表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

だから女神は愛した彼女を壊したい

作者: 漠せいさい







 私が招き入れた愚かな聖女は言った。

 パンドラの最後には希望——愛が残っていると………。





************




 「さあ聖女よこれで貴方はもう人ではなく、けれども神でもない貴方がいまからするべき事はたくさんあるのですが……」


 「……………」


 聖女から私の駒となるべく行った義式は思った以上に負担だったらしく、その顔色は青白く目も少し虚としていた。

 まぁそれもそうね。

 記憶だけとは言え私の力の干渉を受けるのだもの。精神が壊れていないだけマシ………といったところかしらね。


 「なにしろその様子では救うものも救えませんね……。よいでしょうどのみち貴方はもう私のもの。ならば私の寝床でその体を今はゆっくり休めるといいわ」


 「……………………あ、なたみたいな女神様でも……ねむくなるの………ね」


 貴方なりの精いっぱいの嫌味のつもりだろうけれど残念ね。女神は眠るわ。

 いっそ眠ってばかりの女神がこの世界の本当の神様で、その女神を目覚めさせる為貴方を利用しようとしてると知ったら……この聖女は一体どんな反応をするのかしら。


 そんなことを思いながらよろめき立つ聖女を私の、一度も呼んだこともないとっておきの場所へ案内するべく、なるべく勾配が激しくない道のりを歩いておよそ3時間。

 何度見ても美しい湖とそばで青々と草葉を生い茂らせる世界を支える大樹は相変わらず死んでもおらず、だからといってあの頃のような生命そのものといた力は欠けたまま、ただそこで瞬いていた。


 「大樹すぐそばに……こんな綺麗な湖があっただなって………今まで知らなかったわ」


 「それはそのはずよ。ここは私と……大樹にとって大切な場所。誰一人立ち寄らせないよう結界を張っているのです」


 あぁ嫌な思い出。

 こうして話している今で彼女の影が聖女の姿を借りて私を、私の心を惑わせる。何故どうして私はこんな世界の為に彼女を捧げなければならないの?

 何故彼女に私は…………。


 「それで……私は何処で休めばいいのですか、女神様?」


 「ッ………そんなに近づかないで頂戴な。貴方の寝床は今から作るの。でも安心していいわ。そこらの人間風情が作る家屋よりも数段立派な寝床をこの私が用意してあげましょう」


 私がそう告げると彼女も時間がかかると考えたのだろう、湖の辺りまでよろよろと近くとそこで疲れでむくんだ両足を水につけ、気持ちよさそうにあたりの動物と戯れはじめた。


 「あぁ………本当嫌なくらいそっくり………」


 聖女は皆あの頃の彼女のように清廉潔白で、自己犠牲を厭わない強さを持っていた。

 その中でも今回の聖女はとりわけそのきらいが強く、それだけじゃなく纏う雰囲気さえも………。





************





 「ねぇあなた時の神様の子供って本当?」


 突然降ってきた声は閉じられていたはずの敷地からで、私が今いるベランダよりももっとずっと上からで、私は驚き上を見上げるとそこにいたの私と年端の変わらない幼い少女だった。


 「ねぇなんでこんなところに閉じ籠ってるのかしら? こんな所じゃ草も花も動物だって枯れ果ててしまうわ」


 侵入者だというのにそんな突拍子のない事を告げる彼女に私は普段使わない声を上げることすら出来ないまま、手を引っ張られ何処にそんな力があるのか野生児の如く私を抱えて屋敷の外へと連れ出してしまう。


 「あ、なた誰………? なんでこんなこと……?」


 「私は世界樹の木のうろから生まれた世界樹の子供だと他の神様に言われたの。だから名前は必要ないって………貴方もそうだって聞いたわ」


 「そう……わた、しとおんなじ名無しさんなのね。私も、時が来るまではいみがないって……名前を、貰えなかったの」


 自分と同じ境遇で、初めてこんなに長く話せることが今までなかった私はこれまで感じることがなかった感情が初めて芽生える感覚がし、彼女と熱心に様々なことを話したのを今でも覚えている。

 そうして話した内容で分かったことは私たちは同じ境遇でありながら、全然ちがう環境で今まで過ごしてきたこと。

 彼女には父とも母とも呼べる存在はおらず、いづれはこの世界を支える世界樹になり変わるのだということだった。


 では私はというと、旧世代の神の子供ということで、周りの神も同じ力を持つ私を恐れていることはあの屋敷を見ても明らかで、だからといって殺すこともできない私は誰とも馴染めずに今まで過ごしてきた。


 「いづれ……私は誰ともしらない神と無理やり婚姻させられ、子をなす事を求められるだろうと………恐れ知らずの使用人達が陰で囁いていたわ。その時私は初めて名前が貰らい……その神の為名で縛り付けるのだと……」


 「そう、貴方は貴方で大変なのね……。私もよく知らない世界の為に世界樹になれだなんて言われて正直納得がいかなかったの。でも今日貴方を攫ってよかった………これで安心して世界樹になれるのだもの!」


 あたりはもう夕闇が包み込んでおり、かのじょの顔はよく見えなかったけれど、そういった声は力強く悲しみなど一切感じていないかのようで、私はそれにひどく動揺して思わずかのじょの手を握ってしまう。


 「そんな……こといわないで……!! 今日会ったばかりなのにもう、お別れなんて……そんなの嫌!!」


 「……大丈夫、まだ時間はあるの。だからそれまでは私達は友達よ?」


 「そんな……そんなのって………」


 初めて愛しいと思った。生まれて初めて一緒にいて欲しいと思ったけれど、彼女にとっては世界樹になるまでのほんの暇つぶしの友人でしかなく、こうして別れた後も、彼女が私を屋敷の外まで連れ出してもらえるまでは会うことすら叶わなかった。


 それでも一緒にいる時間が長くなるにつれ、私の中に募る彼女に対して感情は日に日に増し、それは恋慕というには少し執着心が混じりすぎていた。


 誰にも渡したくない。世界のために犠牲になるなんて認められない。

 そんな感情をしってか知らずか、日々美しくそして清廉に育っていく彼女はいつからか名前が欲しいと私に強請るようになっていた。

 だけどそのたびに私はそれだけは出来ないと断り続け、そのわけを毎回説明することとなった。


 それというのも名前は神となる上で重要な役割を果たすからだ。

 元来自然というものに名前はなく、それらがなんであるかを決定付けるため神や人の子はそれらに名を与えるのだ。

 それはいうならば名前によっては私たちも自然も有り様が変わってしまうということに他ならない。


 だから将来世界樹になってしまう彼女には名前が与えられなかった。

 それによって世界樹は……自然が歪んでしまうから。


 「それは何度も貴方の口から聞いたから知っているわ。でも、それじゃあ私は貴方にとって何になるのかしら? 友人、親友、幼馴染み……関係を示す言葉はあっても貴方だけを示す言葉もなければ私だけの言葉もない。………言葉がなければ悠久の時を過ごす貴方の記憶からいづれ私は消え失せるだけじゃない」


 「そ、そんなことないわ。たとえどんな長い時が私の中から喪われようとも決して貴方を忘れたりはしない。私にとって貴方は大切で唯一の…………親友だもの」


 いいえ、嘘よ。

 これは決して本心なんかじゃないわ。


 本当はもうずっと前から彼女の事を愛していたし、密かに名前だって考えていたもの。だけれどそれは絶対にしてはならない事で、この感情だっていつか婚姻する神によって消し去られてしまうだろうと知っていた。


 そう、もうこの関係はとっくのとうに周りの神達にバレていたのよ。

 この間だって私の屋敷には彼女以外の訪問者が正式な形で訪れていた事を彼女は知る由もない。

 もう………時間がないのだ。


 「…………この世界を回る三つの月が交わり太陽が顔を出す明け方……つまりは明日私はこの世界の大樹になるのだと……この世界を治める神に告げられたの」


 えぇ………えぇ知っているわ。今日が本当の本当に最後だって……。

 だって彼女はもう以前の姿とは違い、表面を覆う皮膚は樹皮のよう堅く、所々枝が伸びて芽吹かせているし、なによりその目も光が失われたかのように淀んでいたもの。


 「ほんとうだったら……こんな姿貴方には晒したくなかった。でも、もう貴方に会えないのだと思ったら………私居ても立っても……居られない気持ちになって……ここまで、きてしまったの……」


 もう限界が近いのだろう、段々と息が上がり喋るのも辛そうに私に寄りかかる彼女の肌にもう以前のような心地よい温度は宿ってはいなかった。


 「………もう……帰りましょう? ほら……もう日が沈んでしまうわ」


 「いえ……まだよ………私……まだ貴方に伝えてないことが……………」


 「いいえ、もうそれ以上の言葉はお互い必要ないはずよ。……… 私は貴方を愛しているけれど奪うことは叶わず、貴方にとって私は唯一無二の親友……それでいいじゃない。そうじゃなければ………困るのよ」


 ついに言ってしまったという後悔の感情と共に、観念した私はそう告げると彼女はなけなしの力を振り絞って笑い、私もつられ力なく笑い返すと不意に寄りかかっていた肩の重みが消え、彼女に顔を向けると同時に彼女は力なく私の髪を引っ張りキスを落とした。


 「残念………私のこの想いは貴方を困らせるだけなのね………。でも諦めてね。私もう………決めたの。貴方を諦めないって……」


 彼女はそういって私の両手を持ち上げ優しく口づけをすると、手に持っていた紙を手渡してきた。


 「この紙を私が世界樹になる今宵の夜明け方の日の光に……晒して欲しいの………お願いよ、私のこと本当に愛しているというのなら貴方の時間全てを私に……」


 彼女は歯切れ悪くそこまでいうと、誤魔化すかのようにすくっと立ち上がり別れの挨拶も交わさないままよたよたと帰っていく姿に私も何も言えず見送るばかりだった。


 だけどその時の私は今までずっと気づかなかった。

 それまで彼女の事を私は清廉潔白で自然そのもののような存在だと、勝手に美化していたのだ。だから………だから今世界はこうして腐ってしまったのだ。


 そのあとの事は思い出したくもない………苦い、苦ったらしいったらありゃしない嫌な思い出。


 私は彼女にいわれた通りその紙を三つの月が交わり、日が上る頃を待ってそして紙を光に晒してしまった。だってしょうがないじゃない。最後だという彼女の遺したものを無下にすることは出来なかったし、なによりそれがなんであるか、ある程度予測がつく……………だんてとんだ勘違いしたんだもの。








 彼女が私に遺したもの……それは私の名前なんかでは済まない、もっと重くて恐ろしいものだった。


 「ど……どうしてこれを?! いや!!!!! 燃えないで!! 燃えたら世界が………!!」


 私はその時まで彼女が遺した紙が呪い用に作られたものだと気づかなかった。今となってはどうしようもない言い訳でしかないけれど、その紙にかけられた呪いは日の出の光によって作用する……永遠を誓う婚姻の為の………お互いの名が書かれた契約書だった。


 彼女はどこからか知ったのだ。私がずっと以前から彼女の為に名前を考えていた事。そしてそれを送るつもりが一切なかった事を。

 いや、これですら今になって思えば彼女の策略だったのかも知れない。

 だって名前だって彼女が欲しいと言い出しさえしなければ考えることすら避けていたのだから。


 そうして私は彼女の与えられた名によって存在をこの世界に永遠に縛られることとなり、彼女自身私が与えてしまった何よって歪んでしまい、本来腐るはずがない世界樹が何千年かに一度腐り果て死に近づく存在となってしまった。


 私を含めた神々は世界樹が生命を芽吹かせるからこそ生きられる。

 だから何千年かに一度の死は死なないはずの神々にも影響を与え、少しづつ、少しづつつこの世界の神を殺しては聖女によって蘇っていったのだった。





 ************






 「これが女神様のいう人間が造るよりも素晴らしい家屋ですか? ………何というか前時代的で趣味ではないのですが、雨風が凌げるだけマシといったところでしょうか?」


 今までの聖女とは違うこの愚かがすぎる聖女は、今更取り繕っても仕方がないと思ったのか、本来の性格でもって私が小一時間で造った家を批評し、おなざりな礼を告げると、感動も感激もする素振りも見せないまま家に入り、そのまま今もなお眠り続け世界樹を救った疲れを癒したのだった。


 「パンドラは最後の希望が逃げないよう急いで箱を閉じ世界を守ったけれど………貴方が私をこの世界に閉じ込めたのは果たして私が希望だったから……なんて本当にそう思っているの? ハフティナ………」


 いまだ聖女は眠る中、世界樹はざわめき私に何かを訴えてくるが、時の神である私には分からずじまいだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ