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第108話 魔獣

一樹「良いニュースと悪いニュースがある。どっちもお前にとっては微妙な話かもしれないけどな」

トールヴート「悪い方は察しがつく。良い方から教えてくれ」


牢に繋がれた褐色の肌の赤毛の大男が応じる。

こいつは『ゴブリンダンジョン』深層に侵入したパーティーの生き残りだ。

ここはこいつを幽閉する為に急遽その南側に造った監獄ダンジョン。

虜囚は現時点でこいつを含めて2人だけだ。


一樹「王国の名誉男爵になって一時的にだが北東部の統治を任される事になった。イーランプライズ子爵とは地理的にも派閥的にも遠いが、今より少しは情報を得やすくなるだろう」

トールブート「くっくっ、魔界寄りの辺境とはいえ、魔族を代官に据えるとは随分と妙な話になっているな」

一樹「まあ、いろいろあってな」

トールヴート「おめでとうと言うべきかな?」

一樹「要らんよ。王国での爵位など興味は無いからな」

トールヴート「そうか。それで、悪い方の知らせはなんだ?」

一樹「イーランプライズの手の者がうちの領に来ていたらしい。違法薬物を所持していたから捕らえようとしたが、武器を持って抵抗したのでその場で処断した。メイドが1人生き残ってはいるが、大した情報は得られそうに無い。チャンスを活かせず悪かった」

トールヴート「そんな事か。わざわざ魔族領に来て暴れたのであればそいつは捨て駒だろう。機密情報など知る立場ではないだろうな」

一樹「ああ、なぜか最近になってようやく紳士録に登録されたばかりの男らしい。30歳を過ぎた遠縁の男だそうだ」

トールヴート「分かり易い捨て駒だな」

一樹「狙いは何だと思う?」

トールヴート「さてな。単純に考えるなら、生きていれば圧力をかけて身柄の返還請求をし、力の誇示に使う。死んだなら賠償請求か開戦の口実と言ったところだろう」


圧力に屈して罪人を引き渡せば、俺の統治実態がないと示せる訳か。

結果論だが、その場で処断したのはむしろ好かったのかも知れない。


トールヴート「俺の方からも知らせが1つある。悪い方だけだがな」

一樹「なんだ?」

トールヴート「『聖騎士』の加護が無くなった。どうやら俺は見限られたらしい」

一樹「そうか」


この監獄ダンジョンへも冒険者の侵入はある。

だが、王国貴族による積極的な働きかけは見られない。

王国は『聖騎士』の現在位置を知る方法はおそらく持っていないのだろう。

そう思わせる為に敢えてこっちに手を出していない可能性もあるけどな。


そして、当人が居なくても教会側で『聖騎士』の称号を剥奪出来る事はわかった。

『聖騎士』は6人しか任命できないらしいが、生け捕りにしても枠は減らせない訳か。

後任が決まる時期を少し遅らせる程度の効果では、リスクに見合わない。


トールヴート「これで俺を生かして置く理由も無くなったな」

一樹「そのようだ」

トールヴート「母親の件は忘れてくれ。おそらくもう生きてはいまい。そもそも貴殿に頼むのは筋違いだった」

一樹「すまん」


俺は地下牢を後にした。

あの男はいろいろと知り過ぎてしまった。

身柄が王国側に渡ってしまえば何かと面倒な事になるだろう。

『聖騎士』の加護を失ったのであれば生かして置くメリットはもう無い。

あいつの母親の件も、俺がどうにかしてやる義理も手段も無い。


そして複製とはいえ弥生を殺した侵入者、殺す理由としては十分だ。

だが、既に囚われの身で、武器も戦意も無くした男を殺せるのか?

いや、死刑囚なんて基本的に針1本すら持ってないのが普通か。


一樹「なるみ、周辺に冒険者のパーティーは居るか?」

なるみ「んーと、今は『ゴブリンダンジョン』2層に1組と、入り口付近に1組だね」

一樹「2層のパーティーは撃退できそうか?」

なるみ「大丈夫そう。たぶんゴブリンの魔石狙いじゃないかな?」

一樹「ならいい。地上のパーティーは男だけか?」

なるみ「うん、男だけの4人組だね」

一樹「なら、狙いは『えろえろダンジョン』じゃなくて『ゴブリンダンジョン』で確定だな」

なるみ「そうだね。あとリーダーっぽい奴の剣がミスリル合金っぽいから要注意だね」

一樹「それは怖い。殲滅対象だな。雪風たちで密かに包囲しておいてくれ。俺が突っ込むから合わせろ」

なるみ「あいさー!」


そんなお高い装備を持った奴が小さな魔石拾いで満足するはずが無い。

『ゴブリンダンジョン』にかけられた金貨200枚の懸賞金が目当てだろう。

ならば地下3層の警告文を無視して進むつもりの筈。


俺は『プライベート・ブラック』の衣装に着替えて冒険者を急襲する。

俺が棍棒で武器や鎧もろとも冒険者の手足を折り、雪風たちが止めを刺していく。

装備の回収と死体の処理を任せ、瞬間移動でメインダンジョンに戻った。


衣装を脱ぎ捨ててシャワーを浴びる。

やつ当たり、追い剥ぎ、今更否定する気も無い。

だが、武器を持った侵入者に遠慮してやる道理もないだろう。

高レベル冒険者に何度も侵入されればコアを破壊されるリスクも上がるしね。


そういえば、今回のやつらは装備の割りに手応えは少し薄かったか。

ミスリル装備にようやく手が届いたばかりの中堅どころのパーティーだろうか?

それとも親か誰かから良い装備を買ってもらったのだろうか?

或いは俺の戦闘能力が上がってきているという事もあるかな?

或いは俺が・・・・


アネモネ「失礼します」


いつものように女性型ガーディアンが浴室に入ってくる。

俺はアネモネの身体を強く抱き締めた。


アネモネ「どうしました?」

一樹「・・・いや、なんでもない」

アネモネ「では、お体洗っていきますね」

一樹「ああ、頼む」


全裸のアネモネが身体を密着させながら俺の身体を擦り洗っていく。

俺は彼女の引き締まったお尻に手を伸ばした。

アネモネは動じる事無く俺の身体を洗い続ける。

俺は心地よい弾力に意識を没入させるように指先を蠢かせる。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


一通り俺の身体を洗い終えると、アネモネはいつものように全裸報告会に移る。

例によってエロいんだけど最後まではしてくれない生殺し状態だ。


アネモネ「まずは1体目の亀型の亜龍ですが、大型のテストゥディネス=フェローチェでした。推定年齢は150歳ほどと思われます」

一樹「てすとぅ・・・ややこしい名前だな」


今日の内容は先日グリシーヌが狩って来た2体の魔獣が中心らしい。

全裸のアネモネは細く引き締まった身体を惜しみなく晒している。


アネモネ「大きな個体は冒険者との接触機会も多くはありませんので、特に固有の略称などは無いようですね。単に大亀ですとか地龍などと呼ばれているようです」

一樹「なるほど。どんな素材が取れるんだ?」

アネモネ「爪とくちばしは武器や魔法の『発動体』として使えます。革や鱗は防具、肝臓は解毒剤、心臓は強壮剤に使えますね」

一樹「あと、血と脂は魔道回路に使えるんだったか?」

アネモネ「はい、これ程の魔獣であれば20年は持つでしょう」


魔力の高い魔獣のものほど発動率と耐久年数が上がるんだったか。

20年持つならけっこう安心して使えそうだな。


一樹「それはいいな。東のダンジョンの油壺に使おう」

アネモネ「承知しました。内臓系は痛みやすいので僭越ながら既に独断でアルケミストチームに回しておきました」

一樹「分かった。今後もそうしてくれ」

アネモネ「はい。肉は高級食材になりますので、冷暗所で熟成中です。長期保存するようでしたら冷凍庫を用意した方がよいでしょう」


そういえば、ダンジョン内部はー200度位まで下げられるんだっけ?

消費魔力が気にはなるから、-20度位の大型冷凍庫でも造っておくか。


一樹「手配しておこう」

アネモネ「それと、亀型の大型魔獣特有の素材としては角質甲板が弓の素材として優秀です」

一樹「おお!それはいいな」

アネモネ「一般的な弦では強度が心配ですが、今回は幸いにもヘルスパイダーの糸も手に入りましたので弓の強化ができそうですね。いずれも魔力との親和性が高いので威力はかなり上がります」


ヘルスパイダーってのは一緒に持ってきた大蜘蛛の事か?

蜘蛛の糸ってのは鋼線以上に丈夫だってきくな。

魔物の素材ならそれ以上なのだろう。


一樹「それは心強いな。できれば数が欲しいが、どの程度なら狩っても大丈夫かな?」

アネモネ「冒険者や他のダンジョンマスターの狩りペースにもよりますのでなんとも。弓に使うならできれば甲長7m以上、最低でも5mは欲しいですが、そのレベルの個体は『魔界』全体でも数百匹程度でしょう」


甲長5m以上が数百匹、多いのか少ないのか判断に迷う所だな。

冒険者は簡単に狩れないだろうし、持ち帰るのも大変そうだ。

実際、今回の獲物は150年狩られずに生きてたわけだしね。


となると、他のダンジョンマスターがどの程度狩るのかが問題か。

狩り過ぎて絶滅なんて事にするわけにはいかない。

しかし、遠慮し過ぎて俺だけ素材を入手し損ねる事態も避けたい。

交流がないから狩猟制限協定とか作れないのが問題だよな。


一樹「どの程度まで大きくなるんだ?」

アネモネ「条件がよければ10m近くまで育つこともあるようですが、ほとんどの個体は2mになる前に食われて死にます。生き残った者も6~8m辺りで死ぬことが多いようですね」

一樹「その辺りで寿命が来るわけか」

アネモネ「それもありますが、餌場の確保が難しくなって衰弱する事が多いようです」

一樹「なら、7m超えの個体は見つけ次第狩っても支障はないかな?」

アネモネ「はい」

一樹「ではグリシーヌに頼んでおこう」

アネモネ「骨格標本の件はどうしましょうか?下顎と頚椎が一部砕けていますが、パーツは揃っているので復元は可能です」


そういえば博物館に置く骨格標本の収集も頼んでいるんだったな。

今回の獲物は全長10mくらいだったか?展示物の目玉になりそうだ。


一樹「手間をかけるが復元を頼む。亜龍が相手ではさすがに命がけだろうからな。骨を壊さず仕留めろとも言い難い」

アネモネ「承知しました。次に、先ほども触れたヘルスパイダーですが、ほぼ最大級でエンペラーヘルスパイダーと呼ばれています」


大層な名前だが、エルフ族が手を焼くくらいだしな。


アネモネ「肉は食用に向きませんので、ゴブリンの餌にしておきました」

一樹「あいつら何でも食うんだな」

アネモネ「はい。同時に様々な魔物の餌となって魔界の生態系を支えてもいます」

一樹「なるほど。それで、蜘蛛からはどんな素材が取れるんだ?」

アネモネ「武具やポーションに使える素材も在りますが、見栄えや印象が悪いせいか不人気ですね。主な素材は麻痺毒の取れる毒腺と・・・」

なるみ「かずきおにぃちゃん、最初のダンジョンの地下3層ボス部屋に侵入者だよ」


なるみが俺の耳元に声だけ飛ばしてくる。

人間族が『ゴブリンダンジョン』と呼ぶダンジョンの地下3層か。

あそこのボス部屋の前には警告文も刻んでおいたはずだがな。


一樹「またか。すぐ行く」

なるみ「んー、今回もその必要はないかも」

一樹「そうなのか?」

なるみ「言われてたから一応知らせはしたけど、現地のガーディアンで撃退できそうだよ。見る?」

一樹「ああ、頼む」


中空にモニターが現れ、『ゴブリンダンジョン』地下3層を映し出す。

向こうの主は『プライベート・ブラック』という別人の態でいる。

ダンジョン内部の様子を俺が見られるという事も一応機密事項だ。

だが、この場に居るのは俺とアネモネの2人だけだから問題はないだろう。


ボス部屋は30m*6mほどの細長い構造になっている。

アタッカーとして中央にリッチ、背後の壁にはゴーレムが埋められている。

それを大盾の乙女の裸像型ゴーレム2体と防御系の魔女2人が守る構成だ。

中距離戦闘特化型の編成が細長い部屋で待ち受けるという訳だ。


侵入者は5人組、2層のボス部屋を突破したのならそこそこの腕だろう。

反撃できずにいるが、リッチとバリスタの猛攻をなんとか凌いではいる。

反撃したところで、半端な攻撃では盾と魔道防壁に弾かれるだけだけどな。

さすがに先日の『聖騎士』の様に盾を掲げて吶喊という訳にはいかないか。

次第に侵入者たちの表情が疲弊と絶望の色に染まっていく。


呼応するように、微かに力が湧いて来るのを感じる。

俺の身体は怒りや喜びと言った感情の昂ぶりで魔力を生むんだったか。

まさか、俺は敵とは言え死にゆく者を眺めて喜んでいるのか?

戦いにおいて味方が優勢であることは喜ばしいことではあるが・・・。


一樹「2層のボスを突破して気が大きくなったのかな?わざわざ警告文まで掲示してやったってのに」

なるみ「そうかもね。このパーティーなら2層のボスはけっこう余裕あったみたいだし」


『聖騎士』トールヴートを捕らえて以来、ここへの侵入者が増えた。

どこぞの貴族がダンジョン踏破に金貨200枚の懸賞金をかけたらしい。

おかげで地下3層の警告文を無視してボス部屋に進む者が増えた。

ゴブリンの魔石集めで満足してくれれば死なずに済むものを・・・。


一樹「もっと段階的に強くした方が相手も退き際を見極めやすい訳か」

なるみ「そうだね。ここはともかく、メインダンジョンはもっと階層を増やしてボス部屋を置いた方がいいかも」


敢えて戦力の逐次投入をするわけか、気が進まないな。

メインダンジョンはエイミーたち人型ガーディアンが防衛に当たっている。

ゴブリンたちはともかく、彼女らを危険に晒すのは避けたい。

やるとしたらゴーレムか?それでも人型はちょっと抵抗あるけどね。


なるみ「敵の魔道師もそろそろ限界っぽいね」


一度ボス部屋に入ればどちらかが死ぬまで扉が開くことは無い。

侵入者達は覚悟を決めてじわじわと階層の守り手達に迫っている。

だが、隠れる場所も無く自分たちの盾と魔道防壁だけが頼りだ。

30mという、走ればほんの数秒の筈の距離が縮まらない。


一人また一人と侵入者が倒れる度、僅かながら力が湧いて来る。

喜びの訳が無い。これは冒険者を死地へと追い遣る者への怒りなのだろう。

懸賞金が無ければこいつらだってここまで無理はしなかったかもしれない。

或いはわざわざ刻んだ警告文を無視して自ら死地に飛び込む愚かさへの怒りか?

俺だって殺したいわけじゃないから、わざわざ警告文だって刻んだのに。


一樹「確かに現地の戦力だけで十分だったようだな。報告ありがとう。もう閉じてくれ」

なるみ「あい」


他人であり侵入者であるとはいえ、今俺のダンジョンで人が死んでいる。

命が無為に失われ、必要以上に俺の手が血で汚されていっている。

憤って当然の状況なのに、俺の心は怒りを自覚できないほど鈍っているのか?

いや、俺は怒っている。憤っているはずだ。そうでなくてはいけない。


アネモネ「3層のボス部屋の扉の外観を変えるのもいいかもしれません。獣は見慣れない物や鏡などを置くと警戒して近づかない場合もあります」

一樹「なるほど。あ、すまん!湯冷めするといけないから湯船に入っといてくれ」


アネモネが全裸のまま浴室の洗い場で待っていた。

いつもの全裸報告会の途中だったな。


アネモネ「お気遣いありがとうございます。ですが、ご主人様。湯冷めの心配は無用です」

一樹「いや、そうなんだが・・・。とりあえず入って座ってくれ」

アネモネ「承知しました」


魔道人形なんだから湯冷めの心配がないのは分かってるけどね。

なんというか、ビジュアル的にちょっと居た堪れなくなる。

それを言うなら全裸報告会の時点でどうなんだって話もあるけどさ。

そこはまあ、人形なんだからよしとしよう。


アネモネは湯船に入ると、俺の膝の上に座った。なぜ?

浮力の分だけソフトタッチになったお尻の感触が心地よい。

こんなことをしている場合では無いのだが・・・。

いや、憤っているばかりでは状況は改善しないな。


アネモネのおかげで少し平静を取り戻せた。

注目を浴びて侵入者が増えた今は、印象操作の好機でもあるのだろう。

冒険者達に地下3層のボス部屋への侵入を躊躇わせるような印象。

冒険者ギルドや王国貴族達がダンジョンを存続させたがるような印象。


短期的な防衛に関してはひたすらに罠と魔物を詰め込めばそれでいい。

だが、それでは人間族にとって危険で無益なダンジョンと判断されてしまう。

その場合、奴らはダンジョンの破壊を目指す事になるだろう。

危険を排除し、ダンジョン最奥にあるはずの秘宝を入手するためだ。


だが、ここに住んでいるのは現状でゴブリンとカミツキウサギ程度。

王国との間には山脈も在るし、そいつらが王国の脅威になることはまず無い。

侵入した場合でも、地下3層の警告に従えば生きて帰れる可能性が高い。

警告文という分かりやすい目印があるのだから、判断に迷う事も無いだろう。

現状でこのダンジョンの存続を危険視される要素は無い筈だ。

問題はダンジョン存続による人間族側のメリットをどうするかだ。


アネモネ「逆に仕留めたい場合でしたら、2層のボス部屋に自然な形で餌を置いておくのもいいかもしれませんね」

一樹「いや、別に仕留めたい訳じゃないんだが・・・一応参考までに聞かせてもらえるか?」

アネモネ「2層のボスに小銭になる程度の実体の装備を持たせるですとか、『えろえろダンジョン』と同じ種類のキノコを生やして置くなどどうでしょう?3層のボス部屋への期待が高まります」

一樹「なるほど」


仕留めるかどうかは別として、適度に財宝の類を配置するのはよさそうだな。

単に生きて帰れると言うだけではおそらく冒険者達は納得しないだろう。

隣接する『えろえろダンジョン』では高級キノコなどの景品を用意した。

『ゴブリンダンジョン』でも地下3層までに景品を用意するべきか?

地下3層の警告文の手前まででそれなりに稼げるなら帰ってくれるかな?


いま話に出た『えろえろダンジョン』は『ゴブリンダンジョン』の一部だ。

隔壁で行き来は出来ないが、外観を見れば1つのダンジョンと分かるだろう。

それなら両方に同じ種類のキノコが在っても不自然はない。

ボス部屋の中であれば天然のゴブリンに食べられる心配も無い。


その上で、地下3層のボス部屋に侵入した者は確実に殺さなければならない。

そうで無くては、警告文の信憑性が薄れ、俺達と侵入者双方に死の危険が増す。

こっちが侵入者の生死の心配をしてやるのも可笑しな話だけどな。

まあ、代わりにせいぜいこっちも利用させてもらう事にしよう。


ガーディアンたちの戦闘経験はダンジョンコアを通じて共有される。

例えばゴブリンソードマンが戦えば、剣士のジェシカやエイミーも強くなる。

体格の違い等の補正が必要になるため、完全に反映される訳では無いけどね。

ジェシカが直接戦った方が効率的だが、彼女らを危険にさらす事は避けたい。

そういった事情から、ゴブリンたちを冒険者にぶつける環境が欲しいのだ。


適度に冒険者を呼び込むことができれば、ゴブリンたちの戦闘機会が増える。

また、継続的に稼げるダンジョンなら、コアをつぶそうという者は出にくい。

仮に出たとしても、周囲の冒険者が止めてくれるだろう。


そうやってダンジョンと冒険者の共生関係を築くのだ。

アブラムシがアリに蜜を与えるように、冒険者たちに魔石などを提供する。

俺達がアブラムシと違うのは、蜜を与える裏で密かに牙を研ぎ続ける事。

いつかアリが蜜に飽き足らず肉を食もうとした時は、その首を落とせるように。

その為にも、冒険者とは殺し合い奪い合う関係性を維持しなければならない。


なんとも面倒な話だ。

そんな関係を解消する為に貴重な森を切り開き、街を造ったと言うのに。

だが、それがダンジョンへの侵入を将来に渡って根絶できる保障はない。

そうでなくとも、ダンジョンマスターが対処すべき敵は多い。

牙を研ぐ手を止める訳にはいかない。


だが、地下2層に餌を置けば、侵入者を3層ボスに誘引する事になるのか?

うちのゴブリン達に戦闘経験は積ませたいが、死人はあまり出したくない。

『えろえろダンジョン』と同じく、明示されたルールを守ればリスクは低い。

だが、そのルールを破るなら今度は逆に死の危険が待っている。

それを暗に、かつ明確に伝えなければならない。


注目を浴びている今殺せば、最終的な死者は減らせるかも知れない。

「警告文の手前で引き返した者しか生還していない」と明確に認識させる。

散発的な未帰還パーティーでは傾向を掴むのに時間が掛かるだろう。

殺すならせめて最小限の死でメッセージを届けたい。殺すなら今だ。


だが、『聖騎士』などが焼死する度に俺が油を買い込むのは問題だな。

『ゴブリンダンジョン』の主が俺である事を勘付かれてしまうかも知れない。

既に勘付いている者も居るかも知れないが、より確信に近づく事になる。

石鹸の事もあるし、油の自給率をもっと高める必要がある。


一樹「ジャイアントボアって獣脂は取れるかな?」

アネモネ「はい、今でしたらちょうど冬に向けて脂肪を蓄えている時期ですね」


思いのほか近くから聞こえた返答に少し驚いた。

知らぬ間にアネモネを抱き寄せていたようだ。

控えめなおっぱいが俺の胸に軽く押し当てられている。


アネモネ「ただ、繁殖期はもう少し先になります。狩るなら老齢の個体か、少数の弱そうな雄のみに留めるのがよいかと思います」

一樹「弱そうな雄というのは、雌の奪い合いに勝てそうに無いからか?」

アネモネ「はい。食料の減る冬に向けて間引いておけば、残りの個体の生存率も上がるでしょう」


裸のアネモネが俺の膝の上で説明を補足する。

ジャイアントボアの世界はなかなか世知辛いようだな。

いや、これは野生動物全般・・・人間もけっこうそうか?

そういう意味では俺は恵まれてるのかな?遺伝子は残せないけどね。

俺は改めてアネモネのお尻と太ももの感触を堪能する。


燃やすだけなら、獣脂でも十分なエネルギーを持っているだろう。

植物油同様、そのままではあんまり派手に燃えてはくれないだろうけどね。

コバルト達に加工の手間はかけるが、ジャイアントボアの脂も使うとしよう。


一樹「狩る数の調整と個体の選別は任せていいか?アタッカーはいつも通り俺がやる」

アネモネ「はい、お任せください」


肉は普通に食べるとして、脂身はよく煮込んで脂を採ろう。

残ったコラーゲンたっぷりのゼラチン質は食材として売れば良い。

煮汁もスープとして利用できるかもしれないな。

命を頂くからにはできるだけ無駄のないようにしないとね。


アネモネ「解体の報告が途中でしたが、話を戻してもよろしいですか?」

一樹「そうだったな。頼む」


アネモネがその場で立ち上がって直立姿勢に戻った。

離れていくお尻の感覚がちょっと名残惜しい。

というか、成り行き上距離が近いので大事な所が更に目の前に来た。

女性型ガーディアンは皆さん首から下の毛はないらしい。


アネモネ「ヘルスパイダーから採れる主な素材は糸腺と毒腺に残る分泌物になります。毒は麻痺毒で、糸腺の分泌物は糸状やシート状に加工できます」

一樹「糸は魅力だが、身体がでかい割りに使える部分は少ないんだな」

アネモネ「見栄えなどを気にしなければ、鋏角や爪、背甲などは武具に使えますし、内臓も一部はポーションにする事は可能です」

一樹「そういえばさっきもそんな事を言っていたか。使える部分は一応取って置いてくれ」

アネモネ「はい。残りのはらわたや肉はゴブリンの餌にしました。魔獣の肉を食べさせておけば幾らか力も増しますし、上位種の出生率も上がります」

一樹「なるほど。それなら無駄が無いな」

アネモネ「報告は以上になります」

一樹「ご苦労だった。ありがとう」

アネモネ「はい。では、失礼致します」


アネモネは俺の両手をとって自分のおっぱいに押し付けた。

いつからか、これが退出の挨拶として定着してしまっている。

そのままにこりと笑って一礼すると、脱衣所のほうへと向かった。

程よく引き締まったお尻がとても魅力的だ。


それはともかく、ダンジョンの改装について検討を進めなければ。

問題は『ゴブリンダンジョン』地下2層ボス部屋に置く餌か。

エレベーターはないが、運搬は特に問題はないだろう。

成人男性にはきついがゴブリンは通れる程度の穴がたくさん開いている。

秋風たち忍者娘なら最奥のボス部屋から難無く通うことができる筈だ。


俺はアネモネに続いて脱衣所に向かった。

アネモネは俺が見えていないかのようにゆっくりと身体を拭いている。

まるで透明人間になってこっそり女湯の脱衣所に忍び込んだみたいだ。

スケベ心に混じって奇妙な安堵感と寂寥感が微かに胸に沸き起こる。

俺はアネモネの形の良いお尻を注視してスケベ心で心を塗りつぶした。


さて、残る問題は置く宝を何にするかだな。

キノコは決まりとしても、成長済みのキノコを置いておくのは不自然だ。

それに、いつ冒険者が来るとも分からないから、萎れてしまうかもしれない。

岩壁の隙間とかに菌床を仕込むつもりだが、成長するまで時間がかかる。

すぐに変更しても違和感が無さそうなのは、オーク兵の武器防具辺りか。


メインダンジョンを下に1階層拡張して、一部を鍛冶場にした。

俺が買った武器がオーク兵からドロップしたのではちょっとまずい。

現地で侵入者から奪うか、自作するかしないといけないだろう。


鍛冶師型ガーディアンを召喚し、ウリエルと名づけた。

落ち着いた雰囲気の、黒髪のちょっと美形のおっさんだ。

作業量を稼ぐ為にコピーも20体召喚しておいた。

コピーの方は遮光ゴーグルとマスクで顔はほぼ見えない。


一樹「あとの問題は原料をどこから調達するかだな。ジャイアントボアの革はたっぷりあるけど、鉄が問題だな」

なるみ「鉄ならストックはけっこうあるよ?」

一樹「そういえば、侵入者や王国兵から取り上げた武具があったな」

なるみ「それだけでも1トン以上はありそうだね」

一樹「他にもあるのか?」

なるみ「ダンジョンの掘削で出た土砂から抽出すれば、1メガトン以上は採れるんじゃないかな?」

一樹「メガトン?」

なるみ「さすがに全部抽出しようと思ったら魔力消費がすごいことになるけどね。含有率の高い部分を狙えば少ない魔力でも数十トンは採れると思うよ」


無くなった土砂がどこに消えたか不思議ではあったんだよね。

どこか魔法の不思議空間に格納されているという事か。

コアが無くなるとダンジョンが崩壊するのは、それが放出されるのかな?


一樹「では、ひとまずその含有率の高い部分から順次抽出を頼む。造ったものは鍛冶場に送っといてくれ」

なるみ「あいさー」


鉄と革と木材があれば大体の武器・防具は作れそうだよな。

あ、紐とか接着剤で工房を特定されるとかいう可能性はあるかな?

紐は革紐を使えばあんまり工房の特徴とかは出難いか?

あとは「『魔界』で一般的な製法」とか言えば誤魔化せるかな?


一樹「ではウリエル、ひとまず練習を兼ねてオーク用とゴブリン用の武具の作成を頼む。勝手が掴めて来たら順次ジェシカ達の武具の生産も進めてくれ」

ウリエル「承知しました」


この世界は精錬技術があまり発達していないらしい。

鉄の塊と言うだけでいくらかの金に換える事ができるそうだ。

オークのドロップ品として鉄の武具を用意すれば餌になるだろう。

地下鉄東駅の近くにくず鉄の買取所も作っておくかな?


一樹「10人は鏃の作成を頼む。貫通力が最優先、使い捨ての前提でバキバキに焼入れしといてくれ」

ウリエル「そちらもゴブリン用ですか?」

一樹「いや、そっちは人間用だ。テスト用の鎧と人形を後で用意しておく。ある程度の魔道防壁越しでも鎧まで貫通し、敵の体内で砕ける程度の強度が理想だ」

ウリエル「承知しました」


実体のある鏃は各ダンジョンの最奥のボス部屋で使おう。

本物の矢が刺さった場合、破片の除去や傷口の消毒が必要な筈。

だが、ガーディアンの使う矢は基本的に魔力を具現化したものだ。

維持するにも魔力が必要で、放たれてから5秒も持たずに消えてしまう。

それ故に相手は魔法で自己治癒を加速して傷口を塞ぐだけで済む。


だが、ボス部屋まで来る様な奴らには、もう少し手間を掛けてもらおう。

せっかく矢を当てても、その場ですぐに治癒魔法などで回復されては面倒だ。

素材の収集や加工の手間はかかるが、しっかり焼入れした本物の鏃を用意する。

それでも傷は塞げるだろうが、体内に異物がある状態では戦いにくいだろう。


焼入れと言えば俺が真っ先に思い出すのは日本刀だ。

日本刀は鋼のマルテンサイト化を部位毎に巧みにコントロールするらしい。

それによって硬く、鋭く、曲がらず、折れ難いと言う性質を実現した。

だが、うちの鍛冶師型ガーディアンがすぐにそれを再現するのは困難だろう。


しかし、鏃は基本的に使い捨てだから、その辺の細かい調整は不要だ。

バキバキにマルテンサイト化して、硬く鋭く壊れ易い鏃を作ろう。

いろいろアウトかもだが、この世界にハーグ条約なんて無いしね。

仮に似たような条約があったとしても、どうせ『魔族』は対象外だろう。

そもそもの話、そんな所まで無断で入ってくる奴が悪いんだ。

こっちは襲われている立場だし、非道を責められる謂れは無い。


一樹「できれば毒を入れるポケットも欲しいな。小さなものでいい。中身はアルケミストに依頼しておく」

ウリエル「分かりました。検討して見ます」


こちらはなるみの命がかかってんだし、襲撃者の命を心配してやる筋合はない。

侵入しても警告文の前までなら生かして帰すのだから感謝して欲しいくらいだ。

ボス部屋では実体の鏃に小さなポケットを作って血に溶ける毒を入れる。

その一方で、矢柄は従来どおり魔力を具現化した物を利用しよう。

それなら引き抜くこともできないし、矢柄に沿って切開する事もできない。


ダンジョン最奥に到達するような侵入者なら矢は防がれるかもしれない。

だが、当たれば厄介な矢であれば、牽制としてはそれなりに効果的だろう。

正面の俺やゴーレム達との十字砲火で確実に息の根を止めよう。

ダンジョン最奥に挑み到達した者は俺たちの命を強く脅かす存在だ。

なるみの命を守る為に、確実に息の根を止めるのは必要な自衛策。

侵入し故意に俺達の命を脅かす者が相手なら道義的な問題も無い筈だ。


さて、最奥で牙を研ぎ続けるのは当然として、まずは3層ボス部屋だな。

3層に降りるまでは許すとして、ボス部屋より先に進ませるわけにはいかない。

警告文を無視して地下3層のボス部屋に入る者は確実に殺す。

人間族の注目を浴びている今ならそのメッセージは届き易いだろう。

そうすれば、俺が最終的に殺す数は少なく抑えられる筈だ。

その為に、今は敢えて蜜の匂いを漂わせよう。

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