肆拾漆
昼。
智滇廻の寺子屋の広間。
何もない筈の場所が不意に歪み、そこから一人の男が現れる。
「っと。すっげ。マジで異世界行けたじゃん。おいチテンミ!…っち、まだ帰ってきてねえのか。」
ジッドだ。
「んと、こいつがスキルメイドでーこっちがスキルルーターでー…こっちがスキルストーンで…こっちか開花機構で…って、多いなぁ。スキル付与系のアイテム。」
いきなり転生者を発見すれば万々歳だが、物事そう上手く行く様には出来ていない。
ジッドに最初に与えられた任務は様々な異世界からスキル付与系のアイテムを収集し、最も使い勝手が良いものを選別すると言ったものだった。
転生者が無能力だった事を想定し、生存率を上げる為にスキルを与える為だ。
「あーんと。まずこっちが丸薬タイプか。かさばりはするがまあ…ん?」
寺子屋の広間の襖の隙間が何やら騒がしい。
「ねえ見て見て、あの人じゃない?」
「ほんとだ!男の人だ!かっこいい!」
「しー!…バレちゃうよ。」
ジッドは徐に立ち上がると、その襖の前に立ち、思い切り開け放った。
「わあ!」
「何だ。なんか用か。」
襖の奥に居たのは、五人ほどのそっくりな少女、否、有我式神達だ。
娑雪の生み出す有我式神はその殆どが雌型故に、妖怪じゃ無い男性と言う物が物珍しかったのだ。
「ご…ごめんなさい!すぐに帰りますんで!」
「…いや待て。」
散らばろうとしている式神達をジッドは引き止める。
「俺がそんなに珍しいか?」
「え?…はい!」
「俺ん事もっと見てたいか?」
「はい!」
「ついでに小遣い稼ぎてえか?」
「はい!」
「おう。良いぜ。ただしちょっとした手伝いを引き受けてくれねえか。」
「はい!」
「うっし!」
ジッドは広間にその式神達を招き入れると、横一列に並ばせる。
「よしアルバイト諸君。先ずは自己紹介からだ!」
「はい!」
「餡」
「院」
「云」
「縁」
「恩」
「「「「「です!」」」」」
「……ほ?」
ジッドの雇ったこの式神達は皆が、ジッドの腹辺りの身長に長い黒髪に明るい黒目、典型的だが少し太腿の露出の多い巫女服と言う容姿をしており、頭に付いている色違いのリボンを取って仕舞えば見分けは付かないだろう。
(あの野郎…さては名付けに手ェ抜いたな…?)
「っし。あ行ズ!早速君達に仕事を与えよう!初回報酬は報酬は金貨10枚でどうだ!」
「きんか…?」
「あ。」
(やべえ。そういやこいつら金で釣れねえんだった…)
「んー…じゃあこれでどうだ。」
ジッドは背負っていたリュックから、明らかにリュックと体積が符合しない大きな袋を取り出す。
「さつまいも5ダースだ。」
「ほぉ…」
あ行達は、しばしの間互いに顔を見合わせるが、やがてその表情は明るくなる。
「何なりとご指示を!男人様!」
「いや、俺ん事は…あー…バイトリーダーと呼べ!」
「かしこまりました、バイトリーダー!」
「よし!先ずはお前達にこいつを支給する!高級品だから壊すなよ!」
ジッドは懐から五つの端末を取り出す。
大きめのカラー液晶画面と、0から9までの数字のボタンがある、見た目はシンプルな漆塗りの電子機器だ。
「これは何ですか?」
「こいつはなぁ、この世界の境界を超え、さらに旅先での身の安全を絶対保証する便利ツールさ。」
「おお!何だかよくわかりませんが、凄いですね!」
「だろぉ?…最も、作ったのはチテンミだが…」
「?」
「何でもねえ。とにかく、諸君にはこれを使って異世界を巡り、スキル付与が可能なアイテムを片っ端から集めてきてくれ!」
「かしこまりました!…スキル付与?」
「あー、分かんねぇ事あったら俺に聞け。それで通話も出来っから。」
思わぬ人手、否、神手を手に入れた事により、ジッドの探求及び智滇廻の研究は急速に加速する事となる。
〜
「貴様…一体何を考えている!」
「気高き天界の神々が!何者かの顔色を伺わなければ成らぬなど、我は決して認めん!」
「しかし、貴様は無断で地上へ降臨し、あろうことか天界十二神器を持ち出した上に、今構う必要の無い相手に敗北を晒したのだぞ!」
「ぐ…」
「貴様を…高位天使の職から除名させてもらう。最下級天使からやり直し、頭を冷やすが良い。」
「ま…待て!」
次の瞬間、ストゥエルの体は光となって消えていった。
ストゥエルの額に書かれた梵字は、素早い地虫の様に消える直前に床にまで降り、何者にも見つからぬ様に物陰へと隠れて行った。
「…天界十二神器一機では排除不能の存在…流石に、ただ見ているだけにも行かないだろうな。」
〜
(…やはりの。)
娑雪は先程の不敬な天使を介し、元いた世界での高天ヶ原に相当する場所を見つけた。
この世界にも神は存在すると言う事を立証する事が出来たのだ。
娑雪は、机の家に置いてあった白磁色のとっくりを傾け、同じく白色磁気の小さな盃に焼龍酒を満たし、こくりこくりと、ゆっくりと飲む。
「ぼぼぼ…ボス…」
「む、水叉か。どうしたそんな青い顔をしよって。旅先で変な物でも食べたか?」
「ちち…ちが…ち…ちち違いますよ。その、奴瞰と凪が攫われました。」
娑雪は思わず、口に含んでいた焼龍酒を霧状に吹き出してしまった。
「何にじゃ?人間か?」
「ええ。その、ささ攫われたと言うか…遊びに行ったと言うか…」
「はぁ。しかし、心配じゃな。」
「ですね…」
攫った人間が。
〜
「ねえねえ!何にも見えないよ!どうして?」
「目隠しされてるからじゃない?」
木の鬱蒼と生い茂る獣道を、一台の馬車がゴトゴトと音を立てながら進んでいた。
「じゃあ、何で目隠しされてるの?」
「はあ…あんたが誘拐されたからに決まってるでしょ…」
「でも凪も居るよ?」
「あんた一人じゃ心配だから一緒に捕まった。」
「優しいね。」
「るっさい。」
と、馬車の運転席から罵声が飛ぶ。
「るっせーぞお前ら!ホリモ。奴らを黙らせてくれ。」
「あいよ。」
スキンヘッドの筋肉質の大男、ホリモが、奴瞰と凪の口に、布で作った轡を噛ませる。
「はぐぐ!?」
「大人しくしてろよ。」
ホリモは仕事を終えて、馬車の運転席の後ろに座る。
「あれがその式神って奴なのか?…大丈夫なのか?」
「あんな子供に何が出来るってんだ。ありゃ高く売れるぞぉ。」
「でも、話によればめっちゃ強いって…」
「めっちゃ強い奴が居るってだけだろ?あれだったら、きっとお前が素手でやっても楽に殺せるぞ。」
「そ…そうだと良いけど…」
ホリモは、恐る恐る馬車の荷台を確認する。
拘束されている二人の少女の周囲が、少しづつ変質していっている。
木製の荷台のあちこちから枝葉が伸び、どこからかリスの親子がやってきて二人の周囲をぐるぐると走り回っている。そして馬車の横を、先程から鹿が馬車を追従する様に歩いている。
そんな様子を、当の本人達は気に留めている様子は無い。
自分達は何か、教会の中で教典を焼く様な、何かとんでもない事をしているのでは無いかと言う
「はぐぐ!はぐはぐはが!」
「違うよ。犬歯を擦り付ける様に…いや、やっぱりあんたはそのままで良いよ。」
「はぐぐ!?」
〜
「ジッドさ〜ん。遅くなりました〜って、うわあ!?」
ジッドは、沢山の種類のスキル付与系アイテムに囲まれながら、ルービックキューブをいじっていた。
「お。よおチテンミ。こんだけありゃいいか?」
「凄いですよジッドさ〜ん!これだけあれば〜十分研究出来ますよ〜!」
チテンミは、普段の彼女にしては珍しく興奮している。
上手く行って10種類、程の期待しかしていなかったのだ。
「では〜今度は異世界を探索しまくって〜転生者が行きそうな場所をリストアップして下さい〜」
「転生者が行きそうな場所?」
「具体的には〜剣と魔法に美男美少女が揃っている場所です〜」
「ラノベみたいな感じか?」
「はい〜転生者が一番多いのは〜娑雪様の故郷である日本と言う場所の〜時代は〜大体二十一世紀くらいですかね〜」
「成る程。だったら、もう何箇所か目ぇ付けてるとこがあるな。」
「それは頼もしいですね〜では〜私はこれらのサンプルの研究に入りますね〜」
そう言うと智滇廻は、寺子屋の自室へと籠ってしまった。
「…ふぅ。お前ら、出て来ていいぞ。」
と次の瞬間、畳が勢い良くめくれ上がり、良く似た五体の式神達が、床下から勢いよく飛び出して来た。
「バイトリーダー。どうしてあの方から隠れなきゃ行けないんですか?」
「あー、大人の事情って奴だよ。」




