第114話 狩り
川を挟んで山脈の西側、ケリヨト地方と呼ばれる巨大な中州に『根』を伸ばす。
秘密裏の停戦協定で王国領への『領域』拡張は遠慮していたが事情が変わった。
アイナの為に、バルバス男爵に代わって俺がこの地の領主となるのだ。
ガーディアンが活動できるよう、地上の制圧に先立って地下を抑えておく。
男爵邸のある小さな丘以外では、この地に樹木はあまり残されていない。
『領域』に収めても魔力の供給源としてはあまり期待できない土地だ。
『根』の維持コストで当面は赤字になりそうだが、頑張って緑化していこう。
地上の制圧は公爵家から男爵家への通達と時機を合わせる必要がある。
だが、幅10km程の巨大な中洲に『根』を伸ばしきるのには少々時間がかかる。
速やかな制圧の為に『領域』拡張は通達に先立って始めておかなければならない。
開拓村の司祭のように勘のいい者には気づかれてしまうだろうが仕方ないよな。
せめて男爵邸から遠い中州の南端と北端から包み込むように『根』を伸ばそう。
公爵家の通達を待つ間に制圧とその後の統治に必要な戦力を準備するとしよう。
まずは雪風を50人、これで彼女の分身は1000体近くになってしまった。
最後の分身の識別名は雪風990、雪風はもうこれ以上召喚できないかな。
俺もシュバルツみたいに4桁にしておくべきだったか?
今からでも4桁以上に変更はできるのだろうが、今やる必要は無いか。
雪風は隠密部隊だから、偵察と侵入者の抹殺が主な任務になっている。
男爵邸には普通の使用人もいるだろうから、今回は直接の出番は無い、
ひとまずケリヨト地方での代表として雪風''を召喚するに留めよう。
直接制圧に当たるのは警備隊として働いている忍者達にしよう。
ジュリエッタとシャルロットをそれぞれ101人召喚する。
1人は警察っぽい紺の制服、あとの100人は全身タイツの機動隊仕様だ。
後で私服巡回の警邏隊も追加してケリヨト市の治安維持部隊になってもらう。
さらにウィセルとサジタエルもそれぞれ101人召喚する。
拠点は開拓村の警察署になるが、今回は空から制圧を援護して貰う。
ケリヨト市に配置する天使部隊も後でまた追加で召喚しよう。
ついでに奴隷や文書関係の確認の為に文月も21人召喚しておこう。
『経済特区』の分を動員する予定だったが、どうせケリヨト統治でも必要になる。
加えてジェシカとエイミーもそれぞれ101人召喚だ。
それぞれ1人目は普通の麻服と革鎧でケリヨト市駐留部隊の隊長になって貰う。
残りの100人はいつものビキニアーマーで、制圧後はそこの防衛を担当する。
彼女らの動きは気取られやすいから、忍者と天使部隊の制圧後に合流して貰おう。
ちょっときついかも知れないが、走ればおそらく20~30分位で到着できる。
雪風「一樹様、『ゴブリンダンジョン』に接近する冒険者らしきパーティーを確認しました」
一樹「どんなやつらだ?」
いつの間にか現れた雪風が報告を始める。
冒険者の侵入自体は別に珍しい事では無い。
接近時点で報告に来たという事はどこか普通ではないのだろう。
雪風「5人組ですが、装備の質と物腰から察するにそこそこの手練れかと」
一樹「ミスリルか?」
雪風「はい」
一樹「分かった。行こう」
ミスリル装備の侵入者は殲滅すると決めている。
高価な装備を用意できるような高レベル冒険者に何度も侵入されてはかなわない。
遠からずこちらの用意した防備に対応され、いずれ踏破されてしまうだろう。
可能な限り初見で殲滅しなければ、こちらの命が危うくなる。
加えて、希少金属を奪う事でこちらの防備を強化したい目論見もある。
追い剥ぎの様な振る舞いに抵抗はあるが、相手は武器を掲げた侵入者だ。
押し入って来た武装強盗にこちらの非道を責められる謂れは無い。
雪風「お待ちください。今回の相手は少々手強そうです。しばらく様子を見て機を覗うのがよろしいかと存じます」
一樹「『聖騎士』と比べてどうだ?」
雪風「さすがに『聖騎士』には遠く及ばないでしょうが、わざわざ万全の敵を相手にする必要も無いでしょう」
一樹「確かにそうだな。対応のタイミングは任せる。俺の出番が近くなったら教えてくれ」
雪風「承知しました」
俺たちの身を守るためのダンジョンなのだからちゃんと活用しないとな。
ボス部屋で待ち伏せ、侵入後に追跡して不意打ちや挟撃、帰路を狙っての襲撃。
ダンジョンを利用して戦いに有利な状況を作る方法はいろいろとあるだろう。
ゲームでも試合でもなく、増してや防衛側ならあらゆる手段を講じなければな。
さて、侵入者についてはひとまず雪風に任せ、新しいタイプの忍者を召喚しよう。
雪風の分身のナンバーが埋まってしまったから、新たな隠密部隊を作りたい。
目のいい猫耳タイプと鼻のいい犬耳タイプが居るから、次は聴覚重視にしよう。
いつものように中空に無数の光の繭が浮かび上がる。
その1つ1つに、大きなうさ耳と深緑の髪の女の裸身が現れる。
大きなおっぱいを見せ付けるように半回転しながら、胸元に虹色の光が走る。
本体である先頭の1人の胸に現れたのははライムグリーンのスポーツブラだ。
後ろの分身たちの物は形は同じだが、濃緑色で目の大きな網状になっている。
続けて引き締まったお尻を見せ付けるように回りながら腰周りに虹色の光。
本体にはライムグリーンのパンツ、分身たちは小さな紐パンとガーターベルト。
最後に全身を虹色の光が包んで衣装を完成させた。
真っ黒の如何にもな忍者装束に身を包んだ先頭の1人だけが顔を見せている。
後ろの分身達は濃緑色の小袖を更に小さくした物にスリットが深く入っている。
代わりに手足は濃緑色の長手袋と網タイツで覆われ、遠目には目立たないだろう。
腰には縄分銅と短刀を収めるウエストポーチ、太腿には投擲用のナイフホルダー。
おっぱいとお尻はちらちら見えそうだが、顔はゴーグルとマスクで隠している。
一樹「名前はエシャロットにしよう。谷の入り口の砦を拠点にしてくれ。その耳に期待している」
エシャロット「はい!お任せください」
総勢約770人、屋敷1つの制圧には過剰な戦力かもな。
けど、制圧後は防衛や治安維持に当たって貰うから無駄になる事はないだろう。
それに、戦力差が圧倒的なら相手も無駄に抵抗しようとはしないはずだ。
ちょっとやり過ぎな位の方が、双方共に死人が出るリスクは減らせるだろう。
将来の防備と統治の人員はともかく、制圧戦力はおそらくこれで十分かな?
あとはクリスの合図を待つばかりなので、しばらくはいつも通りの仕事をしよう。
開拓村北部の大農園予定地では例によって俺は抜根の担当だ。
ただ、最近は兎人族の男達の間で単独抜根チャレンジが流行り出したようだ。
といっても、豊富な魔力供給源のある俺と違っていきなり引っこ抜くのは無理だ。
猛烈な勢いで周囲を掘り起こし、頑張って根を引き抜いている。
毎日数十本の切り株を一人で引き抜いている俺は目立ちすぎてしまったようだ。
兎人族の女たちは特定の番を持たず、子を作るときはその都度相手を選ぶ。
その際の評価基準で特に大きな物が強さ、勤勉さ、美しさであるそうだ。
抜根作業に勤しむ俺の姿は御眼鏡に適ったらしく、彼女らの求愛が後を絶たない。
兎人族の男たちとしては、女達の関心を取り戻したいということだろう。
作業効率を考えれば、抜根は俺に任せて段々畑の石垣や水路の整備をやって欲しい。
抜根作業は『魔力パス』の強化訓練でもあるから、独占したい気持ちもある。
だが、それで兎人族の男女のマッチングに支障が出るなら幾らか任せるべきかな?
俺の怪力はダンジョンの魔力に依存するもので、遺伝的素質では無いからね。
それに抜根作業の技術を兎人族の子供達に継承していく意味合いもあるのだろう。
俺は力任せに引き抜いているが、本来は家畜や梃子などを駆使してやるものだ。
作業効率は落ちてしまうが、現状でこれ以上の開墾を急ぐ必要は無い。
『魔力パス』の強化方法は別に考えるとして、抜根作業は一部を彼らに任せよう。
俺にばかり女が集まるのはいい状態ではないし、男達の反感を買う可能性もある。
ただ、彼らの姿が兎人族の女達にどう映っているかは気になる所ではあるな。
同じ作業をするとなると、俺との差がむしろ際立って見えてしまうだろう。
それに、仕事では自他の適正を見極め、適材適所の役割分担をする事が大切だ。
俺に張り合って作業効率を落とす男たちは、女達にどう評価されるのだろう?
まあ、そこも含めて兎人族たち自身に任せるとするか。
『経済特区』の方に目を向けると、こちらは経済活動が少し鈍化している様子だ。
商人の出入りはあるものの、納品と仕入れを手早く済ませて1~2泊で出て行く。
開戦前夜という程ではないが、きな臭い空気が滞在時間を短縮させているのだろう。
その分、ホテルや飲食店の売り上げが減り、税収も少しばかり減少傾向にある。
実際、ケリヨト地方の制圧で武力衝突が起こる可能性はかなり高いだろう。
戦禍を避けたい人間たちを無理に引き止めたり呼び寄せたりする訳にもいかない。
それに、街の賑わい具合は俺にとってそれほど重要な要素では無い。
大事なのは『魔族』の支配を受け入れ共存する人間族の街の存在そのものだ。
人口増加による環境負荷を考えれば、寧ろ住民は少な目の方がいいかもしれない。
そうは言っても、文官に警備隊、清掃員の給料が出せる程度の税収は必要か。
ミスリル等の希少金属を輸入する為の財源としても街の賑わいは必要になるな。
何より、『魔族』と共存するモデルケースとしては住民には豊かな生活をさせたい。
『魔族』の街ではひどい生活だ、というのでは『魔族』の印象が悪くなってしまう。
ケリヨト地方の件が一段落したら、改めて住民や商人の誘致に力を入れるか。
地下鉄東駅周辺の温泉宿と植物園の開発については問題なく順調と言えそうだ。
駅ビルとして提供するダンジョン地上部には飲食店や安ホテルを入れていく。
エレベーターで屋上に出ると、南側には植物園の華やかな庭園を見下ろす事ができる。
西側を見下ろせば、季節により桜や紅葉に彩られる渓谷を見下ろす事ができる。
南西に向かう大きな橋の向こうでは落ち着いた雰囲気の温泉宿が出迎えてくれる。
橋から見下ろす渓谷の姿もなかなか見応えのあるものとなるだろう。
雨の日には屋上まで出ず、最上階の地上2階を使えば天気を気にせず渡る事もできる。
渡った先の宿は主に富裕層をターゲットにした大露天風呂と坪庭付きの離れの客室だ。
離れの個室風呂でゆっくりするも好し、露天風呂で庭と渓谷の眺めを楽しむも良しだ。
地下鉄東駅と温泉宿を結ぶ橋の下からは、渓谷沿いに北西に向かう散歩道もある。
全長1km程度の細く短い道で、突き当りには小さな路切の祠を作ってもらった。
駅側半分は桜、奥の半分は楓を中心に植え、転落防止の柵とベンチを設置している。
春には花と新緑、秋には紅葉が楽しめる散歩道になるはずだ。
季節限定で鬼族風の小さな茶店も出す事になっている。
ちなみにこの散歩道は鬼族の設定した10町ラインの内側に入ってしまう。
だが、観光地の構想を説明すると、散歩道周辺に限っては『領域』拡張を認められた。
元が鬼族の避難民中心の村だし、彼らの収入源になるからという事もあるのだろう。
おかげで散歩道沿いの茶店や公衆トイレにもダンジョンを利用した上下水道が作れる。
突き当たりの路切の祠は、観光客がうっかり山道に入って遭難するのを防いでくれる。
同時に、森の野生動物や魔物に警戒感を与え、彼らがこちらに入ってくるのも防ぐ。
そして、ダンジョンの『根』の伸長を防ぐ結界でもあるらしい。
若干の居心地の悪さが無くも無いが、特に支障があるわけでもない。
『聖域』の守護者としては当然の対応だろう。
ともあれ、桜と楓の散歩道は下から見ても上から見ても美しい景観になるだろう。
駅舎の屋上や温泉宿の露天風呂、植物園の展望カフェからも見下ろす事ができる。
烏帽子山の南側斜面に作った椿園も、花の季節には見所の1つになるかもしれない。
温泉、花と緑、渓谷の清流、なかなかいい感じの癒しスポットになりそうだ。
観光地の運営は基本的に領民の鬼族とうちのガーディアンでやっていく。
西側から来る客の案内役として、人間族のスタッフも迎えて研修中だ。
鬼族の仲居さんたちにも、簡単な接客用の人間族語を覚えてもらっている。
加えて西側の開拓村からは地下鉄1本と、交通の便もばっちりだ。
マーガレットの提案で、地下鉄のトンネルは森の香りのアロマで満たした。
樹の枝葉が持つフィトンチッドによる防虫殺菌効果を期待したものだ。
外来生物がトンネルを使って入り込む事をある程度抑制できるだろう。
乗客や貨物に付着した虫や菌などへの消毒効果もあるはずだ。
せっかくなので西側は覚醒系、東側はリラックス系のアロマにしてもらう。
東側にあるのは温泉宿と植物園、移動の段階から寛ぎモードに入ってもらおう。
そして、西に向かう時は覚醒系のアロマでスッキリした気分で帰って貰うのだ。
温泉宿による癒し効果をより強く感じさせる工夫だ。
ついでに言えば、東側に向かう乗客には冒険者も入っているだろう。
アロマで弛緩モードになれば、戦闘モードへの切り替えに時間がかかる筈だ。
注意が必要な冒険者に対応するための時間が多少なりと稼げるかもしれない。
弛緩モードのままダンジョンに突入するなら、こっちのリスクはいくらか減る。
戦闘意欲が殺がれ、薬草採集とかだけで帰ってくれるならそれが一番だな。
いっその事ダンジョン全体をリラックス系アロマで満たす方法もあるかな?
けど、製造と設置に手間もかかるし、原料の樹木も無尽蔵では無い。
それに、あまり多用すると対策されて効果が薄れてしまうかもしれない。
アロマによるアドレナリン抑制作戦はメインダンジョン深層のみにしよう。
ただ、『えろえろダンジョン』はお花や果物の香りで満たしてもいいかもね。
トンネルにアロマオイルを補充する役として秋風と春風を50人ずつ召喚した。
道のない山でも彼女らなら通えるし、清掃に加えて周辺の警戒も兼任して貰う。
山脈中央のダンジョンを踏破されれば、トンネル自体が崩壊してしまうからね。
山脈横断トンネルに関する防疫はとりあえずこんなものでいいかな?
東西の駅では靴と外套だけ脱いでもらい、全身に消毒スプレーを浴びて貰う。
靴と外套の洗浄と消毒に加えて、手荷物の検査と消毒も受けて貰う。
更には車両とトンネルを満たすフィトンチッドに拠る防虫と殺菌だ。
これで完璧とは言えないが、完璧を目指していては切りが無い。
マリー達がやってくれたように全員に全裸で消毒を受けて貰う訳にもいかない。
観光地化を目指すのであれば、これでもかなり敷居が高く客足に響くだろう。
防疫と観光地化を両立するにはギリギリのラインじゃないだろうか?
『領域』内の植物についてはおおよその調査と採集が完了している。
種子や苗木は植物園の保護研究区画やダンジョン内の貯蔵庫で保管してある。
もしも遺伝子汚染が起きたら、頑張って駆除して原種と置き換えていこう。
ただ、蟲や動物に関しては生体の保管コストが桁違いだ。
これについては注意深く観察を続け、外来種は逐次駆除していこう。
在来種の個体数の調査も続け、必要なら保護や人工繁殖もやらないとね。
けど、蟲や動物全般の調査って事になると狩猟人21人じゃ流石にきついかな?
様子を見ながら必要に応じて増員も考えないとね。
観光地の視察と武術の試合稽古を終えた俺は山頂の拠点で風呂に入る。
『領域』の西側の開発はやや鈍化しつつあるが、東側は順調なようだ。
外交大使であるはずのカシがほぼほぼ代官として働いているのは気がかりだけどね。
一応、戦争難民として流入した鬼族の住民の面倒を見るという名目はあるけどさ。
うちの領民として移住した鬼族から代官をやれる者を選ばないといけないかな?
それともカシに正式に代官兼任を依頼して、こちらからも報酬を出すか?
アネモネ「しつれいしまーす」
全裸のアネモネが浴室に入ってきて俺の体を洗い始める。
恥らう素振りも誘うような素振りも見せず、ただいつも通りの笑みを浮かべている。
それで居ながら、石鹸でぬるぬるの体を密着させて俺の体を隅々まで撫で洗っていく。
これで最後まではしてくれないってんだから、なんとも妙な気分だ。
さて、代官の件は後でカシ本人に相談するとして、観光地の話に戻そう。
温泉宿に庭園付の植物園、季節によって桜や紅葉の楽しめる渓谷の散歩道。
ゆったりとした寛ぎを提供する観光地としては申し分の無いコンテンツだろう。
だが、ちょっと落ち着き過ぎていて若い世代への訴求力が弱いだろうか?
若い層も取り込んでいかなければ、いずれ衰退していくことになるかも知れない。
親子連れでも楽しめる様に、子供向けの場所も用意しないといけないかな?
若い女性向けのコンテンツはそれなりに揃っていると思う。
植物園入り口付近には華やかなフラワーガーデンを配置している。
奥は里山風の落ち着いた庭園だが、ハーブガーデンと展望カフェもある。
『ドクタースライム』などの美容系コンテンツもそれなりに揃えてある。
俺の体を洗うアネモネのおっぱいが何度も俺の肌を刺激する。
柔らかく、石鹸で表面がぬるぬるになったその感触はとても心地よい。
自動修復機能のあるアネモネの肌は傷1つ無く、滑らかで艶やかだ。
「温泉美人」というコンセプトのご当地アイドルが居てもいいかもしれないな。
だが、無謬の肌を持つガーディアンだと優良誤認というか、嘘くさくなるかな?
鬼族を中心に、他種族も少し混ぜた踊り手ユニットを作ってみるか。
観光地の宣伝と併せて、文化交流の一助にもなるだろう。
あと、若い男性向けのコンテンツって何を作ればいいんだろう?
俺自身は草木や川を眺めて歩くのが好きだったが、釣り?サーフィン?登山?
周辺の魔物はどうせ排除しないといけないし、トレッキングコース位は作るか。
彼女と二人で楽しむ離れの半露天風呂というのも十分魅力的だろう。
アネモネが俺の膝に座って手首を掴むと、俺の手をおっぱいに押し当てる。
そのまま円を描くように動かして、俺の手のひらを「洗って」いく。
この妙な洗い方が定着してからけっこう経つが、不思議と飽きないんだよな。
本能に関わる部分だし、食べる事に飽きないのと同じ事かも知れない。
そういう意味では地下鉄東駅側にも色街を作った方がいいんだろうか?
だが、今のところ鬼族の居住区でそういった話は出ていないように見える。
そういう習慣が無いのか、知らない所でひっそりと行われているのか。
観光地化する事で人が増えれば、その手の需要・供給も増えるだろう。
先手を打って『経済特区』と同様の場所と制度を整備した方がいいかもしれない。
ただ、コンテンツとしては『経済特区』と被るから集客力はあまり無いだろう。
となると、先走っても空振りに終わる可能性も高いか?
そういえば、家具家電については多くの家庭で妻が決定権を持つと聞いた事がある。
旅先の決定権についても、やはり妻が握っている事が多そうな感じがするな。
だとするなら、コンテンツは主に女性向けを中心に考えたほうがいいだろう。
日本で見た旅行案内も、女性を意識したものが多かったような気がする。
後は家族連れの子供達をどう楽しませるか。
楽しい家族旅行の思い出の場所なら、大人になってからまた来てくれるだろう。
ただ、俺も色々連れて行って貰った筈なんだが、記憶に残っている場所は少ない。
迫力満点のでかい鍾乳洞とか、苔と清流の中に大きな樹が林立する風景とか。
子供には非日常のビジュアル的なインパクトの方が記憶に残りやすいのかもしれない。
ここは海底が隆起して出来た山脈らしいから、鍾乳洞も探せば見つかるかな?
少なくとも、つまらなかった嫌な場所にだけはしないように気をつける必要がある。
とりあえず、簡単な公園と遊技場くらいは作っておいた方がいいだろう。
だが、寛ぎの空間と子供がはしゃぎまわる空間の同居はなかなか難しそうだ。
開放的に騒げる場所と静かに寛げる場所、問題になるのは主に声や音かな?
『経済特区』に作ったようなアスレチックタイプの浴場も地下に作っておこう。
天然洞窟風の外観にして非日常感を演出すれば印象深い思い出に出来るかもしれない。
大露天風呂に入り口を作り、途中に二重扉を設ければ喧騒が上に届くことはないだろう。
地下2~3層を浴場というか、温水プールに当てれば十分に暴れられるんじゃ無いかな?
暴れたい盛りの子供たちにはここでストレスを発散してもらおう。
ただ、そもそもの話として、この世界では観光旅行はどの程度一般的なのだろう?
十分な食糧生産も覚束無い状態の様だから、一部の富裕層だけの娯楽だろうか?
いや、それすらも見識を広げるための勉強や、視察といった仕事の一部かもしれない。
もしそうなら、観光旅行という概念の普及から始めないといけないのかな?
王国貴族への働きかけとなると、クリスやキャシーの手助けが必要になるかな?
キャシーに友人を誘って欲しいが、社交界を離れた彼女には難しいか?
それに、貴族の遊び場というイメージが付いて敷居が高くなっても困る。
客質が落ちすぎても困るが、小金持ちの平民が気軽に来れる場所にしたい。
平民の富裕層への働きかけは、シェリーの『ギルド』やアーネスト商会に頼むか。
加えて、可能であれば鬼族のご当地アイドルを押し出して宣伝していきたい。
あとは、分かりやすくお手ごろな料金設定なんかも重要だよな。
往復旅券と宿泊料金のセットプランとか、宿泊期間中入り放題の植物園チケットとか。
その辺の商売的な事はアーネストさんに相談するか。
アネモネ「ご主人様、近状報告に移ってもよろしいでしょうか?」
一樹「ああ、頼む」
俺の身体を洗い終えたアネモネが俺の正面に立っている。
例によっておっぱいも割れ目も隠す素振りすら見せない。
アネモネ「この辺りのジャイアントボアは、若く強い雄と妊娠可能な雌以外はおおよそ狩り尽くしました。間引きはもう十分かと思われます。お疲れ様でした」
一樹「そうか。アネモネもお疲れ様」
ジャイアントボア狩りではアネモネでは攻撃力が足りず、俺がアタッカーをしていた。
開拓村の抜根に続いてこっちでも俺の出番が無くなってしまったか。
本格的に『魔力パス』の強化訓練の場を探さないといけないな。
いや、ジャイアントボアはだいぶ前から俺が全力で殴れる相手じゃ無かった。
来年からはウィセルやサジタエルにアタッカーを任せてもいいかもしれない。
アネモネ「これで残った個体は冬を楽に越せるでしょう。皮はいつも通り、鬼族の職人になめし作業を依頼しておきました」
一樹「獣脂は採れそうか?」
アネモネ「はい。抽出と燃料への加工を併せてアルケミストチームに依頼してあります。おそらく30樽ほどは採れるでしょう」
一樹「そうか」
獣脂は燃え易い様に加工して東側のサブダンジョンの防衛に使う予定だ。
冒険者ギルドなど対外的にはあちらは別の魔族のダンジョンという態でいる。
なので、あそこで油が撒かれるたびに俺が油を大量購入するのは都合が悪い。
その点、うちのガーディアンだけで生産活動が完結する燃料の存在はありがたい。
30樽で足りなかったとしても、少し買い足す程度ならごまかしようはあるだろう。
石鹸用の油を、日頃からちょっと多めに買うようにしてもいいかもな。
アネモネ「ヘルスパイダー狩りをご所望と伺いましたが、時期的には今くらいからがちょうどいいかと思います」
一樹「蜘蛛狩りにも時期があるのか」
アネモネ「はい。ちょうど産卵を終え、冬越えに向けて改めて栄養を蓄えた頃です。洞窟などのくぼみを糸で塞いで中で仮死状態になっていますので、うまくすれば戦闘無しで仕留められます」
一樹「なるほど。だが、くれぐれも無理はしないでくれよ?大物を狙う時は必ず援護を呼んでくれ」
アネモネ「承知しました。ところで、狩猟人の増員をすることはできませんか?」
一樹「それは俺も考えていたところだ。原生種の個体数の把握と外来種の駆除は今の人数じゃ手が足りないよな」
アネモネ「それもありますが、差し当たってはヘルスパイダー狩りです。彼らは春まで一切食事を摂りませんので、時間が経てば痩せていく一方です。しかも、この辺りは人間界からも近いので、急ぎませんと冒険者たちに狩り尽くされてしまいます」
一樹「なるみもそんな事を言っていたな。メインダンジョン周辺に80人追加して100人体制くらいで大丈夫か?」
アネモネ「はい、それだけ居れば・・・」
なるみ「かずきおにぃちゃん!また『ゴブリンダンジョン』3層ボス部屋に侵入者だよ」
例によってなるみが俺の耳元に声だけ送り込んでくる。
一樹「またか。冒険者どもも懲りないな」
なるみ「今回はちょっと強そうだね。でも現地戦力で対応できると思う」
一樹「ひょっとして、さっき雪風が報告してきた連中か?」
なるみ「そそ」
一樹「呼びに来なかったと言う事は、俺の出番は無しかな」
なるみ「それはまだ分からないね。今回の戦闘の結果次第だよ」
一樹「なるほど。早速見せてもらえるか?」
なるみ「あいさー」
中空にモニターが現れ、戦闘中の冒険者の映像が映し出される。
5人組で『ゴブリンダンジョン』地下3層フロアボスに挑んでいるようだ。
ミスリル合金を含み、装備品はなかなか上質なものを揃えているように見える。
雪風の見立てでは、腕もそこそこ立ちそうな連中でもあるらしい。
本来はゴブリンの魔石を拾うだけの初心者向けのダンジョンのはずなんだがな。
囚われの『聖騎士』はもう居ないはずだが、懸賞金はまだ有効のままだ。
おかげで不釣合いに強そうな冒険者もたまに入ってくるようになってしまった。
まあ、リスクはあるがミスリルを入手できる機会が増えるメリットもあるか。
アネモネ「失礼します」
アネモネは湯船に入り、俺の膝の上に座った。
前回の事を思い出して、そうしたほうがいいと判断したのだろう。
浮力の分軽くなったアネモネお尻が柔らかく俺の足を圧迫する。
仲間の生死のかかった場面を見るのにこの姿勢はどうかとは思う。
だが、裸で立たせたまま放置するのも気になるのでこれでいいのかな?
冒険者達は盾と魔道防壁で身を守りながら距離を詰めようとしている。
矢や魔法といった遠距離攻撃が思ったように届かずに戸惑っているようだ。
魔道師が詠唱を始め、その杖にそこそこ大きい魔力が収斂していく。
それでも、大盾を持つ乙女の裸像型ゴーレムと弥生の防御は抜けないだろう。
だが、その影で剣士の体にも魔力が込められているようだ。
放たれた巨大な火球を追うように、剣士が疾走する。
火球の攻撃を防ぎきった直後の隙を狙い、剣士はリッチに切りかかる。
ただ、その攻撃は浅く、魔道防壁に弾き返された。
踏み込みがもう1歩だけ足りなかったようだ。
剣士は微かに戸惑いを見せつつも、すぐに追撃の体勢に入る。
しかし、それをただ待つ程うちのガーディアン達はお人よしではない。
乙女の裸像型ゴーレムの槌が、侵入者に容赦なく振り下ろされる。
至近距離からリッチの魔法と固定型単機能ゴーレムのバリスタの攻撃も加わる。
突破口を見出そうと単身突出した剣士はもはや原型を留めていない。
その間にも他の冒険者達は剣士を援護しつつ距離を詰めようとしていた。
だが、剣士を倒したリッチたちの攻撃がその足を再びその場に縫い止める。
主戦力らしき剣士を失った残りのメンバーがどうなるかは言わずもがなだ。
一樹「もう大丈夫そうだな。なるみ、画面は閉じてくれ」
なるみ「あい」
アネモネ「例の仕掛けはうまく働いているようですね」
一樹「ああ、さっきの剣士の動きからするとそうらしいな」
『ゴブリンダンジョン』地下3層のボス部屋はちょっとだけ改修した。
リッチと弥生達が出迎えるこの部屋は幅6m、奥行き30m程の長方形だった。
今は弥生たち側の辺の長さを縦横ともに1割ほど増やし台形の部屋にしてある。
壁の石材も少しずつ大きくして、侵入者の遠近感を狂わせるのが狙いだ。
弥生たちとの距離を少し短く、ゴーレムの大きさを少し小さく見誤る筈だ。
アネモネ「2層ボス部屋の餌の効果はどんな様子ですか?」
一樹「3層ボス部屋への侵入者は増えてるな。ただ、懸賞金の額も上がったみたいだから、どっちの影響かは判断が難しいな」
アネモネ「では、『監獄ダンジョン』辺りで検証してみますか?」
一樹「そう・・・だな。検討しておこう」
3層ボス部屋に続く通路には警告文があるが、懸賞金のせいで侵入者が増えた。
アネモネの提案で、今は2層ボス部屋に「ドロップアイテム」を用意している。
3層ボス部屋への期待を膨らませる事で、敢えて侵入者を増やそうという試み。
未帰還パーティーを増やす事で危険を認知させ、最終的な死者を減らすためだ。
「死」という現実を突き付ける事は今後のお互いの安全の為に有効だろう。
だが、同じ事を『監獄ダンジョン』でやるのはどうなんだろう?
検証はしてみたいが、敵とはいえ死を伴う実験は避けたいかな。
とりあえずは錯視を使った罠の手応えを得たのでよしとしよう。
さっきの剣士は予想よりも僅かに大きいゴーレムの姿に戸惑いを覚えただろう。
確かに詰めた筈の間合いがあと1歩届かなかった事にも焦りも覚えたはずだ。
それでも高レベルの剣士なら、平静を取り戻すのにおそらく1秒もかからない。
だが、こちらの攻撃への対応を遅らせ、いくらか体勢を崩せれば十分だ。
回避をほんの数瞬遅らせる事さえできればいいのだ。
次も今回のようにうまく嵌ってくれるかは分からない。
だが、錯視を使った罠は維持費がほとんどかからない。
今後はもっと積極的に使っていく事にしよう。
錯視は生理的な反応だから、事前に知られていても完全に無効にはならない筈だ。
それでも、情報が出回ってしまったら効果はいくらか落ちる事になるだろう。
それなら、生かして帰すつもりの無い場所での使用に限定した方がいいかな?
繰り返しになるが、俺だってもちろん死人を増やしたいわけじゃ無い。
これを使うのは警告文より後ろの区画限定って事にしよう。
それはともかく、とりあえずは約束した狩猟人の増員だな。
ヘルスパイダーの主な生息域はもっと魔界の深部にあるという。
この辺りのヘルスパイダーは狩り尽くしても生態系への影響は少ないらしい。
それに、放って置いても冒険者たちが駆り尽くしてしまうと言う話だったな。
ヘルスパイダーの糸で作った布はシルクのように滑らかで肌触りがいいそうだ。
魔力との親和性が高く、使い方次第で強力な防具にもなる素材だ。
良質な防具や、肌触りがよく美しい光沢を持つ衣類の原料となる。
それ自体も特産品となるし、ダンスショーの衣装もグレードアップできる。
これもまた、観光客や商人たちを呼び込むいい餌になってくれる事を期待したい。




