第100話 第一子
飛行中の急角度の方向転換を練習しているがちょっと梃子摺っている。
魔法で足場を作り、それを踏み蹴るという2アクションでいけるかと思った。
実際には身体を捻る、足場を作る、足場を踏み蹴る、という3アクションか。
戦闘中に飛行魔法を使うことを考えると、かなり練習が必要だな。
相手に遠距離攻撃手段がある場合、等速直線運動では良い的だ。
緩やかなカーブでしか軌道変更できない場合も大きな違いはない。
戦闘中の下手な飛行魔法は自殺行為に為りかねないな。
戦闘中で無くとも、近くに敵の居そうなエリアの飛行全般か。
地下鉄の運行が始まれば、トンネル内の飛行は出来なくなる。
今後、上空を飛んで移動するなら回避行動の習得は必須だ。
空中での急角度の方向転換を実現する3アクションをしっかり練習しよう。
安全に飛行すると言う事であれば、回避能力に加えて索敵能力も必要だな。
現状では地上で多くの忍者達が身張ってくれているので心配は無いだろう。
だが、今後『領域』の外で活動する可能性も考えた方がいい。
圧迫感や不快感を与えない程度に微弱な魔力を周囲に放ってみる。
森の中に色々な生き物がいる事はなんとなく感じられる。
だが、敵味方の識別や敵意や害意の検出は出来ないものか?
加えて此方の魔力放出を相手にも検知されるのが難点だ。
当面の間は索敵は忍者達に頼る事になりそうだ。
ひとまず視力を強化して街の様子を眺めてみる。
鬼族と人間族の交易再開と俺の領との交易で『経済特区』は賑わっている。
俺の領の産物としては食料と木材の売れ行きがかなり好調だ。
値を安く付け過ぎているのかと心配になるが、例年より高い位らしい。
食料はともかく、木材については売り渋るべきか迷う所だな。
石鹸や踊り子の写真などの売れ行きも好調だ。
加えて、小劇場の周りでは兎人族の踊り子達が呼び込みをしている。
色街のそれとは違う、真っ当なショービジネスも育ちつつあるようだ。
まあ、生足網タイツをエロ衣装認定するかは微妙な所だけどね。
「猥褻物」の判断基準を客観的に規定するのはかなり難しいんだよな。
アビーに聞いていた通り、ビキニっぽい姿の女の子もなかなか多い。
極端に短いスカートや透け透けのスカート、前後やサイドの開いた物もある。
何十年か前まで女性のズボン着用が禁止されていた名残らしい。
その頃の女性はロングスカートの着用が義務付けられていたそうだ。
ただ、冒険者や踊り子を中心にミニスカートをきる女性も増えてきた。
次第にスカートの短さが自由やお洒落の指標の1つになったのだとか。
もっとも、下着をそのまま見せるのはさすがに抵抗があったらしい。
パンツを隠さない代わりに、見えても平気な様に厚くなった感じだ。
ブラジャーも同様で、見せる前提のデザインになっている様だ。
なかなか目の保養になるが、季節的に今年はそろそろ見納めかな。
飛行訓練をしながら街を眺めて居ると、アーネストさんの顔を見つけた。
最初のダンジョンの為にまた油の買い付けをしないといけないな。
さて、どう説明したものかな。
アーネスト「一樹様!いつもお世話になってます」
一樹「こちらこそ。それにしても、こんなに頻繁に商会主自ら足を運ぶとは熱心ですね」
アーネスト「この街は変化が速いですし、一樹様は上得意様ですからね。何かご入用のものでも?」
一樹「そろそろハムルの収穫時期だと聞きましてね」
アーネスト「なるほど、油のご予約ですか?」
一樹「ええ。早くに予約すれば少しは安くなりますかね?」
アーネスト「早くに契約を確定していただけるならこちらも動き易くなりますね。ではお値引きさせて頂きましょう」
ハムルの収穫時期は来月下旬らしい。
この時期ならば買い付けの話をしても不自然はない。
『聖騎士』失踪と確定的に結び付けられる事は無いはず。
一樹「ありがとうございます。それと、倉庫に残っている古い油を安くで譲って頂く事はできませんか?」
アーネスト「去年の収穫分ですか?だいぶ味は落ちると思いますが、いいんですか?」
一樹「多少の手間は増えますが、石鹸に加工する分には不都合はありません。安くして頂けるなら、全部買い取りますよ」
もうすぐ採れたてのハムル油が大量に流通することになる。
商人は早く古いハムル油も売り切って倉庫を空けたいはずだ。
加えて温泉宿を準備中であるという情報もさりげなく流しておく。
油の買付を石鹸を大量に備蓄する必要が出てきた為だと思わせたい。
一部は本当に石鹸に回すし、宣伝と偽装工作を兼ねた情報拡散だ。
また、透明石鹸用のペルメ油についても併せて手配しておく。
ペルメ油の石鹸がよく売れているのは事実だしね。
そっちは通年収穫できるらしいが、やはり生き物なので波はある。
市場にだぶついて値が落ちた時を狙ってがっつり備蓄したい。
油の大量買付けを石鹸の為と更に印象付ける為でもある。
俺は地球では極力嘘を吐かない様に生きて来たつもりだ。
吐いてもない嘘を勘繰られる事に随分と辟易させられたものだ。
それも生き辛くはあったが、こっちに来てから随分と嘘が多くなった。
さて、吐き慣れない嘘が何処まで通用しているのやら。
油を買う話ばかりでも不自然なので食品を売る話もしておこう。
食料自給率200%超が俺の領の目標の1つになっている。
一部は当然備蓄に回すが、余る分については販路を確保しておく必要がある。
それに、保存食の大量購入があれば、誰かが戦争の準備をしている可能性がある。
王国との戦闘の予兆を掴む一助にもなってくれるだろう。
そういえば、日本には「敵に塩を送る」なんて言葉があったな。
国によっては「塩の値段が上がるのは戦争の予兆」みたいな言葉もあるらしい。
ここで言う『塩』とは、食料の防腐剤の事だろう。
近代以降の地球だと缶詰や真空パックがあるからそのまま適用はできないけどね。
とにかく、軍需物資の値段が上がるのは戦争の予兆と見ることはできる。
先日の戦闘から察するに、この世界では食料と鉄がそれに当たりそうだ。
鉄はむしろこっちが輸入する立場だし、やるとするなら食料だな。
この世界の保存食市場でシェアを広げれば、その予兆は掴み易くなる。
鉄に関して言えば、鬼族の武器は和風な感じだったな。
それに、この辺には桜だけじゃなくて赤松らしき植物もある。
おそらく踏鞴製鉄で玉鋼とか作ってたりするんだろう。
資金的には余裕ができてきたし、買えないか交渉してみよう。
俺の『領域』にも鉄鉱石はあるかもしれないが、山は崩したくないからね。
なるみ「かずきおにぃちゃん、カシさんが呼んでるよ」
一樹「分かった。直ぐに行く」
なるみが俺の耳元に声だけ飛ばして連絡してくる。
アーネストさんとの商談の概要をまとめ、話を切り上げた。
俺は開拓村の拠点で消毒をしてからメインダンジョンに飛ぶ。
そして、カシと話した俺は即座に鬼族の里へ飛ぶ事になった。
一樹「カエデ!」
カエデ「しーっ」
生まれたての赤ちゃんにおっぱいを飲ませて居るカエデが俺を迎える。
ダンジョンでは設備や防備の不安があったので里帰り出産していたのだ。
一樹「カエデに似て元気な女の子だな」
カエデ「そうだろう?というか、よく女の子と分かったな」
一樹「カエデに似てかわいいからな」
カエデ「ふふ、そうか」
そういえば、性別はまだ聞いていなかったか。
俺の子は相手の女のクローンになるらしいから、確認するまでもない。
だが、今後また子供が出来たときは一応わからない振りをするべきか?
一樹「食欲旺盛だな。丈夫に育ちそうだ」
カエデ「ああ、診てもらったが健康そのものだそうだ。落ち着いたら烏帽子山に戻ろう」
一樹「そうだな。準備をしておこう」
カエデ「頼んだ。所で、名前はどうする?」
一樹「名前か・・・サクラはどうだろう?」
カエデ「サクラか、いいな。中性的だが人気の高い名前だ」
あれ?思いっきり女の子っぽい名前だと思ったんだが・・・。
鬼族の間では男でもサクラって名前は多いのか。
一樹「もっと女の子らしい名前の方がいいかな?」
カエデ「いや、いい名だと思う。サクラにしよう。抱いてみるか?」
一樹「あ・・・、いや、その・・首の据わってない赤ん坊はどうも怖くてな」
地球で生後1週間の赤ちゃんを抱かせてもらった事があった。
あまりに首がぐらっぐらだったから怖くて固まってしまった。
カエデ「情けない父親だのう。なあ、サクラ」
一樹「すまん」
カエデがサクラの背中を優しく叩いてゲップをさせた。
一樹「うまいもんだな」
カエデ「親戚や近所の子供の面倒を見る事もあったからな。一樹はやらなかったのか?」
一樹「そうだな。あまりそういう機会はなかった」
日本では近所づきあいの希薄化、核家族化、晩婚化、少子化が進んでいたか。
いろいろな要因で小さい時に乳幼児の世話をする機会は少なくなっている。
経験の無いまま親になり、周囲には助言や手伝いを求められる人も少ない。
それでは保育園が無ければ立ち行かない家庭が出てくるのも無理は無い。
この世界では10代後半で結婚し、20歳前後で出産する人が多いようだ。
身体的な出産適齢期は20歳前後というし、これが本来の自然な形なのだろう。
そのサイクルなら祖父母世代は40代、子育てを手伝える体力は十分ある筈だ。
そして20代半ば辺りで就職すれば、出産でキャリアを中断する心配も少ない。
保育園の整備と併せて、このサイクルの維持に努めなければならない。
カエデ「ならばこれから特訓だな。早くだっこしてね、お父上~」
一樹「ああ、頑張るよ。まずは向こうの受け入れ準備をしてくる。待ってるぞ、サクラ」
俺はそっとサクラの肩に手を添える。
そしてカエデの頬にキスをして鬼族の里を後にした。
サクラの為に、メインダンジョンの防備を更に強化しなくては。
メインダンジョン入り口は、住民達が造った立派な杉皮葺きの矢倉門になっている。
交流のある北方の民族風の建築物、普通の神経であれば侵入は躊躇われる筈だ。
しかし、ダンジョンの最奥にはなるみという高価な『素材』が存在する。
今後、なるみを狙う者達が侵入してくる可能性は少なくない。
現在はダンジョンの一部を鬼族たちに居住区として提供している。
だが、ダンジョンとは本来はダンジョンコアという秘宝を守る為の物だ。
見方によっては彼らをダンジョンの盾にしていると取れなくも無い。
有事の為に非戦闘員が篭城できる場所も用意したが、十分と言えるだろうか?
既に居住区の上にダンジョン地上部を造成し、四方に矢狭間を並べている。
その地上部を土台として、鬼族たちは3階建ての砦を造ってくれた。
土台となるダンジョン地上部は矢倉門に角を向けた60m四方の正方形だ。
砦の2階と3階は同じような配置だが、1階が少し変わっている。
矢倉門に平行する面を持ち、土台に外接する正方形の様な形になっている。
矢倉門に向けた壁には矢狭間が並び、正面火力を増している。
矢倉門が破られたときには上から油壺や石等を落とす穴も設置されている。
土台から外れた位置の4角には、鬼族たちが礎石と柱を用意したようだ。
その柱を守るように、土塀が矢倉門と繋がる形で囲んでいる。
土台であるダンジョン地上部からはみ出した構造物は危なっかしく見えなくも無い。
しかし、はみ出しているのは1階の4隅のみ、中核を支える柱はダンジョン上部に在る。
はみ出した部分は中核部分との結合を敢えて弱くしてあり、柱が倒れればパージされる。
仮に4角の柱が壊されても2階と3階を支える柱は崩れない構造だ。
1階はほぼ正方形とは言ったが、西側は入り口が台形に凹んでいる。
こっちは鬼族の戦士たちが砦へ出入りするための門がある、
2m程の段差の上にある門だから、正直かなり使い難そうではある。
だが、鬼族は大柄だし、防衛設備なら多少の不便は許容範囲なのだろう。
ダンジョン地上部の天井に穴を開け、砦と居住区を行き来できる様にもしておいた。
ここを攻めれた場合、まず鬼族と500人のガーディアンで応戦する。
その間に温泉宿などに待機するガーディアンが駆けつけて挟撃する。
敵の背後を突くのは天使型が200人、忍者型が300人だ。
状況次第では山脈横断トンネル内の剣士500人、弓士500人も駆けつける。
普通の兵が相手なら、1000や2000が相手でも十分撃退可能だろう。
問題は『勇者』や『聖騎士』の類が攻めて来た場合だ。
おそらく入り口での撃退は出来ず、深層での応戦になるのだろう。
避難所はダンジョンコアへのルートから外れた場所に作ってはいる。
だが、それを『勇者』達は無視して進んでくれるだろうか?
非戦闘員の避難場所をダンジョンコアへのルートと誤認される可能性。
ゲームの「やりこみ要素」的な感覚で攻略される可能性。
『魔族』側の勢力として『討伐』対象とされる可能性。
戦場の狂気の中で略奪対象として蹂躙される可能性。
狙われやすそうなメインダンジョンとは別の場所に住まわせた方がいいか?
だが、それでは守りを厚くすることが難しくなってしまう。
それに、『魔族』の俺との関係が有る以上、狙われる可能性は消せないか。
メインダンジョンの居住区に住んでもらい、避難所の守りも厚くするべきか。
ただ、メインルートの様に入り組んだ構造にして通り難くしては生活に支障が出る。
有事に駆け込み易くしなくては意味が無いし、奥には風呂や炊事場、食料保存庫も在る。
行き来しやすいように素通しの状態にしつつ、『勇者』を足止めできる戦力を置く。
ガーディアンだけでは『勇者』や『聖騎士』の撃退はおそらく難しいだろう。
それでも、時間を稼いでもらえれば俺が駆けつけて背後を突く事は可能になる。
だが、その場合俺は味方の援護無しに『勇者』一行と対峙することになるのか?
侵入者の疲労を重ねるための数々の仕組みをすべて放棄して万全の『勇者』と戦う?
『聖騎士』1匹が相手でも手を焼いているのにそれはさすがに無謀すぎるか。
だが、領民を人質に取られた状態ではそうせざるを得なくなる。
では、避難所に脱出経路を設けておくか。
抵抗はあるがゴーレムを使い捨てにして脱出の時間を稼いでもらう。
それなら俺が無理に強力な侵入者と入り口近くで対峙する必要は無い。
ダンジョンの最奥で、万全の態勢で待ち受ければいいのだ。
ただ、脱出経路は逆に敵の侵入経路にもなりうるか。
コアルームには繋がっていないが、鬼族たちの安全を脅かす事になりかねない。
だが、敵の狙いが俺やなるみなら、彼らはダンジョンの外に居た方が安全か。
俺が家族や領民を人質に取られて不利な状況で戦わされる事も避けられる。
『聖騎士』など強く少数の敵が相手なら、住民達は散らばった方が危険は減る。
セキュリティーホールとなる不安はあるが、脱出路は造る方向で考えよう。
地下鉄の駅と繋げて置けば、平時は駅や温泉宿への通勤路として使えるか。
その上で、許されたもの以外は出入りできないような仕組みを考える。
俺となるみはどの道ダンジョン最奥で背水の陣で臨むしかないんだけどね。
出口が2つあれば、両方を敵に抑えられない限りは領民は脱出できる。
守りきるのが一番だが、せめて道連れにはしないようにしよう。
メインダンジョンと地下鉄の東駅は、下水処理の為に既に一部繋がっている。
下水道との間にはしっかり隔壁を設けて、連絡通路を作ろう。
駅側の入り口はカモフラージュの為に社員寮入り口という事にして置く。
社員寮も実際に必要だから、本当に500部屋ほど作っておこう。
第1から第5寮まで造り、入り口から分けてそれぞれIDチェックをする。
その内の1つがメインダンジョンへの連絡通路になっている訳だ。
IDカードをチェックする2重扉を抜けると、更に4重の関所がある。
関所にはそれぞれ駅の改札の様に4つのIDチェックゲートがある。
通行が許可されているものはIDをかざすだけで普通に通れる。
しかし、無理に通ろうとすると、配置したガーディアンに攻撃される。
忍者型はシャルロットとジュリエッタがそれぞれ50人で計100人。
ゴーレムは乙女の裸像型が32体、固定型単機能ゴーレムが100体。
これらを駅側とメインダンジョンに配置したので、総勢は上記の2倍だ。
どちらから攻め込まれても、鬼族たちが反対側に逃げる時間は稼げるだろう。
サクラを迎え入れる準備はこんなもんで大丈夫だろうか。
準備するのが玩具やベビーベッドでは無く防衛戦力と言うのは妙な感じだな。
ダンジョンマスターってのは敵が多いらしいから仕方の無い事なんだろうけどね。
後はここを戦場にしない事、それが父としての俺の最大の務めになるのだろう。




