表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/55

肆拾捌

マルスサイファー、奴隷商会の倉庫。

薄暗い地下で、錆びかけの鉄格子で形作られた牢獄が所狭しと敷き詰められている。

この檻に入れば最後。もう二度と、普通の人間としては暮らせない。


「ぐす…ひっく…ママ…」


聞こえるのは、嘆きすすり泣く声と。


「どんな人が買うのかな…優しいと良いな…」


全てを受け入れ落胆する声。

それと、


「ほごほごほごほご!ふごー!」


「はいはいすごいすごい。…ここカビ臭い。」


騒がしく楽しげな声だ。


「ね…ねえ…どうしてそんなに明るく居られるの…?」


奴瞰と凪が入れられている檻の隣から、弱々しい少女の声が聞こえてくる。


「ん?こいつが勝手に盛り上がってるだけだよ。来たことない場所だからウンタラカンタラって…」


「でも…売られちゃうんだよ?酷い目にあったり…つらいお仕事をさせられたり…殺されたりするんだよ…?」


そう話す少女の耳から、木製のタグがぶら下がっている。

タグには一言、“素材”とだけ書かれていた。

少女の体には、どう解体するかを指し示す為の線も引かれている。

もしも最期のひと時を楽しく過ごせる方法があるのなら、心から知りたかったのだ。


「んー…今を楽しむ、とか?」


「今を…楽しむ…」


少女は徐に、自らの体に引かれた線を指でなぞり始める。

今思い付く遊びなど、これくらいしか無い。


「ふぐぐ!ふぐ!」


「ん?何々?」


「ふぐぐ!ふごぐぐ!ふぐー!」


「だめだやっぱり分からない。アニメみたいに行かないなー…」


「ふぐ…」


少しして、地下室に男が二人ほど入ってくる。


「これがその、式神って奴か?」


「ああ。バドリアにいた所を、うちのモンが捕まえたらしくてね。それよりも見てみなよ。上玉中の上玉だぞ。」


「違いねえ。それに、生け捕りにした式神ってだけで大分価値がある。学者連中にも売れるぞ。」


「姉妹セットでオークションってとこかな。」


片方の男が檻の中に入り、競売と書かれた木札のピアスを取り出す。


「どれ、ちょっとチクっとするぞ。」


奴瞰の耳を軽く引っ張り、針で穴を開けようとする。


「…あれ?触った感じは普通なのに、少し硬…あ!」


末に、針の方が折れる。

それと、至近距離まで寄った故に、ある事に気が付く。


「?」


「あー…」


男は足早に檻から出ると、先程の木札のピアスを檻の上の木製部に強引に突き刺す。


「まあ…丈夫なのは良いことだな。」


男二人は、そそくさと地下室を後にして行った。


「ふぐ?」


「あのさ…やっぱりそれ、壊しちゃだめな物だったんじゃ…」


凪の視線は、粉々に砕かれた奴瞰の手枷足枷に向いていた。



「…やはり心配じゃ…しかし…」


娑雪は、デスクの上で頭を抱えながらそう呟く。


「そ…そそその、自分が迎えに行っても良いですか?」


「む?やってくれるか?」


「はい!ひひ…久しぶりのロングドライ…ドラ…ど…ドラ…ドライブも良いかななんて。」


「ふむ分かった。頼んだぞ。」


「はい!」


意気揚々と部屋を後にする水叉を、娑雪は不意に呼び止める。


「待て。」


「何ですか?」


「やはり長旅では何があるか分からぬ。もう一人ほど、伴ってはくれぬか?」


「かしこまりました。」



「暇だー!楽真の都ー!安泰すぎなー!」


昼間の筈が薄暗い部屋の中。

京ノ皇は、その黄色い着物を淫らにはだけさせながら、布団の上から一人天井に向かってぼやいていた。


“クウ!”


黄色い毛並みをした狐が二匹、扉を押し開け京ノ皇の寝室に入って来る。

その口には、かなりの品物で膨れ上がったコンビニのビニール袋が咥えられていた。


「お。お帰りー。」


狐の咥えている袋の中から真っ先の焼酎の瓶を取り出すと、ベッドに寝転がったまま、溢れるのも気にも留めずにラッパ飲みを始めた。

絵に描いたような、すっかり堕落した生活だ。


「ぷは!」


(…はぁ…だらけて暮らすってのも、100年も続けば流石に飽きちまうな…)


放り投げられた一升瓶が、中に僅かに残っていた焼酎を振りまきながら、ゴロリと床に転げ落ちる。

それを見た狐二匹が、慌てて焼酎の瓶を運び出す。


「はぁ…なんかねぇかなぁ…面白ぇ事。」


京ノ皇はいつもの様にぼやく。

その時だった。


“ピンポーン”


「んぁ?」


京ノ皇は気だるそうに起き上がる。


「宅配かー…お前らどっちか…」


京ノ皇の視線の先に居た二匹の狐は、溢れた焼酎の掃除に勤しんでいる。

はだけた着物もそのままに、彼女は玄関に出向く。どうせ顔見知りの宅配屋か


「どちら様?」


「ど…どうもっす。」


水叉だった。


「その、ちょっと危険な国に一緒にドライブに行きません?あ、おおおお休み中なら別に…」


「……だな。」


「え?」


「願望って、やっぱり口に出して言ってみるもんだな!」



同時刻。

智滇廻の寺子屋にて。


「バイトリーダー!」


「あ?どうした…あー…」


「縁です。それはそうと、すごいもの見つけちゃいました!」


「凄いもの?」


「みんなー!あれ持ってきてー!」


襖が開き、残りの四人が大きな装置を引っ張りながら入って来る。

機械仕掛けの台車に乗せられ、同じく機械仕掛けの台座に乗せられた巨大なガラス容器の中に、球形をした赤色の物体が安置されている。

よく見ればその台座は、機械に混じり魔法陣や魔力機械なども組み込まれており、ガラスの中の物体の表面にも、時々赤い魔法陣が浮かび上がる。


「あーんと、なんじゃこりゃ。」


「えっと…存在証明です!」


「存在証明?」


数時間前。

或いは数時間に圧縮された15年間の最後。


「はあ…はあ…これが…最後のパーツだ!」


白衣の青年が一人、破壊されかけた研究室の廊下を駆けている。

その手には、無数のマザーボードが取り付けられた一枚の魔道書が抱えられていた。


「これで…世界を…!」


“ウィーン!”


「…!」


青年の行く手を、黒光りする巨大なロボットが遮る。


“特殊命令により、あなたへの武力行使は認められております。速やかに投降しない限り…”


「【量子圧縮型エンペラーブレイズ】!」


青年の手から、青白い火炎が放射され、そのロボットの外装を焼きとかしていく。


“ジジジ…対処の…敵勢を確…”


「そこを…退け!」


青年のひと蹴りによって、ロボットは無残に破壊される。


「この廊下を越えた…先に!」


一際厳重なロックが“かけられる仕組み”のドアをこじ開けて、青年は暗い研究室の中に入って行く。

壊れた電気照明が、蛍のようにパチパチと点滅をしている。


「確か…カートリッチの差込口は…」


「待て。」


「!」


青年の背後に、いつの間にやら老人が一人立っている。


「…エンカンさん?どうしてあなたが!貴方も早く…」


「よく見てみろ。」


老人の手のひらから放たれた白い魔弾が、機械まみれの研究所の壁を破壊する。

壁の穴から見える外はどこまでも広がる闇に包み込まれている。


「…!」


「タイムリミットはとうに過ぎた。この世界はもう終わりだ。」


「…それでも、俺は約束したんです。」


青年は、その機械に魔道書を差し込む。

少し愉快な音を立てながら、魔道書は機械の中に吸い込まれて行く。


「まあ、それが君の最後にしたい事ならば、私は止めないさ。じゃあな。天国か、でなきゃ地獄で会おう。」


老人は少し呆れたように笑うと、青年に背を向け歩き始めた。

間も無くこの世界は、素粒子へと帰って行く。宇宙はビッグバンとは反対の現象を起こし。真の無に還る。

もうなにも起こらない。なにも残らない。

違う。


「…もしも君が旅人だと言うなら、俺たちの事を。唯一明日も、明後日も、覚えていられる人間ならば、」


青年は、先ほど空いた壁の穴の方を向く。

壁の穴には、いつのまにか少女が一人立っていた。


「…エン博士。」


15年前に突如現れ、人間離れした知性と計算能力と発想を持った、稀代の天才。

彼は最初、そんなエン博士を妬んでいた。


「これを…貴女に託して、良いですか?」


「…」


「この世界の存在した証…俺たちの生きた証を…託しても良いですか…?」


エン博士は、その機械を撫でる青年の手に重ね合わせる。


「何言ってるんですか。ただの、ホラ話ですよ。」


「はは…そうだよな…」


「…分かりました。」


エン博士は、懐からかなり古臭い作りの何かの端末を取り出す。


「残します。この世界の事を。貴方達の、生きた証を。」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ