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第15話 宣戦布告の協議会①

 カーン……コーン……。

 カンカン、コンコンと高らかに鳴り響く鐘の音。


 宮廷魔導師たちの出仕時間を告げる鐘が、講堂の鐘楼から鳴り響く。

 毎朝の朝礼と協議会に向かう魔導師達の一団に、【紅茶の魔女】レミィ・プルルスの姿があった。


 普段は朝礼も協議会も……なんなら執務のほとんどとサボりにサボりまくっているレミィが、宮廷魔導師の証であるバッヂもきちんとつけて講堂に向かっている姿は、周囲の魔導師たちをザワつかせていた。

 それを気にもせずに歩くレミィ。

 その肩を、ぽんっと美しい手が叩いた。



「おーはよ、レミィ♡」


「ああ。……おはよう、アリシア」



 【庭園の聖女】、アリシア。

 王城に出仕する以前からの腐れ縁である。

 別名、【窓際族同盟】の会合にはわりとちゃんと出席する方――である。


 アリシアは金髪を朝日に靡かせて、講堂に続く道を歩く。

 その周囲の人間が、立ちのぼるかぐわしい花の香りにあてられたのか「ほぅ……」と溜息をついて頬を染める。

 男も、女も。


 それを気にすることもなく、アリシアはレミィの腕にしがみついてくる。

 レミィよりも背の高いアリシアがそういう仕草をすれば――当然、身体を寄せることにもなるわけだが。



「まったくー、レミィったら水臭いのねぇ。今日あなたがここに出てきたってことは……そういうことなんでしょう?」


「さぁ、なんのこと? 朝から相変わらず暑苦しいね」


「とぼけないで。レミィが朝礼なんかに出てきてるってことは……もう。アリシアとレミィの仲じゃないの。言ってくれたら、私だって協力するのに」



 ぷく、と頬を膨らませるアリシア。

 レミィよりも年上のはずのその風貌は、そんな仕草ひとつで少女のように見えるから不思議だ。

 ……否。紅顔の美少年のようにもみえる、と言い添えなくてはいけない。


 大戦で名を馳せた年齢不詳、本名不明、性別不詳の元職業軍人。

 それが、アリシアの――ジェミニ・アリ=シャパの正体である。


 レミィとしては、ジェミニ・アリ=シャパとしての姿の方になじみがあるわけで、終戦後に麗しの美女アリシアとして再会したときには驚いたものだ。

 いったい、どちらが彼女の生来の性別なのか、レミィも知らない。


 ただ、ひとつだけ知っていること。

 それは――アリシアが、ずっと戦争を憎みながら、戦火の中に身を置いていたことだけだ。

 幼子を戦火のなかから拾い上げ、故郷の孤児院に預けるような人だった。


 ジェミニ・アリ=シャパを雇うためには町ひとつを買えるほどの金貨が必要だ、アイツは金の亡者だと言われているのを聞いたこともあるが、あれは嘘だ。

 高額な依頼料は、すべて孤児院に寄付していた。

 だからこそ、アリシアはこうして宮廷魔導師として働いているわけで。



「……アリシア。あんたは、こういう平和で平穏な生活ってのにずっと憧れてたんでしょう? だったら、あんたは手放さないでよ。私は、私のやりたいようにやるからさ」


「ふふ。なんだか突き放したような言い方で、アリシアは寂しいぞ? ……それにしてもレミィ。ずいぶん、あの王女様に肩入れしてるわね」


「別に。自分の生まれのせいで、自分って個体の使い道が決まっちゃうなんていうのは……あの頃だけで十分だって思っただけ」


「なるほどね、共感かな」


「さぁね。同情とかいう、薄汚い自己満足かもしれないよ?」



 レミィが肩をすくめると――アリシアは、そっとレミィの紅茶色の髪を撫でた。

 まるで、姉が妹をいつくしむような手つきで。



「ふふふ、生意気言っちゃって。……でも、レミィの紅茶が飲めなくなるのは嫌だわ」



 アリシアは、講堂の入り口に立つとレミィを振り返って極上の笑顔を浮かべ、



「だから、レミィ? ちゃーんとアリシアを頼ってね……?♡」



 レミィにウィンクを投げて来た。

 それにちょっと面食らったレミィは、頬がぽぽぽと赤くなったのを誤魔化すように難しい顔をつくる。



(……まったく、腹の内は読まれてるか)



 レミィはすぐにアリシアに追いついて、その背中に手を置いた。



「考えとく」



 講堂の鐘が鳴り終わり、朝礼が始まる。

 ほとんどが事務連絡である朝礼が終われば、次は宮廷魔導師たちの協議会だ。

 重要な決定事には、一応の多数決がとられることになっている。



「さて、やりますか」



 アリシアと並んで、レミィは長椅子に腰かける。

 講堂に足を踏み入れるなんて、どれくらいぶりだろう。


 書類仕事を一手に引き受ける宮廷魔導師団【青龍班】。

 そこの所属であるレミィが調べた限り。


 今日の協議会では――【爆焔の魔導師】バリアン・メラ・ドゥランダルがステラ王女に求婚する旨が発表される。

 


   * * *



「なに、これ。お酒?」


 朝礼の席で配られた小さな杯には、赤い液体が満たされている。

 甘い芳醇な香りの奥に、酒精の匂いがまじっている。

 葡萄酒だ。



「あはは、レミィってば本当に朝礼は全然こないもんねぇ。これ、毎朝やってるのよ。シュトラ王家の先祖であるとされる聖なる竜が、額の傷からその高貴な血を王家に分け与えた――って伝説知らない? それになぞらえた儀式よ。戦乱で流された血とシュトラ王家の起源を思いながらみなで真っ赤な葡萄酒を飲もうって……ようは『見立て』ってやつかしら?」



 あぁ、そんな式次第の承認に必要な書類をそろえていた気がする。

 たしか、聖なる竜をあがめる王家に伝わる儀式の作法を取り入れた……だったか?


 ちみ、と舌先で葡萄酒を味わう。

 なるほど、だいぶ甘口だ。いまは古本屋をやっている旧知の魔導書使いが好みそうだ。


 葡萄酒を血に見立てている、か。

 レミィはぼんやりと各班からの報告を聞いていた。


 朝礼と協議会は、レミィの上司【青龍班】のリーダーであるダムが取り仕切ることになっている。

 レミィはちびちびと葡萄酒を舐めながら、聞くともなしに話を聞き、眺めるともなしに同僚たちを見廻していた。

 どうやら、この葡萄酒は「シュトラに栄光あれ!」という合図とともに一斉に飲み干すものだったようなのだけれど、タイミングを逃してしまったのだ。



「はぁ、なるほどね。……そうだ、アリシア。ひとつ質問があるんだけれど」


「なあに?」


「城内に忍び込んでるネズミってのは、もう見つかったの?」


「んんー」


「そうねぇ、2人までは絞り込めてるの。ほら、レミィが突き止めた国王陛下に毒を盛ってるやつがいるっていう、あれのおかげでね。そんなことができる人間は、警備に携わってる者か、あるいは――」



 鐘が鳴る。

 朝礼が終わる合図だ。 


 壇上ではダムが、「ほかに伝達事項のある者は?」と、じろっと一同を眺めまわしている。



「……ねぇ、アリシア。もし私がここを去ることになったら、陛下の解毒は頼むわ。それくらいできるでしょ、あんたなら」


「あら! 解毒ならお手の物よ、レミィみたいに『お茶です♪』ってていにはできないけど――他ならぬレミィのお願いなら、アリシアがんばっちゃう♡ ……けど、ここから居なくなる前提で話すのは、ちょーっといただけないな?」



 ぷに、とアリシアの指がレミィの頬にささる。

 やめろよー、とぼやけばアリシアはとっても愉快そうに笑った。


 ダムがこちらを睨みつけてくる。

 どうやら、レミィたちの不真面目な出席態度にイライラしているようだ。

 まぁ、出仕以降ほぼ初めて朝礼に参加したと思えばこれなのだから、ダムの気持ちもわからなくはないけれど。


 朝礼での一斉の伝達事項が終わったのと同時に、補佐官たちが退出する。

 残った宮廷魔導師たちの間で、毎朝の協議会が行われるのだ。



 協議会の議題は――決まっている。

 ダムは、いつも通りのしかめつらで議題を読み上げる。



「さて。本日は採決をとりたい。実は――【爆焔の魔導師】バリアン・メラ・ドゥランダル君が、ステラ・ミラ・エスタシオ王女殿下に対して正式に結婚を申し込むことになった」



 おぉ、と一同がざわめく。

 この場にいるほとんどの者は、すでに根回しとして知らされている情報に違いないのに、白々しいことだ。


 王家とも近しい大貴族の出身、見目麗しいエリートのバリアン。

 まったく、すました顔しやがって。


 レミィはふん、と鼻を鳴らす。

 あのすました顔を怒りに歪ませて、ステラ王女にちょっかいを出すなとレミィに怒鳴り込んできたのは――思えば結構おもしろかった。

 そうだ、あのときに返り討ちにしてやってもよかったかもしれない。


 バリアンは、ダムと同様にレミィのいる方向をギッと睨む。

 赤みがかった髪は丁寧に刈り込まれ、ピンと伸びた背筋は男の体幹の強さと育ちの良さを表している。

 スラリとした眉毛、切れ長の目、形のいい鼻とピッと引き結ばれた薄い唇。

 

 イケメン。

 誰もがそう称するだろうが――でも。

 年端も行かぬ少女を妻にしようなんてやつは、いくら顔が良くても好きじゃない。



「こほん……ついては、前例に則り、この協議会での満場一致をもって、この婚姻は宮廷魔導師団の承認を得たものとしたい。あとは最終的に、つつがなく求婚の儀が済み、国王陛下がご納得されればめでたくも2人は婚約者となる――というわけだな」



 ダムが背筋を伸ばし張り上げた声が、講堂に反響する。

 採決式の協議会とはいえ、そこで異議が唱えられることはほとんどない。

 すべて根回しが済んでいる決定事項――レミィが今まで扱った書類でも、宮廷魔導師団での採決でもめたことなど一度もない。


 一度もない、が――これから起きない、という保証などない。



「この婚約に異議のある者はおるまいか、協議会への出席者一同の沈黙をもって肯定とみなす」



 誰もが予定調和然として口を閉ざす、そのなかで。



「意義ありっ!!」



 講堂に、声が響く。

 にわかに、宮廷魔導師団たちがざわめいた。


 異議あり?

 そんな言葉――一度も、聞いたことがないのに。



「その婚約、【紅茶の魔女】レミィ・プルルスが反対しまーす!」



 軽やかな、それでも凛と渋みのある声。

 すくっと立ち上がったのは、紅茶色の髪をなびかせた――レミィ・プルルスだった。


 レミィの不敵な笑みに、悲鳴のようなざわつきがおきる。

 壇上にいるダムが目を見開いて口をパクパクとさせている。


 【爆焔の魔導師】バリアンが怒りに肩を震わせて、レミィをじっと睨みつけていた。


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