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「はあ…はあ…はあ…」


(物見の塔が倒れている…相当酷かったんだろう…)


昼前の快晴の空、馬を走らせて、ドレは再び自分の集落に帰って行った。

反射的に柵を飛び越えようとしたが、既にその柵は無残になぎ倒されていた。


「おお!ドレ!よく帰って来たな!」


「ウンザおじさん!大丈夫でしたか?」


「お陰様でな。みんな診療所に居るよ。」


「ありがとうございます!」


馬を降りて、少年は村外れの診療所まで疾走した。

人里から少し距離を置いた、丸太作りの大きな建物。


(…火の手があった割には匂いもほとんどしなかったな。雨でも降ったのか?)


色々な事を考えながら、少年は診療所の中に入って行く。

早く母親と妹の様子を確かめたかったのだ。

ふと、村で唯一の赤ん坊の声を聞き取ると、声のした部屋に急ぎ足で向かって行った。


“キイィィ…”


「母さん!」


彼が見たものは、母親では無い見知らぬ女性が、自分の妹をなれない様子であやす姿だった。


「ん?ひ…ひい!髪の毛はやややめて下さい!」


「髪の毛?」


奇怪な服装に、人間離れした異様な雰囲気。

冒険者では無いドレも、すぐにその女性が人間では無い事を悟った。


「ん?おお!ドレ!」


「兄さん!ケガは大丈夫?」


「ああ。こんな傷くら....うぐ…」


「無理はしなくていいよ。兄さん。....それより母さんは?」


「さあ、俺はここから動いてないからな。」


「分かった。じゃあ、母さんを少し探してみるよ。」


兄との会話を終えると、少年はすぐさま、自分の妹を抱える女性のほうに声をかけた。


「あの、僕の母を知りませんか?」


「………」



傍で物の整理をする輕陀と、仮眠を取っている娑雪。

神社の夜は、静かなものであった。


「…スンスン…」


ふと輕陀は、とある匂いを嗅ぎつけて玄関に向かって行った。


「たたたただ今戻りま…輕陀!?」


「しー!」


輕陀の嗅ぎつけた匂いは、空気に混じる微かなガソリンの匂い。

それは、彼女の知る中で最もやかましい式神の帰還を暗示するものであった。


「御主人様が眠っておられるんですよ!取り敢えず静かに…スンスン…」


輕陀は静かな声でで怒鳴り散らかすが、直ぐに水叉のそれに気が付いた。


「貴女も来たんですね。どどどうかしましたか?」


「…焦げ臭い、土臭い、薬臭い、鉄臭い…」


「あ…おおお願いします!見逃して下さい輕陀様女神様!明日早朝でお風呂に入りますから、きょきょ今日だけは…ぐえ。」


襟を掴んだまま、輕陀はすっかり汚れてしまった水叉を引きずりながら、浴場の方へと運んで行った。


「ある意味では全員女神様でしょ。ほら、行くよ。」


「うわああん!自分は今日身も心も疲れたんすよぉ!ねね寝かせて下さいー!」


「ほら、お風呂で疲れを取りましょうね。ついでにその身の毛もよだつ臭気も。」



「…んく…」


(ああ、水叉が帰ってきたのじゃな。)


二人の織りなす、雑多で暖かい騒音によって娑雪は目を覚ました。

美しい半月が夜空に輝き、まだ深夜である事を示していた。


(この世界の月も、実に美しいものじゃな…)


彼女は月が好きだった。

悠久の時を生きた彼女にとって、ずっと変わらない物が愛おしいのだ。もしかすれば、彼女が兎の耳を持つ事に関係しているかも知れない。

とにかく、彼女は月が好きであった。


「…そうか…」


窓辺に立つ。

普段なら透き通った日本酒を盃に満たし、そこに月を映しながら晩酌を嗜んだものだが、此処にはその酒は無かった。


「断酒…するかの。」


この神社は仙山の山頂にあるわけでは無いが、かなり標高の高い場所にあった。

二人に見つからない様に、彼女はこっそりと玄関から外に出た。


「【式術・神鳥】」


無地の式神を一枚空中に放り投げると、閃光と共に人ほどの大きさの白い鳥に変化した。

白鳥というよりは鳩のような見た目をしており、その首には厳めしい雰囲気のしめ縄がかかっていた。

彼女の投げた式神は無地の物。この状態では自立して動くことは無く、ただの器のような状態だ。


娑雪はその大きな鳥の体に歩み寄ると、仄かな光と共にその鳥の中に消えていく。

融合というより、別な器への憑依である。


「…」


先ほどまでピクリとも動かなかった白い巨鳥は目を開き、その翼を広げる。

其の全ては娑雪の意志。こうなればこの鳥も、正真正銘彼女の体であった。


“ス....”


飛び立つときには音は殆ど立たず、神社の中の彼女たちは気付かなかった。


“カシャカシャ…”


数枚の式神を伴って飛び立つその姿は、彼女の神としての神々しさを感じる物であった。


そっと水叉の訪れていた集落を、上空から見下ろす。

式神越しに見ていた業火はなく、代わりに蝋燭の静かな光が集落全体に灯っていた。

そこから少し行った場所に、大きな街を見つけた。中心には見たことの無い造りの巨大な建物や、夜も巡回する兵もおり、そこが国家か巨大都市である事を示していた。


そこから少し行ったところの小さな森に、疲れ果てた様子の黒い鎧の集団がキャンプを開いているのも見えた。

あの集落の襲撃犯の生き残りらしい。


(ふむ....阿奴らの動向も追うかの。)


娑雪と共に飛行していた式神のうちの一枚が、その森の中に降りていく。


“カサカサ....”


その式神は、茂みの中に身を潜めながら、兵士の荷物の一つに墨汁を一滴残した。その後再び飛び立つと、娑雪の周囲に戻って行った。

月明りに照らされて、淡く煌めく神と紙。


「ん?ありゃ何だ?」


「綺麗...あんなモンスター、この近くに居たかしら?」


広大な都を抜けて、海岸を超える。海の様子を見ると、大きな船を何隻も見つける。


(航海が出来る程に、この世界の文明も発達しているらしい。)


この世界との接し方を確認し、彼女は再び自らの山に帰る。

行きとは比べものにならない速さで、滑空する様に天高くを行ったため、帰りの姿を見た者は誰も居なかった。



「ふいぃぃぃ…やっぱりおおお風呂は最高っすね。輕陀。」


「あれだけ抵抗してたのに、いざ放り込むと直ぐこうなる…」


「何か言いました?」


「いや。何も。」


山の中腹の、木々で囲まれた場所にある大きな露天風呂。湯気越しに綺麗な夜空が見えるが、麓からではこの露天風呂は見えなかった。

そんな大浴場の中に少女が二人、他愛もないやり取りをしていた。


「…何か、こうして二人で話すの久しぶりじゃない?水叉。」


「そそそうっすか?…言われてみれば…」


「ねえ貴女、ご主人様の事どう思う?」


「え?ボスっすか?そりゃもう、実質自分らのお母さんみたいなお方ですし、そもそも4000歳の付喪神様ってのも凄いっすし。」


「じゃなくて、その…人柄とか、性格とか。」


「…優しくて凛々しいお方です。頭も良くって…その…」


「…御主人様は、この世界で何をすると思う?」


「そそそそりゃ、またどーんと国でも造っちゃうんじゃないっすか?例えば…あれ、にほ…日本?みたいに。」


「………ねえ、もしそうなら、私たちってどれくらい働くと思う?」


「………」


まだ千年と生きていない水叉と、建国には直接参加していない輕陀にとっては、それは未知の領域であった。

その熾烈を極める建国の際の労働は、自分達の先輩にあたる式神からは、ある時は恐怖体験の様に、またある時は戦争からの帰還兵が語る記憶の様に、文献には娑雪への軽い愚痴と共に、地獄絵図の様に描かれていた。


「………」


「………駆け落ちでもします?自分と、輕陀で。」

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