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「はあ…」


「あうー…」


数日後の朝。

駆け落ち計画は叶わず、水叉と輕陀は日に日に増えていく式神達を数えながら、二人はただひたすら恐怖していた。


「聞いた?娑雪様のお話。」


「確か、この世界に建てる新しい国の名前を募集中らしいわよ。」


そして、少しづつではあるが、彼女たちの様に言葉を話し、自我を持つ有我式神も確実に増え続けている。

二人の足取りは次第に重くなって行く。


「ん?よお輕陀と水叉。どうしたんだ?そーんな浮かない顔して。」


二人が少し周囲を見回すと、その声の主は二人のスカートを下に軽く引っ張った。


「え?こここここ荒犬神(こうけんしん)様!?」


「これはこれは荒犬神様。この馬鹿が大変失礼致しました。」


「いやお前も気付いて無かっただろ…」


子供ほどの小さな身長で、薄青色のボサボサとした長い髪を脛のあたりにまで垂らしていた。

髪の毛の色を意識した様な薄紺色の着物と下駄を身につけており、青く大きな瞳と八重歯、それに頭についた尖った犬耳が特徴的だった。

見た目はただの元気な少女そのものだが、その雰囲気はどこか娑雪に似た、威光を感じされるものであった。


「荒犬神様は確か、御主人様と一緒に建国に携わったんですよね。その…」


「がっはっは!そうかそうか、お前達はまだ若かったな!あのうさ耳が何をさせるか、不安なんだろう?」


有我式神の中にはかなりの高位な者もおり、そう言ったものは娑雪に仕える神、家神と呼ばれている。それらの妖気に反応して神社は自然増築される。

陰陽世界、彼女たちの住む世界と繋がる場所も増え、その神社の建築物としての規模は、もはや城塞と化していた。


「よしよし、今晩わしの部屋に来い!相談に乗ってやるぞ!」



「………」


娑雪は、木簡に書かれた最後の名前に印を付ける。

彼女は温厚で、知的で慈悲深かったが、同時に神としてのエゴも持ち合わせていた。

出来るだけ多くの人間に、自分の存在を認識して欲しい。そんな衝動、欲求であった。


(……ふむ、折角じゃ、彼奴らも呼んでやろう。)


木簡に書かれた名前は全て埋まっていたが、彼女は更に式神を二枚取り出し、二人同時に有我式神を降臨させた。

光の中から、楽しげな声が聞こえてくる。


「それじゃ…一二の三で行くよ?せーの…」


「いえーい!」


二人の有我式神が、娑雪の夢の中に勢い良く飛び込んで来た。

流石に二人分の勢いは止められず、あぐらをかいていた彼女は押し倒されてしまった。


「こら…掛け声関係無いじゃん…」


「何でもいいじゃんそんなの!ほら、あたし達が踏んでるこのうさみみちゃんが、多分マスターだよ!」


「…え?のあ!?」


片方が娑雪の存在に気付き、もう片方を退かしながら彼女から離れる。


「あーあ。奴瞰(なみ)のせいで私達消されちゃうよ。どうすんのさ。」


「大丈夫だって(なぎ)。あたしたちなんか作る神様だよ?きっとすっごく…あいや、何でもない。」


良く似ているが、何処か違う二人の様子を見て、娑雪は思わず笑みが溢れた。


「…お久しぶりです。マスター。」


「…ほら!やっとちゃんと動けるようになったよ!」


彼女が造った中で、最も新しい二人の式神。否、正確には造ったと言うより作り直したと言う方が正しい。


奴瞰と呼ばれた明るい方は、、先の方が軽く渦を巻く独特なオレンジ色の長い髪を持っている。身体には梵字の様な物の書かれたテープが巻き付けられており、その上から白いパーカーを羽織ると言った服装だった。

凪は灰色の髪を短く切り、チャックの付いていない黒いパーカー、それとデニムにスニーカー姿であった。

二人とも顔立ちは良く似ており、凪は左目が、奴瞰は右目が青く、逆側の瞳が茶色であった。


(…やはり、奴瞰の身体は安定しておらぬか。)


彼女達は、元は廃墟化した神社に取り残されていた狛犬であった。凪は比較的状態が良かったが、奴瞰の方は倒壊に巻き込まれて、ひどい損傷を受けていた。

彼女が身につけている包帯の様なものは、彼女の身体が崩れない様にする娑雪お手製の術具であった。


「…すまんの…私の技量が足らぬばっかりに…」


「そんな事言わないで!マスターには、むしろ感謝してるよ!またそこのうさん臭い顔と一緒に小間使い出来るなんて思わなかったよ!」


「あんたとおんなじ顔でしょ。…て言うか、粉々になった石像からも式神を創れるって普通にやばいんじゃ…」


と、娑雪の懐から、電子音の様に規則的な鈴の音が鳴る。

彼女は懐から、音源を取り出し、そっと耳に当てた。

ただの漆塗りの黒く薄い木の板だが、その表面にはいくつもの淡く青白い文字が浮かび出ている。人間達が持っていた物の模倣品だ。


『主様。この現地の人間が2名程、正面鳥居前に出現しました。敵意はない様に思えます。』


「…あの集落の者か…応接間まで招き入れ、水叉に対応させておくれ。」


『かしこまりました。』


その黒く艶のある木板を仕舞うと、奴瞰と凪を引き連れて外に続く扉の方に向かう。


「あ、ねえねえマスター!マスターはこの世界で何をするつもりなの?」


「それはもちろん…」


娑雪には知恵も理性もあったが、彼女の内面には、最も強い衝動因子があった。

神としての、否、何者にも勝る究極のナルシズム。


「自己顕示じゃ。」



「兄さん、その…ダンジョンの中ってこんな感じなのか?」


「いや、俺もこんなのは初めて見る。こりゃまるで外国だ…」


ドレとダリアの通された部屋は、絢爛な絵が描かれた、金色の屏風に囲まれた部屋。

床は最上級の畳で、部屋の中心に置かれた机も、非常に良く作り込まれている。

大きな障子窓が開け放たれていたが、そこから見えるのは平原ではなく、全く見知らぬ森林地帯、陰陽世界の風景であった。

美しい漆器に盛られて運ばれてきた軽食は勿論日本料理。この世界の住人である彼らにとっては未知の食物であった。


「水叉様はただ今ご多忙で御座いますので、しばしお寛ぎください。」


部屋の隅に座る侍女らしき式神がそう告げる。


「ライゥ…じゃないよな。なんだこりゃ……美味え!」


二人に出された食事は白米と、ナスとネギ、それに麩が入った味噌汁だ。

彼らは村を救ってくれた水叉に、改めてお礼を言いに来たのだ。


「…はい…はい…かしこまりました。」


ふと侍女が何かを呟くと、音もなく立ち上がり襖の側に立つ。


「水叉様が到着されました。まもなく…」


“バン!”


襖が勢いよく開き、侍女は思い切り扉に挟まれてしまった。


「どど…どうもっす…」


目を回して倒れる侍女には目もくれず、現れた水叉は二人に向かって頭を下げた。

水叉の服装は、黒地に金色の紅葉があしらわれた、美しい着物だった。これが彼女の部屋着なのだ。


「ごごごごめんなさい!遅くなってしまって…」


彼女は、ダリア達の反対側に座る。


「…ミズサ殿。俺たちは君に、集落を代表して礼が言いたくて来た。本当に、ありがとう。」


「妹を助けて頂き、ありがとうございます!」


二人は深々と頭を下げ、水叉はその様子を戸惑いながら見つめていた。


「まままあ…その…どうも…」


村を洪水にした事を怒られるかと思っていた水叉には、予想外の展開だった。

懐から出しかかっていた謝罪文をしまい込み、ほっと息を整える。


「しかし、此処は本当に不思議な場所だな。君は一体何者なんだ?このダンジョンのボスなのか?」


「まままままさか!うちなんてまだまだ新人っす!下っ端も下っ端っすよ!ボスの足元にも及ばないっすよ!」


「君が下っ端?…そうか…」


ダリアには此処に来た理由がもう一つあった。

ダンジョンのモンスターは、いつ人間に危害を加えるか分からない。そうなった時の為に、攻略にどれくらいの戦力が必要かを調べるのだ。


(……確かあの時のグロリアスの騎士達は、団長以外はそこまで強い訳では無かった…広範囲攻撃スキルがあったから対応可能だっただけかも知れない…その団長も、俺との戦闘でかなり消耗していたはずだ。彼女はざっと精鋭級…いや、騎士級だろう。)


この世界では、戦闘能力を持つ存在は全て、階級と呼ばれる者で区別される。

最も下の位の兵士級は、あのグロリアスの騎士団達。一つ上の精鋭級はダリアの冒険者達が該当していた。

ダリアは水叉を、自分やあの騎士団長が所属する隊長級の、一つ下と見積もったのだ。


「今回は色々ともてなしをありがとう。もしかしたらグロリアス騎士団が報復に来るかも知れない。うちのギルドから、護衛を配置しようか?」


「いいいえ、大丈夫です。此処はよよ夜冷えるみたいですかかからね。」


「そうか。くれぐれも気を付けてくれよ。」


その面談は30分程で終わり、二人は仙山を後にする。

ダリアは帰り際、手元の手帳に軽く記入をした。[攻略は可能]と。

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