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第3話 【窓際族同盟】たちと王族の午後ティー

 魔法大国シュトラの誇る宮廷魔術師。

 【紅茶の魔女】がとりしきる午後のお茶会は無事に開催された。


 お茶菓子も好評で、給仕にもミスがない。

 もちろん、この茶会の主催である【紅茶の魔女】レミィの淹れる紅茶も完璧だった。



「今日の紅茶も完璧ですね、紅茶の魔女」


「お褒めにあずかり光栄でございますわ、公爵夫人」


「ええ、本当に。ミルクとの相性も素晴らしいわ!」


「お褒めにあずかり光栄でございます、伯爵夫人」


「レモンティーにしても非常にいい味ね」


「おほめにあずかりこーえーです、おーひへいかー(棒)」



 宮廷魔導師としての【紅茶の魔女】は、いわゆる(本人の望んでいる通りの)窓際族であるが、王侯貴族たちにとってのレミィ・プルルスは戦火の消えゆく太平の世の象徴のようなものだ。

 レミィ本人はまったくもって、全然気づいていないけれど、気取らない態度のレミィと彼女の淹れる絶品のお茶は王族や貴族の心をガッチリつかんでいた。


「うむ。どの人間の舌にもあう豊かな紅茶の味わいを表現する固有魔法、見事である。茶会の席も、華美ではなく上質な菓子も。このように一芸に秀でた者を、宮廷魔導師として徴用すること、そして『不要不急』と思える文化をこうしてはぐくむこと――これこそが、シュトラ王としてワシが求める豊かさの象徴よな」


 国王陛下も、ティーカップを片手に満足そうにしている。


「お褒めの言葉、もったいない限りでございます」


 そつなく返答するレミィ。

 レミィが開発に携わり、厨房の菓子班がレシピを固めた定番菓子たちは大好評である。

 そしてもちろん、レミィが優雅なしぐさでカップに注ぎ入れて回っている紅茶も――しかし。


(まぁ、万人の舌に合う紅茶ってわけじゃないんだけどね――これ、全員に違う紅茶を出してるだけだから)


 レミィの持っているティーポットはひとつ。

 国王陛下も、末席に加わっている王家の遠縁の伯爵夫人も全員で同じものを味わっている、というある種の一体感を茶会の場に演出している。

 しかし。

 実際は、注ぎ入れる相手によってレミィはポットの中の紅茶の温度や蒸らし具合や熟成具合を瞬時に切り替えているのだ。

 もちろんそれは、レミィの『紅茶を美味しく淹れる』という尖った性能の固有魔法があってこその芸当であるが――裏を返せば、レミィはこの場にいる全員の茶の好みを把握しているということになる。


 茶にどれくらいのミルクと砂糖を、あるいはレモンを淹れるのか。

 どんな温度になってから口をつけるのか。

 その茶を飲んでいるときに、軽食を口にするのか菓子を口にするのか。


 すべてを把握するレミィの観察力と、記憶力。

 それがあってこその達人技である。


 もちろん、それは周囲から見ていれば『ただのんきに茶を注ぎまわっているだけ』に見えるわけで。

 おそらく茶会の様子を王城内の窓からチラチラと盗み見しているであろう宮廷魔導師連中から見れば、


――くそ、無能なクソ魔法しか使えないくせに王族の皆さまとお近づきになるとは!


 と思われているに違いない、というか実際にそう叫んでるやつが一人くらいはいるはずだ。

 レミィにとっては、王族との癒着やつながりを持つなど「めんどくせー」以外のなにものでもないが、立身出世に熱心な同僚たちの中にはそうは考えないものもいる。


 いや、本当にめんどうなのに。

 高貴な血を持つ人に絡まれるって。

 たとえば――


「本当に美味しいですわ。素敵なお茶会をありがとう、レミィ」


 ――シュトラ第一王女、ステラ・ミラ・エスタシオ殿下とか。


(あー! もう、馴れ馴れしく名前で呼ぶなって言ってるじゃないかこのじゃじゃ馬王女様は!! バカッ!! こっちは王族とのコネとか癒着とかそーゆーのはノーサンキューなんだけどね!?)


 という心の叫びは一切おくびにも出さず、レミィは返答する。


「光栄でございます、ステラ王女殿下」


 完璧な営業スマイルである。

 それはもう、普段の気の置けないやり取りなど少しも感じさせないほどに、官僚然としたよそよそしい笑顔。


 ステラはそれに少し不満そうにしていたけれど、彼女も王族という身分であるゆえかそれ以上レミィに突っかかってくるようなことはなかった――と思ったら大間違いだった。


「まぁ、そうやってフォーマルなあなたも素敵ね」


 ときたものだった。

 レミィよりもそれなりに年下ではあるもの、なんというか気品がある。笑顔に華やかさがある。

 王家の人間でも国民たちの人気ナンバーワンというのは伊達じゃない。


「おほほ……ご冗談がお上手ですわ、ステラ王女殿下」


 これ以上、ダメージを受けないようレミィはステラの座っているテーブルからすぃーっと音を立てずに離れた。

 庭園の責任者として茶会の席の隅に立っている【庭園の聖女】アリシアがそれはもう嬉しそうに笑って、


「仲良しさんねぇ、うっらやましー」


 などというものだから、フリルたっぷりの裾の長いメイド服を利用して隠れてちょっと脛を蹴ってやった。

 足を踏まれた。


   * * *


 日も傾きはじめ、そろそろお開きというころだった。


「ステラや」


 麗らかな日差しのもと、色とりどりの花々に囲まれた庭園に厳かな声が響く。

 声の主はシュトラ国王である。


「はい、お父様」


「お前は我がシュトラ王国の戦後復興と文化の豊饒さの象徴だ。戦中に生まれ、幼いころに終戦を迎え、平和の時代に育まれた……この国の復興とともに美しく成長している。そして国民の人気も高い」


 嬉しいことだよ、と咲き誇る花々を眺めて国王は静かに言葉を並べる。

 おや、とレミィは思う。


(あー、こりゃ雑談じゃないね……?)


 隣に立っているアリシアも同じことを感じ取ったらしく、先ほどから黙って気配を消している。

 【庭園の聖女】が茶会のために特別に交配した青い薔薇の花びらがひらひらと舞い落ちている。


 ふむ、とレミィは考えた。


「……お茶会の終わりに、新作の軽食をご用意してまいります。わたくしと【庭園の聖女】は一度この場を離れることをお許しくださいませ」


 流れるように、かつ誰に対しての発言ともとれないように、まるで劇の台詞のようにお辞儀をする。

 国王は、おそらくもともと王族以外の人間を一度下がらせたかったのだろう。

 大きく、かつレミィに「わかっているじゃないか」的な視線を送って頷いた。


(よしよし、余計なことなんて聞かないのが一番。窓際族ってのはそーゆーもんだからね)


 その場を離れつつ、レミィはほっと胸をなでおろした。

 王族の護衛には、戦役の英雄で名門貴族の出身のエリートの中のエリート宮廷魔導師である【爆焔の魔導士】がついているし、自分たちが離れても大丈夫だろう。

 ……というか、紅茶を淹れるしか能のない【紅茶の魔女】と綺麗なお花を咲かせることしかできない【庭園の聖女】という宮廷魔導師2大役立たずがあの場にいても、戦力としてみなされないだろうが。


 アリシアが、ちょいちょいとレミィの袖を引っ張った。


「ねえ、よかったの?」


「なにが?」


「いえ、だって。明らかにステラ様のことだったじゃない? さっきの話」


「王族同士の話だろ? 私たちが聞いてもしょうがない」


「でも、あなたのこと……まるで縋るみたいに見てたわよ、あの子」


「……気のせいだろ、さすがに」


 ステラが一方的に毎朝レミィのサボりタイムの邪魔をしに来る、というだけの関係だ。

 どうして、ステラがレミィを頼るというのか。

 さすがに、アリシアの考え過ぎだろう。


 厨房。

 新作の菓子や軽食は、【紅茶の魔女】自らが作ることになっていた。

 今日は果物をふんだんに使ったオープンサンドイッチを作る予定だ。王族の口に入るにふさわしい、高級で希少な果物とクリーム。



「……ん、何考えてんだ。私は」



 ――あなたのこと、縋るみたいに見てたわよ。

 アリシアの言葉が、頭に引っかかって集中できない。


 というか、レミィもステラの顔をちらりと見てしまってはいたのだ。

 たしかに、微笑みを崩さないままで――どこか助けを求めるみたいな表情をしていた。

 あの表情は、なんだろう?


「ああ~~~~もう!」


 レミィはサンドイッチ用のパンを広げて、バターを薄く薄く塗りたくる。

 そして――。

 庶民用に開発された、瓜に包丁を入れた。



   * * *



「お待たせいたしました、新作の軽食でございます。……お口汚しにならないとよいのですが」


 茶会の最後に、王侯貴族たちに一切れずつだけ提供されたサンドイッチ。

 それは、庶民用に開発された瓜――キューカンバーを薄く薄く切ったものを挟んだサンドイッチだった。


「まぁ、なんですのこの味わい!」


「なんだか、植物から出るお水みたいな味がします」


 珍しそうに眺めたり、ちょっとだけ齧って目を丸くする貴族たちの中で、そのサンドイッチに目を輝かせている少女がいた。

 ステラ王女である。


 彼女が、レミィに分けてもらって「好きだ」といったサンドイッチ。

 庶民用の食材を王族に出すなど、そんなリスクのあることをするつもりはなかったのだけれど――と、レミィはぐぬぬと唸る。

 ステラが「これをお茶会に!」と言っていたのを思い出したのだ。



「こちら、キューカンバー……この夏に庶民たちにいきわたらせるための新作の農作物でございます。農業担当の【畑の魔導士】のチームが開発したとかでして」


「まあ、庶民の!」


「しかし、このようにごく薄く切りバターと共にパンにはさむことで上品な味わいになります。王侯貴族の高貴な皆様のお口にした作物という評判をつけて売り出せば、きっとこれは庶民たちの生活を潤すのではと考えましてこのような軽食メニューを考えました」



 ご無礼をお許しくださいませ、とレミィは完璧な官僚しぐさで深々と礼をする。

 すると、キラキラとした声が響く。


「とても美味しいですわね、このサンドイッチ!」


 ステラだった。

 輝く笑顔につられるように、周囲の貴族たちもサンドイッチを次々に口にする――国王夫妻も。


「ふむ……たしかに上品な味わいだ。庶民用の作物ということだが、この軽食はぜひとも今後茶会のメニューに加えてほしい」


 国王の厳かな声に、周囲の貴族たちは大きくうなずいた。

 追従というやつだ。


「有難き幸せでございますわ」


 レミィは内心、


(よかった~~~~~~~~~! クビが飛ばなかった~~~~~~~!!)


 ガッツポーズをキメながらも上品に、かつ完璧に一礼をしてテーブルから下がった。

 というか、怒られなかったことに夢中で国王が「流通のことまで考えておるとは、なかなかの逸材……」と呟いているのは聞こえていなかった。




 茶会の終わり。

 去っていく王侯貴族たちを黙礼したまま見送る【紅茶の魔女】ことレミィの耳に、鈴の鳴るような声が聞こえた。


「ありがとう、レミィ。とっても、とっても美味しいサンドイッチだったわ」


 その声の主が、ステラ王女だとは分かっていた。

 けれど、レミィは顔を上げない。

 それが、作法だから。


 特別に親しい王族がいる、なんて窓際族的にはNG極まりない。


(まぁ……あの様子だと、そんなに深刻な話でもなかったのかな)


 そんなことを考えながら、レミィ・プルルスは茶会の跡片付けにいそしんだ。

 本来なら宮廷魔導師がそんな雑事をしているのを見ようものなら、補佐官たちが飛んでくるわけだが。



「まぁ、気楽でいいよね」



 レミィは数人の給仕たちに交じっていそいそとお片付けをするのだった。

 アリシアも、自ら庭を掃き掃除している。


「うふふ、今頃他の人たちは、お部屋で一生懸命研究や書類と格闘しているのね~」


 王城の窓――執務室のある方を見上げてアリシアがうふうふと笑う。

 ほんと、それ。


「ああ、まったく。こうやって外でのんびり作業なんて――窓際族は優雅なものだな」


 魔法大国シュトラ王国の栄えある宮廷魔導師。

 その、窓際族同盟のふたりは微笑みあった。

庭園魔術師ってちょっとワクワクする響きですよね。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ルピシアめちゃくちゃ強そうですね…!サボる魔女ではなさそうな感じがします(笑) [一言] お茶が飲みたくなります…!!
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