第10話 ゲーム
男「見えてんだろう?出て来いダンジョンマスター!」
巨大な双頭のドラゴンの上で男が吼えた。
モニター越しではわかりにくいが、小柄な男だ。
黒のファーコートと鋲付のロングブーツに身を包んでいる。
顔立ちから察するに、俺と同じ日本人か。
男の横には牡牛の頭蓋骨をかぶった長身の美女が立っている。
手足は黒のロングブーツと長い手袋をつけているが、体幹はほぼ裸だ。
下は黒の紐パン、上は布すらなく脇から伸びている骸骨の手が鷲づかみにしている形だ。
禍々しいデザインの長大な杖を持っているところを見ると魔術師だろうか。
ドラゴンの足元にもやはり露出度高過ぎの女兵士たちが並んでいる。
手足はとげとげしい黒の甲冑が包み、頭は目まで隠れる丸っこい兜で顔は見えない。
首輪のような装具から黒の革帯がひし形に伸びている。
偏った男女比と季節感無視の趣味的過ぎる格好、ダンジョンマスターとガーディアンか?
一樹「他所のダンジョンマスターが俺を殺しに来るかもしれないと言っていたな。なにか決闘的なものが必要なのか?」
なるみ「ルールとか様式みたいなものは特にないよ。マスターが死んだあと、2時間以内にコアに触れれば支配権を奪えるってだけだね」
不意打ちやだまし討ち、毒殺なんかでもいいわけか。
極端な話、他人とのバトルで死んだところを掠め取ることもできるわけだ。
コアを奪うことが目的なら、わざわざ正面から喧嘩を売る必要はない。
闘る気まんまんに見えるが、なにか別に目的があるのか?
一樹「どの道放っておくわけにもいかないか。行ってくる」
なるみ「だいじょうぶ?」
一樹「『領域』内だ。いざとなれば逃げ帰ってくるさ」
ダンジョンマスターは『領域』内からならコントロールルームに瞬間移動できる。
戦いになっても不利になったらすぐに撤退できるのがホームの強みだ。
即死させられなければの話だが。
服装は日本風を意識する。
といっても和服というわけではない。
ブルージーンズに柄物のシャツの上から、カジュアルな軽めのコートを羽織る。
俺もあいつも、殺し合いとは縁遠い国で育ったはずだ。
交渉ごとでは相手以上の人数を揃えることも大事だと聞いたことがある。
とはいえ、こちらの人間型ガーディアンはまだ4人だけだ。
しかも、予算の都合で4人とも子供サイズ。
それに多少の人数がいてもあのドラゴンの威容の前では無意味だろう。
ここは潔く一人で向かうことにする。
交渉の第一目標は戦闘の回避。
おそらくは格上の相手、しかも多勢に無勢だ。
戦闘になればまず勝ち目はないだろう。
辛うじて勝算があるとすれば、ダンジョンでの篭城戦か。
それも相手の『魔力パス』の弱さに期待した賭けでしかないが。
一樹「待たせたな。俺がここのダンジョンマスターだ」
男「俺の名はルシファー!魔王になる男だ」
本名を名乗ってるほうが少数派なのだろうか?
転生したということなら地球での名が本名ということもないのか?
なんにしても、今さら名前を変えるのも変か。
一樹「笹原一樹だ。用件をききたい」
ルシファー「決まってんだろう!お前の宣戦布告、受けて立ってやる!」
一樹「何の話だ?そんな覚えはない」
ルシファー「何いってやがる?『領域』をぶつけてきたのはてめぇだろうが」
『領域』をぶつける?
隣接ヘクスまで『領域』を拡張したことを言っているのか?
一樹「こちらにそういう意図はない。気分を害したなら謝ろう」
ルシファー「さてはお前、ルーキーか?」
「『領域』をぶつける=宣戦布告」というのは周知の不文律ということか?
ダンジョンマスターになって2ヶ月ちょいはまだルーキーの域だろうか?
俺が新参と知れれば戦力の弱さも露呈する。
どこまで手の内を晒していいものか。
ルシファー「ふん、知らなかったってんならまあいい。今回だけは大目に見てやる」
一樹「すまなかった。隣接部分の『根』は引っ込めよう」
ルシファー「いや、いい。序盤なら『領域』拡張の魔力消費も馬鹿にならんだろうしな。だが、俺の『領域』を侵食したり、これ以上隣接部を増やすようならつぶすぞ」
一樹「わかった。肝に銘じておこう」
ルシファー「『領域』を広げたいなら西へ行くといい。東は・・」
男「ちょっと待ったぁぁぁ!!」
空からなにやら聞き覚えのある声が割ってはいる。
巨大なドラゴンが飛来した。
シュバルツ「ウィンドブレイド!」
風の刃が俺とルシファーの間の地面を深く抉る。
シュバルツ「ルシファー!俺のダチに因縁つけるとはいい度胸じゃねぇか!」
ルシファー「いきなり攻撃魔法ぶちかますとはご挨拶だな」
一樹「シュバルツ、もう・・」
シュバルツ「一樹に手ぇ出すってんなら、俺が相手になるぜ」
ルシファー「いいねぇ。似非平和主義者がようやくその気になりやがったか」
シュバルツ「はっ!俺に勝てると思ってんのかよ」
ルシファー「確かに俺のほうがレベルは低いがな、『魔力パス』の伸びきったてめぇに負けるほど弱くもないんだぜ」
一樹「ウォーターキャノン!!」
俺の打ち上げた魔法が水柱を上げる。
降り注ぐしぶきが俺たちをずぶぬれにした。
一樹「二人とも落ち着いてくれ!シュバルツ、ルシファーとはもう話はついたから大丈夫だ」
シュバルツ「そうなのか?」
ルシファー「ああ。だがお前が闘うってんなら相手になるぜ」
一樹「ルシファー、やめてくれ。俺たちが殺しあう必要なんてないだろう?3人で不戦協定を結ばないか?」
シュバルツ「そいつがいいなら俺は構わないぜ」
ルシファー「却下だ。今日のところは退いてやるが、不戦協定は却下だ」
シュバルツ「だろうな」
一樹「ルシファー?」
ルシファー「言ったろう、俺は魔王になる男だ。このゲームのクリア報酬は俺がもらう」
一樹「クリア報酬?」
シュバルツ「一樹、耳を貸すな」
ルシファー「ルールはきいてるだろう?他のダンジョンマスターを殺せばそいつのコアと『領域』を奪える。そして最後に勝ち残ったやつが『魔王』だ。こいつは陣取りゲームなんだよ」
シュバルツ「くだらねぇ」
ルシファー「異世界転生なんて話を信じるほうがよっぽどくだらねぇ。VRだか催眠術だかしらねぇが、俺はここにいる。お前らだって生きてるじゃねぇか」
生きてる?確かに死んだ記憶はないが・・・。
シュバルツ「まだそんなこと言ってんのかよ。いくらほっぺを抓ってみたって日本にゃ戻れねぇよ」
ルシファー「なら、この世界はなんだ?殺しあうように仕組まれたかのようなこの世界は?仮を転生を信じるというなら、こいつはまるで蟲毒じゃねぇか」
『魔王』を生み出すためのシステムだというのか?
シュバルツ「さあな、わからん。何度話しても平行線のようだな」
ルシファー「そのようだ。せいぜいゲームマスターにBANされないように気をつけるんだな」
シュバルツ「いねぇよ、そんなやつ」
ルシファー「一樹、お前もだ。そいつらは戦いを停滞させるゲームブレイカーだ。一緒にいるとお前もまとめてBANされちまうぜ」
シュバルツ「居るか居ないかもわからんやつを恐れて尻尾を振るのかよ。案外臆病なんだな」
ルシファー「気にくわねえさ。気にくわねぇが、拗ねてたってはじまらねぇだろう。何がどうなるかは分からんが、このゲームをクリアすれば、少なくとも次のステージには進めるだろうよ」
シュバルツ「そうかよ。じゃあせめて、お前の犬小屋が立派であることを祈っといてやるぜ」
ルシファー「言ってろ。俺は魔王になる。魔王になって日本に帰る。お前はずっとここで眠ってろ」
シュバルツはひらひらと手を振ると、ドラゴンに乗って飛び去った。
一樹「あー、なんか騒がしくして悪かったな」
ルシファー「次に会うときは敵同士だ。馴れ合う気はない」
一樹「闘わないといけないのか?」
ルシファー「嫌なら降伏しろ。コアの支配権を委譲すれば、死なずにすむぞ」
なるみを渡せというのか・・・。
ルシファー「嫌なら強くなることだ。この世界では強くなければどの道生きられん」
ルシファーの乗るドラゴンがゆっくりと踵を返す。
地響きを立て、森の木々を軋ませながら帰っていく。
「魔王になる」か、俺もシュバルツも殺すつもりなのだろうか?
とりあえずは戦闘を回避できたようだが、先延ばしになっただけなのか?
そもそも今の『魔王』はノワールという人じゃないのか?
『魔王』になる条件は皆殺しとは別にあるということか?
『魔王』になるつもりもないから興味はなかったが、一応確認したほうがよさそうだ。




