月が光を喰らうまで
「まさか…貴様も…!」
「よく聞け。異界の神よ。」
娑雪は、崩壊しつつあるこの世界の大神に向けて一喝。
「増長するな。主も私も、世界に生かされおるだけに過ぎぬ。」
「あり得ん…我が…!」
「案ずるな。神は死ねぬ。」
大神が、光の泡となって宙へと消えて行く。
残ったのは娑雪と、その様子を眺めていた、幾百かの天使達だけだ。
「…よく聞け、うぬら。」
娑雪の髪の間から、無数の紙の式神が滑り出してくる。
「この世界は、私が貰い受けようぞ。」
とある一柱の天使の挑発の代償は、世界を丸ごと一つだった。
「貴様…なんて事を!」
天使達は、なおも諦めずに娑雪に向かって来る。
娑雪は、傘からぶら下がる木筒から乾いた香草を一つまみ取り出し、天使と自身の間にはらりと撒く。
構想からは色鮮やかな煙が、まるで屏風の様に立ち上る。
「ぐあ!?」
「まあ落ち着け。」
香草から立ち上る臭気によって、瞬く間に天使達の覇気は削がれて行く。
「…ふむ、先ずは自己紹介からじゃな。」
娑雪は手をパンと鳴らすと、つづらの形をした浮遊椅子が出現し、娑雪はそこに腰掛ける。
「私の名前は、卯月御娑雪ヶ主。異界より参った、八百万の神の一柱ぞ。人の繁栄を司っておる。
私の目的は、未来永劫の“人”の繁栄と…仕事終わりの一杯の酒を、家族と共に味わう事じゃ。」
〜
数ヶ月が過ぎ去り、娑雪は正式に、この世界の主神となった。
「娑雪様〜、これが例の術式でございます〜」
この世界の人間は、どうにも生息圏が小さ過ぎる。
一部は娑雪の仕業でもあったが、そのほとんどが、この世界に蔓延る魔物の影響だ。
「おお。智滇廻よ、毎度済まぬの。」
故に娑雪は、この世界から魔物の生まれる根源である、魔法と言う概念をこの世界から取り払う事にした。
この世界から、この世界に生きる人々の記憶から、全ての“魔法”を取り払うのだ。
「娑雪様の為ならば〜お安い御用ですよ〜」
「ふむ…汝等らー、引越しの準備は済んだかー。」
娑雪の呼び掛けに、アタッシュケースを持った水叉が答える。
「こここここっちは大丈夫ですよ!いつでも行けます!」
次に、奴瞰と凪の閉じ込められた氷の塊を乗せたキャリアカーを押した亜亥も。
「大丈夫ですけど…出来れば、何方かお手伝いをお願いします。」
「…む?何故彼奴らは氷漬けなんじゃ?」
「えっと、色々ありました。多分向こうに着く頃には溶けていると思います。」
「そうか。…でじゃ智滇廻、その、魔法を残しておいて欲しい人間とやらは…」
「陰陽世界で待機していますよ〜」
「よし。」
一段とは少し離れた所では、富季とエルピが身を寄せ合っていた。
「…トキちゃん、私達、これから天国に行くの?」
「…少し違いますが、まあそんな所かな。大丈夫、拍子抜けするほど此処と変わらないから。」
「そ…そうだよね…」
「…怖いんでしたら、手を繋いでいてあげます。」
その横では、実に騒がしい一団が。
「がっはっはっはっは!お前ら!酒は持ったか!到着したら、引っ越し祝いだ!」
“うおおおおおお!”
「シイイイイイイィィィィィィ…」
「…ああ久戒丹。言いたい事は分かる…酔っ払いどもが…暑苦しい…具合が悪くなる…」
と、一足遅れて多きな神輿型の台車を引いた、桃色髪の姉妹が到着する。
「ふいー、ねーちゃんの言う通り、捨てなくて良かったー、この馬鹿でかい台車。」
「勿体無いは〜特になるんや〜で〜」
一方、輕蛇と阨無の間には、険悪な雰囲気が漂っていた。
「…輕蛇さん。」
「何ですか。」
「到着し次第、五本勝負の約束、覚えてますわよね。」
「勿論。折角だし、外野もたっぷり用意しようか。」
娑雪は、そんな皆の様子を見て、不意に笑顔が溢れる。
「…では、そろそろ行くかの。」
楽間の都と月千国をそのまま移設した、大規天空領域、“月高天”。
この世界から魔法を消した瞬間に、彼女達は皆そこへと移動する。
地上には、細やかな信仰と言う置き土産を残して。
「娑雪様?そう言えば、じじじ神社は此処には…のの…残さないんですか?」
「気付いたのじゃ。時期に、私達は人々からは忘れられる。忘れられても、その方が後腐れが無くて良いじゃろう?それに、だむにでも沈めば大変じゃからな。」
「ダム?は…はあ。」
と、智滇廻の声が、一同へと。
「術式の準備、完了しましたよ〜」
「うむ。…では皆、そろそろ行こうぞ。」
智滇廻が、地面に墨汁で書かれた陣の上に、チョーク粉を一つまみ振り掛ける。
次の瞬間、この世界から、月千の住人達と、魔法が全て消え去った。
“カラリ…”
液体の入ったフラスコが不意に、地面に素っ気なく転げる。
少しして、一体の妖も出現する。
「全く、ねーちゃんめ…もっとしっかり固定しなきゃって言ったのに…ふぅ、良かった、割れてなかった…よし、他に落し物は無し。」
そう言うと、愛衣凛の姿はフラスコを抱えて立ち上がる。
「…ん?今なら誰も見てない…じゃあ折角だし…」
愛衣凛は、右手で右目を覆い、軽く仰け反った姿勢をとる。
「ふはははは!…然らばだ、地上よ、いつか、我が再び降臨せし日を、怯えて待つが良い!ふはははははは!…ふぅ、こう言うの、一同やってみたかったんだよね。」
そう言うと愛衣凛は、フラスコを抱えたまま、地上から消え去る。
その日より数十世紀の間、式神が再び地上に姿を表す事はなかった。
これにて、異世界転生付喪神様は一旦の完結とさせていただきます。
長い間この小説を読んで頂き、誠にありがとうございました。
ちなみに、娑雪様の起源と詳細やイワイオゼーレについては、別作で書く予定です。
もし時間が空いた場合は、式神達の月高天での日常を書いた短編とかもポツポツ出すかもです。
とにかく、今までお付き合い頂き本当にありがとうございました!




