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肆拾陸

「九硝、久戒丹よ。うぬらに、此処を任せても良いか?」


「シイイイイイィィィィィ…」


「鬼のしつけなら慣れています。」


「ふ…そうかそうか。」


娑雪は両の手で二人を撫でると、玉座の裏に設置してある鳥居の中に消えて行った。


「…此処はやはり、この世界の地獄に相当する場所か。」


「シイイイイイィィィィィ…」


「先ずは見回りからだ。」


「シイイイイイィィィィィ…」


「…済まない、貴女との交流には、まだ暫くかかりそうだ…」



「…光と闇の天秤は、異界からの浸潤者によって破壊された。」


雲の上。

天使達が円卓を囲んでいる。


「魔界が無力化した事は実に喜ばしい事だが…」


「最早我々も他人事では無い。」


「天使長!何故あんな物を放置していたんですか!」


「…きな…」


「え?」


「あの山が出現する少し前から、全能予測機が停止した。あれはこの世界の理から外れている故に、あれの影響を少しでも受けた時点で、予測対象から外れてしまうんだ。」


予測出来ない、故に排除すべきか否かを断定出来ない。

それが天界の、もどかしい所だ。


「しかし、あれは一体何なんでしょう。命の模造品とでもいうべき…」


「人格と記憶と心を持ったゴーレム。それが一番近い表現だろう。」


「ただ幸い奴らには、敵意を向けなければ敵対しないと言う習性がある。我々が動かない限りは、奴らもこちらには手出ししない…筈…」


次の瞬間、その発言をした天使は、ゆっくりと俯く。

逆に、月千の国から敵対されて仕舞えば、この天界が危ういと認める様な物だった。



星々の薄明りを結ったかのような、どこまでも滑らかで、どこまでも美しい髪。

数多の奇跡が重なり合って生まれた最上の宝石の、最も美しい瞬間を閉じ込めたかの様な瞳。

世界の殆どを手に入れた善王すらも、財産の全てを投げ打ってでも妃に迎え入れようと苦心するであろう、絢爛淡麗なる容姿。

それが、有我式神と言う生き物だ。


「ん〜この薬草〜効能は何なん〜?」


「へ…へい…」


故に人間は、彼女達を警戒出来ない。


「ねえねえ凪ー!あれ何ー?」


「建物。」


「じゃあ、あれはー?」


「噴水。」


バドリアに到着した奴瞰一行は、何をするでもなく、ただただ観光するだけであった。


「おい、あの女の子達すげえ可愛いなぁ。なあジャック…ジャック?」


「…式神だ…」


「え…?あれが!?」


明らかに普通の人間とは違うが、明らかに危険には見えない。

彼女達の本質を知る者だけが、彼女達を恐れ逃げ出した。

彼女達の本質を知らぬ者は、


「ねえねえオレンジにおねーちゃん。遊ぼー」


「良いの?わぁい!」


彼女達を、不思議な来客として接した。

捉える人物により、その本質をコロコロと変化させる。式神達は浸潤者であり、ただの来客である。

どちらも、この式神達の本質だ。


(どうしよう…都の仕事ほっぽって来ちゃった…j


水叉は一人、紙の式神を手に取りながら震えていた。



「認めん!認めんぞ!


会議を終えた天使が一人、地上へと降りる準備をしている。


「す…ストゥエル様!良いのですかそんな独断で!」


「主神様には事後報告をする。」


「しかし、余りにも危険過ぎま…」


「貴様、我を愚弄するか!」


「…!」


ストゥエルを引き止めようとしていた下級天使は、それ以上何も言い返せなかった。


「…行ってらっしゃいませ…」


「ふん。」


黄金の二本の巨柱の間に据え付けられた、絢爛な黄金の装飾が施された大門の中へと消えて行った。

その光の先は、地上だ。



月千の都。

神社の娑雪の部屋。


「ふう…」


外回りに出掛けていた水叉がうっかり愛衣理に捕まってしまったらしいが、輕蛇は何とか今日分の都の仕事をこなし切る事が出来た。


「確か、娑雪様が帰ってくるのは今日だった筈。」


輕蛇は、箒を杖代わりに立ち上がる。


「お掃除でも、しておきましょうか。」


開け放たれた窓から、穏やかな午後の日差しが部屋の中に差し込んで来ている。

一見乱雑に置かれているように見え実はきっちりと整頓されている娑雪の様々な所有物が、そんな日の光を浴びてキラキラと輝いている。

主に陶器や宝石、ガラス製の器具などが置かれていた故か。


「…静かだなぁ…」


沢山の式神や妖怪たちと共に、決して短くは無い日々を共にした輕蛇は、静寂とはどう行ったものか改めて実感する。

式神や妖怪達と接している時はおしゃべりな娑雪だが、一人でいる時や、輕蛇と二人きりの時は、実に物静かなのだ。


(…この辺で切り上げよう。どうせ対して汚れて無いし。…昼寝でも、しようかな。)


暖かな昼の陽気に誘われ、輕蛇は睡魔に身を委ねることにする。

放棄を消し、畳に手と頰と、それから体を付け、そっと目を閉じる。

輕蛇による、輕蛇だけの為の穏やかな午後は、


“キイイイイイイイィィィィィン!”


無数の金属が擦り合わせられる様な爆音の高温によって木っ端微塵に砕け散ってしまう。

輕蛇は起き上がり、頭をトントンと叩き自分の中から睡魔を追い出す。

窓から差し込む光は先程までの穏やかな物では無く、過剰なまでに眩しい、金色の光だった。


“ゴオオオオオオン!”


「うわ!?」


爆発の様な轟音と共に、神社全体が揺さぶられる。

神社の窓から結界に向けて、巨大な金色の光の槍がぶつかっているのが見える。

当然結界はビクともしないが、衝撃波は地震となって都を襲った。


「ふむ、今度は天上からか。」


「娑雪様。お帰りなさいませ。」


いつの間にやら現れた娑雪は、輕蛇の隣に佇み、輕蛇と共に外の様子を眺める。

街の建物が大体倒壊してしまっているが、この程度なら半日あれば完全に復興できるだろう。

問題は城下町では無く、結界を攻撃するあの光槍だ。


「【テラホーリージャベリン】で突き崩せぬとは…仕方ない。」


光槍の持ち手にあたる部分、はるか上空に、背より翼が生え、頭に天論を浮かべた大柄な男が一人浮遊していた。

俗に言う、天使と言うものだ。


「【レプリカント】!」


天使が手を掲げると、その巨大な光槍は二本に、四本に、八本に、十六本にまで増殖する。


「最大数を喰らえ!」


全ての巨光槍が、その矛先を都を包む結界にぶつけられる。

やはり結界はビクともしないが、その苛烈な振動により、輕蛇や娑雪の部屋の物がどんどん倒れていってしまう。


「これは…ちと迷惑じゃ。」


娑雪は呆れた様にそう呟くと、窓枠に足をかけ、膝を軽く曲げ、一気に跳躍する。

こればかりは術も何も無い、娑雪本来の身体能力だ。


「破れない…だと!?」


「主か。」


「な…一体どうやってこの高度に…」


「【基術・気帯】」


娑雪の体は重力に従い落下を始めるが、気によって練られた半透明の布状物体によって縛られたその天使も、娑雪と共に落下する。

この天使は結界を通り抜けられない為、娑雪は落下地点にあたる部分に一瞬だけ穴を開ける。

二人で通り抜ける為の、小さな穴をほんの一瞬だけだ。


「っぐ!?」


地面に着く寸前の天使を、娑雪は片手で受け止める。

結界を取り囲んでいた光槍は、いつの間にやら消滅していた。


「ふむ、この世界にも神は居たのじゃな。」


「き…貴様!高位天使である我にこの様なことをすれば、どうなるか分かっているのか!」


「さあのぉ。」


「主神様に目を付けられれば、貴様らの様な矮小な文明など、一溜まりも…」


「主神…か。ふむ、主らに興味が湧いた。」


娑雪はその天使の額に、小筆で梵字を描く。

描いた梵字はすぐに、天使の中へと染み込む様に消えていく。


「もう二度とこの様な事をしないのなら、今回は逃してやろう。」


娑雪はその天使を掴むと、華奢な腕からは想像もつかない程の腕力を見せ、その天使をあっという間に元の成層圏にまで放り投げてしまった。


「…ふむ。やはり、定期的な運動は必要じゃな。」


娑雪は右肩に手を当てながら、軽く腕をクルクルと回しながら呟いた。

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