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第115話 接収

()(がれ)時の薄闇の中を、3人の騎士が馬を走らせている。

先頭の騎士が掲げる旗には、1輪の薔薇とその下に蛇が描かれている。

場所はバルバス男爵邸に続くケリヨト地方の石畳の街道だ。

ただ、街道の周囲はぬかるみ、石畳も些か平坦さを失っている。


警備兵たちの注意が騎士たちに向かう隙を見て、俺の兵が距離を詰める。

雪風の夜目とエシャロットの耳で敵の数と位置を探り、情報を共有する。

多方向からの観測情報はダンジョンコアで集約され、立体的に位置を把握する。

相手が屋内でほぼ音だけが頼りだから、だいぶおぼろげな感じではあるけどね。


クリスからの情報では兵士は20人程らしいが、気配は屋敷と兵舎で計40人超。

非戦闘員の使用人が約20人、兵士が約20人といったところだろうか?

一応40人全員が兵士という可能性も頭に入れといたほうがいいだろう。

だが、とりあえずはクリスからの情報を基に状況を確認していく事にする。


本館周辺で警備に当たっている兵士が5人、兵舎には15人ほどの気配。

本館内部の20人超は屋敷の主たちと使用人たちということになるか。

屋敷内部の気配の内、10人ほどは端の1室に固まっている。

明日の早番が一足先に使用人部屋で休みを取っているのだろうか?

10人部屋にしては狭いようだが、下級メイドの扱いはこんな物なのかな?


対照的に兵舎は20人が使うにはやけに大きく、100人は寝れそうな規模だ。

本館から少し南東に離れた位置にあり、東側には柵と見張り台が設置されている。

2階建ての木造建築で、締め切られた窓も木製だから中を覗き見ることはできない。

おそらくは『魔界』からモンスターが溢れた時に対応するための拠点なのだろう。

だが、この様な立地では平時に常駐させられるのは20人程が限度という事かな?


こちらに気配を感じさせない手練が潜んでいる可能性も一応考えておくべきか。

だが、当然こちらも少し前から雪風たちにこの屋敷の監視をしてもらっている。

搬入されている物資、特に食料は確かに20人分程度に思えた。

水はけの悪い立地を考えれば、秘密の地下道があるという線も考えにくい。

兵数の誤差はたぶん多くて5人以内じゃないだろうか?


それに、今回は男爵邸本館を急襲する作戦だから兵舎とは直接ぶつからない。

敵兵が待ち構えていると分かっている場所にわざわざ兵を進めるのは避けたい事だ。

向こうだって立場上戦わないわけにも行かないだろうから死人が出る危険もある。

そちらは重要書類などはありそうも無いので、本館制圧後に包囲して降伏勧告しよう。

本丸と上官を押さえられた状態で多勢に無勢なら、さすがに降伏するだろう。


本館を速やかに制圧すれば、戦うのは本館周辺の5人だけで済むはずだ。

数の差で圧倒すれば、相手を殺さずに制圧することはおそらく可能。

こちらの作戦通りに事が運べば、無血制圧を実現できるだろう。


今回の戦闘には影響ないだろうが、西側の小屋から30人ほどの気配が感じられる。

だが、小屋は外側から鍵がかけられており、男爵邸へのアクセスも悪い。

おそらくは奴隷小屋か監獄で、男爵邸への道が悪いのは暴動を警戒しての事か?

念のため、制圧時にはそちらにもいくらか兵を向かわせる事にしよう。

あとはクリスとの打ち合わせ通り、騎士たちの合図を待って突入だ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


クリス「周辺貴族への根回しと書類の準備が整いました。いつでも行けます」

一樹「こちらも準備はできている。今夜にでも行くか」

クリス「承知しました。そのように手配しましょう」


俺たちがあの土地を制圧する正当性の根拠は、男爵家の血を継ぐアイナの存在。

もっとも、アイナが先々々代当主の実の娘だという物証は家紋入りの小物入れのみ。

それだって盗んだものとか偽造されたものとか言われれば反論は難しい。

だが、公爵家のことだから「証人」もしっかり用意しているのだろう。


それでなくとも、周辺貴族がそれを事実と承認すればそれは「事実」になる。

アイナが正当な血筋か否かは、彼らにとってはどうでもいい事なのだろう。

大事なのは、対立派閥の領地を自分たちの派閥に取り込めると言う事だ。


一樹「今更だが本当にいいのか?王国の国教はダンジョンは全て破壊しろと教えているのだろう?」

クリス「確かにそういう文言はあります。しかし、前後の文脈と併せて考えれば、『聖域』や王国臣民の脅威となるダンジョンは全て破壊しろ、と解釈すべきでしょう」

一樹「なるほど。だが、辺境の荒地とはいえ、王国の国土にダンジョンを作れば脅威と看做されるんじゃないか?」

クリス「そこは確かに危うい部分ではあります。しかし、一樹様がダンジョンに上下水道などを整備し、我々の住居や砦として提供してくださるなら、ダンジョンは須らく危険であり排除すべき物であるという過激派の主張への反証となるでしょう」


『魔族』が制御可能で利用価値のある存在だと思わせるというわけか。

少々癪に障る内容ではあるが、生存戦略としては確かに妥当な内容かもしれない。

『魔族』と人間族の共存という俺の目標にも適うものだ。


そしてなにより、アイナ自身の安全を確保するために必要な事だ。

砦の攻防で、バルバス男爵家の男はあらかた俺が殺してしまったらしい。

当代のバルバス男爵は3歳になる傍系の娘を婚約者とする入り婿だ。

直系の娘であるアイナの存在を知れば、何をしてくるか分からない。

そうなる前に、アイナに相応の地位と権力を与え、守りを固めなければ。


一樹「分かった。作戦は?」

クリス「お任せします」

一樹「え?」

クリス「一樹様にはあの地を制圧するだけの武力があるという事を内外に見せる必要がありますので、こちらから援軍は出せません」

一樹「なるほど、連携を気にしなくていいのは楽ではあるな」

クリス「ええ。公爵家からの通達は、この書状の到着を以って領主としての地位と権限を一樹様に移譲する、という内容です。後は屋敷も家財も好きにして頂いて構いません」

一樹「電撃的に制圧して、書類の類を押さえるんだったな」

クリス「はい。もし万が一、妙なものが出てきたなら、公爵家の使者が証人となってくれるでしょう」

一樹「承知した。なら、書状が現男爵に渡ったタイミングだけは教えて欲しい。何か合図を貰えるか?」

クリス「分かりました。伝えておきましょう」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


そんなやり取りをしたのが今朝の話だ。

公爵家の指定したタイミングで公爵家の指定した場所に兵を動かす。

これでは丸きり公爵家の手下だが、今はそれも生存戦略と思うことにしよう。

罠の可能性もふと頭を過ぎったが、現状でクリスたちとの関係は良好と思える。

周辺を入念に索敵しているが、伏兵らしき気配は見当たらない。


俺の兵力を見せ付ける為に援軍なしで制圧する必要があるという話だったか。

加えて、公爵の立場では兵を出し難いと言う側面もあるのかもしれない。

相手は対立派閥の所属とはいえ、名目上は一応ローゼンヴァルト公爵の配下だ。

そこに兵を差し向けるとなれば、事前も事後もいろいろと面倒が多いのだろう。


それでもいろいろと思う所が無くも無いが、今は目の前の戦いに集中しよう。

敵兵20に対してこちらは700人超、勝つだけなら単に囲んで降伏勧告すればいい。

だが、各種文書の押収もするとなると迅速な制圧が必要で、多少荒っぽくはなるか。

それでもできれば無血制圧したいから、物は壊れるが派手に踊りこむ事にしよう。

非戦闘員にまで怖い思いをさせちゃうのは申し訳ないけどね。


本館は建物の大きさの割には窓が少ないように見える。

こちらはガラス窓ではあるのだが、小さなくすんだガラス片を木枠で接いだ形だ。

キャシー邸は板ガラスだったから、王国にも板ガラスを作る技術はあるはずだけどな。

板ガラスは高価なのか?それとも継ぎ接ぎがお洒落なのか?或いは防御力強化の為?


一樹「なるみ、あの窓はシャルロットたちで蹴破れそうか?」

なるみ「だいじょうぶじゃないかな?特に分厚いわけでも無いし、魔力も感じないよ」

一樹「そうか、わかった」

なるみ「不安ならウィセルさんに行ってもらおうか?」

一樹「それも選択肢に入れておくが、まずはシャルロットたちで試してみよう。窓を破るにはウィセルのほうが確実なんだろうが、今回は無血制圧を目標にしたいからな」

なるみ「あー、ウィセルさんだと攻撃力高すぎて中の人まで潰しちゃいそうだもんね」

一樹「そういうことだ。一応、シャルロットが蹴破れなかった時のために準備はしておいてくれ」

なるみ「あいさー」


使者に付き添っていた騎士が靴の擦れを直す為に上体を傾けると、旗が左右に動いた。

第2の砦のスロープ下に待機していた200人の剣士達が松明を掲げて一斉に走り出す。

ウィセルに抱えられた忍者たちが屋上に降下し、屋根に鉤爪をかけて2階の窓を蹴破る。

薄闇の中から飛来した硬質ゴムの縄分銅が見張りの兵たちに絡み付いていく。

屋敷の背後から、ウィセルが裏の扉を破る轟音が響いた。


ジュリエッタたちが柵を越えて殺到し、1階の窓を蹴破って突入する。

メイドさんたちの悲鳴と、兵舎で連打される鐘の音が鳴り響いた。

シャルロットとジュリエッタたちが迅速に屋敷内を制圧していく。

俺はウィセルとサジタエルを背後に控えさせ、男爵邸の中庭に降り立つ。


一樹「お初にお目にかかる。新領主の一樹だ」

バルバス「魔族だと!?ローゼンヴァルト公爵閣下はご乱心か!」

一樹「公爵閣下の正気を疑うのか?ならば俺に聞くより直接問い質して見ては如何かな?」

バルバス「使者殿!見るがいい!この狼藉をどう思われるのか?」

使者「屋敷の所有権は既に一樹様に移っております。どのように扱おうと責める筋合いはありません」

バルバス「おのれ、これが魔族のやり方か?蛮族めが!」

一樹「蛮族ね。乱暴なのは否定しないが、お前たちに言われるのは心外だな。手続きを踏み、死者も出していない。魔界を侵そうとする者たちよりは遥かに紳士的じゃないか」

兵士「報告します!え?あ、魔族!?」

バルバス「魔族の侵入なら既に承知している。早急に排除せよ!」

兵士「え、いや、しかし・・・」


報告に来た兵士が無茶な命令にうろたえる。

縛られて転がっている同僚、『魔族』を前に抜剣する素振りも見せない王国騎士。

戦力差が大きい事に加えて、状況も掴み難く、判断が鈍るのも仕方のない事だ。


一樹「そう焦る事もあるまい。報告があるようだからまずは聞いてみてはどうだ?」

バルバス「・・・話せ」

兵士「はい。魔界より軍勢が押し寄せております」

バルバス「知っておるわ!」

兵士「あ、はい。この場の兵とは別の部隊です。数はおそらく500程かと」

バルバス「500だと!?」

一樹「そう驚くほどの数でも無いだろう。少し前にバルバス男爵家が鬼族の里に侵攻した時の兵力もそんなものだったな」


砦からこちらに向かっているのは剣士200人のはずだ。

薄闇と恐怖心、屋敷の騒ぎなどが脅威を大きく誤認させたのだろう。

それとも忍者たちの気配を察知した者がいたのかな?


一樹「ところで、先ほど物騒な言葉が聞こえたようだったが気のせいかな?まさか公爵家からの書状を読んだ上であのような指示を出す筈もないし、俺の聞き違いだとは思うが」

バルバス「ふん、この場はひとまず公爵閣下のご命令に従おう。だが命令の内容次第では意見を具申するのも臣下の勤め。持ち帰って検討させて頂く」

一樹「結構。バルバス男爵家当主不在の間の領主代行ご苦労であった。男爵家所有の物についてはアイナ嬢に代わり俺が預かる。私物のみをまとめてここを出る用意をしろ」

バルバス「私は公爵閣下に従うのだ。貴様に指示を受ける謂れは無い」

一樹「やる事が同じならどっちでもいいさ」

バルバス「聞いていたな?荷物をまとめろ」

メイド「は、はい」


バルバスが玄関ホールに集められていた使用人に声をかける。

突入した紺色タイツのジュリエッタが1人付き添って行った。


一樹「聞いての通り、ここに向かっているのはこの地の新しい駐屯兵だ。抵抗せず速やかに兵舎を明け渡すように」

兵士「はい・・・了解しました」

一樹「戻って他の兵士にも伝えろ。男爵家から支給された装備一式は置いて、私物のみまとめて撤収準備をしろとな」

兵士「はっ」


伝令にやってきた兵士は戸惑いつつも兵舎に戻っていく。

念のために機動隊使用の忍者30人を同行させる。

直接戦闘は得意では無いが、倍の人数ならなんとかなるだろう。

それに、兵力差を見せ付けておけば戦闘自体起きない事も期待できる。


バルバス「これで勝った気になるなよ。領主の地位は王国貴族が担うべきものだ。仮にその娘が本物だとしても、魔族なんぞが名乗っていい物ではない」

一樹「どうかな?治められる側の領民はそうは思わないんじゃないか?」

ジュリエッタ''「ご主人様!こんな物を見つけました!」


警官風の制服に身を包んだジュリエッタが羊皮紙の束を持ってくる。

クリスの言っていた「真面目な役人」の置き土産か。


一樹「なんだ?領民からの陳情の覚書か・・・・ふむ、未対応のものが随分と多いな」

使者「半年前に、これは1年以上前ですか。バルバス男爵家が領民の陳情に対応していないという噂は公爵家の耳にも届いていましたが、どうやら事実だったようですね。領内の問題に対応できていないという事では、怠慢または統治能力の欠如が疑われますね」

バルバス「待ってください。そんな陳情書は知りません。魔族の奸計です。捏造に違いありません」

一樹「その疑念はもっともだな。だが、幸いにも担当者のサインも入っているようだ。これは公爵家の使者殿に預けて、真贋を判別していただこうではないか」

使者「なるほど、承知しました」


状況的に使者はどう見てもこちら寄り、真偽はどうあれ判別結果は明らかだ。

だが公爵家の下した真贋判定となれば、男爵家が疑義を挟むのはやり難いだろう。

我ながら嫌らしいやり口ではあるが、ここはとことん虎の威を借るとしよう。


バルバス「仮にそれが本物だとしても、私の着任前の事です。私が責められる謂れはありません」

使者「私は裁定を下す立場ではありません。ただ、一族の功罪に併せて責任を持つのが家名を継ぐと言う事でしょう。貴殿も王国貴族を名乗るならばご承知の筈ですね」

バルバス「なるほど。それでは、その責は以後はそこの魔族が負うと言うわけですね」

使者「そうなるでしょうね。ですが、貴殿が着任してから既に半年ほどが経っています。一樹様にも同程度の猶予が与えられるべきでしょう」

一樹「家名を継ぐかはともかく、領民の陳情には対応しましょう。使者殿、お預けする前に写しを取らせて頂いてもよろしいですか?」

使者「確かに必要ですね。承知しました」


バルバス男爵家の家名を継ぐ気はないんだけどね。

アイナが大きくなったら、彼女が選んだ男に男爵家は継いでもらおう。

俺は魔力の供給源と引き換えにインフラを提供し、裏の権力者になる。


バルバス「お待ちください!それでは陳情書に細工をされる惧れがあります。陳情書の真贋鑑定の信憑性に問題が出るのではありませんか?」

一樹「気になるなら使者殿と一緒にお前も立ち会うといい。幸い記憶力のいい部下がいるからな。そいつに一通り見せるだけだからそう時間はかからんぞ?」

バルバス「随分と準備のいい事だな」

一樹「領主の業務を引き継ごうというのだ。文官の1人や2人は連れて来て当然だろう?使者殿にお預けする覚書以外も、書籍や書類の類はすべてこちらに引き渡してもらうぞ」

バルバス「好きにしろ」


納得したわけでは無い様だが、この場は抗うだけ無駄と悟ったようだ。

まあ、後からなんだかんだといちゃもんをつけては来るんだろうけどね。

その辺はアウラエルやクリスと相談しつつ頑張って対応していくにしよう。


2人のウィセルに抱えられた司書子5号がスカートをはためかせながら降り立つ。

バルバスも無理にでも立ち合わせて、陳情の覚書に目を通して行って貰う。

それはそうと、空輸任務を得意とするガーディアンも作ったほうがいいかな?

ウィセルが戦闘と兼務というのはいつか無理が来そうだし、輸送力も低いようだ。


続けて銀の縁取りの純白のシルクに身を包んだ文月達も降下してくる。

彼女らには使用人たちからの各種聞き取りを担当してもらう。

ジュリエッタ達の捜索と併せて、文書の類は残らず回収しよう。

その辺りは文月たちに任せるとして、気になるのが奴隷小屋だ。

念のためジェシカたちの到着を待ち、包囲してから扉の鍵を破壊した。


男1「ひぃぃっ!ま、魔族!」

男2「魔族?ああ、よく見れば角がないのう」

一樹「この地を預かる事になった一樹という。状況から察するにお前たちは奴隷ということでいいのか?」

男2「そうらしいの。では、ゴシュジンサマとでもお呼びすればいいのかの?」

一樹「それについてはそちらの状況とこちらの条件をお互い確認した上で選んでもらおう」

男2「選ぶ?ではひとまず話を聞かせてもらおうかの。わしの名はガブロ。見ての通りのドワーフじゃ」


最初にわめき声を上げたのは人間族らしき男だ。

他はずんぐり体型のドワーフ族っぽい男を中心とする30人ほどの奴隷達だった。

ドワーフの国は大陸南部に在り、人間族の王国の南部と国境を接しているらしい。

彼らは国境近くの住民で、国境紛争の際に捕らえられ『賠償奴隷』にされたそうだ。


ここは数年前までは林業が盛んだった場所で、『魔界』への進出予定もあった筈だ。

そのため、手先が器用なドワーフ族の奴隷を木工職人として連れて来たのだろう。

ただ、鍛冶屋も石工も革職人も一緒くたに木工職人として働かされていたらしい。

奴隷という身分より、本来の技能を活かせない待遇に不満があったように見える。


ドワーフ族の女達が人質として屋敷に囚われているらしいので確認しに行く。

小部屋に押し込められていた10人ほどがその人質だったらしい。

見た目は10歳前後の少女なので、てっきりメイド見習いの人間族かと思っていた。

背丈は低く男たちと対照的に体も細いが、顔つきはよく見れば大人っぽい・・かな?


ガブロ「女たちの解放、礼を言うぞ。こちらに選ばせるという話、本気のようじゃな」

一樹「ああ、もちろんだ。一応言っておくが、『賠償奴隷』の話が本当ならの話だぞ」

ガブロ「それなら心配無用じゃ。それにしても、北方の魔族は本当に黒髪黒目なんじゃな」

一樹「南方は違うのか?」

ガブロ「わしは直接見た事は無いが、こっちの伝承に拠れば金髪碧眼で見た目では人間族と区別がつかんと聞いている。お前さんの事は鬼族かと思ったわい」

一樹「なるほどな」


シュバルツも金髪の転生者を見た事があると言っていたな。

ガブロ達が俺を見て動揺しなかったのは、彼らの知る『魔族』像と違っていたからか。

俺の見た目は、角が無い事と背丈が少し低い事を除けば鬼族とそう変わらないしね。


俺は奴隷達に3つの選択肢を提示した。

1つはこのまま現、いや元バルバス男爵の奴隷として彼について行く事。

2つ目は俺の領民となって開拓村や『経済特区』で働く事。

3つ目はここを出て自力で故郷を目指す事だ。


もっとも、3つ目はあまり現実的な選択肢とは言えないだろう。

王国の法の下では、彼らは逃亡奴隷という立場になる。

俺の領を出た後、故郷までの関所を無事に通れるとは思えない。

実質的に俺につくか奴についていくかの2択だ。


俺につく場合、俺の領内に限っては基本的に一般の市民と同様の扱いにする。

ただ、当面の生活の面倒は見るが自分で仕事を探して働いてもらう事になる。

リサイクルセンターや学校、職業訓練所の仕事なら紹介できるかもしれない。

条件次第では開業資金の低金利融資をする事も提案しておいた。


開拓村には踊り手と農夫以外には専門的な技能を持つ住民は少ない。

『経済特区』には人間族の職人はいるが、俺に忠誠を誓っているわけでは無い。

技術開発の中枢にいる者は、口約束ではあっても俺の味方であって欲しい。

技能と忠誠を併せ持つ者ならば、俺の領内の職人ギルドも任せたい。


ほぼ全員のドワーフが俺の領へ来る事に同意した。

ただ、俺への忠誠については保留で、『経済特区』で出稼ぎ労働者の扱いとなった。

この状況で即決しろというのは無理があるだろうし、来てくれるだけ上々だろう。

ただ、こちらも低金利融資の話は引っ込め、就職先の斡旋に留める事にする。


奴隷になった経緯については念のため『特別審問官』の文月の聴取に応じてもらう。

一緒に居た人間族の『犯罪奴隷』と『借金奴隷』はバルバスと一緒にお帰り頂こう。

親に売られたというメイド見習いは、法的には同じく『借金奴隷』だが引き取った。


ジェシカ''「一樹様、兵舎の制圧完了しました」

一樹「ご苦労。武器になりそうなものを一通り取り上げたら、奴らには荷物をまとめて明日まで休むよう指示してくれ」

ジェシカ''「はっ!」


さて、今回の奴隷開放についてはどんな反応になるのかな?

開拓村と『経済特区』に関しては俺と王国が双方とも領有を主張している地域だ。

俺は「あそこは魔族の土地」という立場だから、あそこなら自領内の事と主張できる。

王国が認めるか否かは別だけどね。


だが、ここは一時的に預かるとはいえ王国の領土だ。

王国の法に従い、奴隷達はバルバスの所有物として扱うのが筋なのかもしれない。

それでも不当に奴隷身分に落とされている人間を見過ごすのは出来る限り避けたい。


今回はクリスと相談し、俺に移譲される資産に奴隷を含める命令書にしてもらった。

その上で俺が認めたものに関してはバルバスの持ち出しを許す、という形だ。

一部の奴隷を返す事で、王国の法とバルバスの財産権を尊重する姿勢をいくらか示す。

向こうが納得するかはともかく、一応これで法的には問題ないはず。


文月''「猊下、私有財産を除く文書、貴金属、美術品、魔道具の回収について、彼らの認識する限りに於いては完了しました」

シャルロット''「ご主人様、隠し部屋や隠し通路はもう無さそうですにゃ」

一樹「ご苦労だった。今すぐ出て行けというのも酷だから、風を通さないように窓と扉を簡単に塞いでくれ。それで不満を言うようなら兵舎のベッドを使わせろ」

シェルロット''「了解ですにゃー」

一樹「文月は使用人と兵達について、ここに残りたいかバルバスに付いていきたいか確認してくれ。スパイになる可能性を考えれば全員バルバスに押し付けたい所だが、路頭に迷われても寝覚めが悪い」

文月''「仰せのままに」


ドワーフ族の女達と例のメイド見習いは一足先にウィセルに『経済特区』に送って貰う。

ドワーフ族は夜目も効くらしく、男達も荷物をまとめてすぐに移動することになった。

モンスターなどは出ないと思うが、念のためエイミーたちを護衛につけることにする。


一樹の声「夜分遅くに失礼する。ケリヨト地方の住民に告げる。俺はこの地を預かることになった一樹という」


この地に3つある小さな集落に、それぞれ単機能ゴーレムが現れて俺の声を伝える。


一樹の声「領主交代はここ半年ほどで4回目、またかと思うだろうが今回は大きな変化になるだろう。なぜなら、俺はお前達人間族が言う所の『魔族』だからだ」


俺の言葉が住民達に浸透するように、ここでしばしの間を取る。


一樹の声「もし『魔族』の支配を受け入れられないなら、出て行く事を止めるつもりは無い。南に行けばシュテッヒパルメ子爵領、西へ行けばヘーゼルホーヘン伯爵領だ。向こうが受け入れてくれるかは知らないが、どちらでも好きな方へ行くといい。特に大麻、煙草、阿片などを常用している者には他領への移住を強く勧める。俺の統治下ではそれらの所持、使用は厳罰対象となる。特に、他者への移譲は有償無償を問わず死罰とする。明日の日の出以降、使用は全面禁止とする。所持と移譲については3日間の猶予を与えるのでその間に処分しておくように」


これについては開拓村や『経済特区』と同様の規定になる。


一樹の声「次の大きな違いは樹の伐採についてだ。この地は林業で賑わっていたと聞くが、現状は知っての通り、過度の伐採により沼のような荒地が広がるばかりだ。森を再生し、再び林業で生活できるような環境に戻したいが、それには100年ほどはかかるだろう。今後、この地の森は俺の管理化におき、樹の伐採については原則禁止で個別の許可制とする。樵などの多くはこの地での職を失うことになるだろう。この地で別の仕事を探すか、他の地に職を求めるか、その点もよく検討するように」


バルバス男爵領の東方拡大が実現していれば樵の需要は大きかっただろう。

それを見越して寄って来た、或いは呼び寄せられた者も多いのかもしれない。

だが彼らの目論見が外れた今、俺の行動に関わらず樵達は失職する事になる。


一樹の声「後はゴミの扱いなどについて細かい規則が増えたりするが、細々とした変更点は追って知らせよう。差し当たり大きな変更点は3つ。領主がお前たちが言うところの『魔族』になること、煙草などの依存性薬物の所持などが厳罰化されること、そして樹の伐採が原則禁止になることだ。これらを踏まえ、この地に残って俺に従って生きるか、他の領に移住するかを決断せよ。この地に残る場合、1週間以内に川の東側にある砦で住民登録を済ますように。また、中洲部分については拠点の建設と森林再生の為、当面の間は居住ができなくなる。同じく東側の砦で『経済特区』への滞在手続きを行い、そこで住処と仕事を探すように。区役所で仲介をしているから利用するといい」


バルバス男爵領は中州部分の他に北側に1つだけ小さな村がある。

前に山賊退治の要請をしてきた村だが、そこは当面は残してもいいかな。

だが、中州部分は沼のような荒地でもはや人が住める状況ではない。

強制移住は気が進まないが、雨天時の水害も怖いし、一度は移って貰おう。


一樹の声「急な変更で戸惑うことも多いと思う。だが、秩序を守り、真面目に働く者であれば俺たちは歓迎する。住民たちが飢えや危険に悩まされる事が無いように俺も力を尽くすつもりだ。また、先ほども伝えた通り、不安や不満がある者が出て行く事を止めるつもりもない。後悔の無い様に、今後の身の振り方を自身でしっかりと考えてほしい」


さて、ここの住民たちはどういう決断をするのだろうか?

正直を言えば、ほとんどが出て行ってくれた方が有難い。

必要なのは領主(代行)の権限と土地であって街としての賑わいは重要ではない。

ダンジョンを街として提供する約束はしたが、負荷は出来れば少ないほうがいい。

それにおそらく住民の多くは木材の大量出荷を想定して集められた労働者たちだ。

今後、この地にそういった労働者の居場所は多くは無いだろう。


なるみ「とりあえず制圧完了だね。『領域』は増えたけど、ほとんど荒地だから魔力収支的には大赤字だけどねー」

一樹「そうだな。ま、頑張って緑化していくさ」

なるみ「うん、頑張ろうね!それに、他にも収穫があったんだよ」

一樹「なんだ?」

なるみ「じゃじゃーん!ドワーフ族の女の子のぱんつコレクション!」

一樹「えーと、これはどういうことだ?」

なるみ「見てよこれ!縫製もしっかりしてるし、クロッチの裏地も丁寧に仕上げてある。それに表の刺繍がきれいなんだよねー」


クロッチの裏地??よく分からんが、おそらく着心地がいいという事だろう。

刺繍は確かになかなか精緻な模様が縫い込まれているようだ。


なるみ「表立って着飾ると目をつけられるから、下着でこっそりお洒落してたんだって。どんな状況でもやっぱりかわいいものって欲しいもんね!」

一樹「念のため聞いておくが、盗んではいないよな?」

なるみ「だいじょーぶ!今回はちゃんと買い取ったよ。なるみの作ったぱんつと交換してもらったのもあるけどね」

一樹「それなら大丈夫か」


奴隷という境遇に在りながら密かに施した刺繍か。

ならば歴史的資料として博物館においておくのもいいかもしれない。

いや、奴隷は現在も広く普及している制度なんだっけ?

展示は女奴隷に対する下着チェックの口実を与える事になるかな?


なるみ「ねね、この中だとどれがかずきおにぃちゃんの好み?」

一樹「そうだな・・・このカスミソウっぽいのはいいな」

なるみ「いいね!ぱっと見は普通のぱんつなんだけど、よく見るとかわいいしきれいだよねー。これはプリントぱんつだと色がつぶれちゃって再現は難しいかな」

一樹「彼女らは針子として即戦力になりそうだな。これとは別に縫製クラスで展示するサンプルの作成を依頼してみるか。講師をお願いしてもいいな」

なるみ「うんうん、これならいいお手本になりそうだよね」


展示品は俺からの依頼として下着も上着も一式まとめて作ってもらおう。

それなら、奴隷身分にあるドワーフたちの下着と繋げられる事はないだろう。

このパンツはいつか王国の奴隷制度を廃絶できる日まで博物館に秘蔵する。


一樹「ドワーフ族の男たちもこっちに向かっているが、ドワーフ族の職人ってのはやっぱり腕がいいのか?」

なるみ「んー?どうだったかな?いいって聞いた様な気はする。この刺繍から考えると期待できそうだよね」

一樹「そうか。とりあえず今夜は風呂に入って寝てもらって、明日以降に技能の聞き取りと職場の斡旋を進めるかな」

なるみ「あーい」


なるみは黒曜さんの相棒だった母親の記憶を微かに受け継いでいるんだったか。

ドワーフ族の国は猫人族の国より更に南らしいから、接点が少なかったのだろう。

あとでアウラエルに聞くか、彼らに実演してもらうほうが話が速そうだ。


召喚アプリでアーマードオークを2000体召喚してケリヨト地方の西に並べた。

バルバスたちの資産持ち出しや、ヘーゼルホーヘン領からの出兵を警戒したものだ。

併せて、この地から連れ出される奴隷たちについても確認を進めていく事にしよう。

兜で顔を隠したオークたちは、傍目にはがっちり体型の人間の重装歩兵に見える。

2000人の兵に囲まれた状態なら、変に逆らって騒ぐ者も少ないはずだ。


戦争による『賠償奴隷』や親に売られた『借金奴隷』は一度こちらで預かる。

当人が今の主人と共に行く事を望まないなら、この地で自由市民として扱おう。

バルバス所有の奴隷没収については法的根拠を公爵家にお膳立てしてもらった。

だが、商人や豪農などが所有する奴隷については取り上げる理由をどうするかな?

所有者が誘拐犯なら話が早いが、おそらくは合法的に購入した者が殆どだろう。


奴隷身分とする根拠に疑義があるとして強制執行にするか。

癪に障りはするが、所有者には相場の6~8割程度の補償金を渡すことにしよう。

その代わり、成人奴隷の解放は俺への忠誠を交換条件とする。

未成年については保留も可とし、せいぜいここを気に入って貰えるように頑張ろう。

奴隷になった経緯と入手経路の確認については文月にもうしばらく頑張って貰うか。


さて、俺はこれからアイナの婚約者としてこの地の領主代行を務める事になる。

婚約者といってもアイナはまだ0歳児、当面の間ここは公爵家の監督下に入る。

婚約自体も暫定的なもので、俺の立場は名誉男爵という事になるらしい。

といっても、実務は今までどおりクリス率いる文官たちにやって貰うんだけどね。

違うのは、この地の領主代行という立場に限っては、俺は公爵の配下になるという事。


王国内部的にはクリスが代官を務める公爵家直轄区が拡大されたような感じか。

それに加えて、限定的とはいえ俺が公爵家の配下になるのはどうにも危ういよな。

『魔族』として領有を主張している開拓村まで王国に飲み込まれかねない。

これでは領地を接収したのやらされたのやら分からないな。


だが、放置しておけばこの地は様々な問題を抱える事になっただろう。

シェリーたちの『ギルド』から情報を集めた限り、住民達の状況はよろしくない。

東への領土拡大を期待して集められた労働者達は、既に殆どが失職しているときく。

沼のような土地では作物は育て難く、冬に向けての供えも覚束ない状況だという。

加えて過度に湿気の多い場所は疫病の心配もあるし、地形的に水害も怖い。


大きな中州のようなこの地は水はけが悪く、人が住むには向かない場所だ。

開拓村が奴らに占領されれば中州は中継点になるだろうが、それを許すつもりは無い。

俺が防戦を続け伯爵家が侵攻を諦めれば、林業もできなくなったこの地は放棄される。

だが、それまでに戦闘や飢え、疫病、水害でどれほどの被害がでるのか。

山賊騒ぎで助けを求めてきた村の住民も、俺の統治を望んでいるらしい。


といっても、この土地の接収の理由はそんな仏心ばかりでもない。

人が住めず、いずれは放棄される土地であるならば俺が活用させて貰おう。

緑化を進めれば魔力の供給源になるし、対伯爵領の緩衝地帯にもなる。

次に攻めてきた時の前線を、開拓村や『経済特区』から少しは離せるだろう。


加えて、抑止力としての反攻作戦という意味合いもある。

攻められるのをただ耐え凌ぐだけでは、敵の上層部は危機感を持たないだろう。

攻撃するなら反撃されるリスクもあるという事をしっかり認識して貰おう。

まあ、子供っぽい意趣返し的な感情もあるのかもしれないけどね。


ともあれ、これで俺はこの地の暫定領主という事になった。

それと引き換えに、ダンジョンを住居やインフラとして提供する事になっている。

当面は魔力収支は赤字になるが、この面積なら緑化を進めれば黒字化できるだろう。

手間はかかるが、飽和状態の山脈内で『領域』を奪い合うよりはむしろ効率的だ。


アイナの成人までには婚約を破棄し、彼女が選んだ相手に領主の座を譲ろう。

それでもインフラをこちらが握っている以上、俺の権力を完全に排除はできない筈。

向こうが裏切るなら、こちらは街となっているサブダンジョンを廃棄する事もできる。

その意味では、公爵家に対する緩衝地帯でもあると言えなくもないのかな?


現状ではクリスやキャシーとの関係は良好であるように思える。

ローゼンヴァルト公爵の裏切りを心配するのは考えすぎかもしれないけどね。

魔力の供給源と引き換えにインフラを提供するという互恵関係が続くのが一番だ。

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