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第113話 陽射し

貴賓館の庭園について、クリスからガゼボ建築の許諾申請書が回って来た。

俺の領では樹木の伐採同様に建築も原則禁止で、俺の許可が必要になる。

あの庭園整備はクリスに一任しているのに、園内のガゼボ程度で律儀な事だ。

だが、お役所仕事と言われようとも、なあなあにするのも良くないかな?

せっかくこっちに話が回ってきたので、ダンジョン地上部を提供しよう。

備蓄魔力にはそこそこ余裕があるし、整備費の節減にもなるだろう。


一樹「ガゼボってのは8角形が多いのか」

なるみ「そうだね。あとは4角形とか6角形もあるし、カスタマイズしてもいいよ?」

一樹「なら、正17角形とかできるか?」

なるみ「出来るけど、かずきおにぃちゃんは説明できるの?正17角形の作図法」

一樹「いや、できないけどさ」


正17角形どころか正5角形の作図だって怪しいな。


なるみ「ぷぷっ、みえっぱりなんだからー」

一樹「いいんだよ。俺が直接出来なくても、そういう技術があるって見せる事には意味はあるだろう」

なるみ「そうなんだ?んじゃ、どうせなら正65537角形にしとこうか?」

一樹「いや、それは多分気付いてもらえない奴だよ」

なるみ「あー、そうかも」


例によって基本構造だけ提供し、装飾等は向こうでやってもらう。

屋上は低い17角錐にして、底に穴の開いた仕切りで段々畑風にしておいた。

屋根に当たる日光がただ瓦を温めるだけというのは勿体無いからね。

ガゼボに限らず、俺の領の建物は無理の無い範囲で屋上緑化を推進している。

背の低い常緑多年草を植えたり、季節ごとに花を植え替えてもいいだろう。

具体的に何を植えるかは、向こうの庭職人に任せることにしよう。


アーニャ「一樹、今度は誰と戦っているの?」

一樹「分からん。おそらくは王国の南部貴族だろうな」


執務室に入ってくるなりアーニャは質問を投げかける。

冒険者パーティー『白百合』はここしばらくこの街を拠点にしていた。

しかし、王都で冒険者の仕事が増えているらしく、一度戻るそうだ。

仕事やら何やらで付き合いもあったし、出る前に挨拶に来てくれた。

今は観察レポートの写しをしているマリーを待っている所だ。


アーニャ「誰かが妙な噂を流してるみたいね。軽く聞き込みをしてみたけど、支離滅裂で訳が分からないわ。共通しているのは一樹への不信感を煽る内容って事くらいね」

一樹「なるほど、上手いやり方だ。曖昧な噂ほど広まりやすいらしいからね」

アーニャ「そういうものなの?嫌らしいやり口ね」

一樹「全くだ。だが、俺が言論統制なんてすればそれこそ相手の思う壺だろう。恐怖政治の噂が現実になるからな」

アーニャ「そうね。けど、放置するのも危険よ?」


若いメイドがお茶を持って入って来る。

ここしばらく、この拠点にもメイドが増えつつある。

ちょっと増えすぎたので、キャシー邸との兼任も多い。


一樹「一応手は打ってるさ。まあ、今はアーニャ達が俺を信じてくれるならそれでいい」

アーニャ「そういうのはマリーに言いなさいよ」

一樹「機会があればな。脈絡も無くこんな台詞はけないよ」

アーニャ「悠長ね」

一樹「マリーは大切な友人だ。アーニャの事もそんな風に思ってちゃ駄目かな?」

アーニャ「えっと、あたしは別に構わないけど」

一樹「そうか、ありがとう」


胃の痛くなるような事件が続いてなんかもう頭痛が痛い。

そんな中でも信頼してくれる人間が居るのは本当に心強い。

最初に会った時は武器を交えた仲だと言うのにな。


一樹「ところで、俺の勘違いでなければ、アーニャは俺とマリーとくっつけようとしているのかな?せっかくだが、俺にそのつもりは無いよ」

アーニャ「ほんとに?」

一樹「ああ」


いつの間にかマリーに対して特別な好意を持っていたのは認めよう。

だが、今の俺の立場で一緒になれば彼女にも累が及ぶ。

王立魔術学院に入学したいというマリーの夢の足枷にもなるだろう。

アーニャとはそれなりに付き合いは長いが、二人きりの機会は案外少ない。

ここではっきりと伝えておくべきだろう。


一樹「本当だ」

アーニャ「そう。余計な事をしたみたいね。ごめんなさい」

一樹「いや、こちらこそ申し訳ない。厚意でやってくれていた事は理解している。ありがとう」

アーニャ「いいわ。それより、一樹はこの街を護っていけるの?」

一樹「さあ、どうだろうな」

アーニャ「あたしはパーティーリーダーとしてメンバーの命を護る選択をしないといけないわ。この街は安全かしら?」

一樹「易々と負けるつもりは無いさ。だが、相手の居る事だからな、約束は出来ないよ」

アーニャ「あたしたちは大切な友人なんでしょ?あたしたちももちろん戦うけど、一樹に護る気はあるの?」

一樹「もちろん全力で護るさ。けど、結果について約束は出来ない。王国の国民なら、王都に居た方が安全かもな」

アーニャ「・・・・そう」


冒険者ならば自分の身は自分で護るのが原則だ。

アーニャはその辺りの自立の意識が特に強い人間だったはずだ。

それが急にどうしたんだ?街の様子はそれほどまでに不穏なのか?


一樹「王都に向かうならヘーゼルホーヘン伯爵領は避けたほうがいいな。南のシュテッヒパルメ領を通るルートが安全だろう」

アーニャ「そのつもりよ。峠を越えるのがちょっと面倒だけどね」

一樹「手間をかけるね。すまん」

アーニャ「一樹の状況と比べれば大した事は無いわ。大丈夫なの?」

一樹「分からん。成り行きで領主なんて事になってしまったけど、正直言って俺には向いてないんだよ」

アーニャ「それについては頑張って、としか言えないわね」


正直言って俺は決して弁の立つほうでは無い。

小さな頃は政治家になって国や世界を良くしたいと思った事もあった。

だが、国会答弁とかテレビ討論会とかを見る限りとても勤まりそうにもない。

より良い政策の為に建設的な議論を重ねるなら俺も喜んで参加したいけどな。

しかし、実際には子供じみた不毛な口喧嘩にかなりの時間を取られるようだ。


一樹「過去に『魔族』が人間族の街を統治してた、なんて話は人間族の中では伝わってないのか」

アーニャ「そういう事例はたまにあるみたいね。覚えてるのは『魔族と村の乙女達』くらいかしら」

一樹「できれば参考にしたい。内容を教えもらえるか?」

アーニャ「あたしもうろ覚えよ。なんだったかしら?戦争か何かで村を焼け出された難民が山を彷徨っていると洞穴を見つけるの。ひとまず風雨は凌げるだろうと言う事で中に入ったのだけど、そこは魔族のダンジョンだった。魔族の姿を見た村人達は、ある者は逃げ出し、ある者は泣いて命乞いをしたわ。魔族の男は攻撃する様子を見せず、語りかけてきたそうよ。意味は分からなかったけど、鬼族の言葉に似ている事に気づいた商人が、片言の鬼族語で意思疎通を試みて、ダンジョンに住まわせて貰える事になったの」


戦争前も人間族と鬼族の間で交易は行われていたんだったか。

商人が居た事は村人にとっても転生者にとっても幸運だったな。


アーニャ「魔族の男は村人達に部屋を用意し、水道を引き、しばしば森の獣を仕留めて提供してくれたそうよ。村人達も徐々に魔族の言葉を覚え始め、いつしか魔族の男と村の娘が恋に落ちた」


アーニャは一度、意味ありげに俺の目を見る。


アーニャ「ところが、娘はもう少しで成人を迎えようという時に村の男に抱かれてしまうの。だからといって村人達が追い出される事も攻撃されることも無かったけれど、魔族の男は村人達から、その娘に対してすら興味を失ったようだった。魔族の怒りを恐れた村人達は男を吊るし上げ、村で娘が成人を迎えるたびにその純潔を捧げた。しかし、終ぞ魔族の男の怒りが収まることは無かった。とっぴんぱらりのぷー」

一樹「なんだ、最後のは?」

アーニャ「知らないわ。魔族関係のお話の最後につける事になってるのよ。一樹も知らないの?」

一樹「聞いた事はあるが意味までは知らないな」

アーニャ「そう。一樹が聞いた事があるなら、魔族由来の言葉ではあるのね」

一樹「それは間違いないと思う。それにしても、救いの無い話だな」


事実だとすれば、俺のような転生者がここの人間族との共存を図った訳か。

だが、事件が起こり、転生者は満たされぬまま代償行為を繰り返した。


アーニャ「そうね。王国では魔族の不寛容を表す逸話とされているわ。一樹はどう思う?」

一樹「さあな?他人の心なんてなかなか分るもんじゃないし、断片的な上に伝聞だからな・・・」


人間族は転生者、彼らが言う所の『魔族』についてどこまで知っている?

命を狙う者も多い以上、こちらから積極的に情報を提供するつもりはない。

アーニャは信用できそうだが、要らぬ秘密を抱えさせるのも悪い。


一樹「多分、もともとは王国貴族の話だったんじゃないか?悪役が貴族だと都合が悪いから『魔族』に置き換えたんだろう。確か、王国貴族は領民に対して処女権を持つんだろう?」

アーニャ「よく知ってるわね。実際に行使される事はあまり無いらしいけど」

一樹「らしいな。権利を乱用する貴族も居るって話と、未成年に手を出すな、とか、権力者の愛人に手を出すと面倒だぞって話が混ざったんじゃないかな?」

アーニャ「なるほど、そういう読み取り方もあるのね」


貴族は悪し様に言えないだろうし、『魔族』って存在は都合がいいだろう。

それに物語の悪役に敵対勢力を挿げ替えるってのは別に珍しい事では無い。

古い宗教の神様を悪魔だといったり、司祭を悪い魔法使いだと言ったりね。


アーニャ「ところで、実際のところ魔族ってそんなに処女かどうかを気にするものなの?」

一樹「さあな?気にする奴も居るし、そうでない奴もいる。それに、その魔族が怒ったのはそこじゃないだろう」


醜い女の顔が脳裏を過ぎる。忌々しい、どこまでも付いて来る。

日本は女から男へのセクハラというのが問題にされ難い社会だったな。

似たような質問に厭な記憶が想起されたが、アーニャから悪意は感じない。


アーニャ「ごめんなさい、不快な質問だったかしら?」

一樹「いや、問題ない」

アーニャ「そう?なら、一樹はどう?気にする方なの?」

一樹「俺は・・・まあ、そうだな。ちょっと気になっちゃうかもな」


「スキニナッチャエバソンナノキニナラナイヨ」

それが多分、モテる男の正しい応え方。本気でそう思える男もいるんだろうけどね。

処女性に過度に拘るのは少子化や晩婚化の遠因になり得る悪い考え方でもあるだろう。

命が軽いこの世界なら尚のこと性に積極的な方がいいのかもしれない。


アーニャ「そう・・・」

ジェシカ’「一樹様、マリーさんとリリーさんが到着しました」

一樹「分かった、通してくれ」

ジェシカ’「はっ」

マリー「すみません、お待たせしました」

一樹「構わないよ。観察記録の写しと解説動画の為だったんだろう?」

マリー「はい。観察できた部分についてはできるだけ詳細に記録させてもらいました」

一樹「ありがとう。後でよく確認しておくよ。とりあえず座ってくれ」

マリー「はい」

リリー「邪魔するぜ」


若いメイドが二人の分のハーブティーとクッキーを追加で持ってくる。

メイドの指導についてはキャシーとリザがやってくれているので助かる。

ハーブティーの淹れ方についてはマーガレットが指南しているはずだ。


一樹「今回は南の峠を越えて王都に向かうんだって?」

マリー「はい。ちょうど王都向けの商隊の護衛依頼がありましたので、それを受ける事にしたんです」

リリー「商人たちもきな臭い空気は感じてるみたいでな。ここしばらくは平坦な西回りのルートより南の峠越えを選ぶ奴が多いらしい」

一樹「確かにちょっと面倒な事になりそうではあるな」

アーニャ「王都の冒険者ギルドで仕事が滞りがちなせいもあるわね。ヘーゼルホーヘン伯爵領で魔道師が必要な依頼が溜まってるらしいのよ。そのせいで依頼料が上がってるから王都の冒険者がそっちに流れて、今度は王都で冒険者が不足してるって流れね」


ヘーゼルホーヘン伯爵が戦場に借り出した魔道師は粗方俺が殺した。

そのせいであの地では魔道師が不足気味の状態らしい。


一樹「なるほど。それならヘーゼルホーヘン領に向かった方が稼ぎは良さそうだが、面倒事も増えそうだな」

アーニャ「ええ、今のあそこはきな臭い上に、マリーを引き抜こうとするパーティーも多いでしょうから、避けたいところね」

マリー「すみません」

リリー「気にするな。俺たちだってマリーが居なくなると困るからな」

マリー「そんな簡単に他所にいったりしませんよ」

アーニャ「ええ、そこは信用してるわ。けど、避けられる面倒は避けるものよ」

リリー「そういうこった」

一樹「伯爵領に冒険者が流れたせいで、王都でも冒険者の仕事に事欠かないというわけか」

アーニャ「そういうことね。状況次第ではしばらく戻って来れないかも知れないわ」

一樹「そうか。それは寂しくなるな」


俺としてもマリーに依頼したい仕事はたくたんある。

『魔界』の動植物の観察リポートやビデオ教材の撮影などだ。

だが、冒険者は定住を好まないらしいから、無理を言うわけにもいかない。


アーニャ「ところで、一樹はマリーのパンツは預からなくていいのかしら?峠はちょくちょく山賊も出るのよね。かわいいマリーが掠われないか心配だわ。ねえ、マリー?」

マリー「へ?いえ、あの、わ、私は大丈夫です!」

一樹「そうだな、無理はしなくていい。どの道、シュテッヒパルメ子爵領じゃ俺の兵を動かすわけにも行かないしな」

マリー「そ、そうですよね」

アーニャ「そう?じゃあ、あたしは念のためお願いしようかしら」


アーニャはスカートの中に手を突っ込むと、パンツを引き下ろした。

脱いだばかりのパンツを俺のほうへ差し出す。


アーニャ「じゃあ、お願いね」

一樹「お、おう」

アーニャ「なによ、汚いものみたいに摘まなくたっていいでしょ?」

一樹「いや、がっつり掴んだら俺の臭いがついちまうだろ!」


単に気恥ずかしくて人前では触りにくいってのが大きいけどな。

万一の時の為の捜索用って話だから、俺の臭いが付くと困るのも事実だ。


アーニャ「せめて隠して頂戴」

一樹「そうだな、分かった」


俺は一度席を立ってとりあえず机の引き出しにパンツを突っ込む。

アーニャも流石にパンツを晒され続けるのは恥ずかしいらしい。


一樹「峠はそんなに危険なのか?」

アーニャ「さあ?これでも一応護衛する側だし、何度も通った道よ。並みの山賊くらいなら返り討ちにできるわ」

一樹「それなら別に必要ないんじゃないか?」

アーニャ「そうかもしれないわね。言ったでしょ?保険よ。命がかかってると思えば高い掛け金でもないわ」

一樹「まあ、それはそうかもな」


『領域』の外でアーニャたちに何かあったとしても、俺にやれる事は少ない。

その時は大急ぎで『根』を伸ばせば駆けつけることができるだろうか?

開拓された王国領土はダンジョンの『領域』としての価値は低い。

魔力収支は大きく赤字になるだろうが、競合の心配はないかな?


アーニャ「マリーはいいの?何かあれば一樹は頑張って探してくれるでしょうけど、探して貰う側も手がかりくらいは残さなきゃね」

マリー「私は・・・いえ、大丈夫です」

アーニャ「そう」

リリー「まあ、山賊程度に遅れを取るようなへまはしないさ」

一樹「油断するなよ」

リリー「ああ」

アーニャ「そろそろ行くわ。お茶とクッキーをご馳走様」

マリー「ごちそうさまでした」

リリー「相変わらず美味いな。ありがとさん」

一樹「どういたしまして。気をつけてな」


マリーたちは王都へ向かう商隊の護衛の仕事を請けていると言っていた。

この街の不穏な空気を感じ取り、移動する商人もちらほらと見られるようだ。

ヘーゼルホーヘン伯爵領の平坦な道を避け、峠を越える者も多いらしい。


それにしても、アーニャはなぜああも俺にパンツを渡したがるんだ?

言葉通りの保険であるならば、単純な値段としては確かに安い掛け金だろう。

女の子にとってあの行為にどの程度の抵抗があるのかは想像できないけどね。

保険なら、俺が『領域』外で無力になる事は知られていないという事になるか?

最初の頃、何も考えずにカエデには話してしまったが、失敗だっただろうか?

後でシェリーたちの『ギルド』を使って情報操作をした方がいいかもしれない。


ただ、先ほどのアーニャの行為には保険以外の意味が含まれていたように見えた。

この世界ではパンツが何かの符号として使われていたりするんだろうか?

いや、俺にというよりはマリーへのメッセージだったように思える。

詳しい意味合いは分らないが、何にせよマリーは俺を選ばなかったと言う事か。

悔しい気もするが、普通に人間族同士で付き合った方が彼女の為だろう。


砦の屋上からマリーたちが護衛する商隊を見送る。

3人が手を振っているのが見えたのでこちらも手を振り返す。

友人、或いは冒険者と依頼人という関係がおそらく最適な距離なのだろう。

次に来た時はまたビデオ教材の先生役をお願いしよう。

人間族目線での魔界の動植物レポートもきっと役に立つ。


一樹「なるみ、顕微鏡って作れるか?」

なるみ「光学顕微鏡でいいんだよね?1000倍くらいでいい?」

一樹「えーと、いいんじゃないかな?」

なるみ「ならだいじょうぶ。鉄もガラスもたっぷりあるから素材も問題ないよ」

一樹「なら、学校用に50セットくらい作るか。あと、カメラ接続タイプも1台は欲しいな」

なるみ「おっけー」

一樹「ああ、生徒に触らせる前に監督指導者をなんとかしないとな」

なるみ「それってマリーちゃんのこと?」

一樹「そうなるかもな」

なるみ「おおー、かずきおにぃちゃんが遂にデレたー」


王国にも顕微鏡はあるらしいが、マリーは触った事が無い様だった。

光学顕微鏡があれば、観察レポートは更に充実した物になるだろう。

領民の子供達の自然観察実習もいくらかレベルを上げられる筈だ。


見上げれば曇りがちだった空は晴れ、青く広がっている。

ただ、風は少し肌寒く、山々は微かに秋の色に染まりつつある。

今年最後の収穫を終えた畑は、うっすらと緑色の草が芽吹いている。

窒素固定作用のある草だとかで、春には緑肥として畑に漉き込むらしい。

これなら冬の間の弱い陽射しも、無駄なく光合成に使えるのかな?


ガゼボの件でも触れたが、領内の建物の屋上はできるだけ緑化している。

それを考えると、2つの砦に注ぐ日光もやはり勿体無く感じてしまう。

本来であれば森の木々に降り注ぎ、光合成によって森の生態系を支えていたはずだ。

そして、森の生命力を経由してダンジョンの魔力となっていたはずのエネルギー。

出来れば砦の南側の壁面に花壇を並べたり、蔦植物を這わせたりして緑化したい。

しかし、それは侵入者の足場ともなるので、砦の防御力が大きく減じてしまうだろう。


代わりに糸瓜のようなスポンジ状の植物を薄くスライスして張り付けることにした。

足や指をかけられないほどに薄く切り、簡単に剥がれる様に敢えて弱い接着剤を使う。

そこに窒素固定作用を持つ苔の中から比較的乾燥や日差しに強いものを選んで植える。

苔の選定と採集についてはローズ、デイジー、パンジーたちに頑張ってもらおう。


砦の北側のアーチを通る小川を少し掘り下げ、水車を設置した。

水車の小さな歯車は大きな歯車と噛み合い、小さな桶で水を汲み上げる。

屋上に汲み上げられる水は僅かだが、苔を湿らせるには十分なはずだ。


苔むした石造りの砦っていうのはなんか風情があっていいよね。

「戦争はもはや過去のもの」って感じで平和的な印象も受ける。

育ちすぎた苔は剥がして新しいスポンジと順次交換していく事にする。

窒素化合物を豊富に含んだそれは、いい肥料になってくれることだろう。


だいぶ高くなってきた陽の光を背に浴びながら、次々と馬車が街を出て行く。

リリーの言に拠れば、不穏な空気を感じて王都に退避する商人も多いんだったか。

砦の門をくぐって街を出て行く商隊のほとんどはもう帰ってこないのかも知れない。

尤も、商人たちも野宿は嫌だから、昼過ぎまでは出る馬車ばかりなのはいつもの事だ。

少しばかり悲観的に考えすぎかもしれない。


商人たちがこの街から減るのは経済的な損失を思うと痛い。

だが、王国との緊張が再び高まっている今、人が減るのは悪い事ばかりでも無い。

一般の住人の中に、間違い無く諜報員や工作員が紛れ込んでいる筈だ。

街の住民達は保護対象であると同時に警戒対象でもあるわけだ。

それが減ってくれるというなら、防衛する立場としては負担が減る事になる。


ついでに言えばこれから冬を迎えるこの時期なら食料の問題もある。

もちろん、冬を越せるだけの十分な食料の備蓄は確保してある。

だが、人が減れば更に余裕が生まれるし、王国への食料輸出も増える。

戦闘になるなら向こうの兵站の負担を些少なりと増やす事にもなるだろう。

王国との緊張状態が収まるまで、王国側に避難して貰うのは有り難い。


さて、春に向けて更なる開拓に勤しむ事にしよう。

高い食料自給率の確保は国防を考える上でも避けて通れない課題だ。

また、『花と芸術の街』と併せて食料輸出大国という地位を目指したい。

それを売った金で王国などからミスリルなどのレアメタルを買い付けよう。


王国で採れる鉱物資源はどうやったって有限の筈だ。

しかし、農作物はきちんと管理すれば継続的に生産できるだろう。

山と森がある限り水は出るし、窒素と二酸化炭素は勝手に流れてくる。

帳簿上の差益は小さくとも、長期的にはこの地に富が集中する事になる。


ただ、じわじわやっているとミスリルの価格も上がっちゃうかな?

時機を見てガツンと大量買付けをしたほうがいいのかもしれない。

ただ、今はまだそこまでの金銭的な余裕は無い。

まずは元手となる現金を貯めなければならない。

その為に、今はせっせと野良稼ぎというわけだ。


もっとも、農業の細かい所はローズと兎人族に任せている。

俺は『魔力パス』の強化訓練を兼ねてひたすら抜根作業を繰り返す。

それが終わると今度はメインダンジョン側でカシたちと模擬戦の武術訓練だ。


試合稽古が一段落すると開拓村に戻ってキャシーの寝室へと向かう。

服の上からはまだ分かり難いが、直に見るとお腹が少しぽっこりしてきた。

小ぶりなおっぱいも少しずつ張りが増してきているように見える。

魔力を浸透させて診ていくが、母子ともに健康な様子だ。

何かあっても卯月たちがこまめに見ているから大丈夫だろう。


キャシーの早めの就寝を見届けると、今日もクリスに呼び止められる。

俺は促されるままに隣の執務室へ入っていく。


クリス「一樹様をケリヨト地方の領主に据える件ですが、派閥内での根回しは概ね完了しました。近日中にバルバス男爵を僭称する男に通達を出す予定です」

一樹「分かった。気は進まないが、俺も覚悟を決めよう」

クリス「それを聞いて安心しました。あちらもそれなりに抵抗をするでしょう。それについては一樹様にご対応をお願いします」

一樹「武力制圧という事か?」

クリス「はい。あの地を治める力がある事を示す必要がありますので、こればかりはご自身でやって頂く必要があります」


この場合の治める力というのは武力という事か。

統治能力は経済政策とか治安維持能力じゃないんだな。

戦いの多いこの世界では、力が無ければ何もできないか。


一樹「分かった。どうすればいい?」

クリス「通達と時機を合わせて、電撃的に男爵邸を制圧してください」

一樹「何が狙いだ?兵を並べて威圧したほうが民へのアピールにもなるんじゃないか?」

クリス「軍による示威行為も必要ですが、それは後からでも問題ありません。それに一樹様の場合は一夜で作る城壁と合わせて見せた方が効果的でしょう」

一樹「なるほど。では、制圧を急ぐ理由は何だ?」

クリス「領民からの陳情の覚書があるはずです。未処理の陳情の山と、一樹様が山賊に対応したことを併せて、一樹様こそが領主に相応しい事を喧伝します」

一樹「その手の証拠は既に処分されているんじゃ無いのか?」

クリス「大丈夫です。真面目な役人がしっかり保管しているはずです。保管場所も目星は付いているので、後で図面をお渡ししましょう」


男爵邸には既に内通者がいるというわけか。


一樹「それはいいが、電撃制圧となれば戦闘になる可能性も高い。うっかり『真面目な役人』まで殺してしまうかもしれないぞ」

クリス「そうですね。彼らが非番の日を狙う事にしましょう。うっかり鉢合わせになっても、賢明な彼らなら抵抗せずすぐに投降すると思いますよ」

一樹「なるほど、承知した」


内通者はシフトの調整が出来る程度の地位に在るわけか。

ローゼンヴァルト陣営は既に深い所まで入り込んでいるようだ。

彼らの手の上で踊らされている様なのはちょっと癪に障るな。

だが、キャシーとアイナの為にはこれも必要な事か。

ついでに王国側に堂々と『領域』を広げることもできるしね。


当日はローゼンヴァルト派閥の内通者は屋敷には居ない予定らしい。

しかし、襲撃があったとなれば非番の兵も招集される事になるだろう。

速やかに、出来れば戦闘無しに制圧を完了させたいものだな。


カトリーヌ邸を辞した俺は、開拓村の拠点へ向かう。

バルバス男爵邸の制圧の為に、まずは対象地域を『領域』に収める必要がある。

とはいえ、勘のいい者はダンジョンの気配を感じ取るらしいから要注意だ。

巨大な中洲の南端と北端から、包み込むように『根』を伸ばしていこう。


加えて既存の『領域』の防衛戦力に加えて制圧部隊も編成しないとな。

また、今回は戦闘能力とは別の能力も必要になりそうだ。

新しいタイプのガーディアンを召喚しよう。


いつものように中空にたくさんの光の繭が出現する。

その1つ1つに、金髪の少女の裸身が浮かび上がり、ゆっくりと回転していく。

胸元に虹色の光が走り、正面の2人にだけ飾り気の無い白のブラジャーが表れる。

続けて小さなお尻を見せ付けるように回り、腰周りに虹色の光が走る。

やはり正面の2人にだけ飾り気の無い白のパンツが表れ、残りは裸のままだ。

最後に全身に虹色の光が走り、衣装を完成させる。


光の繭が消えるのと入れ替わりに、白い光の翼が現れた。

光の翼が消えると、42人の少女達はゆっくりと床に降り立って膝を着く。

全員の衣装に共通しているのはシルクの光沢の白い布地に、銀糸の縁取りだ。

正面の2人の服はどこの宗派とも知れない法衣のような形をしている。


背後の40人はハイレグのワンピース水着とマント。

膝より丈の高いロングブーツと、長手袋を付けている。

そして、白の仮面で顔を隠している。


一樹「お前達の名前は文月、肩書きは『特別審問官』とする。証人や被疑者を観察する事で証言の真偽を確認し記録する事が仕事だ」

文月「承知しました、猊下」

一樹「囚人や拘留中の被疑者を対象に、魔法の練習を兼ねて背後関係などを細かく再確認してくれ。手口や動機はもちろん、生い立ちや家族構成などあらゆる情報を聞き出して記録しろ」

文月「猊下の御心のままに」


種族は天使族、職業は一応治療師という設定で召喚した。

戦闘能力は最低限身を護れる程度、診断能力を重視した能力構成となっている。

平時は先ほど触れたとおり犯罪捜査の事情聴取などを担当してもらう。

俺が山賊相手に練習した真偽判定の魔法を覚えて貰うつもりだ。

経験が蓄積されれば、俺よりずっと高精度に判別できるだろう。


このタイミングで召喚したのは、やはり男爵邸制圧を見越しての事だ。

クリスに拠れば住民からの陳情の覚書については場所は確認済みであるらしい。

だが、こちらの動きを見て隠される可能性もあるし、他の文書もあるだろう。

制圧後にあちらの皆さんにお尋ねして、細大漏らさず回収させてもらおう。


加えて、奴隷が居る様なら状況に応じて開放などの手続きを取りたい。

他領への内政干渉はできないが、俺が領主になるなら問題は無い筈だ。

親に売られたとか、敗戦とかが理由の奴隷は、当人が望むなら開放しよう。

だが、犯罪奴隷と自身の借金による奴隷についてはやはり引き取るつもりは無い。

自己申告だけで信用するわけにもいかないので、文月に判別してもらうつもりだ。


さて、捜査能力をアップしたのだから、その情報も活用できるようにしないとな。

領内での犯罪について、内容などを記録・解析するサーバも作る事にしよう。

外観は例によって2.5倍スケールのメガネっ娘のミニスカ美少女フィギュアだ。

今回は風紀委員をイメージして、「風紀」の腕章とセーラー服にしよう。

高負荷時は冷却ファンでスカートが舞い上がり、白無地のパンツが現れる。


文月の審問で得た情報や領内各所の防犯カメラから犯罪前後の映像を収集する。

そこから類似点を抽出し、犯罪の起こりそうな場所や日時、人物を割り出す。

必要に応じて警備中のジュリエッタ達に伝達し、警戒を強めるようにする。

仮に空振りに終わっても、それはそれで今後の予測精度の向上に繋がるだろう。


シェリー「殺された貴族の件は、言われたとおり情報を流してるよ。そいつの名前も、場所も日時もね」

一樹「そうか、ありがとう」


開拓村の拠点の浴槽の中で、シェリーが膝の上で俺にもたれかかっている。

シェリーは手首を掴んだ俺の手で、自慢のおっぱいを玩ぶ様に揺らしている。

仮にこの場を見られても、愛人といちゃついているようにしか見えないだろう。


シェリー「けど、本当によかったの?一樹様の配下が殺したってとこまで情報流しちゃってるけど」

一樹「ああ、それでいい。曖昧な噂には正確で具体的な情報をぶつけた方がいいらしいからな」

シェリー「そっかー」


一説に拠れば噂とは互いに情報を持ち寄る事で曖昧な情報を補完する行為らしい。

それ故に自身への影響が大きく、内容が曖昧であるほど広がり易い傾向がある。

ならば、沈静化の為に正確かつ具体的な情報を提供してやろう。


シェリー「じゃあ、ここで立ち入り禁止を宣言された冒険者で未帰還者が多い件も、一樹様の指示って事でいいの?」

一樹「死んだ場所次第だな。立ち入り禁止を宣言されたにもかかわらず俺の領に入ってきたなら当然排除するし、応戦したなら帯同者共々その場で処断することはありうる。他所で死んだなら俺は無関係だ」

シェリー「具体的に誰を処刑したかまでは公表しないんだね」

一樹「そうだな。だが、こちらの方針については明示する事にしよう」

シェリー「おっけー」


実際には出入り禁止宣告を受けた者が密入領した時点で帯同者共々抹殺対象だ。

出入り禁止を受けた上で侵入するなら、こちらに従う気がないのは明白だ。

改めて退去勧告をした所で従うとは思えないし、戦闘になる可能性は高い。

ならば、密入領を確認した時点で抹殺対象としても結果は変わらない。

退去勧告は対応に当たる雪風たちの危険を増すだけでデメリットしかない。


シェリー達からは退去勧告に従わず応戦した者を処刑したと情報を流して貰う。

この情報は正確でも具体的でもなく、噂への基本方針に反することになるな。

だが、馬鹿正直に問答無用で処刑すると公表すれば強い反発を受けるだろう。

殺した侵入者の名前を公表した場合、冒険者達がどう反応するかも気になる。

出入り禁止の当人はまだしも、帯同者の処刑については反発が大きいだろう。

だが、不法侵入者に対してはこちらも甘い対応をするわけにもいかない。


シェリー「まーた難しい顔してる。駄目だよ?もっと鼻の下伸ばさなきゃ」

一樹「えーと、こうか?」


シェリーが俺の手で自分のおっぱいをぽよぽよと揺らす。

俺もそれに合わせてシェリーのおっぱいを軽く揉んでにやけて見せる。

確かにこの状況で難しい表情をしていては、密談をしているとばればれだな。


シェリー「んー、まだ表情が硬いかな。じゃあ、考え事してる時はこうだ!」


シェリーは俺に向かい合う形で俺の膝に座りなおす。

俺の頭を抱えて大きなおっぱいに顔を押し付けた。

そして俺の手首を掴むと、俺のこめかみに大きなおっぱいを押し付ける。

顔面が柔らかなおっぱいの感触に包まれる感覚が心地よい。


シェリー「どう?これなら表情は見えないよ」

一樹「なるほど、確かにこれならいちゃついてるようにしか見えないな」

シェリー「うんうん」


シェリーが子供をあやすかのように俺の頭を撫でる。

これなら仮に誰か入ってきても密談をしているようには見えないな。

こういうプレイが好きだと思われるのは心外だけどね。


俺は嘘は苦手だし、嫌いでもある。

変な噂には正確で具体的な情報をぶつけるという正攻法が有効なはず。

半端な嘘で塗りつぶそうとするのは、下策、或いは高等技術だろう。

俺の選択肢として適切とは言えないが、今はそれに縋るしかなさそうだ。


入領禁止宣告を受けてなお密入領を試みて処刑された冒険者は2組のはず。

だが、当然の事ながら未帰還パーティーはそれよりも多い。

こいつとこいつは殺したが他は知らん、と公表したとして信用されるのか?

また、そこが信用されようとされまいと、別の問題が浮上してくる。

具体的な名前を挙げれば個別の対応の正当性について追求されるだろう。

実際、審議が必要な案件だろうが、少なくとも今は対応する時間が惜しい。


不法入領者と警備隊に応戦した帯同者は殺される場合があるとだけ公表する。

『魔界』に向かった冒険者であるならどこで死んだとしても不思議は無い。

未帰還者を殺したのが俺の手の者と断定するのは難しい筈だ。

その一方で、不法入領者と一緒なら殺される可能性がある事は伝わる。

出入り禁止を宣告された者とパーティーを組みたがる者は減るだろう。

さすがに1人では来ないだろうし、その手の戦闘は減ってくれる筈だ。


一樹「他に変な噂を流れてるようなら随時教えてくれ。できるだけ正確で具体的な情報で上書きしていこう」

シェリー「分かった。いろいろ探ってみるね」

一樹「ああ、頼む」


上手な嘘吐きは真実の中に一片の嘘を混ぜ込むと聞いた事がある。

正確な情報を発信し続ければ、情報ソースとしての信頼性もあがるだろう。

そうなれば不法侵入者の抹殺に関する嘘も、うまく誤魔化せるだろうか?


それで王国貴族の放つ工作員の嘘を潰しきるのは難しいだろうけどね。

おそらく付け焼刃の腹芸だの権謀術数だのが通用する相手では無いだろう。

何より、嘘を捏造するのは簡単だが、反証はそれより遥かに手間がかかる。

ただ事実を伝えるだけの事がこんなにも難しい。


いや、今は俺も隠し事は多いし、いくらか嘘も吐いているんだったな。

つき慣れない嘘に、頭の中がごちゃごちゃになりそうになる。

やはり俺は向いてない。それでも慣れるべきなんだろうか?

それとも得意そうなクリスやアウラエル辺りに任せた方がいいのか?


いずれにしても一朝一夕の学習で王国の狐狸妖怪どもと渡り合える筈も無い。

武術同様、俺自身はひとまず単純な力押しに徹しよう。

妙な噂に対して、一部を除いては正確で具体的な情報を積極的に発信する。

隠す所は有るにしても、嘘は出来るだけ吐かずに黙秘を貫く。


シェリー「変な噂といえば、一樹様のお店のクッキーは人間が材料なんて話もあったよ」

一樹「なんだ、そりゃ?」

シェリー「訳分かんないよねー」

一樹「そうだな。そういうデマを流すなら、せめてソーセージみたいな肉製品にすればいいものを」

シェリー「ほんと。さすがにこれは誰も信じないと思う」


荒唐無稽な噂や事実無根の噂というのは案外厄介なものだ。

突っ込み所が多すぎて反論しようにもどこから手をつけたものか分らない。

少し考えれば嘘と分かるだろうと言いたくもなるが、意外と火消しが難しい。

地球でもこの手の誹謗中傷には悩まされたが、有効な対策を俺はまだ知らない。


嘘はいけない、正直で在るべきだと教師や教科書は語る。

正直で在れば、誠実で在ればいつか必ず報われると子供向けの絵本は騙る。

だが、ただ事実を言葉にするだけでは「正直者」にはなれないらしい。

出鱈目でも、声の大きい者や弁の立つ者が周囲の信用を勝ち取っていく。


今となっては謎とも言えないこの矛盾に、随分と苦しめられてきた。

他のなぞなぞ同様、解が分かってしまえば何の事はないんだけどね。

一言で言えば「人を裁くのは神では無く人である」というだけの事。


ガキ大将や教師、上司や顧客、そして大衆。

力を持つ者たちにどのような印象を与えるか、結局はそれが裁定を決める。

誠実で在ろうと努める事は大切だし、しばしば実際に誠実な印象に繋がるだろう。

だが、処世術としてはそれだけでは不十分だという事だ。


正直で在る事以上に大事なのは、正直に見せる事。

公正で在る事以上に大事なのは、公正を装う事。


誠実で在ろうと努めると同時に、それを周囲に示す努力も怠ってはならない。

そうでなければ、ただ嘘が上手いだけの卑怯者のほうが周囲の信用を攫って行く。

だのに俺は、愚かにも真実はいつか審らかになると妄信していた。

嘘が無い事も、悪意が無い事も、きっと伝わると信じていた。

我ながらなんとも幼稚な事だ。


シェリー「ちょっと、一樹様!痛いよ」

一樹「すまん!ちょっと考え事をしていた」

シェリー「もう!おっぱいは優しく触ってよね」

一樹「そうだな、そうしよう」

シェリー「んっ・・」


魔力を浸透させながらシェリーのおっぱいをゆっくりと揉みしだく。

中の状態を確認していくが、幸い炎症や内出血は起きていないようだ。

身体強化は『発動句』も無く、ほぼ無意識に発動できる様になっている。

うっかり潰してしまわない様に気を付けないとな。


この世界に来て、随分と嘘も吐いた、釈明し難い罪も犯してきた。

それはなるみを護るため、『魔族』が人と共存できる世界を作るためだ。

だが、この罪が審らかになれば、『魔族』はやはり危険で邪悪と断じられるのか?

そうなれば俺の努力は水の泡どころか、寧ろ逆効果だったと言う事になる。


ならば、俺の罪は闇に葬り去り、虚飾の名君を演じなければならない。

俺にできるのか?嘘も腹芸も満足にできない俺に?否、出来る気がしないな。

俺は御簾の奥にでも篭り、弁が立ち実務能力のある執政官を立てるべきだろう。

人を裁く神が居るのなら、俺の残った寿命の分だけ執行猶予をお願いするとしよう。


そして、せめて俺の領民達くらいは正直者が報われる環境にしてやりたい。

冤罪を無くし、罪は罪としてしっかりと裁かれる領にしていきたい。

その為に、まずは文月たちの力で一切の偽証を排除して貰う。


文月は証人の反応から真偽を判定する訳だが、証人が誤認している可能性もある。

街のそこかしこに防犯カメラを置いたが、併せて科学捜査とかも研究しないとな。

当然だが犯罪が起きないのが一番なので、防犯についても研究を進めよう。

無辜の領民たちが苦しむことの無い平和な社会を目指す。


その影に侵略者や罪人達の死体の山を築く事にはなりそうだけどね。

当然だが戦争を防ぐ外交努力と犯罪を防ぐ防犯対策が大前提ではある。

だが、実際に行使された暴力に対しては、こちらも武器を取るより他は無い。

相手の非道・卑劣を責めた所で、失ったものは帰ってこないのだから。


シェリー「一樹様、また何か考え事してる」

一樹「ああ、すまん」

シェリー「もう許しません」

一樹「ええと、どうしたらいい」

シェリー「2回目を要求します」

一樹「そんなんでいいのか?」

シェリー「んふー、ちょっと長湯しちゃったしね。2つくらい使っとかないと怪しまれちゃうよ」

一樹「仰せのままに」


シェリーの言う通り、今は彼女の肢体に溺れよう。

彼女は名も無い『ギルド』との連絡員だが、実際に俺との仲もいい。

諜報部隊も兼ねる『ギルド』の構成員にしては嘘が苦手っぽいけどね。

だが、そこが一緒に居て安心できる所でもある。


流言の対応は『ギルド』がうまくやってくれるだろう。

男爵家とアイナの件も懸念は残るが一応の進展は見られている。

マリーたちは王都に居るから、何かあっても巻き込む事はない筈だ。

領の開発は順調だし、財政も黒字で安定している。

気苦労は多いが、差し当たって問題はないはずだ。


教育と研究関連でも、光学顕微鏡を50セットほど作る事にした。

王国にも顕微鏡はあるらしいが、マリーは触った事が無いようだった。

春になったら、マリーはまた植物園に来てくれるだろう。

今度来た時に貸してあげれば喜んでくれるかな?

推薦状代わりに提出する魔界の植物観察レポートもきっと充実する。


顕微鏡の使用法をレクチャーする動画にも出演して貰おう。

うちの領民の子供達はほぼ全員が光学顕微鏡での自然観察体験を持つ。

教育分野に関して、王国に勝る部分が細やかながら1つはできそうだ。

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