肆拾玖
「…と言う、すっごくドラマチックな事があって手に入った、世界一つ分の叡智の結晶、その名も…」
縁は、その機械の至る所に据え付けられた様々なコントロールパネルを、慣れた手つきで操作する。
機械の最上部のガラスケースが、機械駆動音を立ててゆっくりと開かれる。
「すー…超魔道工学神動式コンピューター オムニトカマクです!」
「あ?魔道…何?」
「魔道工学式超質量真核 オムニトカマクです!」
「ほー…で、その魔道ナンタラってのは、なんだ?」
「えー、ざっくりと説明しますとー、32901種のナノサイズ永久機関をベースに、9213の十不可説不可説転乗ペタバイトほどの魔道情報を素体として、そこから73種の自立駆動学習コントロール型AI、理論上無限に演算の可能なコンピューター923台、魔力無限生成器官912台、“最高神”29柱分の世界基礎情報及び学習プロセッサ、更に全機能調整制御装置やランダミックウェッパー等々を、」
縁は、その巨大機械の上部の台座から、その球体を取り出す。
「全てを手のひら台の球体に詰め込んだ物です!」
「…あー、つまりそりゃ何だ。全知全能の機械ってか?」
「うーん…全知全能の定義に当てはまるかどうかと言うお話になるので一概には言えませんが、最速0.095秒で世界を1ダース作れますよ!…どう…ですか?」
「あー…そのー…」
ジッドは、縁から手渡されたその球体をまじまじと眺める。
先程まで紺色だったが、今は茜色をしている。
手触りは、大きなガラス玉の様だ。
「…良くやった縁。こいつがあれば…その、もう何にも要らねーな…」
手のひらサイズの全知全能に、流石のジッドでもドン引きしている。
「いえ、そういう訳ではありません。装置は、この台座とセットです!」
縁はジッドから球体を受け取ると、再び機械の台座の上に戻す。
「旧神的計算法を組み込んでいる関係で、備えられている機能ほど便利じゃ無いんです。それに、デバイスだってこんなんじゃ足りませんからね。
それに、欠点もあるんですよ。
この機械、直接的には破壊も創造も出来ないですし、機械核への安全措置として、どんな些細な仕事を頼んでも、一回につき必ず50年間のオートメンテナンスモードに入っちゃうんです。」
「成る程。まさにチートアイテムって感じだな。」
「そして何よりこの機械、スキル付与も出来るんです!」
「おう。そうか。」
〜
グロリアス騎士団、第七奴隷倉庫。
「うわーーん!おーなーかーすーいーたー!」
「はぁ…奴瞰、体温。ここに居る人全員蒸し焼きにするつもり?」
「だってだってー!」
奴瞰が駄々をこねながら、その体温をみるみるうちに上昇させていく。
奴瞰と凪の牢を形作る、湿気っていたはずの木材からは水分が蒸発し、部屋全体には水蒸気が立ち込めている。
「あ…暑いよ…」
「焦げ臭い…火事!?」
凪は周囲の状況を眺めると、一つため息を吐く。
「全く…」
凪は立ち上がると、その木格子を思い切り蹴り壊し、奴瞰を引きずり連れ出す。
「おい!なんの騒ぎだ…って、なんじゃこりゃ!?」
駆けつけた看守を手で掻き分けながら、凪は一先ず外を目指す。
「ごめんなさい。ちょっと通ります。」
「おいテメエら!何当たり前のように脱走…あっち!?」
今の奴瞰には、普通の人間は手袋越しでも触る事すら出来無い。
「…」
凪はふと立ち止まり、その懐から式神を一枚取り出す。
式神は凪の指からするりと抜け出すと空中に留まり、そこに一体の練物式神を出現させる。
剛鬼では室内では大き過ぎるので、丁度大人一人分の大きさの、武者式神だ。
「人の入っている檻と言う檻全部壊しちゃって下さい。あと、怖そうな方もついでに。」
式神は紙を擦り合わせる様な音をたてると、そのまま凪の示された方向に突き進んで行った。
「行くよ奴瞰。何か食べに行こうよ。」
〜
「ママ、あれなあに?」
「ん?あれはね、…何かしら?」
地平線をなぞる超高速の二つの影を、親子はただ首を傾げて見ているのみだった。
「おいおい水叉!さては最近マシン走らせてねーな?」
「ど…どどどうしてそれを…」
「匂うぜ、エンジンん中で、埃が焼ける匂いだ。な?」
“クウ”
“クァ”
京ノ皇の方にしがみつく様に、二匹の狐が愛らしい声で答える。
その頭には、ヘルメットのつもりなのか茶碗が乗っかっていた。
「そそそその…そろそろ突っ込んでいいすか?」
「あ?何をだ?お前入れれるもん付いてねーだろ?」
「ちちちちがうっすよ!そそ…その…そ…の…その…その狐なんすか?」
「こいつら?なんか、髪切ったら生まれた。」
「…はえ?」
「便利だぞこいつら。なんか掃除とか家事とかやってくれるし、柿ピー食わせときゃ良いし。」
「は…はあ…」
「まあ、たまに抜け毛が気になるくらいかな。つってもあたしの髪となんも変わんな…って、危ねえ水叉!」
「え?うおお!?」
二人は、唐突に現れた障害物の為に急ブレーキを掛ける。
先程まで何も無い平原だったはずの場所に、唐突に壁が現れたのだ。
「すげぇ!急に出てきたぞ!急に!」
「大きな街って大体こうっすよね。」
二人は、無事にマルスサイファー本土に到着した。
〜
「おや?」
買い出しから戻った智滇廻は、居間に見慣れぬ機械が置いてある事に気が付く。
巨大建造物のミニチュアのような、はたまた大量のデバイスの塊のような大きな機械だ。
「これは〜…おお。かな〜り旧式ではありますが〜随分と立派な全能機械ですね〜。
ジッドさんがどこかから拾ってきたんでしょうか〜」
智滇廻は、その機械の前にちょこりと座る。
「ええっと…オーダー、マニュアル。」
機械は、少しも動かない。
「ああ〜手打ち式でしたか〜」
智滇廻は、機械の表面の数多あるキーボードの内から、黒い物を操作し始める。
「おぉだぁ…説明書っと。」
キーボードの上にある液晶パネルの電源が付き、文字の羅列が表示される。
「ふむふむ…世界創造までは出来るんですね〜…他には〜スペックはこのバージョンにしてはかなり上等ですね〜」
智滇廻はひとしきり説明書を読み漁った後、一度機械の電源を落とす。
「では〜手始めにもっと効率の良い転移装置でも〜…」
“オートメンテナンス中 終了まで残り438291時間”
「え〜?」
〜
月千の都。
神社最上階。
「これを、主の片割れの元まで頼む。」
そう言うと娑雪は、紙の上に小筆で書いた梵字の上に書簡を置く。
文字の上に置かれた書簡は、瞬く間に沈むように消えて無くなった。
「字虫ですか。…流石でございますね。」
字虫。
描いた文字に式神を宿らせ操る、式術の極技の一つに指定されている術だ。
隅で描かれた文字が地や壁や天井を這う姿から、地虫を連想させる為にそう名付けられた。
今のところ、これを完璧に出来るのは娑雪のみだ。
輕蛇も術自体は使えるが、せいぜい文字一つを数分間動かすのが限度だった。
文字一つでは、宿す事の出来る命令にも限りがある。
「ご主人様、どちらにお手紙を出したのでしょうか。京ノ皇なら、確か今留守に…」
「違う違う。ちと、上に宛てたものじゃ。」
「上?」
上が一体何処を指すか。
今はまだ、娑雪のみがそれを知っていた。




