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第13話 後輩君の子守唄は、国王陛下の御用達? ~スミレの花びらの砂糖漬け~


 ――翌日。

 珍しくかなり早めに出勤したレミィの耳に聞こえる囁き声があった。


 宮廷魔導師団の魔導師たちが、講堂に集まっての朝礼前に囁きあう噂。

 レミィは普段、絶対に朝礼には参加しないと心に決めている模範的な窓際族なので、こういった場にいることは珍しい。


 朝の勤務で皆に飲ませる紅茶の支度をしながら、耳を澄ませた。



「なぁ、最近【爆焔の魔導師】殿がものすごく殺気立ってるの知ってるか? ステラ王女への求婚が近いから仕方ないとはいえ――」


「殺気といえば、青龍班の鬼班長もだ。【鋼鉄の魔導師】ダム殿! ここ最近、ずいぶんイライラしているぞ」


「ああ、それは同じ理由だよ。ダム殿のご実家は、戦時中に多くの私財をなげうって王国の勝利に尽くしたと自負しているからなぁ。それが、終戦を迎えてみれば所属してた精鋭特別部隊の青龍隊は解体されて事務処理班に再編成、さらにはぽっと出のデュランダル家に王女殿下との結婚――将来の王位をかすめ取られたんじゃ面白くないだろう」


「なるほどな。【爆焔の魔導師】殿もずいぶんと出世にご執心だからな……。これはあくまで噂だが、ステラ王女と結婚の折には王女殿下を田舎に軟禁して自分が実権にぎるんじゃないかって」



 ああ、怖い怖い。

 魔導師たちの噂話が、城の廊下に溶けていく――。



(ふぅん……)



 レミィは唸る。

 なるほど、早起きは三文の徳というけれど。



(人の口に戸は立てられない、か)



 色々な情報が入ってくるものだ。

 紅茶の茶葉をしっかり蒸らして、カップに注ぎ入れる。



「みなさん、おはようございますー! レミィの紅茶はいかがですかー」



 レミィの声に廊下の魔導師たちがパッと顔を上げる。

 声と共に立ち上る、なんともかぐわしい紅茶の香りに――全員の表情がほっと和らぐ。



「ははは、青龍班のサボり魔……じゃなかった、【紅茶の魔女】か。こんな朝早くに出仕してくるなんて、今日は雨か?」


「一杯貰おうか! 私は白虎班の者なんだが、実は前々から気になっていたんだよ、【紅茶の魔女】の紅茶」


「じゃあ、私も……まぁ、本当に美味しい!」



 リラックス、リラックス。

 身も心もリラックスする、香り高い紅茶に砂糖とミルクたっぷりの朝の一杯。


 つまり。



(さぁ、さぁ、どんどん口を軽くしちゃってくださいよー!)



 心も体もホッとすれば、ニンゲンの口はいとも簡単に軽くなる。

 レミィは耳に神経を集中させて、あらん限りの噂話を耳に入れようとした。



   * * *



「おはようございます、先輩!」



 毎朝行われる、朝礼と協議会。

 そのために王城の離れにある講堂に向かう宮廷魔導師たちの群れ――に交じって、今日も今日とて庭園でサボりタイム、もとい考え事タイムに入ろうとしていると。



「お、ディル君」


「おはようございます、今日から同じ宮廷魔導師として! よろしくお願いいたします!」



 満面の笑みの新米宮廷魔導師であるディルが手を振っていた。

 それはもう、ブンブン手を振っていた。


 そして、その姿を見ていた周囲の魔導師たちがこそこそと話しているの聞いてしまったのである。



「――おい、あいつ。ディル・マックィンだろ」

「あぁ、たしか昨日の中途採用で、国王陛下じきじきに宮廷魔導師入りを指名されたっていう」

「でも……なんで【紅茶の魔女】なんかと喋ってんだ?」



 国王陛下じきじきの指名。

 本当だとしたら――それは、なかなかやるじゃあないか。

 ちょっとだけ、いつもちょっと眉毛をハの字にしている後輩



「ディル君、ずいぶんと頑張ったんだ?」


「いえ、本当にレミィ先輩のおかげなんです……ほら、先輩が言ってくれたじゃないですか」


「うん?」



 そんなこと言ったかなぁ、とレミィは首を傾げる。

 自慢ではないが、わりと色々と――すぐに忘れるほうだ。


 誰かにかけた言葉だとか、優しくした記憶だとかは特に。

 だって、そんなものを覚えていたら、なんだか自分がさもしくなってしまう気がするのだ。

 だったら、誰かに優しくしてもらった記憶ばかりを覚えておきたい。


 ……とはいえ、誰かに恨みとかは、わりと覚えているタイプなのだけれど。



「どんな固有魔法だって使い物だ――って」


「そんなこと言ったっけ」


「言ったんですよ、先輩。それで昨日の宮廷魔導師団の入団試験で、聞いてみたんです」


「聞いてみた?」


「はい。――眠りにお困りの方はいらっしゃいませんかって」



 宮廷魔導師への入団は、魔術の知識や実力、個人が持っている固有魔法の強力さや汎用性はもとより、シュトラ王城内で唯一無二の働きができるかどうかが求められる。レミィが「紅茶を美味しく淹れる」という固有魔法の一点張りで高倍率の入団試験を突破したのも、ずば抜けて美味しい紅茶を淹れる人間として、レミィが唯一無二の存在であると認められたからである。


 そう、採用担当官に飲ませた紅茶に、レミィを採用したくなるような催眠をほどこすのに適したちょうどいい感じの紅茶を飲ませたなんてことはない。全然、ない。

 ……表向きには。



「もしかして、それで――?」


「はい。国王陛下が、このところ謎の体調不良や体の火照り……それから、その」


「ん?」


「ここだけのところ、すこし衰弱していらっしゃるようでして……それで、陛下の安眠のために俺の固有魔法【子守唄】を用いてくださることになったんですよ!」


「なるほどね、上手くやったものだね。ディル君!」


「だから、先輩のおかげなんです。先輩が、固有魔法は使いようって言ってくれなければ……俺、自分の魔法が役に立つなんて一生思えなかったと思います」


「そう。そりゃよかった」



(ふぅん。それにしても――国王陛下の急な体調不良ねぇ)



 レミィが宮廷に出仕したときには、戦争を戦い抜いた国のトップとしてギラギラとしていた国王。

 それが……急な体調不良。


(食う寝るところに住むところ――戦場だったら、これが人間の体調不良の多くの原因だけれども。はて)



 うーん、と唸るレミィに、ディルは改めて右手を差し出す。



「そういうわけで、改めて。今日からよろしくお願いいたします、宮廷魔導師のディル・マックィンです!」


「うん。よろしく、ディル君」



 執務に一生懸命な後輩からの握手に、レミィは快く応えた。


 ありがとうございます、先輩。

 ピカピカの宮廷魔導師団の証のバッヂを付けて。

 同じくらいにピッカピカの笑顔を浮かべているディルを、レミィはちょっとだけまぶしく思った。



   * * *



「……まぁ、だからといって特に朝礼に出るでもなく、いつも通り私はサボるけどね!!」



 紅茶、美味い!

 レミィはスミレの砂糖漬けを浮かべた紅茶を飲んで、にっこりと満面の笑み。

 今日も今日とて、庭園の風景を楽しんでいた。


 はてさて。

 しかし、いつもの朝のお茶会と違うところがある。

 朝露に濡れたテーブルを拭って、レミィはティテーブルに


 宮廷魔導師と王族の結婚。

 その前例の手続きが書かれた書類を手に入れていた。



「……なるほど、書類仕事も悪くない」



 レミィは、その公文書群をすらすらと読み解きながら、ふむふむ唸る。

 スミレの花びらの砂糖漬けが唇に触れれば、豊かな香りと甘みが感じられる。

 アリシアが持ってきた薬草の花束の中に入っていたので試しに作ってみたけれど――なかなかどうして、美味しいし。



「これは、ちょっと量産してもいいかもね? ――おっと、これだ」



 宮廷魔導師と王族との結婚。

 戦乱期に入る前の古い資料に、前例があった。



「なるほど、なるほど。宮廷魔導師協議会への出席者の満場一致での賛成をもって……ね」



 前例主義のやっかいなところは、サボりサボりの仕事の合間に知ってはいるけれど。

 なるほど、前例。



「うんうん、悪いところだけじゃなさそうだ」



 レミィは手早くトントンと書類をそろえて、第一執務室へと戻っていった。

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