れる僅か手前で止まった。
いや、俺は何を期待しているんだ。
視線を上げると、俺の目を覗き込むアデーレと目が合う。
少し恥ずかしそうな、どこかぎこちないアデーレの仕草。
しかし、強調された胸の谷間と上目遣いの視線は威力充分だ。
視線を感じて視界の端に意識を向けると、アビーがニマニマしている。
こいつの仕業か。いや、これはこれで嬉しいんだけどさ。
一樹「出張所の警備を増やしておこう。状況次第では俺も出れるよう注意しておく」
アビー「やたー!」
アデーレ「ありがとうございます」
アデーレが俺の右手を改めてぎゅっと握り締める。
これもアビーの指示か?あざとい。だが、それもまたよし。
一樹「入領禁止処分と未帰還パーティーを絡めて考えているのなら、俺が疑われているわけだな。まあ、俺たちの土地に侵入しようとする者には相応の対応をしている、とだけは答えておこう」
アデーレ「えっと・・・では、未帰還パーティーは本当に一樹様が?」
一樹「その可能性は否定できないな。尤も、堂々と名乗りをあげる侵入者など滅多に居ない。俺たちが対応した侵入者が調査対象に該当するかは分からん」
アデーレ「照合にご協力頂く事は可能でしょうか?」
一樹「悪いが断る。侵入者に対しては仲間の命と魔界の秩序を守る為にこちらも命がけで戦っている。さして余裕があるわけでもないし、入領禁止令の対象者と未帰還者が合致するなら尚の事王国側に協力する筋合いは無い。何より、魔界に侵入したなら死因等幾らでも在り得るだろう。俺たちが関与を否定した所で、それを立証する術は無い。疑う奴らは幾らでも言い掛かりを付けて来るさ」
入領禁止と絡めてこちらで処分した冒険者は9人だったかな?
それ以外の別の理由で死んだ者もおそらくはいるのだろう。
だが、関与していない事を立証するのは悪魔の証明だ。
照合に協力した所で、面倒事が増えはしても減る事は無い。
ただ、侵入すれば殺す可能性もある、という事だけは再確認しておこう。
アビー「確かに、殺した事を認めればその理由や必要性について追求され、否定しても疑惑は残ったまま。一樹様が協力するメリットは皆無ですね」
一樹「そういう事だ」
アデーレ「そう、ですよね」
一樹「『ハイランダー』の見回りを増やすよう手配しておこう。他に困ったことがあれば気軽に相談してくれ。こちらで対応できる内容ならなんとかしよう」
アビー「ありがとうございます!ここに居る間は守ってもらえると信じてます!ただ、向こうに戻ったときにどうなるかなーなんて。まあ、一樹様にお願いするような事でも無い、ですよね」
アデーレ「はい、それについては一樹様に甘えるわけにも参りませんね。すみません」
一樹「異端審問、という事か?」
アビー「えっと、それは・・・ですね」
俺の右手がぐいとひっぱられ、柔らかい物に押し当てられた。
アデーレ「一樹様、警備の件感謝いたします!どうぞよろしくお願いします」
アビー「一樹様!頼りにしてますよー!滞在中の安全についてはお願いしますね!」
一樹「わかった。それについては善処しよう」
アデーレ「ありがとうございます」
アビー「やたー!さっすが一樹様!」
アビーのテンションが不自然に高くなったのを感じる。
状況的にこの2人も教会から『魔族』寄りと見られている可能性は高い。
俺と関わった事で、面倒な立場にしてしまったかな?
一樹「警備は増やすが、2人も気をつけてくれよ」
アビー「はーい」
一樹「ああ、それとうちの領への移住希望者がいたら教えてくれ。特に事務経験のある人間等はありがたいな」
アデーレ「はい!ありがとうございます」
アデーレが勢いで引き寄せた俺の右手を持て余している。
名残惜しいが、軽くひと撫でしてから俺は手を引っ込めた。
薄いコートを羽織った2人を送り出す。
俺が守ってやれるのは『領域』内の小さな街の中だけの事だ。
外に出たなら、俺の後ろ盾は無意味どころか、寧ろ有害ですらある。
『魔族』と関係があるとして、警戒対象、迫害対象になり得るのだろう。
彼女らが教会に「密告」できる情報をなにか用意してやればいいのだろうか?
それともローゼンヴァルト公爵に彼女らとその家族の保護を頼むのか?
その手の駆け引きはどうにも苦手だな。
アーネストさんが今でも商売を続けていられるのは公爵家の後ろ盾のおかげだ。
街路樹の一件で方々に苗木を発注し、公爵家の車列を先導して納品を行った。
これにより、アーネスト商会は公爵家の御用達であると広く周知されたらしい。
おかげで多少の嫌がらせはあっても、表立って攻撃してくる者は居なくなったという。
俺も関わった者を守れるように、何か外部への影響力を確保すべきなのだろう。
いちご「ぴんぽんぱんぽーん」
みかん「お知らせします。ケリヨト地方の西部に王国軍の兵士が集まっています」
めろん「状況は確認中ですが、用心の為に砦の門を閉める可能性があります。閉門後はしばらく出入りができなくなりますのでご注意ください」
まろん「門が混雑する可能性があります。街からの移動が必要な方は、落ち着いて早めに移動を開始してください」
れもん「王国側の街道の状況は詳細は不明ですが、王都へ向かう場合、門を出てすぐ左へ曲がって南下するルートは比較的安全と思われます。みなさん、落ち着いて行動してください」
いちご「ぴんぽんぱんぽーん」
対岸のヘーゼルホーヘン領ではでは数百人の兵達が陣の設営を始めた。
ヘーゼルホーヘン伯爵は南部貴族を中心とするリーリエシュタッヘル派閥らしい。
奴らにとって『魔族』とは討伐対象の人型モンスターであって外交の対象とはなり得ない。
特に使者が来る訳でも無く、ただ粛々と戦いの準備を進められている。
そうは言っても妙な動きはいろいろとあった。
禁止薬物を持ち込んで暴れた俄か貴族たちや、妙な噂をばら撒いている奴ら。
冒険者を護衛に雇ってまで伐採禁止区画で伐採を繰り返した樵とその捜索隊。
おそらくはこの領に対する武力行使の口実を作ろうとしていたのだろう。
『魔族』とされる俺はともかく、公爵家とは何かしらの駆け引きをしている。
曲がりなりにも公爵家直轄区となれば相応の理由がなければ兵は向けられない。
おそらくは宮廷内でいろいろと根回しやら策謀やらが進められていたのだろう。
どうせ戦う事になるのなら、いつ攻め込まれるかと怯えながら暮らすのも煩わしい。
それに、戦いになれば森も街も少なからず被害を受けることになる。
だが、今ならばお誂え向きに荒野が広がっている。
攻めて来るならば緑化や街造りが進む前の方がいい。
向こうだって今なら農閑期で徴兵もしやすいだろう。
そこへ来て男爵領の制圧と領境への兵の集結、お膳立ては十分。
『ギルド』の情報に拠れば兵と糧食の準備は大分前から進められていた。
数々の挑発行為も併せて考えれば、あちらが戦いを望んでいるのは明白だ。
あとはいつ動くのか、それだけの問題だった。
タイミングくらいはこちらで選ばせて貰おう。
此方は川岸に2000の重装歩兵を並べている。
戦うつもりなら、当然それ以上の兵を用意して来るだろう。
渡河するなら攻め手が不利だから、少なくとも倍の4000、おそらく1万程度かな?
農閑期に徴兵された一般の農兵では俺や大型ゴーレムには傷1つ付けられないだろう。
それでも『聖騎士』を俺にぶつける為の露払いとしての戦力として必要だ。
具体的には、さしあたり川辺に陣取る重装歩兵隊への対応がお仕事と言う事になる。
大半の兵は徒歩だろうから時間もかかるし、糧食の準備だけでも相当の負担になる筈だ。
奴らの信条は兎も角、これを退ければ当面の間は兵を起こす事は出来なくなるだろう。
その間に街や街道の開発、『領域』の緑化、周辺との関係改善を図る。
大規模出兵での失敗に加え、俺達が無害と周知出来れば排斥強硬派は支持を失うだろう。
まあ、それも今回の侵攻を凌ぎ切ればの話だけどね。
一般兵に関しては、例え数がある程度多くなったとしてもそう心配は要らないだろう。
此方はオーク兵、正確にはオーク型魔導人形を使い捨てと割り切ればそう痛くも無い。
一般兵は出来れば殺したく無いし殺す意味もあまり無いから基本的に足止めに徹する。
手に負えない程敵が多ければ、橋を落とすか水中にガーディアンを配置しよう。
問題は『聖騎士』や『賢者』などといった加護持ちの戦力だ。
そいつらさえ潰せば敵は俺を倒すための決定力を失うことになる。
逆に一般兵をいくら殺しても、そいつらを倒さなければ終わらない。
此方が狙うのはそいつらと、敵の指揮官たちという事になる。
これについては不安だらけだが、相手の居る事だし仕方が無い。
可能な限りの準備をしてお出迎えするとしよう。
なるみ「かずきおにぃちゃん!とりあえず砦のみんなの分ができたから運んでくれる?」
一樹「わかった。おつかれさま」
俺はなるみから預かった木箱を抱えて第一の砦に飛んだ。
入っているのはエイミーやフローレン達用に新調したビキニアーマーだ。
見た目は今までと全くと言っていいほど違いは感じられない。
ただ、構成している素材は具現化した魔力ではなく実物に代わっている。
表面はジャイアントボア、内側はロックバイパーの革を使っている。
ロックバイパーの革は魔力を通す事で並みの鋼以上に強靭になるらしい。
ヘルスパイダーの糸で編んだ内張りが貼り付けてあり、肌触りも滑らかだ。
ちょっと冷たそうなのは気になるが、直に触れた方が魔力の通りがいいという。
そういう事なら温まるまでの間だけ我慢してもらうことにしよう。
それ以前に、防具としてはまず形状を突っ込まれそうだけどね。
拠点の地上部を守るジェシカたちは普通の服と鎧に身を包んでいる。
しかし、同じ姿のガーディアン達に普通の格好をさせるのには抵抗がある。
エロ衣装にさせたくなるのはただのスケベ心なのだろうか?
まあ、魔道人形ならばそこは気にする必要もないだろう。
それに、ガーディアンに限ってはビキニアーマーは意外と優秀らしい。
ガーディアンは胸部のコアを破壊されない限りは再生が可能だ。
ピンポイントの突き以外なら、ビキニアーマーで剣の軌道を遮る事ができる。
大きなダメージがあれば一時的に行動不能にはなってしまうけどね。
胸の魔石を抉り取られる前に敵を撃退できれば復活可能というわけだ。
そして、面積の少ないビキニスタイルなら希少な素材でも数を揃え易い。
一番大事な部分を、手持ちの最高の素材で、できるだけ多くを守るのだ。
手足が無防備なのは気になる所だが、生還率は上げる事ができるだろう。
素材の収集を進め、いずれは亜龍の革のブラジャーに順次換装していこう。
一樹「着いたぞ。って、え?」
フローレン001「一樹様、お願いします」
一樹「あ、ああ」
砦の地上2層にある大部屋では当然ながらビキニアーマーの一団が待っていた。
だが、どういうわけか先頭の4人は兜は着けたままだが下着姿になっている。
ジェシカとエイミーは見覚えのある小さなレースの下着でポーズをとっている。
フローレンとナターシャはノーブラで下はベージュのTバックだ。
俺はフローレンから差し出されたビキニアーマーを反射的に受け取った。
よく見ると、預かった箱の1つには「回収用」の文字が見える。
えっと?これに入れて新しいのを渡せって事か?
なるみ「違うよ、かずきおにぃちゃん。それはジェシカさん用。全部ジャストサイズで作ってあるんだからね」
一樹「そうか、すまん」
木箱からフローレン用のビキニアーマーを取り出して1組を渡す。
フローレンは少し後ろに移動してさっそくビキニアーマーを身に着ける。
反対側の視界の隅ではジェシカとエイミーが下着を脱ぎ始めている。
更にその後ろでは、別のフローレンが鎧を脱ぎ始めた。
ナターシャ001「お願いします」
一樹「わかった。ナターシャはこれだな。というか、なるみ。これ俺が手渡しする必要あるのか?」
なるみ「もちろんだよ!せっかくかわいく作ったんだから、ちゃんと見納めしなくっちゃね!」
一樹「そこ?」
ジェシカ026「一樹様、お願いします」
一樹「あー、はい。えーと、下着も俺が回収するの?」
なるみ「うん。ジェシカさんとエイミーさんにはベージュのTバックを渡すのも忘れないでね」
一樹「えーと、これか。見納めはなるみに任せちゃ駄目か?」
なるみ「ダメ!どんなものには作り手の想いが詰まってるんだよ。最後だから、いろんなポーズと角度でしっかり堪能しなくちゃね!」
一樹「それはそうかもしれないが・・・」
エイミー026「お願いします」
一樹「えーと、エイミー用はこれだな」
なるみ「それに、今までずっとおっぱいをやさしく包んでくれてたんだよ?捨てる前にちゃんと感謝の念を伝えなくちゃね!」
一樹「んー、まあ、そういうものかな」
ナターシャ002「一樹様、お願いします」
一樹「はーい、ナターシャ用はこれだったな」
砦を守る女性型ガーディアンたちが代わる代わる俺の前で着替えを済ませていく。
ジェシカとエイミーの下着はデフォルトのノーブラTバックに戻すようだ。
魔力で強化される魔獣の素材との接面積を増やすためだろう。
俺が一時の気の迷いで変な事言ってレース下着に変わったんだったか。
というか、既に数千人いる彼女らの着替えに毎回俺が立ち会うのか?
一樹「なるみ、せっかく作ってもらったのに悪かったな」
なるみ「仕方ないよ。それに、ビキニアーマーとの組み合わせもちょっと微妙だったしね」
一樹「回収した装備ってどうするんだ?」
なるみ「再吸収してリサイクルするよ。投入した魔力の半分くらいしか戻ってこないけどね」
一樹「それって特定の場所じゃないといけないのか?」
なるみ「『領域』内ならどこでもだいじょうぶだけど・・・かずきおにぃちゃん、ひょっとして回収作業面倒になってきた?」
一樹「あー、いや面倒というか。せっかくかわいく作ってくれたのにあんまり連続で見てるとありがたみが薄れて却って悪い気がしてね」
なるみ「むー、確かにそうなっちゃうと逆効果かなー」
一樹「そうなんだよ。俺はこのランジェリーの魅力を十分に堪能したし、なるみにもこの下着にも感謝してる。この気持ちのまま終わった方がいいと思うんだ」
なるみ「もう、仕方ないなー」
順番待ちをしていたジェシカたちのビキニアーマーが光の粒になって四散する。
兜は残っているが、ナターシャたちはトップレス、ジェシカとエイミー達は全裸だ。
一樹「あー、新しい装備はこの箱に用意しておいた。それぞれ自分用の物を取って装備してくれ」
フローレン004「了解しました」
列の進行は一気に加速し、新しい装備はガーディアンたちに行き渡った。
そのまま第2の砦に飛び、同じように新装備を順番に取りに来てもらう。
これで砦を守る女性型ガーディアンの防御力は大きく上がったはずだ。
肝心の心臓部ががら空きなのは気になる所ではあるけどね。
私見だが、対人戦闘で剣を使う場合、胸への突きの有効性は実は低いと思っている。
決まれば攻撃力は高く、必殺の一撃となり得る事自体は間違いないだろう。
だが、剣を敵の胸に深く差し込んでしまえば抜くのにいくらか時間がかかる。
周囲の敵への対応が難しくなるし、相手が最後の力で反撃するかもしれない。
渾身の突きは硬直時間も長く、当てても外してもハイリスクの半ば捨て身の攻撃だ。
それよりは手足を狙う方がリスクが低く、逆にストッピングパワーは高いだろう。
ダンジョンのガーディアン対策で人間族が胸への突きを練習している可能性はある。
槍や弓などで安全圏から胸を狙って攻撃してくる可能性もかなり高い。
だが、防御は鎧だけではなく、剣や盾、魔道防壁なども併用している。
敵の狙いが胸部に集中するようなら、むしろ対応がしやすくなるというものだ。
いずれは整形したチタン合金か龍の鱗を、召喚時に胸骨と置換してもいいかもな。
忍者部隊と天使部隊の防具も強化したいが、こちらは繊維素材が主になりそうだ。
ヘルスパイダーの糸を集めてはいるが、まだまだ量的に心細い状態だ。
その為、敵と直接ぶつかる可能性が高そうな砦の剣士と弓士が優先となった。
魔界の原生林でのみ育つバロメッツというコットンの変異種も併せて収集している。
通常の木綿より魔力との親和性が高く、魔力を流す事で非常に強靭になるらしい。
雪風たちを護衛につけ、パンジーとデイジー達に頑張って貰っているところだ。
種や苗を持ち帰ってもただのコットンに戻ってしまうというのが悩ましい。
マリョクタケと同じ様に何か生育環境に条件があるのだろう。
クリス「現在までに動きが確認できている兵力は5000ほどですね」
一樹「意外と少ないな。だが、それでも男爵領の制圧後に集めたのだとしたら動きが早すぎるか」
クリス「ええ。戦うこと自体は疾うに既定路線だったのでしょう」
キャシー邸の執務室に招き入れられた俺はクリスから報告を受ける。
一樹「勝手な事だ。兵達には同情するよ。出来れば生きたまま帰してやりたいものだが、命の保障はできんな」
クリス「お心遣い感謝します。それにその言葉を聞いて安心しましたよ。今回もこちらから援軍は出せそうになさそうですから」
一樹「それは構わないが、むしろ、そちらの立場的に問題はないのか?」
クリス「問題がないとはいえませんが、王国軍同士をぶつける事で生じる問題のほうが大きいですね。国内でも領境の小競り合いが無い訳ではありませんが、この規模となると国民感情に響きます」
一樹「なるほど。逆に向こうはどういう大義名分を掲げているんだ?」
クリス「我々が一樹様からの圧力に屈してケリヨト地方の支配権を認めた、という論調ですね。もちろん此方も反論はしていますが、現地の様子を知らない者からすればあちらの主張のほうが説得力があるようです」
王国内部向けの建前としては『経済特区』はローゼンヴァルト公爵家直轄領だ。
『魔族』から奪った筈の領土だが、俺という『魔族』の影響力を排除しきれずにいる。
それどころか、俺の支配地域が公爵家公認でケリヨト地方まで拡大してしまった。
王国中央から見れば、『魔界』の勢力に押し戻されたと見えるわけか。
クリス「幸か不幸かケリヨト地方の征圧は無血完了しました。そのせいで一樹様の力を疑問視する者も少なくないようですね」
一樹「流れた血の量でしか相手の力を量れないとは愚かしいことだな」
クリス「全くですね。今回の敵を退ければ、今度こそ中央も一樹様の力を認めざるを得ないでしょう。我々の仲介で講和を結べば、今度こそ手は出し難くなるはずです」
ついでに暴れ馬を御するローゼンヴァルト公爵家の発言力も増すというわけか。
まあ、こちらに友好的である限りは王国内での派閥勢力が強いのはありがたい。
避けられない流血ならば、王国兵の血もせいぜい利用してもらうとしよう。
一樹「ところで『聖騎士』の類は出てくるのか?」
クリス「少なくとも『聖騎士』と『賢者』が1人ずつは出るようですね」
一樹「俺の力を疑問視する割りに加護持ちを2人も寄越すのか?大盤振る舞いだな」
クリス「少なくとも『聖騎士』1人を倒した事実は確認されてますから当然の判断でしょう。勝算はありますか?」
一樹「さあな?その2人の能力について情報はあるか?」
クリス「生憎とそこまでは分かりませんね」
一樹「そうか。では、此方もせいぜい準備を頑張るとしよう」
クリス「果報をお待ちしております。ご武運を」
俺は努めて平静を装って退出した。
『聖騎士』達の情報が無いというのはおそらく嘘だろうが、ここで問答をする意味は無い。
こちらに友好的とはいえ、王国側の人間としては出せる情報に限りがあるだろう。
それにしても『聖騎士』1人でも手を焼いているのに、加護持ちが最低でも2人だと?
攻城魔道師だって『賢者』1人だけってわけでも無いのだろう。
おそらくは強力な大規模攻撃魔法が降り注ぐことになる。
こちらの戦力もそれなりに増強はされているが、対抗できるだろうか?
攻撃力に関してはウィセルやサジタエルたちの援護があればなんとかなるかな?
防御力は弥生10人と乙女の裸像型ゴーレムの魔道防壁だけでは流石に心細いな。
まずは防御系の魔法の使い手を捜すことが急務になりそうだ。
俺は防御系の魔法を得意とする魔女の弥生を200人追加で召喚した。
100人は既に砦に配置している者と同じクロップドタンクトップとショートパンツだ。
第1の砦を拠点とした遊撃部隊とし、今回は主として第2の砦に派遣する事になるだろう。
残りの100人は兎人族をイメージしたハイレグレオタードとうさ耳カチューシャだ。
兎人族協会の地下を拠点とし、兎人族の保育所と農園の防衛に当たってもらう。
兎人族の戦士と共闘すれば、遠目には兎人族の女達が一緒に戦っているように見えるだろう。
兎の仮面を被って貰ったから違和感はあるかもしれないが、同じ顔が並んでいるよりはいい。
砦の者と合わせて全員にストーンバイパーの牙を使った杖を装備させておいた。
さらにジェシカ、エイミー、フローレン、ナターシャをそれぞれ100人召喚する。
今回は最初から強化版ビキニアーマーなのでお着替えの必要は無しだ。
出来れば胸にもヘルスパイダーの糸を編み込みたかったが、素材が足りなかった。
あの蜘蛛は待ち伏せ型のハンターだそうで、ダンジョンに入って来る事は少ないらしい。
それでも春になったら近くに寄ってくるだろうから、積極的に狩るとしよう。
さて、これで第2の砦の守備兵は550人とゴーレム多数って所か。
ついでに中央通路脇のオーク兵も第1、第2の砦それぞれ100体に増員しておこう。
山を越えて農園を狙われたときの為に、兎人族協会の地下にも100体召喚しておく。
ちなみに山の中でも忍者600人とゴブリン5000匹が警備に当たっている。
更に戦況に応じて天使部隊200人も必要な場所に派遣する予定だ。
砦などの地の利を考えれば、5000の兵が相手でも十分な布陣だろう。
だが、それでも『賢者』との初めての対峙に不安は拭い切れない。
俺が初めて『聖騎士』を倒したのはレベル20かそこらの時だったか。
俺にとっては強敵だったが、対『魔王』の戦力であると考えると余りに弱すぎた気がする。
ひょっとして、『聖騎士』の中でも特別弱い奴だったのだろうか?
俺が二等兵を名乗ったから、新人が実戦訓練を兼ねて送られたのかも知れない。
尤も、俺達のダンジョンレベルは『領域』の広さを基準とした指標だ。
『魔王』はレベル1000以上らしいが、これは個としての戦闘力を示しているわけでは無い。
これが示すのは、魔力の供給源が豊富であり大軍を率いる能力があるという事だ。
もしかして、『魔王』も俺も、個としての戦闘力にはそう大きな差は無いのか?
或いは何かの条件で『聖騎士』たちの戦闘力が跳ね上がるという可能性もあるな。
例えば『魔王』の出現で覚醒するとか、『勇者』がいると強くなる、とかね。
けど、『東の魔王』と呼ばれていた黒曜さんは、なるみの言う『魔王』では無いだろう。
『魔王』の称号を得るには今残っている『魔界』の大半を『領域』に収めなければならない。
『魔王』や『勇者』の存在が『聖騎士』達を強化する可能性自体は否定し切れない。
だが、それが無くとも『聖騎士』達は俺よりレベルが上の『魔族』を倒しうる力を持つ。
例えば、『賢者』や『聖者』と呼ばれる他の称号持ちとの連携による戦闘力の増強。
或いは単に称号持ちが集まればそれだけで共鳴し合って強くなるなんて事も有り得るか?
『魔王』が魔物の大群を率いる者なら、対抗する人間側も大軍が必要になるだろう。
共に戦う兵士が多いほど『聖騎士』達の力が増す、なんて可能性もあるのかな?
だとすると、前回は2000人分、今回は5000人分の強化という事になるのか。
いや、それだとトールヴートは3人分の強化しか受けていなかった事になってしまうな。
そういえば、最初の奴はまともに戦ってないから、どの程度の強さか結局分からないか。
少なくともスピードはトールヴートより上だったが、実はけっこう強かったのか?
一樹「なるみ、手持ちの素材の中で『発動体』として最強なのはどれだ?」
なるみ「亀型亜龍の上の嘴だね。次は下の嘴で、次はエンペラーヘルスパイダーの挟角かな」
分からない事をうだうだ考えていても仕方が無いか。
とりあえず、やれる事をやって備えるしかない。
一樹「弥生の『発動体』に加工する事は出来るか?」
なるみ「出来るけど、ベースがエルフタイプだと魔力の充填にかなり時間がかかっちゃうね。天使タイプの方がいいと思うよ」
一樹「そうか。装備だけ強くしても駄目なんだな」
なるみ「そうだね。後は有線接続にするとか、無線でもパープルダイヤモンドがあれば充填速度を加速できるよ。できるだけおっきぃやつがいいね」
一樹「どっちも厳しいな。とりあえず、天使ベースでいこう」
なるみ「おっけー。デザインはどうする?」
一樹「そうだな・・・」
稲妻のエフェクトと共に無数の光の繭が中空に浮かび上がる。
その1つ1つに、金髪の美女の裸身が浮かび上がる。
ビジュアルに関してはプリセットモデルから選んで変更は加えていない。
形のよいおっぱいを見せ付けるようにゆっくりと回転を始める。
胸元に虹色の光が走り、先頭の1人にだけ白のスポーツブラが現れる。
パープルダイヤモンドってのがあればよかったんだが、とりあえず手持ちは無い。
取り寄せにどれくらい時間がかかるか知らないが、今からでは到底間に合わない。
有線接続は移動範囲が限られてしまう事と、ケーブル自体が狙われる事が怖い。
また、希少な素材を使った戦力だから、状況に合わせて各所で運用出来る様にしたい。
パープルダイヤモンドは後からでも追加できるらしいので探しておく事にしよう。
回りながら見せ付けられる引き締まったお尻の周りに虹色の光が走る。
先頭の1人には白のパンツ、後ろの大勢にはベージュのTバックが現れた。
最後に全身を虹色の光が包み、先頭の1人を銀色の全身鎧が包む。
後ろの大勢は同じく銀色だがフルフェイスの兜とビキニアーマーだ。
光の繭が消えると、鷹の翼が現れ、はばたきもせずにゆっくりと降下した。
一樹「名前はアルマエルとしよう。1人目の拠点はメインダンジョンのボス部屋、それ以外の拠点は温泉宿だ。魔道防壁を中心に仲間の援護をして欲しい。状況次第では攻撃もしてもらうが、そこは自分を含めた仲間の防御を優先として臨機応変に頼む」
アルマエル「はっ、承知しました」
一人だけ顔を見せている先頭の1人が応える。
彼女は亀型亜龍の上嘴を使った盾と、ロックバイパーの歯を使ったジャベリンを持つ。
後ろの一団は武器は同じジャベリンだが、盾は金属光沢のラウンドシールドだ。
胸元は空いているが、亀型亜龍の角質甲板から削りだした胸骨が埋め込まれている。
また、機動力を多少犠牲にした代わりに魔法の出力重視のビルドにカスタマイズした。
強力な魔道防壁と、稲妻をまとったジャベリンの投擲攻撃が主な戦闘スキルとなる。
同様の召喚を開拓村側でも行う。
こちらの隊長はアルマエル’として亀型亜龍の下嘴を使った盾を装備している。
この盾はそれ自体が防具というよりは魔法の『発動体』としての意味合いが強い。
『賢者』の攻撃魔法に対して強力な魔道防壁で応じる事を期待している。
それ以外の100人は特別な素材は使っていないが、やはり魔道防壁を得意とする。
弥生と共に『賢者』以外の魔道師の攻撃や矢などから味方を守って欲しい。
残る主な素材は亜龍の爪が18本、大蜘蛛の挟角が1組2本、大蜘蛛の爪が24本か。
迎撃体制に万全を期するには出し惜しみをするべきでは無いのかも知れない。
だが、同クラス以上の素材が今後どの程度の頻度で獲得できるかは不透明だ。
近隣で数も取れるロックバイパーと比べて使い所がなかなかに悩ましい。
希少で強力な素材であるならば、ここよりメインダンジョンに回すべきだろうか?
一旦保留にして退路についても考えておく事にしよう。
相手がいる事、しかもそれが敵性勢力である以上、結果がどう転ぶかに絶対は無い。
しかも、敵の戦力について「すごく強い騎士と魔法使い」という程度しか情報が無いのだ。
俺自身は危なくなればメインダンジョンに瞬間移動できるが、他の住人達をどうするか。
第2の砦が突破されても、開拓村の前には第1の砦が残っている。
そこで時間を稼いでいる間に、住民達には避難をしてもらおう。だがどこに?
可能な限りは地下鉄で山脈の東駅に非難させ、社員寮を仮住まいにしてもらおう。
だが営業開始前なのもあって貨物車両が2両と観光車両が1両しかできていない。
非常時だしほんの数分の距離だから、貨物車両に押し込んでも文句は言われないだろう。
だが、どうせ必要になるだろうから、前倒しで一般客車も何両か作っておくかな?
それはやるとして、非常時の避難先である事を考えれば選択肢は複数合った方がいい。
地形的に鬼族の里に頼るか、山を越え谷を越えて更に山を登って狼人族を頼るかだな。
第2の砦が突破されるなら、俺の手に負えない相手である可能性もかなり高いだろう。
となると、他の勢力を頼るという選択肢も当然考慮に入れなければならない。
非常時にはうちの領民を避難民として受け入れてくれるように鬼族に頼んでみるか。
とりあえず、うちの領民の半年分程度の保存食を預けておく事にしよう。
向こうで食糧問題が起こった時には使っていい事にして、その分は後で補填してもらう。
また、保存食は定期的に納め、余りは古い分から向こうで好きにしていいとしておこう。
避難所は平時は向こうで好きに使ってもらい、有事の優先利用権を約束してもらう。
有事の優先利用権の対価として、保存食の提供だけでは弱いかな?
食料庫や避難所を新たに作ってもらう必要があるかもしれないしね。
それに今回のような状況なら鬼族の里が戦場になるリスクも負わせる事になる。
10町ラインの内側まで『領域』拡張できるなら避難所自体はこっちで作れるんだけどな。
とりあえずカシと相談して必要な対価について検討してみよう。
キャシー邸の改装も進めよう。
子供部屋についてはまだ構想が固まっていないが脱出路はすぐにでも作らないとね。
キャシーの寝室、執務室、脱衣所の3箇所に生体認証付の隠し扉を作っておく。
登録しておくのは現状ではキャシーとクリスの2人だけだ。
いずれはキャシーの娘とアイナも追加で登録しよう。
隠し通路の先には保存食などを常備するシェルターがある。
また、地下鉄西駅に通じる通路も作っておき、メインダンジョンへも逃げられる様にする。
隠し扉が作動した時は、ガーディアンも援護に向かわせる事にしよう。
追っ手が居るかもしれないし、一緒に逃げた使用人に内通者がいるかもしれない。
隠し扉を開けられるのはキャシー邸側からのみとし、隠し通路側からは操作不可にする。
また、隠し通路側からはキャシー邸の状況は音も映像も見えないようにしておこう。
これは侵入者対策であると同時に、脱出時の人質対策でもある。
非常時に部下や使用人たちが全員一緒に脱出できる保障は無い。
キャシーたちにそれを見捨てる判断を期待するのは酷だろう。
屋敷の使用人たちを全員脱出させたとしても、村人を人質にされる可能性もある。
緊急時に情に流されて判断が遅れれば、命取りになりかねない。
だからこそ、分からない、どうしようも無いと言う状況を敢えて作る。
残された者を見捨てる罪は、代わりに俺が負うしかないだろう。
少なくとも、賊の侵入を許したのは間違いなく俺なのだから。
さて、後は『経済特区』の住人達はどうするかな?
彼らは、商取引のための滞在を許している外国人で、その多くは王国臣民という事になる。
戦時の混乱の中で開拓村に招き入れるのはかなりの混乱とリスクを伴う事になるだろう。
こちらも切り捨てるしかないのか?
彼らは俺への忠誠と引き換えに庇護を受ける領民達とは違う。
第2の砦を守る所までは頑張るのだし、それ以上を求められる謂れは無いよな?
伯爵軍が掲げる大義名分が王国臣民の解放であるなら、ひどい扱いは受けないよな?
否、戦場の狂気の中で彼らの安全を期待するのは希望的観測が過ぎるか。
『魔族』と取引をした異端の徒がどういう扱いを受けるかは想像出来ない。
忠誠とは言わずとも多少なりと俺を信用してこの街で商売をしている者たちだ。
可能な限り守ってやるべきだろう。
だが、砦が破られた状況で俺に何ができる?
とりあえずはダンジョンの下層をシェルターとして提供し、時間を稼ぐか。
有事には戒厳令を敷き、砦がやばそうなら下層のシェルターに移動させよう。
ダンジョンの構造物は頑強で、攻撃魔法でもそうそう壊れる事はないらしい。
ならば、俺が地上で派手な魔法をぶちかましてもシェルターへの影響は小さいだろう。
せっかく作った花壇も駄目になってしまうが仕方が無い。
敵とはいえ可能な限り殺したくは無いがそれも仕方が無い。
その砦を踏み越えて来ると言うのならばお互いに覚悟を決めよう。
その時には、5000人の王国兵は俺の手で鏖殺する。




