第22話 決着のとき①
そびえたつは、炎と鋼の巨人。
操る術者は、裏切りの宮廷魔導師ダム・ディーゼル。
彼の手中にとらわれているのは、この魔法大国シュトラの国王その人である。
そして。
決闘場に集いしは、【紅茶の魔女】レミィ・プルルスとその仲間たち。
【庭園の聖女】アリシア。
【子守唄の魔導師】ディル。
トビネズミの能力、空間転移により決闘場にやってきた【魔導書使い】のミーシャ。
そして、レミィを慕うシュトラ王国第一王女ステラ・ミラ・エスタシオ。
「いやぁ、なかなか立て込んでいるみたいだから、手短に結論だけお伝えしようか」
片眼鏡の美形中年――【魔導書使い】と名高い魔導師ミーシャは煙管をふかしながら朗々とした声をあげる。
「……先の大戦で使われた兵器建造の概要が書かれた禁書を、宮廷魔導師が買い上げたという件をね……僕の愛しき魔本たちを通して調べあげたんだ。アリシアの助けも借りてね。……そうしたら、なんとなんと! 栄えある宮廷魔導師団青龍班、元戦役の立役者ダム・ディーゼルに行き着くじゃないか!」
「……その……声は……! ミカエル、【魔本のミカエル】ではないか! おお、お前がどうしてここに――」
「おやおや、その声は国王陛下! ご機嫌麗しゅう」
「ミカエル……下野してからというもの、一度も目通りせなんだお前が……!」
「いやあ、僕自身も城なんかに来るつもりはありませんでしたよ。今の僕はただの古書店の主人ですから……ただ、魔導書がふさわしくない主人のもとにあるとわかれば、【魔導書使い】としては黙ってはいられない」
それにーー、とミーシャは微笑む。
「僕の紅茶姫がお世話になっているみたいだから、ね」
「……。その呼び方、まじでやめて」
はぁ、と特大のため息をついて、レミィは肩を竦める。燃え上がる炎をまとった鋼鉄の巨人を前にして、アリシアは愉快そうに笑っている。
いたってのんきに、【魔導書使い】のミーシャは続ける。
「ダムは、戦の時代から功名心の強い男だったからなぁ。同じ大隊長として、ギラギラしている彼は眩しかったよ」
「……まぁ、戦後は書類仕事のカシラをやらされてたけどね」
「ははは、僕みたいな邪道の軍人と違って、彼は根っからのたたき上げだからね。ストレスたまっていたんだろうなぁ……魔導書をこそこそ手に入れて、【怪物】を操ってしまうほどに」
「ほーんと。マジメって怖いわねぇ~……」
ーー状況に置いてけぼりをくらっているのは、ステラとディルだった。
「レミィ……あなた、バリアンを倒したの……?」
「先輩、【魔導書使い】と……仲がいい……!!? ど、どういうことなんですか!?」
あわあわと、ミーシャたちとレミィと鋼鉄と炎の巨人を見比べるステラたち。
レミィは、質問に答えない。
「……ミーシャ。一応聞いておく。ダムが手に入れた魔導書は、あんたから見てどういうもんなの?」
「うーん、簡潔に言えば……新たな戦争の火種になりうる代物だね。当時ですら持て余すほどの大量破壊兵器……他人の固有魔法の【真髄】を奪い、使って駆動する術式だ。通称、【怪物】……軍事的にも魔導書マニア的にも垂涎の逸品だ」
「なるほどね。あの魔本ってのは、弱点はあるの?」
「ないな。ただの本だ……つまりは濡らせば脆くなる」
「……了解、大隊長」
濡らすのならば、紅茶の仕事だ。
レミィは思う。
できることならば、あまり大きな立ち回りはしたくない。
ここには――ステラがいる。
ステラに、本当は自分が血生臭い過去を背負った人間だということを――知られたくないのだ。
だって、ステラはレミィの光。
屈託のない笑顔でレミィに微笑みかけてくれる、平和の申し子。
だから、絶対に、ダム・ディーゼルをここで止める。
だから――絶対に、レミィには恐ろしいものも、汚いものも、見せたくない。
「……ステラ姫、どうぞ今は……目を瞑っていて」
レミィがそっと微笑みかけると、ステラは黙ってうなずいた。
目を、閉じる。
「それでいいです。戦いも、炎も、血しぶきも……今のあなたが見なくていいものだから」
目の前に炎と鋼の巨人がそびえるように立っている状況で、目を閉じる――それは、並大抵のことではない。
レミィは、ステラからの「信頼」を受け取って。
……ダムの出現させた、【炎鋼の怪物】を睨みつける。
レミィの眼光に答えるように、ダムの操る鋼鉄と炎の怪物がその身にまとった爆焔を燃え上がらせる。
――すると。
「ぅ……ぐ……ぐあぁあぁああっ! うが、ぎゃあああ!!!」
固有魔法の【真髄】を奪われた【爆焔の魔導師】バリアン・メラ・ドゥランダルが、苦し気に呻き、絶叫する。
魔導の才を持つ者にとって、【真髄】を身体から奪われるというのは生命の根源を引きはがされるのと同じくらいの苦痛を伴う。
【真髄】を取り戻さない限り、バリアンは永遠に固有魔法を失ううえに――場合によっては、死もありえる。
「……アリシア」
レミィは、旧知の友人の名前を呼ぶ。
さきほどまで戦っていた相手とはいえ、苦しみ叫んでいる有様を見て、いい気分はしない。
「ええ、任せて頂戴。ただ……ディル君。あなたの力を借りられるかしら?」
「え、俺ですか……?」
「えぇ。あなたの【子守唄】……耳元で聞かせてあげて。バリアン君を楽にしてあげましょ♡」
「わ、わかりました」
ディルは、バリアンの耳元に唇を寄せる。
そうして、彼の固有魔法である、聴いたものを眠りにいざなう【子守唄】をその耳に流し込む。
小声で、バリアンの他には誰にも聴こえないような――囁くような子守唄。
すぅ、とバリアンの呼吸が安定する。
「ほーぉ、珍しい固有魔法だ。これからの平和な時代は、こういう魔法が重宝されるのだろうなぁ」
「ふふふ、でしょう、ミーシャ? レミィもアリシアもその子のこと気に入ってるの。――ディル君、そのまま歌ってあげていてね。あとは、レミィに任せましょう♡」
レミィは静かに、ティーポットを掲げる。
溢れ出す紅茶。
立ち上がる湯気。
「……さあ、一気に片付けようか、班長。……お茶の時間に遅れてしまう」
剣呑な目つきで、レミィは呟く。
「――貴様、貴様貴様貴様ッ! 忌まわしきミカエルを……この場に連れてくるとは……! ちょうどいい、私がシュトラを手中に収めた暁にはまず貴様を殺す予定だった……【紅茶の魔女】ともども、粉砕するっ!」
「おやおや、怖いねぇ……でもレミィは強いよ?」
「このような戦場も知らぬ小娘に、このシュトラの大将軍と名高き私がひけをとるものか! 初陣のみで終戦をむかえた、ドゥランダル家のボンクラとは違う!」
ドォン、と突き上げるような衝撃。
――鋼炎の巨人が、決闘場の天井を突き破った。




