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「ぐふ…ぐはぁ…」


「おやおやおや。その守護者の闘志とやらは、耐久面を底上げする代わりに、それ以外の能力が軒並み劣化してしまうんじゃ無いか。警戒して損したぞ。」


ダリアの必死の耐久戦も、騎士団長の火力戦法の前に、次第に綻びを見せ始めていた。

彼の仲間の冒険者も、自己回復が可能な一人を除きみな倒れてしまっていた。


「おい、とっとと女と金品かっさらってずらかるぞ。…此処の皮は上質だと聞いていたが…どうやら皮を鞣すのに最適な気候という理由らしいな。この土地が我がマルスサイファーの手に渡った時の為に、報告でもしておくとしよう。」


「クソ…待て…!」


騎士団長は素っ気なく笑うと、再び馬に跨り、略奪班に合流する為にその場を後にする。

今のダリアには、もうそれを止める術は無かった。


「……クソ……何で……」


(何で…俺はこんなにも無力なんだ…ギルドで待つドレがこれを知ったらなんて思う…俺は何て…情けない…)


ポーションをがぶ飲みし、全ての疲労と傷を回復させた騎士団長は、襲撃の中で最も彼の大好きな時間を始めた。

ゆっくりと簒奪し、攫った女子供を品定めする時間だ。高く売れそうなら連れ帰り、そうでもなさそうならば首を切り落とす。


「さて…ん?」


彼は遠方から、微かに唸り声のようなものを聞き取る。

音のする方を向くと、地平線に何か点の様なものが見えた。かと思えば、次の瞬きの時には彼のほおを何かが掠めていた。


“キキイイイィィィィ!がガガガが!”


現れたのは、獣と言うには余りにも無機質な見た目をした物に跨る、見慣れない人物。

その人物はヘルメットを外して素顔を見せると、モジモジと話し始めた。


「はは…初めまして!じじじ自分、みみみ水叉っていい…言います!…あれ、こ言葉ってつ…つつ通じるのかな。」


騎士団長はふと、彼女の周りを浮遊する数枚の紙切れの様なものを見つける。

此処に来る前に見つけた、ダンジョン山らしき物で見たのと同じ物だ。


「貴様、あの山から来たのか。モンスターが何の用だ?まさか此処の人間を庇うつもりか?」


(奇妙な出で立ち…見たことの無い獣…それに、此処にいる上に部下からの報告が無いということは、封鎖に回された兵士を全滅させたのか。実に…面白い…)


彼女は周囲の様子をキョロキョロと見回す。


「あああの…これ、今は何かのお祭りかなんかですか?」


(だとしたら、此処の人間は随分と野蛮なんだなぁ…)


乗ってきた無機質な獣の周りを歩きながら、周囲を見回す彼女を、騎士団長は舐め回す様に見つめた。

元気で張りのある声に、少し高めの身長。長く艶のある茶髪を後ろで縛り、鳶色の瞳を持ち、顔も実に愛らしい。活気のある美少女だった。


「一つ提案をしようか。モンスターのお嬢さん。実は今、我が国の王が新たな妃を探していてね。…もし王の妾になると言うのなら、君たちの住処を、国の名の下に厳重保護しよう。」


「は?めめ…妾?」


「…ただ、もし断るのであれば、あのダンジョンは遠慮なく攻略させて貰おう。」


王の妃にさえしてしまえば、あとは宮廷で高い地位に就く彼の自由自在だった。

…あわよくば、新種のモンスターを発見した事による学会からの褒賞金すらも企んでいたのだ。


「えええ…?じ…じじ自分がぁ?お妃様…て言うか王様の不倫相手に?」


周囲を取り巻く炎と悲鳴すら気にならないほどに、彼女の心は揺れていた。

彼女はもうすぐ、4桁目の年を刻もうとしていた。恋人無し歴千年は流石に回避したい所。人間の寿命などたかが知れている故、酷になる事も無いだろうと思っていた。


と、彼女の周囲を舞う式神の一体が、彼女の頬をペシリと叩いた。


『何をやっておる水叉。里の文字が消えかかっておるぞ。』


「え?里が消えかかってって…」


水叉は改めて周囲の状況を見てみると、行われているのは祭ではなく、ただの虐殺と略奪である事に気付いた。


「えっと…ここここれって…」


(落ち着け…落ち着け水叉…式神としての株を上げるための重要な局面だ。ボスは、此処の里の人達と会いたがっている。なら、その人達が死んじゃうのは流石にまずい。なら。)


水叉は騎士団長から一歩下がり、さっき頰を叩いた式神を右手の人差し指と中指で挟む。


「ししし【式術・水龍神】!」


突然の突風に飛ばされたかの様に、その式神は勢いよく空に上がっていく。

その後、次第に空に渦を巻く黒雲が現れて行き、雲の中から巨大な何かが出現する。


“ギャオオオオオオ!”


水で出来た体を持ち、首や胴体などの要所要所に注連縄の巻かれた、巨大な細長い龍が上空から現れた。

その左目の中に、さっき飛び去っていった式神が見える。

その村を包んでいた炎は、その龍の齎した豪雨で瞬く間に搔き消える。


「う…うわあああああ!」


「ドラゴンだあああああ!」


黒い鎧の騎士達は、地面から吹き上げる巨大な水柱で次々と吹き飛ばされて行く。

雨が降り、地面に溜まった水が水柱となって攻撃し、その柱はまた上空に戻っていく。

その力のスケールは、この世界に巣食うドラゴンと遜色は無かった。

水叉は、上空を仰ぎただただ唖然としている騎士団長を指差して、龍に向けて叫んだ。


「あ、こここの人は後回しににしておいて!縁談持ちかけられてる最中だから!」


その言葉通り、騎士団長の付近だけは全く水柱は発生しなかった。


(…ドラゴンの…召喚…その上に使役だと…!?あり得ん…こんな事…)


「あのー…なな仲人さん?」


「ひ!?」


騎士団長にとって、先程までは玩具にすらしようとしていた目の前の吃音少女が、今や畏怖の対象だった。


「そそその王様ってどんな感じなん...」


「く…来るなあああ!」


騎士団長は勢い良く、雨の中ですら変わらぬ炎を放つ剣を抜く。


「お前を殺せば、あれも消えるんだろう!?そうだろう!?」


「さあ…そそそれはどうだか…って、え?」


「うおおおおおおお!」


完全に油断していた水叉の首に、炎の剣が勢い良く振られる。

一、二本の茶色く長い髪の毛と、僅かに炎で赤く煌めく大量の鉄片が地面に散乱した。一騎千倒と言われた炎の刃は、少女のポニーテールすら断つことが出来なかったのだ。


「ありゃりゃ…熱で金属が脆くなってたんですね。これ。…ん?今のって攻撃ですか?」


「うわ…うわあああああああ!!!」


懐から双剣を取り出した騎士団長は、その頼りない刃で叩き続ける。が、もはや髪の毛一本すらも絶つ事が叶わなかった。


「うわ…ちょちょちょっと…近接戦は専門外…ぐえ。」


水叉が喋っている間に短剣が口に入り、彼女は少し嗚咽をしてしまった。

流石に鬱陶しくなった彼女は、左手の中指を折り曲げた。

と、傍に倒れていたバイクがひとりでに立ち上がり、正気を失った騎士団長を思い切り跳ね飛ばした。


「ぐあああああ!?」


水叉は再びバズーカを取り出すと、倒れる騎士団長に砲頭をくっつけて、ゼロ距離で発破した。


“ドゴオオオオオン!!!”


先程まで居た騎士団長は、文字通り跡形もなく消し飛ぶ。

強いて言うなら、焦げ付いた地面の窪みが彼の跡形なのかも知れない。


「あ…ごごごめんなさい!…つい…あ、もういいよ!あり…ありがとうね!」


水叉は空に向けてそう叫ぶと、水龍は次第に崩れただの水になって行き、先程まで水の中にあったはずの式神が、シミ一つ無い状態でひらひらと彼女の手の中に舞い戻って行った。


「ぼぼボス、里、消えちゃいました?」


手に戻ってきた式神を、そのまま耳と右頰にくっつける。


『む、何とか残っておるぞ。一体何が起こったんじゃ?』


「さささあ…じぶ…自分にもさっぱりです。取り敢えず、此処の人達に挨拶しておきますね。」


連絡を終えた水叉は無造作に式神を放るが、式神は自立して動き出し、その村の様子を視察するかの様に上空へと登って行った。

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